20.彼は突然の来客に驚く。
side ラディンベル
グリーンフィールに来てから、そろそろ三ヶ月。
俺は、更に充実した生活を満喫している。
リディからもらった服もすっかり着慣れてきた。
というよりも、もはや愛用している。
特に、あの下着はすごいよね。快適さが段違い。
あの時は突然のプレゼントに驚いたけど、本当にうれしかったんだ。
今度、俺も何かプレゼントしたいな。
リディも元貴族とは思えないくらい楽な恰好をするようになった。
どうやら、今までは俺に合わせてこぎれいな服装にしてくれていたらしい。
そんなこと気にせず、好きな服着てくれてよかったのに。
ただ、ドレスの時にも思ったけど、身体にぴったりしてる服多くない?
ストレッチ素材、とやらは着やすいみたいだけど、目のやり場に困る。
素肌を出すことはないけど、脚とかのラインが出ちゃってるんだよね。
聞けば、異世界ではこんなもんじゃないらしいけども。
異世界、大丈夫?
畑も、思いのほか、うまくいっていると思う。
本当に魔法と精霊たちのおかげで何とかなってる。すごい。
しかも、レンダルと同じ食材でも、グリーンフィールで作ったもののほうが味が濃くておいしいのだ。これも精霊たちのおかげなのかな。だろうな。
あとは、リディが作っている肥料、というのも有効なんだとか。
最初は、原料を聞いてものすごく引いたけど。
だって、まさかルーカス達の……糞尿を使うなんて抵抗がないわけがない。
けれど、話を聞けば理に適っているから否定できないんだよね。
前世知識って本当にすごい。
そして、魔道具販売は、実はまだ『待ち』状態が続いている。
というのも、本格的に、アーリア商会が主導で動くことが決まったから。
今はその準備が整うのを待っている状態なのだ。
国が違えば勝手も違うだろうけど、商売のノウハウがある商会が主だって動いてくれるのは本当に心強いと思う。
商会主導になったから、リディが話していた通り、俺たちの仕事はそこまで多くなさそうだ。今は、リディの作った企画書や販売商品案、それと俺の調査結果なんかを魔法転送してやりとりしているけど、稼働後も、やること自体はたいして変わらないと聞いている。
にしても、魔法転送便利だよね。
容量に制限があるようだけど、送ったものがすぐに届くのはすごいと思う。
おかげで、やり取りが早いのだ。
ちなみに、俺から実家への手紙は通常送付だ。
グラント家には転送装置がないからね。
でも、送付頻度も低いし、急ぎではないから、特に困ることはないのだ。
お弁当屋さんについてはゆっくり進めることになった。
やるはやるんだけど、魔道具販売の諸々が確定しないと、どのくらいの時間をお弁当屋さんに充てられるかがわからないから。取れる時間によってやれる範囲が変わるから、まずは魔道具販売を優先しようということになったのだ。
ということで。
俺たちには今、意外と時間がある。
魔道具販売もお弁当屋さんも、準備ばかりで実働がないからね。
そこで、一時的に冒険者になったりもしている。
ギルドに調査に行って、俺たちでもできそうな依頼を見つけたんだよね。
俺は討伐も遠征も経験があるし、リディは魔法が得意だ。
だから、よさそうな依頼があれば時々受けるようにしているのだ。
と言っても、リディに危ないことはしてほしくないから素材採取とかだけど。
気づけば、これが、グリーンフィールに来てから初めての稼ぎになった。
今までは、手持ちのお金で何とかなっていたから。
実は、リディの資産はかなりのもの――商会のアイデア料とかで結構稼いでいたらしい――だし、俺のほうも学生時代に稼いだ小金と結婚時に親が持たせてくれた分があるから、全くないわけではないのだ。もちろん、リディに比べたら雀の涙程度だけど。
というか、この家、何でも揃ってるから、お金もたいして使わないんだよね。
鶏小屋とか畑関連にはそれなりに使ったけど、あとは食材とか消耗品くらいにしか使うことがない。ありがたい話だけどね。
――そんな感じで、新しいことをしつつ、当初の目標に向かって充実した日々を送っている。貴族時代が嘘のような、自由で楽しい毎日だ。
今日は外出予定もなかったから、リディと家でまったりとお茶をしていた。
今日のおやつは、ロールケーキに珈琲。
珈琲はレンダルにはなかったと思う。グリーンフィールでも最近になって出回るようになったらしくて、見つけたときのリディの喜びようはすごかったな。
初めて飲んだ時は苦くてびっくりしたけど、甘いお菓子にすごく合うから、今では俺もお気に入りだ。
相変わらず、何を食べてもリディの作るものは美味しい。
とロールケーキを味わっていたら、ふと邸の敷地内に気配を察知した。
と思ったら、玄関ドアがノックされた。
え、なんで?
