37.彼女は彼の家族に会う。
side リディア
わたしは、今、グラント家の客室で途方に暮れている。
シェロに転移してもらって、グラント家まで来たら。
拉致されて王宮に連れて行かれて。
訳の分からないことばかり言う人たちの相手をしてきた。
ほんの少しだったけれど、王妃様とお会いできたことだけが救いだ。
激務のためか、ちょっとお痩せになってたのが心配だけれど。
わたしが大好きな、優しくて、凛とした王妃様のままだった。
これからはお手紙のやり取りができることが本当にうれしい。
ラディも王妃様の言葉に感動していて。
ふたりでその感動の余韻のまま王宮の馬車で送ってもらって。
グラント家まで戻ってきたらご家族全員に出迎えてもらった。
お義兄様以外は初めてお会いするから緊張したけれど。
みんな優しく迎えてくれてうれしかったわ。
ラディは、たぶん、お義母様似かしら。
お義父様とお義兄様はそっくりだった。
義弟のフィンディベル君はまだ十歳で。
ラディの幼い頃を彷彿とさせる顔で、口をきゅっとしてから、『義姉上ってお呼びしてもいいですか?』って上目遣いで言われたときは悶え死ぬかと思った。
でも、悶えてたのをラディが怪訝な目で見てきたから気を付けようと思う。
そうしてご挨拶を済ませてから、客室に案内してもらって。
拉致のおかげで両親に連絡を入れていないから、まずは連絡しようと思って。
魔法転送装置を取り出して、届いている手紙に驚いた。
両親から二通。ルイス伯父様から二通。は、まだわかる。
どうしてアンヌ様からの手紙まであるのかしら。
両親の手紙は、シェロから拉致の話を聞いて怒り心頭なこととグラント家に戻ったら一報を入れるように書かれたものが一通。
もう一通は、レンダルに行く準備は万全だから援護が必要ならいつでも発てる、という内容だった。
伯父様からは、拉致の件をカイン陛下に知らせるという連絡が一通。
もう一通は、書状が破棄されたことが伝わって陛下の機嫌が最悪になったことと経過連絡を求める旨が書かれていた。
そして、問題のアンヌ様からの手紙には。
兵を出すから安心して、と書かれていた。
ということで、わたしは途方に暮れている。
アンヌ様、まったく安心できません。
陛下にも、先日、戦はしないとお約束いただいたはずですわ。
手紙を持ったまま固まってしまっていたけれど。
いつまでもそうしているわけにはいかないわね。
王宮からグラント家に到着したこと。
王子からの命令を断ったこと。
書状の件のお詫び――王子が愚かだったとはいえ、止められなかったし、そもそも、もっときちんと渡せばよかったと後悔している――。
王子はすぐに謹慎処分になったこと。
レンダルの対応はすべて王妃様に任せたこと。
わたしたちも出来る限りのことをするから、どうか、グリーンフィールで待っていてほしいこと。
詳細は追ってまた送ること。
これらをざっと書いて、グリーンフィールの両親に送った。
――金を返せと言われたことと陛下の勘違いについては書かなかったけど、これは後回しでいいはずだ。
アンヌ様には、簡単な報告とどうか穏便にしてほしい旨を送った。
ここまでしてから、客室を出て見つけた使用人の方にラディのところまで案内してもらったら、ラディはご家族に今日のことを報告していようだ。
「リディ、もっとゆっくりしててよかったのに」
「ううん、大丈夫よ。ありがとう。それよりも、これが届いていたの」
そう言って、五通の手紙を見せたら。
グラント家の全員が黙った。
「帰ってきたことと王宮でのことを簡単に記して返事をしておいたわ。アンヌ様には穏便に、とお願いしたんだけど」
「だよね。やっぱりこうなるよね………」
ラディのご家族は、さすがに影の一族だけあって、王宮での出来事はすべて把握していた。わたしたちが拉致されてすぐに影を放っていたらしい。
だから、わたしに届いた手紙にも納得されていたけれど、今回はグリーンフィール側が好戦的なのが問題だ。
