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追放令嬢は隣国で幸せになります。  作者: あくび。
第一章 平民ライフ突入編
22/149

22.彼は義父と話をする。

side ラディンベル

 義父上とふたりきりにされた。

 ものすごく緊張する。


 リディのご両親がやってきて。

 爵位を返上したとか、商会ごとこっちに来たとか言われて。

 リディは予想していたようだけど、俺からしたら驚きの連続だ。

 こっちに来てから、こんなことばかりな気がする。


 目の前の会話に付いていくのがやっとだったところにこの状況。

 義父上が怖い人ではないことは知っている――正直、顔が怖いことは同意する――し、娘思いの優しい人だということは重々承知しているけれども。

 どうしたって緊張するのだ。


 家族が近くに来たから、俺はもう用無しだと言われるのだろうか。

 それとも、いくら結婚しているとはいえ、リディとは仮夫婦なのだから、手を出さないように釘を刺されるのだろうか。


 ぐるぐると色々なことを考えていたら、義父上と目が合った。


「ラディン君たちが飲んでるのは何だい?」

「え?」


 全く思ってもいなかったことを言われて、ちょっと頭が白くなる。

 や、全然ふつうの話なんだけど。


「すごく黒い飲み物だね。紅茶ではないのだろう?」

「あ、はい。珈琲という飲み物で、私も最近知ったばかりなんですが。リディが好んでよく飲んでいたそうです。…………私も知らないどこかの国で」

「…………。そうか、君は聞いたんだね」


 変な言い方をしてしまったけれど、伝わったようだ。

 ちょっとだけ目を見張ったところを見ると、リディは俺に秘密を話したことをご両親には言っていないのかな?

 ……もしかして、言ってはいけなかったかな。

 そうだったら、後で、リディに謝らなくては。


「私にも飲ませてくれないか?」

「はい。少しお待ちください」


 リディみたいに上手に淹れることはできないけれど。

 義父上への初めてのおもてなしだから、手順をよく思い出して、間違えないように慎重に、試験に挑む気持ちで珈琲を淹れてみた。


 淹れるのに必死で、集中したからか、ちょっとだけ落ち着いた気がする。

 この時間があってよかったかもしれない。


「どうぞ。とても苦いのですが、ミルクや砂糖を入れると飲みやすくなります」

「ありがとう」


 まずはそのまま飲まれたのだけど、やっぱり、想像以上の苦さだよね。

 義父上の、驚いたような困ったような顔は初めて見た。


「本当に苦いね。あの子はこれが好きなのかい?」

「そう言ってました。私も、最初はびっくりしたんですが、甘いお菓子と一緒だと絶妙に合うんです。リディは毎朝飲んでますよ、眠気覚ましとか言って」

「ああ、なるほど。確かに目が覚めそうだ」


 とはいえ、やっぱり初心者にこの苦さはつらい。

 ミルクを入れてまろやかにすることに決めたようだ。

 気持ちはわかります、義父上。


「こちらでの生活がうまくいっているようで安心したよ」

「えっ……」


 ミルク入りの珈琲を一口飲んだ後、義父上がぽつりとそう言って。

 まさか、そんな風に言ってもらえるとは思っていなかったから、すごく嬉しいのだけど、少しあたふたしてしまった。恥ずかしい。


「……うまくできているでしょうか。そうであれば、すべてリディのおかげです。私は本当に何もできなくて。お世話になりっぱなしなんです」

「そんなことはないだろう?娘からくる手紙にはいつも君のことが書いてあるよ。君には沢山助けられている、と言ってね」


 リディがそんな風に言ってくれていたなんて。

 本当に思ってもいなかったことばかり言われている。


 事実、俺は本当に何もできていない。

 リディを手伝うこともままならなくて、言われたことをやっているだけだ。

 助けられているのは俺の方なのに。


「娘は、公の場では取り繕っていたかもしれないが、本当は顔に出やすい子でね。あの子を見ればすぐにわかるよ。ここでの君との生活を楽しんでいるようだ」

「私も、ここでの生活が楽しいです」

「ならばよかった。あの日、娘を助けてくれたのは偶然かもしれないが、今、あの子と一緒にいるのが君でよかったと思っている。ありがとう」

「そんな……感謝しているのは私のほうです。リディと一緒にいると、たくさんのことを教えてもらえて、毎日が充実しています。ここでの生活は、私にとっては、理想としていたような、夢みたいな生活なんです」