「今日、誰かと約束していたかしら?」
「いや、玄関をノックされたんだよ。結界に入れてるってことでしょ」
「あ、そっか。誰だろう。ダズルならノックしがてら入ってくるよね」
「俺が見てくるから、リディはちょっと待ってて」
結界は敷地いっぱいに張られているから、結界を超えないと玄関には辿り着けないはず。通常ならば、ダズル様以外の来客の場合は、インターフォンとかいう、門にある装置を鳴らしてもらうのに。
ちょっと警戒を強めて玄関ドアに向かって。
気配に悪意がないことを確認してから、玄関ドアを開けたんだけど。
俺はそのまま固まった。
「ラディ、どなた?」
「……………………」
答えない俺を不思議がって、リディも玄関に近づいてきた。
そして、さすがのリディも目を丸くしていた。
「…………………………お父様?」
「やあ、リディア。元気そうだな」
「リディアちゃん、来ちゃったわ」
「お母様も?……………もう国を出てこれたの?」
え、どういうこと?国を出てこれたって何の話?
時期的にも、魔道具販売とか商会の話でいらしたんじゃないの?
まあ、確かに公爵閣下もいらっしゃるのは疑問があるけども。
だからって、国を出てくるっていう発想にはならないよね?
ちょっと頭が追い付いていないけれど、立ち話も何なので家に入って頂いて。
リディにおふたりの分のロールケーキと紅茶を用意してもらって席に着いた。
「突然来てすまないね」
「ほんとよ」
「公爵閣下、公爵夫人、先程は失礼しました。久しぶりにお会いできてうれしいです。あの、おふたりだけでいらしたのですか?執事の方とかは……?」
そうなんだよね。ふたりだけなのだ。
執事さんとか護衛とか御者とかはいないのだろうか。
「いやだわ、ラディンベル君。閣下とか夫人なんて呼び方はよそよそしいわ。私のことは義母上って呼んでちょうだいな。この人のことも義父上よ?それと、よかったら、あなたのこともラディン君って呼んでもいいかしら?」
「え、あ、私のことはなんとでもお呼びください。おふたりのことは……、がんばります」
質問はスルーされて、ものすごい難題を突き付けられた。
いや、確かに形式上は義理の家族になったけども。
すごくうれしいけど、すごくハードルが高い。
だって、このふたり、筆頭公爵家の当主夫妻なんだよ。雲の上の人だよ。
もちろん、呼ばせてもらえるならがんばって呼ぶけども。
「気軽に呼んでくれればいい。話し方も楽にしてくれ。それと、さっきの話だがね。まだ引っ越してきたばかりで、家が片付いていないんだよ。だから、執事にはそっちを任せていてね、私たちはギルドの転移陣を使ってきたんだ。それで、ランドルのギルドに送ってもらってきたんだよ」
「言ってくれれば迎えに行ったのに」
「それじゃあ、リディアちゃんに驚いてもらえないじゃない」
「それ、必要ある?」
「あるわよー。久々の再会よ。サプライズがいるでしょう?」
「いるかしら?前もってわかっていても、十分うれしいわよ」
「まあ、リディアちゃんったら。可愛いこと言ってくれるわ」
いやいやいや。普通に話を進めないでくれ。
さっき、義父上がさらっと、とんでもないこと言ったよね?
