閑話:レンダルに届いた手紙。
俺はアンディベル。
レンダル王国の影の一族であるグラント伯爵家の嫡男だ。
うちの国は、数ヶ月前に第一王子がやらかしてから混乱している。
四ヶ月前、第一王子は、あろうことか、公衆の面前で幼い頃からの婚約者である公爵令嬢を謂れなき罪で断罪し、婚約破棄と国外追放を言い放ちやがった。
美人で頭がよくて才能もある令嬢のどこが気に入らなかったというのだ。
執務も完璧にこなして、王子の尻拭いだってしてくれていたのに。
影からの情報によれば、完璧すぎて冷たそうに見えるものの、話しかければ、誰にでも愛想よく対応するいい子なんだそうだ。
正直なところ、第一王子は王子としての自覚が足りないお方だ。
勉強も執務も投げ出してばかりだし、言動も残念なことが多い。
自分のことを優秀だと思っているようだが、失礼ながらそれは勘違いだ。
振り舞いに問題があることも多く、改心しなかったら立太子は難しいとさえ言われている。
だからこそ、完璧な令嬢を婚約者につけていたというのに。
王子が婚約者を毛嫌いしていたのは有名だが、大方、自分よりも優秀で、何でもできる婚約者に劣等感を抱いて反発していただけなのだろう。
だからって、不貞相手に選んだあの令嬢は、ない。
男の前では、儚げな、か弱い令嬢を装っていたようだが、影の一族である俺は本性も知っている。王子の相手として相応しいか調べるのも仕事だからな。
あの娘は、贅沢が好きでちやほやされたいだけの女だ。
そのためのか弱い演技に騙される男も男だが。
最近は王宮に出入りできるようになって優位に立てていると勘違いしているのか、舐めた言動が多くなってきていて、化けの皮が剥がれ始めてると聞いている。
それでも王子はあの娘にデレデレしているのだから、困ったものだ。
まあ、でも、王子については、この際どうでもいい。
未だに沙汰が下りていないのもどうかと思うが、そのあたりは王家に任せるしかないし、俺がどうこう言ったところでどうにもならないだろう。
今、問題なのは、第一王子の元婚約者が、言い渡された通りに国を出たうえに、その後を追うように、その両親までもが国を出てしまったことだ。
王子の元婚約者はレンダル王国筆頭公爵家の一人娘。
父親は宰相、母親は名のある商会の会長だ。
―――あの商会の会長が公爵夫人だとは知らなかった。
アーリア商会は公爵家の力を使うことなく商品力だけでのし上がってきた。
妖精姫と言われた夫人の別の顔に驚いたのは俺だけではないはずだ。
話は逸れたが、優秀な一家が総出で国を出た。
次期王妃として期待されていた令嬢に、敏腕な宰相、そして、商才のある商会の会長も。この国に必要だった三人がいなくなり、有益な商品を多数抱えていた商会までもがなくなった。
しかも、筆頭公爵家は建国時からある由緒正しい名家だ。
その家がなくなった衝撃は大きい。
第一王子の暴走は、そんな事態をも引き起こしたのだ。
おかげで、レンダルは政治的にも経済的にもかなり混乱している。
我が一族も、今の状況に対する各貴族家の動向を探るのに忙しい。
大きな権力がなくなったことで各派閥にも動きが出たから、それらを把握しなくてはならないのだ。
できることなら、二人いる弟のうち、上の弟にも仕事を振りたいものだが、こともあろうにその弟は第一王子の元婚約者と結婚をして国を出ている。
そうなのだ。
弟は、次期王妃とも言われた公爵令嬢の旦那におさまったのだ。
あいつは、第一王子の学友で、剣の腕もあり、我が一族でもある。
だから、国を出る令嬢の護衛としてついていくのはわかる。
影の一族として、令嬢の身の安全を守り、その後の把握に務めるのも尤もだ。
とはいえ、結婚まですることはなかったんじゃないか?