 どうしよう。ちょっと、もう、感情が追い付かない。

 釘を刺されるどころか、嬉しい言葉ばかりだ。

 俺、運を使い果たしてない?って、これは運とかじゃないか。

 でも、人生で起こるいいことが今日に集約している気がする。


「そうか。理想としていた生活か……。そう言ってもらえるならば、あの子も喜ぶだろう。そういえば、君も殿下に振り回されていたのだったな。振り回す相手が、娘に変わったのでなければいいと思っていたが、大丈夫そうかな?」

「そんな心配はご無用です。リディはすごく気を遣ってくれますし」

「それを聞いて、心配が一つ減ったよ」


 そう言って、義父上は笑っているけれど――笑った顔は貴重だ――、いや、ほんと、全く心配ないので。むしろ、どこから来たの、その心配。バカ王子の振る舞いと一緒にされたらリディがかわいそうすぎるから。


「そんな心配なさらないでください」

「いやね、娘は変わった子だからね。一緒にいるのも、大変だろう?」

「そんなことありませんよ。驚くことは多くても、新鮮で楽しいです」

「親でさえ、今になっても驚かされてばかりだからね」


 え、そうなのか。

 もしかして、俺の驚きなんて、まだ序の口なのかな?

 でも、俺はリディがすることなら何でも楽しく受け入れられる自信がある。


 っていうか、俺にしたら、この家こそ驚きの連続だったけど、義父上は大して反応していないんだよね。きちんと案内はしてないけど、洗面は使ってたし、キッチンもさらっと見ていたはずなのに。家族でよく来ていたんだろうか。


「あの、この邸には、何度もいらしているんですか?」

「いや、ここに来たのは邸を賜ってすぐの頃だけだよ。娘も忙しくて、外交ついでに来ていたくらいだしね。私たちもここに来るだけの時間は取れなかった」


 なるほど。そりゃ、そうか。

 リディは、学園に通いながら王子妃教育に公務まであったのだから、そうそう来れたはずがないし、義父上も義母上も忙しい身だから、来れなくて当然だ。


「この邸には本当に驚いたんです。それこそ夢みたいな設備で」

「ああ。私も最初はそう思ったよ。レンダルの邸にも同じようなものがあったが、あの子が次々に提案してくる魔道具には私たちも驚きっぱなしだった」


 あ、そうだった。

 レンダルの(旧)公爵邸にも魔道具を設置しているって言ってたな。

 だから、ここでは特に驚かないのか。


「にしても、この邸によくこれだけのものを作ったものだ。あの子も本当は自分で作れるんだが、時間がなくてね。製作は技術者任せにしていたけれど、外交帰りには必ず時間を取って確認しに来ていたようだ」


 これだけ知っているってことは、ここには来れなくて実際に見てはいないけれど、どんなものがあるかは話に聞いていたってことかな?


 にしても、やっぱり、リディ、自分でも魔道具作れるんだ。

 そういえば、洗濯機の乾燥機能も付けてたしね。

 貸してもらっていた――結局は貰ってしまったけど――マジックバッグだって、リディの手作りだと知って驚いたんだった。リディ、すごすぎ。


 自分はアイデアを出すだけ、って言ってたけど、時間があったらこの家の設備も作っていたんだろうな。もしくは、最初から量産のことを考えて、自分では作らないようにしていたのかな?

