02.彼は彼女を送り届ける。
side ラディンベル
今日は王立学園の卒業式。
俺は伯爵子息で、同じ学年にこの国の第一王子がいることから、親からの命もあって王子の学友なんかをしているけれど、そのおかげというか、そのせいで、卒業式に遅刻することになってしまった。
王子はとにかく仕事をしない。
それが、全部把握したうえで仕事を振り分ける采配があるのだったらまだいいのだけど、単に能力がないだけだから下はたまったもんじゃない。しかも、自分は優秀だと思っているあたり、どうしようもない王子だと思う。
普段からありとあらゆることを押し付けられている俺は、今回も王子の公務の事前調査のために北の隣国に行っていたのだけど、帰りに災害事故に遭ってしまって帰国が遅くなってしまった。
何とか帰国してやっと学園に着いたけれど、卒業式はもう終わっているだろう。卒業パーティーには間に合うだろうか、などと呑気に考えて会場に入ったら、王子を中心に人だかりができていて驚いた。
え、今日は何してくれてるの?
日常的に問題を起こす人だけど、卒業の日までやらかしてくれるとは。
うんざりしながら騒動の中心に近寄ってみれば、同じく王子の学友で、騎士団長子息の脳筋バカが抜刀していて目を疑った。
は?王子に加えてお前もか!
って、剣を向けている相手は公爵令嬢じゃないか!しかも王子の婚約者!
いやいや、ほんと、何してくれてるの!?
急いで止めに入ったけども、令嬢が無事で本当によかった。
脳筋バカよ、お前は伯爵家なんだから、公爵家を敵に回したら後が大変だぞ。
とりあえず、警備兵を呼んで連れ出してもらったが、本当に、こいつらは一体何をしでかしてくれているのか。
あとは何をすればこの場が収まるだろう、と考えていたら、公爵令嬢が騒動の隙をついて挨拶をし始めた。そして、そのまま優雅に去っていった。
……さすがだ。逃げたともいうが、この状況、きっとそれが正解だ。
あの面子で騒動を起こしていたということは、恐らく、小動物みたいな小娘のことで王子が令嬢に難癖をつけていたのだろう。仕事があったとはいえ、俺も王子の学友なのにこの暴走を止めることができなかったなんて申し訳ない。
このまま帰すのもどうかと思って令嬢の後を追ってみたら、馬車寄席で佇んでいる彼女を見つけた。公爵家の馬車は見当たらないから、どうやら一旦帰宅してしまっているようだ。パーティーであんなことがあったのに、更にひとりで馬車を待つなんてあんまりだな。
「お送りしますよ」
「え?…あ、先ほどはありがとうございました。あなたはグラント伯爵家の?」
おお。俺のこと、知ってくれてたのか。
何かうれしいな。
「覚えていただいていて光栄です、リディア嬢。グラント伯爵家が次男、ラディンベルです。我が家の馬車はまだここにありますから、ぜひお使いください」
「お気遣いありがとうございます。でも、せっかくのパーティーですのに…」
「実は、パーティーはあまり得意じゃないんですよ。それに、殿下の暴走を止められませんでした。せめて、お送りさせてください」
「貴方のせいではありませんわ」
あれ?なんか印象が違う。
思っていたよりも高位令嬢っぽくないというか、人当たりがいいというか。
見た目がきつめの美人だから厳しくて冷たい印象だったけど、勘違いしていたのかもしれない。
「侍従もいますからふたりきりにはなりません。これでも騎士科にいましたし、私のことは護衛くらいに思っていただければ」
「……助けていただいたうえにお送りいただくなんて。申し訳ありませんわ」
「いえいえ、全く構いませんので。どうぞ?」
ちょっと強引だったけど、何とかうちの馬車に乗せるのに成功した。
彼女がひとりで馬車を待つことにならなくて本当によかった。
「何から何まで本当に申し訳ありません。ありがとうございます」
「たいしたことはしていませんよ。でも本当にご無事でよかった」
「……ラディンベル様こそ、本当にお怪我はありませんの?」
「ええ、大丈夫です。あの、よろしければ、あの場で何があったのか教えていただけませんか?……実は今日、面倒が生じて式に遅刻してしまいまして。あの時は到着したばかりだったのです」
「まあ、そうでしたの?それなのに咄嗟に助けていただきまして、重ね重ねありがとうございます。あの時は……殿下から、荒唐無稽な理由で婚約を破棄されて、国外追放を言い渡されましたの」
は?よりにもよって婚約破棄かよ!