「リディア、グリーンフィールは穏便に済ませてくれるだろうか」
「そうしてもらえるように何度もお手紙を送りますわ」
お義兄様に聞かれても、わたしはそう答えるのが精一杯だ。
ラディも手紙を書いてくれるって言ったし。
お義父様はレンダルの陛下や王妃様と連絡を取って、随時経過を教えてくれるという。
後は、わたしたちがいくら動いたところで、レンダル王家が動かなければグリーンフィールは納得しないだろうから、レンダルがまともな対応をしてくれるのを願うしかない。
「リディアを理不尽に断罪した時にちゃんと処罰するべきだったんだよ」
「それはそうだが、今更言ってもどうにもならん。さすがに今回は、謹慎だけ、というわけにはいかないだろうよ」
「だといいが。だが、陛下は殿下に甘いんだよな」
「王妃殿下に期待するしかないわね」
グラント家の大人たちはそんなことを話していたけど、義弟のフィン君――と呼ばせてもらうことになった――は不安そうだ。
「ラディン兄様。大丈夫でしょうか」
「俺たちも、がんばって説得するよ」
「そうね。グリーンフィールの王様は話が分からない人じゃないの。誠実な対応をすれば大丈夫だと思うわ」
和解するにしても、ものすごく条件を付けてくるだろうけど、それは言わないことにした。十歳のかわいい義弟に腹黒な話はしたくない。
それがよかったのか、フィン君は少しだけ安心したようだった。
いずれにしても、ここでこうして話していても事態は変わらないし。
後で送る手紙はラディとゆっくり検討してから送りたいから。
わたしは、話を変えることにした。
今回の件は、もう、偉い人に任せるしかないと思う。
「あの、後ほど、また両親や王女様にお手紙を送りますし、グリーンフィールの状況も随時お知らせしますわ。それよりも、わたしたち、今回お土産を持ってきたのです。ここでお出ししてもいいでしょうか?」
さすがに、一週間もお世話になるのに手ぶらなんてことはないのだ。
商会のものばかりだけど。
でも、話題を変えるにはいいと思うのよね。
「まあ!そんなに気を遣わなくてもよかったのに」
「いえ、その、手前物で申し訳ないのですが、わたしとラディが働いている商会の商品をお持ちしたのです。せっかくですから見ていただきたいと思いまして」
そう言ってマジックルームから、それぞれのお土産を出してみた。
お義父様には、万年筆を。
お義母様には、美容セットを。
美容セットは店舗では扱ってないけど、貴族宅に伺うときにはお持ちしている商品だ。将来的に、お化粧品の店舗ができたらいいな、と思ってる。
そして、お義兄様には先日いらした時に着ていただいたお洋服を。
フィン君には文具セットを。
あと、全員分の下着もあるんだけど、お義母様の下着をここで出すわけにはいかないから。夜、こっそりお部屋にお邪魔させてもらおうと思う。
「見たことがないものばかりだな」
「元がアーリア商会だからね。画期的な商品ばかりだよ」
「おお!この前の服だな!サイズは合わせてくれたか?」
「うん。この前は俺のだったからね。ちゃんと大きいサイズにしたよ」
「ラディン兄様。義姉上。これは、紙ですか?」
「そうだよ。すごく書きやすい紙なんだ。あと、これは鉛筆。この消しゴムっていうので書いたものを消せるんだよ」
「うわー!すごい!」
お義父様も都度インクを付けなくてもいいペンに感動していて。
お義母様には後で使い方を教える約束をした。下着もその時ね。
「ラディ、冷蔵庫はここに出してもいいのかしら」
「ああ、そうだね。厨房で出すのが一番いいけど」
実は、魔道具店オープンの際にグラント家の冷蔵庫を確保していたのだ。
本当は三台取っておいたんだけど、あまりにも人気で品薄状態だから、一台は商会に譲って、今回は二台持ってきた。
ラディは、申し訳ないから一台でいい、って言ったんだけどね、伯爵家よ?
