58.彼と彼女はプレゼンする。
side ラディンベル
まさか、母上や弟を超えるリディ信者が現れるとは思わなかった。
出張がてら実家に帰ってきたら。
兄上の婚約者のシア義姉さんがいて驚いた。
我がグラント家とパウエル家は同じ武家ということで、以前から交流があって。
俺も、シア義姉さんのことは小さい頃から知ってる。
パウエル家は三男一女で。
シア義姉さんは男兄弟に囲まれて育ったからか、あまり令嬢っぽくはなくて。
お転婆だったし、幼い頃から剣を持っていた。
我が家も三兄弟だから、ともすれば、シア義姉さんは浮いてしまうところだったけれど、兄上がよく面倒を見ていたと思う。
そんなこともあって、ふたりが婚約したと聞いたときは納得したし。
好き合っている、というよりは兄妹みたいな関係だとは思うけれど。
なんだかんだといい関係を続けていて、うちの両親も、まだ結婚もしてないのに実の娘のようにかわいがっていた。
俺も当たり前のように将来の姉だと思ってたし。
だからこそ、義姉さんと呼んでたんだけど。
女だてらに剣を振るっていたのも、ドラングルに留学したのも。
父君のパウエル伯が騎士団長だからだと思いきや。
まさか、リディに心酔して、護衛になりたかったからだなんてね。
そりゃ、小さい頃からリディはめちゃくちゃ可愛かったと思う。
俺はお茶会なんて避けてたから、リディと会ったのは学園に入ってからだけど、初めて見たときはすごい美人でびっくりしたしね。
だからって、外見だけでそこまで心酔できるもんかな?とは思うけど。
リディを守ろうと思うなんて、シア義姉さんも人を見る目があるよね。
そこは認めるけれど、リディに対して前のめり過ぎていると思うから。
行き過ぎた行動が増えたら牽制させてもらうよ?
―――なんてことを考えているのは。
俺たちが滞在する間、シア義姉さんも一緒に過ごすことになったからだ。
未来の伯爵夫人なわけだし、それ自体は別にいいんだけれどね。
今日も朝からリディにべったりなんだよね。
どうやら、我が家の食事のレシピがリディのものだって知って。
心酔に拍車がかかったようで、母上と弟と三人でリディの隣を取り合ってる。
それを若干呆れた目で見てしまうのも許してほしい。
リディを構い倒したいのはわかるよ?
でも、あの三人は、度が過ぎていると思うんだよね。
リディが楽しそうにしているからそのままにしているけれど。
お願いだから、リディに負担がかからないようにしてよね?
「今日は、領地に冷蔵庫を持っていくんだったな?」
父上にそう言われて、視線の先をじゃれてる四人から父上と兄上に戻す。
「うん。待たせちゃってごめんね」
「いや、特注したのはこっちだ。機能的な冷蔵庫を作ってもらって感謝してる」
「ああ、理想的な冷蔵庫だって、領地でも喜ばれてるぞ」
「ほんと?なら、よかった」
「今日は、何やら提案もあるんだろう?」
「うん。肉の販売方法なんだけどね。役に立ててもらえると思うんだ」
「まさか、お前からそんな話をされるなんてな」
「俺というよりは、リディだけどね」
「なるほどな。ならば、納得だ」
だよね。
俺はあんまり牧畜業にはかかわってこなかったから。
それに、父上や兄上は、リディのアイデア力に気づいている。
リディからしたら自分の力じゃないって言うんだろうけどね。
「そろそろ、行こうか」
レンダルでは、王都に邸がある場合、自領への転移陣の設置が許されていて。
使えるのは当主家族に限定されているけれど――同行は可能だ――、我が家のように、領地が王都から遠い場合はかなり便利で助かっている。
じゃれてる四人も呼び寄せて。
転移陣を使って領地の本邸に移動したら、精肉部の人が迎えに来てくれていた。
牧畜業と言っても、肉だけじゃなくて皮とかも加工するからね。
