56.彼と彼女は出張する。
side ラディンベル
出張を控えて、俺たちは慌ただしくしている。
リディ発案の部位販売と粉末スープは無事、事業化されて。
俺の実家にも提案させてもらえることになった。
しかも、レンダルへの出張の許可も貰えている。
事業化に際しては。
なぜか、王宮で焼き鳥屋台を開くことになってしまって。
焼き鳥や追加で披露した焼き肉を陛下たちが気に入って。
王都に焼き鳥店や焼き肉店を出店することにもなったから。
部位販売と粉末スープについてはデュアル侯爵や義両親にお任せして。
俺たちは出店準備を任されているんだけど。
リディ担当のメニュー考案は、実は、さくっと終わっている。
聞けば、リディの前世――異世界――にはそういうお店が沢山あって。
メニュー候補はごまんとあるらしく。
その中からこの世界でも作れそうなものを選んだだけだから、リディとしてはあまり手がかからなかったようだ。
早々に候補メニューを作ってはデュアル侯爵や義両親に持って行ったり。
サティアスの料理人や商会のメンバーにも意見を聞いてさっくりと決めていた。
どうやら、昼――ランチというらしい――と夜でメニューを変えて。
焼き鳥店のランチでは、親子丼と鳥の照り焼き丼を。
焼き肉店のランチでは、焼肉定食と牛丼を提供して。
夜は、ともに、部位ごとの焼き物をメインにサラダや一品料理も出すようだ。
焼き肉店に限っては、自分で肉を焼けるようにテーブルに網をセットすると聞いて、異世界ってのはいろんなことを考えるもんだと感心したよね。
そんなリディに対して、俺の飲食店調査のほうは結構時間がかかっている。
というのも、王都への出店は決定しているけれど。
どうせなら、デュアル侯爵領やマリンダ、ランドルにも出店すればいいんじゃないか、という話になって、調査範囲がめちゃくちゃ広くなったから。
いくら調査に慣れた俺でも、これはさすが時間がかかる。
この調査が終わらなければ出張には行けないから。
リディには待ってもらっているんだけど。
そこで、単純に待っているだけじゃないのがリディなんだよね。
自分が出張に行ってしまってもメニューの調理方法を伝えられるように。
サティアスの料理人に作り方を教えていたり。
俺が王都の調査をしているときは一緒についてきてくれて。
王都のデュアル侯爵邸の料理人に調理方法を教えていたり。
―――なんでも、王都のお店では彼らが調理を担当するらしい。
今も、粉末スープのバリエーションを増やすべく試行錯誤している。
提案時の粉末スープは鶏がらスープだったんだけどね。
洋食スープの出汁――ブイヨンというらしい――と、和食スープの出汁も粉末にしようとがんばっている。
和食スープの出汁は昆布や鰹節から作るから、肉ではないんだけれど。
スープには変わりないしね。
リディがレシピを売ったから和食も広まっているし。
この機会に一緒に売り出すことになったのだ。
「ラディ、味見して?」
ふたつのスープを手にして首を傾げるリディがかわいい。
けど、リディを堪能している場合ではないから。
「うん。比べてみると、少し色が違うんだね?」
「使ってる材料が全然違うもの。かかる時間も全然違うのよ?」
そういえば、和食のほうはそこまで時間がかかってなかった気がする。
「リディのスープだ。どっちもおいしいよ」
「よかった。じゃあ、このスープのレシピで進めるわね。あ、でも、塩加減は人によって違うから、商品化するときは塩分を少なくして、実際の調理で調整してもらうほうがいいわよね?」
ああ、そうか。なるほど。
料理に使うならそうしておいたほうがいいかもしれない。
でも。
「お昼とか、そのままお湯に溶いて飲みたい人もいるだろうから、塩分調整したものもあったほうがよくないかな?」
「それだと具がないわよ?それに、お弁当屋さんのスープが売れなくなるわ」
それは確かに。
実は、異世界には、特殊な技術で乾燥させた、具の入ったスープもあるそうだ。
異世界は本当にすごいね。よくそんなことまで考えたもんだ。
ただ、これを作り始めると、具を考えなくてはならないし、乾燥技術も開発しなくてはならなくて時間がかかるから、まずは粉末スープが普及してからにしよう、と言われて納得した。そうだね。欲張りはよくない。
そうして、リディは粉末スープの最終調整に入って。
俺もそれぞれの調査結果をまとめて。
再度、俺たちは、サティアス邸に集まった。
「リディア、ラディン。色々とお疲れ様。短期間でよくこれだけやったよね」
「他の仕事は任せっぱなしだったもの。商会の仕事もお弁当屋さんも」
「お弁当屋さんをシフト制にしておいてよかったな」
それは、本当にそう思う。
今回は、出張も入れれば一ヶ月はお弁当屋さんに行けないからね。
この状態はリディには申し訳ないとは思うんだけど。
リディは『行けなくてもお店はあるし、特別メニューを作れるから楽しい』と言って笑ってくれて、あまり落ち込んでいなくて安心した。
無理して笑ってるわけじゃないことを願うのみだ。
「うん、調査報告書も問題なし。完璧だ。これだけ調べてくれていたら、こちらも出店計画を立てやすいよ。ありがとう」
よかった。
そう言ってもらえて一安心。
「リディアもスープの追加をしてくれるとは思わなかった。バリエーションがあると売りやすいからな。これで粉末スープも広めやすくなるよ」
「塩分の件もさすがね。鶏がらスープのほうもさっそく調整しているわよ?」
「一度渡したレシピを変えてごめんなさい」
「塩加減だけだもの。問題ないわ。気にしないで」
ブイヨンと和食スープについては、事前に説明して実物も渡してある。
そっちも高評価のようで、リディも安心したようだ。
粉末にする技術も、リディは毎度の魔法で何とかしていたけれど、誰もができるわけじゃないから。今、技術者ががんばって開発しているのだという。
「それで、頼んでいた豚の骨のスープのほうはどうかな?」
これね。
鶏がらスープは名前の通り、鶏がらを。
ブイヨンは牛と鳥の骨を使うと聞いて、ならば、豚の骨は?