 この辺のことは、今度機会があったら聞いてみよう。


「何事もなければ王子妃になっていただろうし、時間もなければ、ここはレンダルの王都からは遠い。この邸にはなかなか来れないことはわかっていたはずなのに、それにしては手間をかけすぎではないかと思っていたんだがね。今となっては作っておいてよかったようだね」

「はい。正直に言えば大変助かっていますが、確かに、そこまで手をかけることはなかったはずですよね」

「まあ、大方、作るだけ作って、外交の切り札にでも使おうと思っていたんだろうがね。技術の権利をレンダルに残せば、レンダルもそれなりに潤っただろう」


 うわ。やりそう。リディなら、やる。

 ここは隠れ家とか息抜きの場とか言ってたけど、リディのことだから、外交や公務の利になることも考えていそうだよね。恐るべし。


「さすがですね」

「そういうところは抜かりなくてね。妻の血だろうが」


 ああ、義母上の商才はリディも尊敬していた。

 義母上は、一見、ふわふわしてて、何も知らないお嬢様育ちのご婦人なのに、その実、合理的な考えをしていて、商機も逃さないらしい。


 そうか。リディ、その血を継いでるのか。

 たぶん、前世の影響もあるんだろうけど、しっかりしてるしね。

 俺は敵わないことばかりだ。


「今回は、レンダルではなくて妻の商会が儲けさせてもらうがね」

「そうですね。そこはもう譲れませんね」

「しばらくしたら商会のほうも本格稼働すると思うからよろしく頼むよ。わたしも経営のほうで関わらせてもらう予定だ」

「それは心強いです。私は商売については無学ですので、ぜひご教授ください。早くお役に立てるようにがんばります」

「まあ、そんなに気負わずに。私も商売は素人だ。私こそ、妻とルイス君の足を引っ張らないようにがんばるよ」


 謙遜しているけれど、切れ者の宰相だった人が経営するってすごい商会だ。

 そんな商会に関われるなんて、俺って、めちゃくちゃ恵まれている。

 ここに来てからいいことばかりだな。

 リディに着いてきて本当によかった。


 ――なんてことを考えていたら、リディと義母上が戻ってきたようだ。


「あらあら、すっかりと仲良くなったようね?」

「ああ。ラディン君のおかげで楽しく話せたよ」

「うふふ。やっぱり男同士の会話も必要よね?」


 義母上は、俺たちが何を話していたのか、全部わかっている気がする。

 それはそれで怖いけど、こんな機会をもらえたのはありがたいと思う。


 その後は、ご両親ともに泊まっていけるというので、おもてなしを。


 レンダルは内陸国で魚をあまり食べないから、魚料理尽くしにする!

 と、リディが無駄に宣言をして張り切って料理をし始めたから、俺も少しだけ手伝ったりして。この前、港に行っておいてよかったよね。


 出てきたのは、焼き魚に煮つけに天ぷら。そして、あら汁。

 ひとつひとつは少量で、いろいろな種類が食べられるようにしてくれたようだ。

 本当は、生のまま食べるお刺身とかいうのもリディはおすすめらしいのだけど、俺はまだ抵抗があって食べられない。今日も出てはこなかった。


 義父上も義母上も、それはそれは美味しそうに食べてくれて。

 今度、料理長を派遣させると言っていた。

 レンダル出身なら、魚料理はさすがに詳しくないからね。


 そうして、魚のこと、マリンダのこと、畑仕事や鶏小屋のことを話しながら、夕食の時間は、すごく楽しく過ぎていったんだけれども。


 寝室に案内したときに、義父上から。


「あの子を受け入れてくれて、本当にありがとう」


 と言われて、ちょっと言葉が出なかった。

 これって、たぶん、リディの秘密のことなんだろうな。

 俺にとったら、秘密だって魅力のひとつにすぎないから、わざわざそんな風に言ってもらうことではなかったのに。


 でも、うれしくて、胸がいっぱいになった。


 ――俺のほうこそ、リディと共に居ることを許していただいて、本当にありがとうございます。


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