部門もいくつかあるんだけど、今日は冷蔵庫と肉の販売の提案だから。
父上にお願いして、精肉部に声を掛けてもらっていたんだよね。
「これはこれはお揃いで。ラディン坊ちゃんは久しいですな」
「本当にね。わざわざ迎えに来てもらってごめんね」
「何をおっしゃる。作ってもらった冷蔵庫は本当に便利で助かってるんですぞ」
「それならよかったよ。……リディ、こちら、精肉部の部長のカロンさんだよ」
「初めまして。ラディの妻のリディアです」
「おお。こちらが坊ちゃんの。これはまた美人を捕まえましたな!」
そうか。
領地を離れることがない平民だったら、リディが筆頭公爵家だったサティアス家のご令嬢だなんて知ってるわけがないよね。ましてや、未来の王妃だったかもしれないなんて、知る由もない。
実はちょっと、恐縮されちゃうんじゃないかと心配していたんだけど。
そんな心配は無用だったようで安心した。
この空気なら、リディも提案しやすいと思う。
「では、早速ですが、行きましょうか」
そうして、精肉部の工場まで馬車で移動して。
追加分の業務用冷蔵庫を差し出したら、そこかしこから歓声が上がった。
「待ってました!」
「いやー、この冷蔵庫ってやつは本当に便利だよな!」
そんな声が聞こえて、俺もリディも笑顔になる。
喜んでもらえると俺たちもうれしいし、何より励みになるよね。
「リディア様、こんなものまで作ってるんですね!さすがです!」
ああ、シア義姉さんは、冷蔵庫は初めて見るのか。
まあ、そうだよね。うちに来たからって厨房には入ってないだろうから。
リディひとりの手柄になってるけど、あながち間違いじゃないし。
面倒だから、訂正はやめておこう。
「これで注文分は納品完了ってことでいいかな?」
「そうだな。これで全部だ。また追加するかもしれないが、その時は、いつものように注文票を送ればいいか?」
「備考欄とか余白のところに業務用冷蔵庫って書いて個数を書いてもらえれば用意するよ。でも、常時作ってるわけじゃないから、時間もらうよ?」
「ああ、承知した」
よし。これで冷蔵庫の運搬は完了。
運んだのはリディだけどね。
ほんと、リディのマジックルームは容量も大きくて便利だよね。
さすがの魔力量だ。
「じゃあ、このまま提案に移っていいかな?」
俺たちにとってはここからが本番。
精肉部の主要メンバーと俺たち家族で応接室に移動して。
気合いを入れ直して、肉の部位販売の提案をしなくては。
とはいえ、この提案も三回目。
俺もリディも、慣れたものだ。
みんなに企画書と筆記用具を配って。
―――精肉部の人には、その紙質と三色ボールペンにも感動された。
牛・豚・鳥の切り分けた肉も並べて。
ミンチ製造機も披露した。
そうして、一通り説明したところで、みんなを見回してみたら。
皆一様に、驚きと納得が混ざったような顔をしていた。
「なるほどな。単に切り分けるだけじゃなくて、部位で分けるのか」
「これはいいことを聞きましたな。無駄がないのがいい。しかも骨まで使うとは。実は、これまでも、脂が多いところはあまり人気がなくて売りづらかったものだが、合う料理があるとなれば話は別だ。かなり売りやすくなりますぞ」
そうなのか。
これまでも脂分の有無は結構影響していたらしい。
「そうですね。それに、今までは、売れ残った分はハムにしていましたけど、これなら生肉のままでもある程度まで売れそうですね」
なるほど。
そう言った経緯でハムはできているのか。
「ハムは売れ残った部分なのね……」
リディも知らなかったようで、思わず、と言ったように声に出てたけど。
そう言ったきり、リディが何やら考え込み始めた。
あ、これは、あれだ。
たぶん、前世知識からの思い付きだ。
うわーー。ここでそれが出るのか。
いや、思い付きは大変結構なんだけどね。
でも、ここで新しいことを言われても、俺も理解に時間がかかるし。