……って、これ、本人に気軽に聞いていい内容じゃないんじゃなかろうか。
ちょっと焦ってしまったら、俺の内心を読んだかのように「お気遣いなく」と言ってくれて恐縮しきり。相手のことよく見てるし、嫌みっぽくもないし、腰も低くて、こんな人ならもっと前から話を交わせるようにしておけばよかった。
にしても、王子よ、ほんと何してくれてるの。
自分の婚約の政治的意味とか影響力とか、王子のくせにわかってなさすぎ。
これ、どう後始末つけるつもりなんだ。
「あのバカ王子……」
あ、やばい。思わず心の声が漏れてしまった。
リディア嬢にもばっちり聞こえてしまったようだけど、一瞬目を見張っただけですぐにくすくすと笑い始めたから、流してくれるのかな?だといいな。
「お気になさらず、そのまま楽になさってください。わたくしもそうしても?」
「え、ああ、もちろん」
「では、お言葉に甘えて。………ほんっと、やってくれたわね!」
今度は俺が目を見張る番だ。
普段はこんなに砕けた話し方をするのか。今日は印象が変わってばかりだな。
じゃあ、俺もお言葉に甘えて、普段通りに話させてもらおう。
「失礼な質問で申し訳ないけど、どう決着をつけるつもりか聞いても?」
「婚約破棄も国外追放も受けてきたから、明日国を出るつもりよ」
え、受けたの?婚約破棄するの?言われた通りに国出るの?
いや、確かに、公衆の面前でそんなこと言われたんじゃ、まるっとなかったことにして、そのまま今まで通りに過ごすのは難しいかもしれないけど。まあ、愛想も尽きてたんだろうな。あの王子じゃ、しょうがないか。
聞けば、東の隣国に家もあるという。
すぐに国を出ようなんて身軽さはそこからくるのだろう。
でも、そうか。国を出るのか。いいな、俺も出たい。
俺もこのまま、あの王子に使われて終わるのは嫌なんだよね。
よし、ここで勝負をかけよう。
「もしよかったら、俺を護衛に雇ってくれないかな?」
「え?」
「あ、金はいらないから雇うとは違うか。俺、結構いろんな経験してるから、それなりに役に立てると思うんだけど。護衛以外も何でもするよ」
「……ひとりで出ていくつもりだったから、それは確かにありがたいお話ではあるんだけど。そこまであなたに迷惑かけられないわ」
「ひとり?護衛もそうだけど、侍女とか執事とかは?」
「もともとわたし専属の者はいないのよ。それに、後始末は家族にお願いするつもりだから、使用人たちには公爵家に残っていてほしいのよね」
いやいやいや、だとしても。こんな美少女のひとり旅なんて危険すぎる。
俺じゃなくても護衛は必要だってば。
「国を出るのにひとりは危ないよ。せめて護衛は雇って」
「うーん、でも…………」
「でも、じゃないし!考える余地があるなら俺を連れてってくれ」
「……本当にいいの?高等学院に行く予定だったんじゃないの?」
「どこでも学べるし、別に行かなくても構わないよ。将来的に国を出ることも考えてはいたから、俺としてもいい機会なんだ」
「…………そう。そういうことならお願いしようかしら」
押しが強くなったのは申し訳ないけど、こっちもさすがに引けない。
何とか許可をもらえて一安心だ。
「あ、家族には相談させてね」
「もちろん。よかったら、この後、お邪魔しても構わないかな?」
「それはいいけど、時間は大丈夫?」
「そりゃ。だって、本来ならまだパーティー会場にいたわけだし」
「あ…………………」
お互いに苦笑して、公爵家に着くまでずっと、彼女のご両親に説明する内容を打ち合わせた。