25.彼女と彼は忙しい。
side リディア
ラディとグリーンフィール王国に来て半年が経った。
学園の卒業パーティーで、突然、冤罪をかけられて婚約を破棄されて。
国外追放まで言い渡されたから、その通りに国を出て。
その際に護衛に名乗り出てくれたラディと結婚をしてこの国にやってきた。
この国には自分の家があるし、設備も整っていたから特に困ることもなく。
母国の第一王子の元婚約者のわたしと元学友のラディは、これまでの王子に振り回された生活から打って変わって、やっと掴んだ自由な生活を楽しんでいる。
今思えば、最初の三ヶ月は随分とゆっくり過ごしていたと思う。
町や森に遊びに行ったり、港に買い物に行ったり。
畑を耕して鶏を飼って、憧れのスローライフも始めた。
たまに冒険者をやったりしたけれど、基本的には休暇のような生活をしていた。
とはいえ、ずっと遊んでいるわけにもいかないから。
魔道具販売とお弁当屋さんをしようということになって、詳細を検討したり、調査したり。商会を経営している母にも相談して、実現に向けて動いていた。
最初の三ヶ月は、いわば充電期間で。
この国での自由な生活を満喫するための下準備期間のようなものだった。
その後、魔道具販売は、母の商会が主導で動いてくれることが決まって。
商会の動きを待っていたら両親と商会も祖国を出てこの国にやってきた。
それからは、先の三ヶ月が幻だったくらいの勢いで働いている。
まずは、商会の立ち上げから、ということで、お弁当屋さんのほうは後回しになっているけれど、それにしても、よく働いていると思う。
母の商会は、祖国レンダルではアーリア商会という名だったのだけど、グリーンフィールで立ち上げるにあたって、リアン商会に改めている。
――母の名リアンティアにちなんだ商会名なのだけど、アーリア商会だって、父の名アーロンと母の名から取ったものだからたいして変わらない。
立ち上げの経緯もあって、リアン商会の目玉は魔道具となった。
わたしがグリーンフィール用に精霊石で試作していた、冷蔵庫などの生活魔道具を販売するのがメインとなる。
とはいえ、旧アーリア商会はこちらにそっくりそのまま移転してきた形だから、レンダルで扱っていた雑貨やお菓子も販売予定である。
あわせて、レンダルでは量産ができなくて販売を断念していた衣類などの非売品も、グリーンフィールでなら量産可能なことがわかって、更に多くの商品を扱うことになった。これはラディも希望していたから、実現してうれしい。
ただ、これだけの商品の製造販売となると、かなりの人手が必要で。
母の従兄で、わたしとラディが住む王家直轄領の西隣、デュアル侯爵領の領主であるルイス伯父様には当初からご協力いただいているけれど、その伝手だけでは目標の製造体制には到底追い付けず。
そこで、技術のあるギルドに話を持ち掛けて。
二ヶ月前にやっと提携が決まって、量産の目途がついたのだ。
母の商才にルイス伯父様の権力と人脈、そしてギルドの確かな仕事。
それを、父が、経営手腕を持って支えている。
しかも、販売予定の商品は、見本品を見た人には大好評。
これだけでも成功する未来が見えるようだが、言いだしっぺのわたしとラディも、当然ながらお手伝いしている最中なのだ。
そんなわけで、わたしたちは忙しい。
わたしは、商品のアイデアを出したり、企画書を作る毎日で。
ラディは、購買動向とかの調査や分析に勤しんでいる。
今日は、わたしがどうしても欲しくて、でも、これまで再現できていなかった商品の試作品が出来上がったということで、リアン商会の拠点にやってきた。
「お嬢様。デニム、というものはこのような布地でよかったでしょうか?」
「きゃーーー!!これよ、これ!わたしはこのデニムを求めていたのよ!」
やったわ!やっとデニムが出来たわ!
前世の記憶のあるわたしは、これまでも色々な前世―異世界―の商品の再現に向けてがんばってきたが、レンダル時代にできなかったのが、このデニム。
わたしも、布地の織り方まで詳しく知っているわけではないから、覚えている限りの情報を与えて、技術者に再現をお願いしてきた。
試行錯誤を繰り返してやっとできたのだ。
感慨もひとしおだ。
「かなりしっかりした布地だね」
「染色加工をしている糸としていない糸を組み合わせることでこんな生地になるんですね。お嬢様、この生地すごいです」
「洗い加工で色の濃度の違いを出すなんて考えもしませんでした。染料を変えなくても変化がつけられるんですね」
「かなり雰囲気が変わりますよね。濃い色はシックだし、薄い色はラフな感じで。わたしはこの、わざと着古した加工をしたものが好きです」
一番最初に口を開いたのはラディ。
商会のみんなも口々に感想を言ってくれたけど、概ね、好評かしらね?