この場もきっと混乱する。
それに、そういうことはデュアル侯爵たちに許可を取ってからにしたい。
どうか、その先を口走りませんように。
そう願いながら。
「リディ」
名前を呼んで、目だけで黙っているように圧をかけたら。
リディはハッとして、コクコクと頷いた。
「ん?どうした?」
「何でもないよ。それよりも部位ごとに食べ比べてみない?」
「ああ、それができると解り易いな。厨房に移動するか?」
「いや、庭に出てくれれば。あとは、こっちで用意するよ」
俺たちの奇妙なやりとりを父上に気づかれてしまったけれど。
さくっと話を変えて、食べ比べに移ることにした。
精肉部にも厨房自体はあるんだけどね。
今回も焼き鳥屋台を持ち込んでいるし。
リディが『七輪』という、卓上で焼き肉ができる道具を作ってくれたから。
庭でみんなで食べ比べるほうがいいよね。
そうして、みんなで庭に出て。
リディがテーブルと椅子を出してくれて。
屋台を準備している間に、スープを飲んでもらって。
―――粉末をお湯に溶かして自分で作ってもらったんだけど、粉末にする技術はまだ開発中だと説明したら、技術が完成したら買う、と即答された。
あとは、多分、想像し辛いと思われる部位の料理を出しておいた。
食べ比べは、鶏肉と牛肉だしね。
ステーキや煮込み料理は想像し易いだろうから、それ以外の部位にしたんだけど。
豚バラの肉巻き野菜と、細切れを使った肉野菜炒めを出したら、特にカロンさんたち平民には馴染みやすい料理だと言って大変喜ばれて。
ミンチ料理もね、牛肉のミンチはハンバーグに、豚肉のミンチは餃子にしたら、これもまた大好評で。
ますます部位販売に興味を持ってくれたようで、何よりだ。
そういえば、肉野菜炒めの味付けに粉末の鶏がらスープを使っていて、なるほどって思ったんだよね。スープ以外にも使えるなんて、なんて万能なんだ。
そうして、漸く準備が出来た食べ比べを始めたら。
みんなの食べる勢いがものすごくて、俺もリディも実はちょっと引いたよね。
みんな、食べすぎじゃない?
「すごいな。気にして食べると結構違うもんだな」
「ほんとね。こんなに違うなんて思わなかったわ」
「リディア様、天才すぎます!全部、物凄くおいしいです!」
「義姉上は天才なんです!義姉上の料理は世界一なんです!」
シア義姉さんとフィンの感想がおかしな方向に行ってるけど。
カロンさん含め、みんながおいしく食べてくれたようで本当によかった。
用意した肉もなくなって、精肉部から追加の肉まで持ってきて。
みんなのお腹がはち切れそうになったところで、やっと食べ比べが終了した。
その頃には、部位販売をすることは確定していたようで。
受け容れてもらえると、提案した甲斐もあるってもんだよね。
それにリディと安堵して。
俺たちはまた転移陣を使って、王都の邸に戻ってきたんだけど。
俺は、帰宅早々、リディを自分の部屋に連れ込んだ。
みんなの目が非難を表していたけどそんなの無視だ。
「さて、リディ。今度は何を思い付いたの?」
「え、あの、なんで、わかったの……?」
何を今更。
さすがに俺も学習するよ?
「わたし、そんなにわかりやすいのね?」
「否定はしない」
そう言ったら、むーん、と考え込まれてしまったけれど。
できれば、それは後にしてね?
「あのね。さっきはね、豚の加工肉を思い出したの」
加工肉?というとハムのことかな?
と思ったら、どうやら、ハム以外にも加工肉があるらしくて。
それも、売れ辛いという豚バラ部分も使うらしくて。
更にはハムも新鮮なうちに作らないと肉が固くなるらしくて。
それらのことをもっと詳しく聞いたら。
これはやっぱり、やるしかない、と思うもので。
出張に来て早々だけれど。
俺は、デュアル侯爵と義両親に連絡を入れる破目に陥った。




