23.彼女は母から諭される。
side リディア
ラディがお父様と話をしていたとき。
わたしはお母様に、邸を案内しろと連れ出されていたけれど。
基本的に、この邸にあるものはレンダルのお邸にもあるものだし、この邸に何を作って設置したかは、わたしや技術者から聞いているはずなのよね。
多少改良したり、デザインを変えたものはあるけれど。
だから、一応は一通り見て回ったけれど、結局はわたしの部屋でお母様とふたりで話していただけだった。
「さて、リディアちゃん」
「何かしら」
「ラディン君とはどう?」
え、ものすごくざっくりしていて答えづらい質問なんだけど。
何を聞きたいのかしら?
「どうって、何が?ラディはすごくいい人だし、今のところは問題なく過ごせていると思うけれど。喧嘩とかもしてないわ」
「そうね、お手紙にもそう書いてあったわね。ラディン君ともうまくいっているようだから、お父様とも安心していたのよ」
「うまく……、うん、それなりにうまくできていると思う」
「じゃあ、ちゃんと夫婦ね?」
え、どういうこと?
わたしたちのことを心配をしてくれているのはわかるのだけど。
確かに夫婦という形をとっているけど、わたしたちは仮夫婦だ。
夫婦というよりは、バカ王子に振り回された同士みたいなもんだと思う。
「ちゃんと夫婦ってどういうこと?」
「だって、殿下との婚約破棄をしたその日にいきなりプロポーズして。翌日には結婚したのよ?それまでお付き合いもなかったようだし、結婚生活がうまくいってるか心配していたのだけど。そんな心配も杞憂で安心したわ。これからもちゃんと夫婦としてやっていくのよね?」
「これからも何も、わたしたちは仮夫婦よ?」
「まだそんなことを言っているの?あなたたちが国を出て、ここで暮らすために結婚という方法を取ったのはわかっているけれど。でも、別に、いつまでもそんな理由で夫婦ごっこしていることはないでしょう?」
「え、でも、ラディは巻き込まれただけよ?ラディの気持ちを優先したいわ。だから、仮夫婦のままでいようと思うんだけど」
「そんな仮なんて、もう取ってしまいなさい。ラディン君もまんざらではないと思うわよ。リディアちゃんも、ラディン君のこと好きでしょう?」
は?好き?わたしがラディを?
……そりゃ、好きか嫌いかで言ったら、好きだけど。
夫婦としてとか言われると、そんな風には考えてなかったわ。
というか、考えてはいけないというか。
っていうか、ラディがまんざらじゃないって、そんなことないと思うんだけど。
確かにやさしいけれど、それを勘違いしちゃだめよね?
「お母様、ちょっと待って。なんでそうなるの?」
「娘夫婦が仲良くて私たちもうれしいわよ?」
「だから。わたしたちは、お母様たちが思うような夫婦じゃないわ。確かに、ラディとの生活は居心地がいいけれど、だからって、そのまま夫婦になるなんて、都合がよすぎると思うんだけど。ラディにも申し訳ないし」
「いいじゃない。たとえ、仮として始まったのだとしても、それが本物になったっていいと思うわよ。ちゃんと夫婦になっちゃいなさい」
「わたしたちにそんな空気はないと思うわ」
「そうかしら?十分ありそうだけど。でも、ないなら作ればいいでしょう?私は、娘夫婦はラブラブなのがいいわぁ」
「仮夫婦にそんなこと求められても……」
いや、本当に。
そんなこと言われても困る。
ラディは護衛として付いて来てくれて。
でも、すごくいい人だから、いろんなことを一緒にやってくれて。
毎日、穏やかに楽しく過ごしてきた。
ラディに好きな人ができたら、ちゃんと弁えるつもりだったし。
巻き込んでしまったラディに迷惑をかけず――そこそこかけている気もするけど、今のところは怒られていない――、彼が不自由なく快適に過ごせていたら、それでいいと思っていたのだけど。
それなのに、同士じゃなくて、夫婦として過ごすなんて。
いいのかな?そんな未来にしていいのかしら。
ここで生活しているのは、元はと言えばわたしのせいなのに?
「まったく……。あなたは、そういうところは固いんだから。とにかく、仮からは離れなさい。それから、ラディン君とのことをきちんと考えてみなさい。ラディン君に対するあなたの罪悪感はわからなくもないけれど、それだけに縛られないようにね。自分の気持ちを優先したっていいのよ?」
「…………わかったわ。考えてみる」
まさか、こんなことを言われるなんて思っていなかったから。
ぐるぐるとした思考のまま、ラディとお父様の元に戻ったのだけど。
この流れでラディを意識するなってほうが無理だ。
どうしていいかわからなくて無駄に料理を張り切ったら、お母様の含み笑いが気になって失敗しそうになった。もう、嫌になるわ。恥ずかしい。
夕食の後、自分の部屋に戻って。
ひとりで、お母様から言われたことを考えてみた。
わたしがラディを好き。
そういう対象で見ないようにしていたけれど、好意はあったし。
言われてみれば、そうかもしれないと思う。
彼は、わたしが思っていた以上にいい人で、やさしくて。穏やかで。
一緒にいて楽しいし、ラディが喜んでくれればうれしい。
仮夫婦の旦那様がラディでよかった、と何度も思ったし。
これからも、一緒に居れたらいいと思う。
………ここまで思えるならば、好き、なのかしらね。
今までは、巻き込んでしまった罪悪感とか感謝とか、そういう気持ちばかりだと思っていたけれど。そうかー。わたし、ラディが好きなのね。
でも、ラディはどうなんだろう?
