47.彼女と彼は丸投げする。
side リディア
招くのってどうしてこう緊張するのかしら。
ラディのご家族が我が家にやってくると聞いて。
王太子殿下がいらっしゃると決まったときよりも緊張した。
いや、殿下の時は、もう自棄になってたのよ。
あんなの、どうしようもないもの。
なるようにしかならないと思ったのよね。
でも、ラディのご家族となれば話は別だ。
グラント家に行ったときも緊張したけど、そんなの比にならない。
だって、ちゃんとした家じゃなければ申し訳ないもの。
大事な息子がこんなところに?なんて思われたら絶望しちゃうし。
がっかりなんてされたくない。
お義兄様からある程度は聞いているだろうけど。
だからって手を抜くことはできない。
わたし、仮を取ってちゃんとした夫婦になりたいんだもの。
お嫁さんとしてがんばろうと思ったのよ。
そう思ってたら空回りしちゃって。
ラディにも心配されちゃって。
心臓がばくばくしちゃっていたけれど、どうにかお迎えして。
そうしたら、グラント家で見た笑顔と同じ笑顔があったから。
やっと肩の力が抜けたのよね。
そして、話を聞けば、冷蔵庫が欲しいとのことで。
お肉の保存だったら業務用よね?って思って提案したら。
ラディが、やっぱり自重できてないって顔してきたけど。
カスタマイズはやらかしにはならないわよね?
だって、ただの改良だもの。
それに、実際のところ、カスタマイズの話はないわけじゃないのよ。
今は製造が追いついてないから単純にサイズしか対応してないけど。
相談は来ているのだ。
やっぱりお肉屋さんやお魚屋さんはそれ用の冷蔵庫が欲しいものね。
あとは、ダンさんと今詳細を詰めているんだけど、船用のものもね。
考えてはいるのよ。
だから、これはやらかしじゃないのよ?
ラディ、そこのところよろしくね。
心中でそんなことを思いながらも、業務用冷蔵庫の機能希望を聞いて。
改良案が出来たら魔法転送で送る約束をして。
これで、あとはゆっくりできるのかしら?なんて思ってたら。
もうひとつ相談があるという。
何かしら。
「アンディがな。水道というのをうちにも設置したいと言ってな」
「え、設置するの?」
「そりゃ、したいだろう。あんなに便利なもの、欲しいに決まっている」
「さっき見せてもらったが、確かにあれは便利だ。ただ、見る前ではどんなものかわからなかったからな、こうしてやって来たのだ」
なるほど。それで、わざわざいらしたのね。
ラディの言う通り、冷蔵庫だけだったら手紙でも何とかなったし。
いらっしゃる必要はなかったと思う。
「そうだったんだ……。でも、レンダルって水整備が遅れてるよね?どこまで再現できるかなあ。水環境が整ってないと結構大変だと思うよ?」
「ん?もしかして、グリーンフィールではこれが普通なのか?」
あら、お義兄様はそこまでは話していないのね。
でも、お義父様、鋭いわ。
そうなのよ。グリーンフィールは国を挙げて水環境の整備をしてるから、今では工事も比較的楽になったのよね。水道管もあちこちにひかれてるし。
「そうだよ。治水も上下水もちゃんとしてるし、水道も普及してる」
「この家だけではないのか。それはすごいな」
水環境を整え始めて三年以上経ってるものね。
お風呂やシャワーはそこまで普及してないけど、簡易水道ならどこにもある。
「リディ、ひとつの家だけでもできるものなの?」
「できなくはないけれど、結構な工事になると思うわ」
トイレまで考えると、下水工事だって必要だものね。
旧公爵邸でも結構な時間とお金をかけていたと思う。
「やっぱりそうだよね。……時間とお金がかかるけど、それでも設置する?」
「そんなにかかるのか?」
「費用は今は何とも言えませんけれど、水場の調査も必要ですし、お時間はかかると思います」
「そんなに大変なのか……」
っていうかね?
「あの、国でやってもらうことは無理ですか?」
「リディ、さすがに今は厳しいよ。殿下の件で結構痛手受けてるとこだよ?」
………そうでした。
「すみません。勝手なことを言って」
「まあ、でも、国がやってくれるのが一番いいよね、本当は。でも、それが厳しいとなれば、グラント家だけでやることになる。結構な費用になるよ?」
「そう脅すなよ」
そうよ、ラディ。
どうにかしてやれる方法を考えてみるべきよ?
と言っても。
「すみません、わたしも工事の詳細や費用までは把握していないのです。あの、よかったら、この滞在中に商会に行ってみませんか?そこで技術者に相談したほうが話が早いと思います。水道工事の経験者もいますから」
「ああ、そっか。公爵邸には水道もあったんだよね。公爵邸の工事やった人?」
「ええ、そうよ。彼らなら、いろんなプランを出してくれると思うの」
……ラディと話すとすぐに気を許してしまうのがいけないわね。
旧公爵邸にこの家と同じくらいの設備があったことがばれたわ。
グラント家の方々の視線が痛い。
「あ、リディはレンダルでも提案してるんだよ?ね、そうだよね?」
「え、ええ。水整備の提案はしたんですけれど、却下されてしまったんです」
これは本当だ。
ラディには以前話したけど、公爵家をよく思わない人に提案を潰されたのだ。
そう話したら、グラント家全員から、それは誰だとかの追求が始まって。
いや、それはさすがに言わないでおこうと思ってたんだけど。
適当に濁して話したらどうやらアタリを付けたようで、皆が悪い顔になってた。
お願いだから、平和に済ませてくださいね?
