閑話:陛下と侯爵の談話。
※誤字報告ありがとうございました!
僕は、ルイス・デュアル。
グリーンフィール王国のデュアル侯爵家の当主だ。
国内政策を担当する上官でもあるから、領地経営は執事や息子に任せて、普段は王都にいることのほうが多かったのだけど。
隣国から従兄妹家族がやってきてから、僕の生活は激変した。
叔母が隣国に嫁いだのは知っていたし、従兄妹のリアンティアとも面識はある。
彼女はたまに家族で我が国に遊びに来ていたからね。
会うとしても数年に一度くらいだったし、後は節目の挨拶くらいで、所謂親戚、という程度の付き合いだったけれど、サティアス家の面々は皆気のいい人たちだったし、彼らが我が国を気に入ってくれているのも知っていた。
それを嬉しくも思っていたけれど。
まさか、家族総出でこちらに移住することになるとは思ってもいなかった。
聞けば、随分と理不尽な目に遭ったみたいで、同情もあって相談に乗ったのがそもそもの始まりだったと思う。
持ち掛けられた相談は、我が国での商会の立ち上げだった。
とはいえ、隣国でも商売をしていたというから、僕の方では、この国の商売規約なんかを調べておけばそれで済むと安易に考えていた。けれど。
それは大きな間違いだったのだ。
調査の傍ら、送られてきた売る予定の商品を見て、ちょっと目が飛び出るくらいに驚いた。というのも、そこには、僕の常識をはるかに超えるほどの画期的商品があったからだ。
その商品を見て、僕は、これは絶対に普及させるべきものだと思った。
この商品を売るために本腰を上げよう。
そう決意をさせられるくらい、便利で機能的な品々だった。
まさか、移住とともにこんなものすごい商品を持ち込んでくるだなんて。
想定外もいいところだ。
そうして、それからの僕は商会の立ち上げに奔走することになった。
文官の仕事を休職して従兄妹の商会の顧問になる程に働きに働いた。
―――ちなみに、文官のほうはできれば退職したいのだけど、まだ許可を貰えていない。
商会での僕の仕事は、ほとんどが根回しだ。
関係各所に説明に回って商会の業務がスムーズに進むように手配したり、多くの人に知ってもらえるように宣伝したりしている。
そんな仕事だったから、正直なところ、立ち上げてしまえば僕の仕事はたいしてなくなると踏んでいたのだけど。
そうは問屋が卸さなかった。
商会を立ち上げ、店舗もオープンしたというのに、相変わらず忙しい日々が続いている。
と言うのも、次から次へと新しいアイデアが出てくるからだ。
それも、リアンティアの娘のリディアから。
最初は、商会の開発部門が優秀なのだと思っていたのだけど、商会に関わっていくうちに、基本的なアイデアを出しているのはリディアだとわかった。
それを公にするとリディアが危険な目に遭うから表立って言うことはないけど、どう見ても、彼女がアイデアの出処だ。
まだ十六歳のリディアにどうしてそんなことができるのか理解し難くはあったけれど、商会では暗黙の了解となっているから、その理由を聞くことはいまだできていない。
ただ、商会の立ち上げにあたって陛下に商品を献上した時に少しだけ理解した。
そして、僕はもう素直に目の前の事実だけを受け入れようと決めたんだ。
――――陛下に売り出す商品を献上したとき。
陛下は、商品を見てすぐにリディアが関わっていると気づいた。
それを不思議に思えば、なんと、陛下は数年前からリディアに目をかけていたという。何でも、この国の水環境整備の技術を齎してくれたのがリディアだったと聞いて、僕は言葉がでないくらい驚いた。
併せて、リアンティアより一足先に我が国に来ていたリディアは、ラディンと一緒に謁見して、その際に航海に便利な品と情報を提供していたことも知った。
はっきり言って意味がわからなかったけれど、実際に提供したものを見せてもらって、事実だということだけはわかった。
陛下曰く、リディアの知識は次元が違うらしい。
……………確かに、そうだ。