という話になったのだ。
でも、リディはあまり乗り気ではないらしい。
脂分が多いということもあるけれど、使う料理がまた新しい料理みたいで。
「一応作ってきたけど、あの、本当に、文句はなしよ?」
「食べ方に問題があるんだったか」
「そうよ。上品に食べるものじゃないから、食べ方が美しくないのよ」
実は俺もまだ食べてないんだよね。
我が家で作っていて、いい匂いがしていたから気にはなっていたんだけど。
リディが見せてくれなかったのだ。
「じゃあ、出すわね。たぶん、お母様は鶏がらスープのほうが好きだと思うわ」
豚の骨のスープもそのままの名前で、豚骨スープというらしいんだけど。
その豚骨スープを使った料理は、鶏がらスープにも合うようだ。
そして、出されたものは。
麺がスープに浸かっていて、上に、玉子やネギや薄切りの豚肉かな?が乗っている、やっぱり見たことがない料理だった。
異世界にはどれだけの料理があるんだろうか。
まだまだ俺が知らない料理があるんだろうな。
「ラーメンって言うのよ。こうやって食べるの」
ああ、そうだ。
リディが心配していた食べ方って一体どんな食べ方なんだろうか。
そう思って、食べづらいだろうけど、思わずじっと見てしまったんだけど。
リディがお箸――俺も漸く慣れた――で麺をすくって。
ずずっとすすった。
え?
「リディアちゃん、それはお行儀が悪いわ」
「わかってるけど。こうやって食べるものなんだもの。このレンゲに乗せて食べればそれなりに上品に食べれるわよ?」
さすがに、俺や侯爵、義父上は衝撃が強くて固まってしまったけれど。
義母上がいち早く我に返ってリディを窘めた。
いや、まさか、音を立ててすするなんて。
思ってもみなかったよね。
「食べてみればわかるわ。あ、時間をおくと麺が伸びちゃうわよ?」
そう言われたら、俺たちも早く食べなければ。
侯爵と義父上と俺は、意を決してリディの真似をして食べてみたんだけど。
―――義母上は、レンゲという変わった形のスプーンに乗せて食べていた。
結果。豚骨スープはしばらく封印することになった。
いやね、味が悪かったわけじゃなくて。
むしろ、その反対だ。美味しすぎた。
これはきっと流行ると確信した俺たちは。
出店するべきだとは思ったものの、正直、今は手が回らない。
だから、時期を見て商品化しようということになったのだ。
でも、侯爵と義父上と俺は、決意した。
近い将来、絶 対 に お店を出そうと―――。
そして、その後はそれぞれの進捗状況を再度確認して。
出来上がっていた公爵たちのオーダースーツと実家の業務用冷蔵庫を預かって。
殿下が用意してくれた農地と工場の事業計画書も預かって。
おまけに、ミンチの製造機の試作品まで持たせてもらって。
出張前の打ち合わせが終了した。
部位販売は、グリーンフィールで牧畜業をメイン産業にしているフレイル伯爵と、いくつかの肉の卸業者と技術提携を結んだようだ。
それに伴って、骨やガラも随分と安く提供してもらえるらしい。
もちろん、焼き鳥屋や焼き肉屋で提供する肉も。
フレイル伯爵も肉の卸業者も今回の提案をすごく喜んでくれたとのことで。
とんとん拍子に話が進んだらしくて、何よりだ。
「ふたりが帰国したら、すべてが整っているようにがんばっておくよ」
その頼もしい言葉に、俺たちは安心して出張に行く準備に入った。
お弁当屋さんに顔を出して、またしばらく来れないことを伝えて。
サナちゃんやカレンちゃんには寂しがられてしまったけれど。
お弁当屋さんは二人に任せれば安心だからね。
よろしくね、と頼んでお店を後にした。
商会の仕事は、事前にできることはやっておいたから。
あとは、魔法転送でやりとりすれば何とかなるはずだ。
――――そして、出張の日。
準備が整った俺たちは、いつもの如く義両親や侯爵に見送られている。
「ふたりとも、何かあったら、すぐに連絡するのよ」
「わかってるわ。それに、随時状況を報告するから」
「そうしてくれ。あとは、グラント家やランクルム家に迷惑をかけないように」
「それは、重々承知してます」
「ああそうだ。もし、向こうに何かいいヒントがあったら、教えてくれないか」
「はい。わかりました」
今回は十日程レンダルに滞在する予定だから。
長く離れるとあって、義母上たちも心配顔だ。
もしかしたら、俺たちが向こうで何かやらかすんじゃないかと、そっちの心配しているのかもしれないけど。
、次から次へと言葉がかかって、なかなか旅立てない。
それをリディが振り切って。
「シェロ。お待たせ。今回もよろしくね」
「ああ。造作もない」
そう。今回も、シェンロン様に転移してもらうのだ。
シェンロン様はまた北の隣国ガルシアに行くそうで。
以前、子守をしたチビ竜に会いに行くんだとか。
そのついでだと言ってくれたけれど、シェンロン様は本当に面倒見がいいよね。
「じゃあ、行ってきます」
そうして、俺たちはレンダルに旅立った。