「ま、まあね、そういうわけでね。詳しい相談は商会でするってことでいいかな?でも、まずはこの家で使ってみて、それから決めてもいいと思うけど」
「いや、さっき少し使わせてもらっただけでも、便利なのはよくわかった」
お義父様がそう言うのに、グラント家の皆さまが全員頷いて。
ああ、これは、きっと導入するんだろうな、と思ったわよね。
「あの、では、母に手紙を送っておきますね。ラディ、その間、お邸の案内の続きをしてもらっていいかしら?」
「うん。わかった。ごめんね、手間かけて」
このくらい、全然平気よ。
そうして、早速お母様にお手紙を書いて送ったんだけど。
どうやら、ほんの少しのことでも感動してくれてるみたいで。
案内にも時間がかかっていたから、お夕食を作り始めて。
グラント家のみなさんがリビングに戻られたころには、すっかりと晩餐の準備が整っていた。
みなさん、満足そうなお顔をしてるわ。
よかった。お掃除がんばっておいて。
「まあ!今日のお料理もおいしそうね」
「義姉上、ありがとうございます。僕、実は楽しみにしてました!」
今日のメニューは。
カルパッチョにビシソワーズ、そして、白身魚と帆立のポワレ。
メインは、もちろん、お土産にもらったグラント領のお肉のステーキよ。
フレンチっぽくしてみたけれど、どうかしら。
あ、生のお魚は抵抗があるかもしれないから、カルパッチョは少なめに。
苦手だった場合のために、シーフードサラダも用意してある。
今回の付き人である執事さんや侍従さんの分も用意したら、ものすごく恐縮されてしまったけれど。わたしからしたら、使用人の方もお客様だもの。
よかったら食べてくださいね。
「リディ、こんなに作ってくれたの?」
「うふふ。せっかくだから、お魚のお料理も作ってみたのよ。今は全部出してるけど、冷めちゃったら美味しくないから、一皿ずつ出すわね」
「まあ!それじゃあ、リディアが大変じゃない!」
「マジックルームから出すだけですよ?」
こういう時、マジックルームって楽よね。
出来立てのまま保存しておけるもの。
って思ってたら、執事さんから給仕くらいはやらせてほしいと懇願されて。
お客様に申し訳ないと思ったんだけど、仕事を取ってしまうのもよくないから。
使用者制限のないマジックバッグに移動させて配膳をお願いした。
そうして食事を始めて。
グラント家の方たちは、本当に何でも抵抗なく食べてくれて。
カルパッチョも全く平気みたいだった。
今回も美味しかったって言ってもらえてわたしはご機嫌だわ。
そして、そのご機嫌な気分のまま翌朝を迎えたら。
お母様から返事が来ていて。
いつでもいらして、って書いてあったから。
そのまま、水道設備のことは、商会に丸投げした。
いやね、グラント家のみなさん。
付き人の方も含めて、お風呂とトイレにいたく感激されたみたいでね。
朝食の席で、ものすごい熱量で語ってくれたのよ。
その勢いのまま相談に行ったものだから、工事計画にも熱が入りまくっていて。
お義父様もお義兄様も頭の回転が速くて、専門的な話にも当たり前に加わって。
わたし、付いていけなくなったのよ。
だから、丸投げさせていただきます。
わたしは業務用冷蔵庫のほうをがんばるから、お母様、あとはよろしくね。
ラディは、さすがに申し訳ないと思ったみたいで協力するみたいだけどね。
そうして、グラント家での水道設備の導入が決定して。
気づけば、コンロや洗濯機の設置まで決まっていた。
そんなこんなで、今回の本題が終わったあとは。
マリンダやデュアル侯爵領を観光してもらって。
――レンダルには海がないから、港や海辺では歓声を上げていた。
商会の店舗でたくさんお買い物をしてもらって。
そして、グラント家の皆さんは笑顔で帰国された。
また来ると約束をして。
「リディ、いろいろありがとね」
「ううん。わたしは丸投げしただけだもの」
「いや、さすがに水道の設置は予想してなかったよ。商会のみんなには迷惑かけちゃうけど、その分、しっかり請求するから」
「久々のレンダルだから、結構楽しみにしているみたいよ?」
「そうなの?それならよかった。向こうでの対応もきちんとしてもらうから」
商会の人たちはレンダル出身だもの。
里帰りくらいな気分でいると思うわ。
「リディにも冷蔵庫のカスタマイズ?だっけ、それをお願いしてごめんね」
「ラディに言ってなかったかしら。カスタマイズの相談、結構あるのよ?」
そう言ったら驚かれたけど。
まだ実現には至ってないし、今のところは本当に相談だけだから。
ラディまで話がいってなかっただけだと思う。
いろいろ話してたら、納得顔になっていたわ。
そうなのよ?
だから、これは通常仕事だから問題ないのよ。
決して、自重しなかったわけじゃないのよ?
―――――そうして、わたしたちは日常に戻って。
お弁当屋さんと商会の掛け持ち生活を送っている。
この家に来てから、もうすぐ一年。
予定していた計画が漸く実現して。
誰かに振り回されるでもなく、自分の意志でやりたいことをやっている。
わたしが振り回している、という話がないわけでもないけど。
それは、やっぱり申し訳ないと思ったりもするけれど。
みんなが納得の上でやってくれているのはわかっているから。
わたしも納得して、みんなで役割分担をして進めている。
一方的な命令もなく。
変な駆け引きもなく。
欲にまみれた人に邪魔されることもなく。
関係者全員が笑顔で働ける環境が出来た。
もちろん、問題がないわけじゃないけど、それだってみんなで解決してる。
こんな環境で働けるだなんて、レンダルでは考えたことがなかったけれど。
自分の意志で動けるって本当に素敵だわ。
こうして生活環境も仕事環境も整った。
ということは。残すは、仮夫婦の仮を取ることなのだけど。
一体、どうしたらいいのかしら?
これ、仕事よりも難しい問題ね。