では、このまま進めさせてもらおうかしら。
将来的には黒や白といった色展開もしたいけど、基本の色で商品展開してからのほうがいいわよね。
「デニムは、シャツにしてもいいし、バッグにしてもかわいいのだけど、まずはボトム展開をしたいの。パンツとかスカートとか。丈夫だし、作業着にもお出かけ用にもできると思うわ」
そう言って、わたしはデザインノートを広げたのだけど。
みんなが一斉にノートの周りに集まってきて、その素早さに驚いた。
でも、じっくり見てくれてうれしいわ。
「このストレートっていうの、格好いいな」
「ベルボトムというのは面白い形ですね」
「ワイドパンツというのは、スカートみたいで女性にもいいと思います」
「いっそスカートでいいんだけどね。女性で、パンツを履いてみたいけど抵抗がある人にはいいと思うの」
「そうですね。やっぱり、まだ女性がパンツを履くのは外聞も悪いみたいです」
そうなのよね。
女性のパンツ姿は男装とされてしまうから、なかなか浸透しないのだ。
商会のみんなは、長年わたしといろんな商品を開発してきたから、打ち合わせも慣れたものだ。思い思いに意見を言ってくれてありがたい。
前世の感覚が強いわたしだけの意見では、この世界では受け入れてもらえない可能性も高いから、こういった場は、これからも大切にしていきたいと思う。
………ただ、お嬢様呼びはそろそろやめてほしいけれど。
結局、デニム生地では、ロングスカートの製作は決定。
パンツは、男性用だけでなく女性用も作ることになり、ストレートと、裾を広げすぎない程度のベルボトム、ワイドパンツが採用となった。
個人的にはスキニーも作ってほしいんだけど、足のラインが出ることに難色を示されて――特にラディから――、没となってしまったのが残念だ。
「お嬢様。このデザイン、デニム以外の生地でも使っていいですか?」
「もちろんよ」
そうよね、デニムだから、ということもないのだから、色々作ってほしい。
応用できるものはどんどんしてもらおう。
「にしても、さすがお嬢様ですよねー」
「ほんと、どこからそんなに色んなアイデアが生まれるんですか?」
うわ、ここでその突っ込みが来ますか。
わたしの前世の記憶については、商会のみんなには話していない。
知っているのは、両親とラディだけ。
――そういえば、ラディに伝えたことを両親に話していなくて、ラディから、お父様に話してしまったと謝られた。全然構わないのに。わたしが言い忘れていただけだ。
さて、ここはどう誤魔化そうか。
「王子妃教育で他国のいろんな本を読んだのよ。国によって文化がさまざまで、お洋服も結構違うの。そういうのがヒントになったりするのよ」
「へぇ、なるほどー」
おっと。意外とあっさり信じてもらえたわ。
まあ、でも、あながち間違いでもないのだ。
東の島国ジングは食文化だけじゃなくて服装も日本的だった――着物っぽいものがあった――し、他の国にも民族衣装的なものがあったのは本当だ。
とはいえ、ここまでカジュアルなものはなかなかないけれど!
ここは、わたしのアレンジ力とでも思ってもらうしかない。
とか考えてたら、視界の片隅で、ラディが感心した顔をしていた。
ラディはわたしがどう切り返すのか心配していたのかしら。
大丈夫よ。口だけは達者よ?
「ほんと、お嬢様のアイデア力には脱帽です」
「これまでも、どれだけの商品を提案してくださったか」
「言うほどないわよ?少し改良するだけでも結構イメージが変わるものがあるから、多く見えるだけじゃないかしら」
「それはそうかもしれないですけどー。でも、お嬢様はやっぱりすごいです。さすが顧問です!」
………それね。
また話が広がってきたけれど。
一体、どうしてこんなことになってしまったのか。
驚いたことに、わたしとラディはリアン商会の顧問になってしまったのだ。
いや、本当に、わたしたちは、どちらかというと、契約社員とかアルバイトくらいの感覚でいたのだけど。
ラディはわかるのよね。
調査能力が突出しているのは知っていたけれど、ラディってば、それだけじゃなくてマーケティング能力にも長けているのよ。
市場把握と分析力がすごくて、的を得た販売戦略を提案してくれるのだ。
これには、お父様も伯父様もびっくりしていた。
そして、この能力を買ったお母様がラディを情報管理部の顧問に任命した。
この世界では、商店ももちろんあるけれど、貴族が相手の場合は貴族宅に伺って売買を行うことが多い。その顧客情報を管理するのがメインだけれど、市場動向や商店での販売傾向などのあらゆる情報をも管理しているのがこの部門だ。
本来なら、別途、販売戦略とか営業戦略の部門があったほうがいいと思うのだけど、残念ながら、現状ではそこまで人を割けない。
だから、情報管理部が戦略立案までを受け持っているのだけど。
ラディなら、情報収集はもとより、管理されている情報をもとにして、顧客ごとのおすすめ商品も、商店におく商品のラインナップも提案できるに違いない。
だから、顧問になるのもわかるのだ。むしろ、当然だ。
でも、わたしは、これまでのように、提案する商品ごとにアイデア料を戴く形でよかったのだけれど。準備期間中に何かと企画書を作っていたこともあって、うっかり、商品開発部の顧問になってしまった。
確かに、これまでよりも市場が大きくなるし、顧客層も幅広くなる。
だから、単にアイデアを出せばいいというものでもなくて、随時改良していくことも、バリエーションを増やすことも必要になるだろうから、仕事は増えると思うけども。随分、重たい肩書を得てしまったと思う。
とはいえ、せっかく任命してもらったのだ。
それに、この国での商売は、わたしとラディが望んだことだ。
できることを精一杯やって、商会に貢献していきたいと思う。
……でも、お弁当屋さんもやりたいから、非常勤にしてね。
お読みいただき、ありがとうございます。
本日から第二章に入りましたが、第一章のように毎日更新できなかったらごめんなさい。
今回は、第一章のあらすじとかも入っていて、説明ばかりで申し訳ないです。
もう少しの間はふたりの仕事ぶりの話になりますが、その後は、第一章でさらっと出てきた問題児たちも絡んでくる予定です。
お時間ありましたら、第二章もぜひお付き合いくださいませ。