一台で足りるわけがない。二台だって足りないと思うわ。
「レイゾウコ?」
「厨房で使うものなの?」
「うん。そうなんだけど、今は忙しい時間だよね。後にしようか」
シェロに連れてもらって来たのがお昼過ぎで、今は夕方。
きっと、今頃はお夕食の準備中よね?
「でも、見たいわ。ここで出すことはできないの?」
お義母様からそう言われたので。
ちょっと大きいのですが、と断って出してみた。
「おお!これは、あの冷たいエールが出てきた箱だな!」
「エール専用じゃないよ。これね、食材を冷やすことができる箱なんだ。肉や卵やミルクも、地下室よりも長持ちするよ」
「まあ!なんてこと!」
「それはすごいな。お前はこんなのを売ってるのか」
「これで冷やしたエールは本当に旨かった!また飲めるんだな!」
お義兄様。エールでいっぱいにしないでくださいね?
お義父様。ラディが売ってるわけじゃないんです。
でも、ラディが売れる戦略作ってめちゃくちゃ利益出してくれてます。
フィン君も目がきらきらしてる。
うふふ。こうやって喜んでもらえると、作ってよかったと思うわよね。
「忙しくても構わないわ。すぐに使ってもらいましょう」
「そうだな!」
え、いいの?
とりあえず盛り上がってしまったから冷蔵庫をマジックルームにしまって。
厨房まで行って、また出して。説明したら、料理長さんが感動に震えてた。
「こんなものがあるなんて……。坊ちゃんはすごいところで働いてらっしゃるのですね。早速使わせていただきます。ありがとうございます」
料理長、泣きそうだけど大丈夫?
「ああ、そう言えば、アンディ坊ちゃんが仰っていた、何やらすごく珍しい料理というのもこの箱から出てきたとか。そんな素晴らしい箱が目の前にあるなんて、わたくし、本当に感動しております」
いや、さすがに冷蔵庫が料理してくれるわけじゃないわよ?
お義兄様、どんな説明したの?
思わずお義兄様をジト目で見てしまったけど、ここで、フィン君がそわそわしていることに気づいた。
「フィン君。どうかしたのかしら?」
「いえ、あの……」
また口をきゅっとして、言おうかやめようかしばらく悩んでいたようだったけど。でも、意を決したような顔をしてこちらを見て、口を開いた。
「アンディ兄様がすごい自慢してきたんです。義姉上のごはんがすごくおいしかったって。そんなの、アンディ兄様ばっかりずるいです。僕も食べたいです」
あらやだ。
かわいい義弟にそんなこと言われたら作るに決まってるわ。
「まあ、それはうれしいわ。あの…、明日、厨房をお借りしてもいいですか?」
「リディアはお客様なのよ?そんなこと」
「リディアにはゆっくりしてもらおうと思ってたんだが」
「いえ!わたし、お料理好きなんです。ですから、よかったら、作らせていただけませんか?」
わたしに料理をさせるわけにはいかないと大人たちが言い始めて。
フィン君が泣きそうになってきたから、ここは強引にいかせてもらいたい。
「でも、リディ。ここにはコンロがないよ?」
「卓上コンロを持ってるわ」
「転移で来たのに野宿セット持ってきたの?」
「いつも入れてるわよ?」
「そうなんだ……………」
ラディには呆れられてしまったけど、調理セットも持ってるわ。
調味料やスパイスも。
ということで、交渉し続けて、明日料理をさせてもらうことになって。
フィン君にもご飯をつくることを約束したら、やっと笑ってくれたわ。
義姉はがんばるわよ?
そうして、その後は、歓迎の夕食を戴いて。
ラディとグリーンフィールへの手紙を悩みながら書いて。
バタバタした一日が終わったのだった。