あの子が口走ることは、いつだって、僕らの想像を超えているのだ。
だいたい、十二歳で国家事業を提案できるような頭の持ち主なんだ。
そんな子が思いつくことなんて、常人からはかけ離れているに決まっている。
それをいちいち不思議がっていたら、進むものも進まない。
実際は結構もやもやしたけれど、陛下の話を聞いて、僕はもう素直に受け入れることにした。僕の選択肢はそれしかないってことがよくわかったのだ。
そんな時を経て、今ではもう楽しくなってきているけれど。
今度は何をやらかしてくれるのか、期待している自分がいるのも事実だ。
のらりくらりと上官をやっていた僕が、まさか商売を始めるとはね。
僕は、多分、売ることではなくて、新しい知識に触れることができるから、今の生活を楽しめているのだと思う。
リディアが何か思い付く度に忙しくはなるけどそんなのも些末なことだ。
出来上がるもののことを思えば、忙しいことだって楽しめるのだ。
――――――――今日だって。
僕の仕事の中で、やりたくないことの上位に入るこの仕事も。
結局は、今の仕事を楽しんでいるから特に苦痛でもないのだ。
「今度はなんだ」
不遜な態度を崩さない目の前の人物は、この国の王様だ。
そう。今日は新商品の献上のために王宮に上がっている。
別に陛下が嫌いなわけでもないし、献上するのも当然だと思う。
そのくらい、僕は商会の商品に自信を持っている。
だから、献上自体がやりたくない仕事というわけではないのだけど。
「お言葉ですね。別に無理に受け取っていただかなくても結構ですよ」
「………。チッ。早く見せろ」
今、舌打ちしました?
まあ、僕も、最近では随分と気安い態度にさせてもらってますしね。
陛下とは歳も近くて同時期に学院に通っていたこともあって付き合いは長い。
昔の話を言えば、側近の話もあったくらいだ。
とはいえ、最終的に僕はしがない文官におさまったし、しばらくは大した交流もなかったのだけど、商会を始めてからは陛下とお会いする頻度が格段に増えた。
献上もあるし、リディアがいろんなことをしでかしてくれるからね。
そうやって何度も顔を突き合わせていくうちに、取り繕った態度だけではやっていられなくなったのだ。話す内容的にも、心情的にも。
それは陛下も同じようで、僕がどんどん態度を崩していっても特に何も言ってはこない。
ということで、僕らは、結構無遠慮なやりとりをしていると思う。
「こちらです」
「………何だ、これは」
確かに、商品を見ただけでは何かわからないだろう。
ただの袋に液状の何かが入っているだけなのだから。
「レトルト食品と言います。この袋は防水性・耐熱性に優れていて、中には殺菌処理をされた調理済みの食品が詰められています。このままお湯に投下して、数分温めれば、そのまま食べることが可能なのです」
「………っ!」
説明を聞いて陛下は目を見張ったが、それも当然だ。
陛下であれば、この有効性にすぐ気づくはずだから。
もともと、このレトルトは、缶詰の話のときにリディアが口を滑らせたものだ。
その時は、缶詰のほかにも決めなくてはいけないことが多すぎて後回しにしていたけれど、諸々が落ち着いてきた今、漸く商品化することができた。
リディアからは、覚えていなくてもよかったのに、と言われたけれど、残念ながら、僕もアーロンも記憶力はいいんだ。しかもリディアが口走ることなんて有益なものしかないんだから、忘れるわけがない。
基本的には缶詰と同じ処理をすればいいから、そのあたりはすぐに解決したけれど、この袋がなかなかうまくできずに苦戦した。
リディアは機能や大雑把な構造は説明してくれるけれど、それを再現するほどに熟知しているわけではないのだ。
でも、商会には、それを再現できるほどの頭脳と経験を持つ技術者がいる。
リディアもすごいが、彼らもすごい。
そういう優秀な彼らがいるから、我が商会は素晴らしい商品を作れるのだ。
「これは、どのくらい保存ができるのだ?」