引っ越してきたって言ってなかった?
え、やっぱり、国を出てきたの?
「あ、あの!引っ越してこられたっていうのは……」
「ああ、そうよ。結構早く国を出てこれたのね?」
「あら、リディアちゃん。私たちが国を出ること、知ってたの?」
「知らないわよ。言ってくれなかったでしょう?」
「そうよねぇ」
「いつから気づいてた?」
「可能性としては、わたしが国を出るときから。公爵家総出で国を出てくるんじゃないかと思ってたわ。でも、こっちでの商会の話をしてても全然そんな素振りがなかったから、ちょっと揺らいでたのよね」
「そうだったか」
「今日も、お母様だけだったら商会の話で来たと思ったと思うわ。でも、お父様も一緒なんだもの。これは、国を出てきたんだなってわかったわ」
ええー。リディ、そんなこと、一言も言ってなかったじゃないか。
やっぱり、王子のリディへの仕打ちに怒ったんだろうか。
「リディアちゃんは結構早く来たと思ってるみたいだけど、私たちからしたら、予定よりも遅いのよ?国を出るのを決めたのは、二ヶ月前だもの」
「そうなの?」
「ああ。リディアの冤罪を晴らしたときだな、決めたのは」
「そうだったわ。いろいろ面倒かけてごめんなさい」
「いや。大したことはない。それに、グラント家に随分と力を貸してもらったんだ。冤罪を晴らすことができたのは、グラント家のおかげだよ」
「そうなのね!ラディ、ありがとう!」
「いや、俺は何もしてないし。……でも、お役に立てたならよかったです」
おおお。我が家が役に立っていた。
父上、ありがとう!
「冤罪は晴れたし、リディアと殿下の婚約も解消にできたんだが、その時にくだらない言いがかりをつけてくる輩がいてな。殿下を繋ぎとめることができなかっただの、公爵家の力が弱まってるだの、随分と勝手なことを言ってくれた」
「ごめんなさい。わたしがうまくできなかったばかりに」
えー、それは、リディのせいじゃないんじゃないか?
ここぞとばかりに言ってきたのは、責任逃れをしたい王子の学友の親か、過去に宰相閣下に不正を咎められた貴族か……。
「いや、お前のせいではない。まあ、それで、騒動の責任を取って宰相の座を退くように言ってきた者がいたから、その通りにしてやったのだよ。ついでに、爵位を返上してやったのだ。それが二ヶ月前だな。それから、諸々の処理や引っ越しをしていたら、予定よりも時間がかかってしまった」
は?責任を取るのは王子じゃないの?
レンダルの貴族、馬鹿なの?
「ああ、そうだ。ラディン君。グラント家にもちゃんとご挨拶はしてきているから安心してくれ。無責任にも国を出ることにしたから、我が家が持っていた情報をすべて渡すことで詫びとさせてもらった。それでも足りないだろうが」
え、公爵家が持ってた情報って、たぶん、超機密情報だよね?
あとは、レンダル中の貴族の情報とかもありそう。
そんなの貰っちゃったの?
父上、大丈夫かな?扱いに困って現実逃避とかしてないかな?
「いえ、そんな。十分すぎるくらいです。お気遣いありがとうございます」
「それなりには役に立つはずだ。貴族には裏の顔があるからな」
うわー。義父上がものすごく悪い顔をしてる。
父上、やばい情報もありそうです。強く生きてください。
でも、そうか。サティアス公爵家がレンダルからなくなったのか……。
すごい衝撃だ。
ほんと、すごいことになったな、なんて考えてたら。
俺もさっき疑問に思っていたことをリディが聞いてくれていた。
「それにしても、よく爵位を返上できたわね?」
「うん?陛下に無理やりペンを握らせて無理やり印璽を持たせたら、書類ができあがったからな。問題ないだろう」
いや、問題ありまくりですよね?