今まで婚約者も作らず、結婚に興味がなさそうだった弟が、あんな美人と結婚するなんてありえない。別に妬んでいるわけじゃない。羨ましいとは思うが。
俺の心情はいいとしても、結婚の話を聞いたときは、弟はもうその気だったし、公爵家でも了承されているとなれば決定も同然だ。
結局、両親も了承してしまい、弟は結婚をして国を出た。
聞けば、その後も問題なく過ごしているようで何よりだ。
―――ちなみに、弟の結婚により縁ができた公爵家にはよくしてもらった。
国を出てしまったが、詫びと言って情報という置き土産をもらった程だ。
ただ、もらった情報のヤバさに途方にくれてるなんてことは、なくは、ない。
また話が逸れたが。
ということで、俺は父とともに影を取り仕切り、情報を精査するのに忙しい。
今日も、膨大な資料を前に執務に精を出していたのだが。
「はあああああああああああああああ?」
突然、父が奇声を上げて驚いた。
何事かと思えば、国を出た弟から手紙が届いたらしい。
あいつは筆不精でこれまでもほとんど手紙を送ってこなかったのに珍しい。
前回の手紙は、隣国での国民登録が終わったから――異例の速さで驚いた。どんな手を使ったのか想像もつかない――レンダルでの除籍処理をしてほしいというものだったが。
父が奇声を発するほどの手紙とは、一体何が書かれていたのか。
―――――ご無沙汰してます。
皆様、お変わりありませんでしょうか。
こちらはおかげさまで元気に暮らしています。
先日、我が家に、シェンロン様がいらっしゃいました。
その際、シェンロン様ご自身から、ご自分は守護竜などではなく、レンダルの守護や加護もしていないという話を聞きました。レンダルは竜に守られているのではなく、ただ、竜の住処の近くにある国、というだけだそうです。
つい最近まで半年以上竜谷を空けていたということですし、この事実があったところで、そちらの生活が今までと変わることはないと思いますが。
念のため、ご報告まで―――――
「はあああああああああああああああ?」
俺も同じ奇声を上げた。
弟よ。何を言い出してくれているのだ。
こんな情報、どうしろと?
だいたい、シェンロン様ってしゃべるのか?
竜が来るってどんな家だよ。
思うことはいろいろあるが、受け取ってしまった以上、対処するしかない。
「父上、これは……」
「この手紙だけでは何とも言えないが、あいつがこんな嘘をつくとも思えない」
確かにそうだ。
嘘にしたって、弟がこんなこと思い付くわけがない。
「まずは、竜谷を調べよう」
「しかし、シェンロン様が竜谷にいなかったとしても、あいつのところにいる証明にはならない。それに、もし本当にあいつのところにいたとしても、隣国からこの手紙が届くまでには少なくとも十日はかかっているはず。その間にシェンロン様が戻っている可能性もあるのでは?」
「それはそうだが、むしろ、竜谷にいらっしゃるなら好都合だろう。この手紙の通りだとすれば、シェンロン様は喋れるはずだ。聞いてみればいい」
それな。
竜がしゃべるってところで、あいつの嘘ではないんだよな。
あの弟は、冗談が通じないヤツではないが、冗談は言わないヤツなのだ。
にしても、聞くのか?竜に?
「お前が言いたいことはわかるが、他に手はあるか?」
「いや………」
弟のところに行って確かめるにしても、手紙ならまだしも、実際に行くとなると片道で半月ほどはかかると聞いている。
この忙しい時期に、移動だけで一ヶ月以上かけるのは避けたい。
今は影もフル稼働しているくらいなのだ。
文献にしても、竜について書かれたものは少ないし、信ぴょう性も薄い。
だいたい、竜の国とか言われていながら、どうして竜の専門家がいないのか。
神殿に聞くとしても、多分、神殿はこの話を否定するだろう。
いくらか考えても他にいい案が出ることはなかったから、結局は父の話通りに竜谷に影を放つことになったのだが、竜谷には竜はおらず、何日か張っても竜が戻ってくることはなかったそうだ。
その連絡を待つ間、考えてはみたが、弟の話はやっぱり真実ではないかと思う。
実際のところ、レンダルに守護や加護があるかと言えば、微妙だしな。
守護があるなら、過去の戦で負けなかったはずだ。
加護があるなら、農作物だってもっと育ってもいいはずなのだ。
近年、他国から攻め込まれていないのは、守護竜を恐れてのことではなく、我が国には奪っても価値のない土地しかないからじゃないか?
そう思ったことを父に伝えれば、父も同じことを考えていたようだ。
結局、シェンロン様に尋ねることもできず、どうにもできなくなった俺たちは、陛下に丸投げすることにした。
―――結果。なかったことにされた。
どうやら陛下は手紙を見なかったことにしたらしい。
まあ、確かに、俺たちでさえかなり忙しいのだ。
陛下はもっと忙しいことだろう。
宰相も変わり、王宮は、ほかのどこよりも多忙を極めているはずだ。
守護竜も大切だが、目の前の書類も大切なのだ。
守護竜の加護がなくなるならまだしも、そもそもなかったという。
であれば、この件については何かをしてもしなくても変わらない。
弟たちも言いふらすことはないだろう。
黙っていればバレないのであれば、このままにしたい気持ちもわかる。
そうして、俺たちは何事もなかったように自分の仕事に戻った。
手紙のことは気にしないことにした。
俺は知らなかったのだ。
この後、もっと厄介な手紙が届くことなんてことは。
―――――続報です。
シェンロン様がこの国を気に入ったらしく、こちらに引っ越しを考えているようです。守護や加護がないとわかった今、シェンロン様がレンダルの竜谷を離れたとしても、皆様の生活にはあまり影響がないと思いますが、今回も念のためお知らせしておきます。
ちなみに、シェンロン様は引っ越しの相談のために王宮に行ってしまわれたので、レンダルから竜がいなくなることは周辺諸国にも周知の事実になりそうです。
がんばれ―――――