やっぱり、保存食や携帯食に結び付けましたか。
さすがですね。
「缶詰ほどは保たないそうです。一年ほどと聞いております」
「一年か……。それでも凄いな。いつから売り出す予定だ?」
「先日お持ちした野宿セットと合わせて販売予定です。特に騎士たちには喜んでいただけるかと」
野宿セットはラディン一押しの商品だ。
屋根のある空間を作れるテントに、寝具を小さくまとめることができる寝袋。
簡易テーブルに椅子、卓上コンロ等々、野宿を快適にしてくれる道具を詰め合わせてある。
それだけでも野外での寝泊まりがかなり楽になるが、それに加えて、缶詰やレトルトがあれば、食べ物にも困らない。わざわざ狩りをしてこなくても十分な食事をすることができるのだ。
「ああ、あれか。騎士団からはまだ販売しないのかと催促されている」
「それはうれしいお言葉ですね。ありがたいことに、想定よりも多く予約いただいたので、現在、製造を急がせているところです」
「そうか。………それにしても、あれに加えてこんな商品まで渡したら、騎士団の奴らの仕事が減るな」
「その分、鍛錬に励んでいただければ」
本来、騎士の仕事は炊事や身の回りのことではないのだから、むしろ願ったり叶ったりだとは思うけれど。
「まったく、よくもまあ、次から次へと便利な商品を出してくるものだ」
「我が商会には優秀な人材が揃っていますから」
「いい加減、王家専属になる気はないのか」
「あるわけがないですよね。皆、縛られないからこそ、その実力を発揮してくれるのです」
僕が、この献上という仕事をしたくない理由がこれだ。
陛下は毎回、商会を王家に取り込もうとする。
それを躱していくのが面倒なのだ。
もちろん、陛下が言いたいこともわかる。
王家主導でこの商会を動かせたら、陛下も今以上にやりたことができるだろう。
仮令、王家専属となったとしても。
一般販売はするだろうし、表向きは今とたいしてかわらないかもしれない。
でも、専属になってしまえば、王家の意向に従うことになる。
人は命令されてばかりだと自らの発想を放棄しがちだ。
今のように自由な発想をするには、縛られない環境が必要なのだと僕は思う。
だから、僕は、この話を断り続ける。
「せめて、リディアだけでも来てくれれば」
「それこそ無理でしょう。あの子は自由をこよなく愛していますから」
「旦那が使えない者であれば、すぐにでも離縁させていたものを」
この愚痴も聞き飽きた。
こう言っては失礼だけど、ラディンのことは、僕もリアンティアも、実はそこまでは期待していなかった。
でも、蓋を開けてみたら、彼ほど調査や分析の仕事ができる人間はいない。
彼の優秀さには、僕らだって驚いているのだ。
それを知った陛下がものすごく悔しがったのを僕は知っている。
まさか、離縁させようと画策していたとは思わなかったけれど。
とはいえ、陛下?
今、王家に嫁がせるとしたら、第二王子しかいませんよね?
アラン殿下は先日やらかしてしまったから、万が一にも離縁できても、王家に嫁がせるのは難しいと思いますよ?
「あのふたりを引き離すことは無理ですよ。それに、最近ますます仲良くなっていましてね。僕らも中てられているんです」
「忌々しい」
そう言いながらも、実は陛下が、リディアが幸せなことを喜んでいることだって、僕は知っている。陛下は、基本的に他人に容赦はないけど、懐にいれた人間にはすごく優しいのだ。
「いいじゃないですか。リディアは幸せな時ほどぽろっとこぼしますよ」
「まあ、そうか。そうだな。次の新商品も期待している。……ところで、この袋に入っているのはどんな料理なんだ」
「カレーというそうですよ。僕は、とりあえず百食分取り置きました」
「そんなに旨いのか?ならば、何故もっとたくさん持ってこなかった」
そんなの決まってる。
「ご注文、お待ちしております」
僕は笑顔でそう言って。
今日の献上という名の単なる談話を終わらせたのだった。