嫌われてはいないと思う。
好きな子も、たぶんいないんじゃないかしら。
一緒に出掛けたときは、ラディは誰にでも当たり障りのない対応しかしてなかったし、特別仲がよさそうな子はいないと思う。
調査のときだって、ひとりで出かけているから、その時に何かあってもおかしくないけど、浮かれている様子はないように思うのよね。
だとしても。
ラディがわたしを好きだとは限らないのだけど。
この世界に生まれてから恋愛なんてしてこなかったから、この先どうしたらいいのかさっぱりだわ。自分がこんなに恋愛に疎いなんて思ってもいなかった。
前世日本人のわたしに知恵を求めても、全然答えが出てこない。
もしかして、恋してなかったのかしら。だから、今世でもこのザマなの?
いきなり態度を変えても変よね?
それで怪しまれるのは避けたい。
告白なんてして、気まずい結果になるのももっと避けたい。
となると、今まで通りにしかできないのだけど。
しばらくはこのままでいいかしら?
それって逃げてることになるのかしら?
考えてはみたけど、結局答えが出ないまま翌日になって。
お母様は、前日の話なんてなかったような態度で。
悔しいから、わたしもまったく触れることなく、両親が帰るのを見送った。
――帰りはセバスチャンが迎えに来てくれた。久々に会えて嬉しかったわ。
それからのラディとの生活は、表面上はこれまでと同じようにしていたつもり。
ラディの好物ばかり作ってしまったり、いちいち反応を伺ってしまったり、今までよりも近くに寄ってしまっているかもしれないけれど!
ただ、買い物の時にラディがお店の女の子と話していたら気になるし、ラディに色目を使う子にはむかつくし、そんな嫉妬ばかりしている自分には落ち込む。
嫉妬深い子って、印象よくないわよね?
っていうか、わたしたちは表向きは夫婦なのに、それは隠していないはずなのに、どうしてラディにアプローチしてくる子がいるのかしら。
わたしが妻なのよーーー。
ああ、もう、人を好きになるのも大変ね。
でも、ラディと一緒にいるのが前以上に楽しいと思うし、嬉しいと思う。
どうしていくのがいいのかなんて、まだ答えは出ていないけれど。
考えても仕方がないから、開き直ることにして。
進展はないだろうけど、今の生活を壊すのは嫌だから、やっぱり、しばらくはこのまま、今まで通りに過ごそうと思う。
――なんて風に、気持ちが少し落ち着いてきた頃。
お母様から、招集連絡が来た。
ルイス伯父様が領地に戻ってきて、商会のメンバーもメインメンバーはもう既にグリーンフィールに来ているということだったから、顔合わせも兼ねてみんなで集まることになったらしい。
恋心は置いておいて、仕事モードになって。
練り直した企画書も忘れずに、ラディと一緒に招集場所であるデュアル侯爵領のサティアス邸にに向かったら。
「やあやあ、リディア。久しぶりだね。僕のこと覚えているかい?」
幼い頃の記憶と全く変わらないルイス伯父様に出迎えられた。
伯父様と最後に会ったのは、確か、殿下と婚約する前で五年以上前だけど、相変わらずの美貌だと思う。アラフォーだけど。
伯父様は、妖精姫と言われたお母様の従兄だけあって、男性なのにきれいな顔をしているのだ。そんな美貌もお構いなしに、親しみやすくて、さばさばとした性格をしているから、すごく話しやすいお方なのよね。
「ご無沙汰しております、ルイス伯父様。覚えているに決まっていますわ。お手紙もお出ししておりますのに」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん。丁寧にありがとうね。それにしても、しばらく見ないうちに随分と綺麗になったな。そんな姫を射止めたのが君かい?」
「あ、あの、ラディンベルと申します。よろしくお願いします」
うわ、射止めたとか言われると困る。
ラディも困ってる。
これ、どうしたらいいんだ、と思ってたら、お母様から援護がきたわ。
ありがとう、お母様。
「そんなところで立ち話もなんだから、こちらにいらっしゃいな」
「ごめんごめん、引き止めて」
「そんなことありませんわ。ずっとご挨拶できていなかったのですもの。すぐにお声をかけていただいてうれしかったです」
そう言ってからお母様のところに行ったら、連行されたのはキッチンで。
なんでよ?
聞けば、ルイス伯父様も来たばかりで今から邸内を案内するから、その間に料理をするように言われて、目を瞬かせてしまった。いや、いいけども。
手伝ってくれるというラディには、申し訳ないながらもその優しさが嬉しくて。
料理長に限ってはメモを手にしていた。あなたは手伝う気がないのか。
気を取り直して、ご希望をうかがえば。
所望されたのはまた魚介を使った料理だったから今回は洋食にしようかしら。
エビやイカ、白身魚をフライやフリットにして、あとは、シーフードサラダとブイヤベースなんかはどうかしらね?ラディも好きだし。
そうして、料理が出来上がった頃に、案内を終えた伯父様や商会のメンバーたちが集まってきて、みんなで食事をしたのだけど。
貴族らしからぬ料理でも伯父様は喜んでくれたし、商会のみんなもばくばく食べてくれた。お口に合ったなら何よりだわ。
食事をしながら、この邸の設備について伯父様が手放しで褒め称えて。
この魔道具は絶対に売るべきだ、と力説されて。
商会のメンバーたちも、うん、うん、と頷いて。
そして、食べ散らかして、この招集が終了した。
せっかく持ってきた企画書もむなしく、本当に顔合わせだけだったようだ。
まあ、仲良くなれたからよかったのかしら?
ただ、料理をしていたわたしとラディをお母様がチェックしていたようで。
いい雰囲気だったわよ、と言ってきたのは余計だったと思う。
――ちょっとうれしかったけども。




