16.彼は他の労働も気になる。
side ラディンベル
そろそろリディは想定外でできていることを覚えようと思う。
リディから労働を始めると言われて。
俺は、てっきり魔道具販売を始めるんだと思ったんだ。
移住してきた初日、そういう話をしていたし。
でも、まさか、畑をやるだなんて。想定外が過ぎるよ。
労働と畑を結びつけるのも、わからなくもないけど、想定外だよ?
思わず挙動不審になってしまったけど、許してほしい。
うん、確かにね、いくら冷蔵庫があるからって食料保存には限度があるし。
リディのマジックルームだって、食料貯蔵庫じゃないからね。
畑があれば、いちいち買い物に行くこともなくなって便利だよね。
正直、びっくりしただけで、畑をやることに反論は全くない。
リディは俺が畑仕事を嫌がってると勘違いしていたようだけど。
俺としては本当に抵抗はないし、リディひとりにやらせるほうが嫌だ。
だいたい、畑仕事を嫌がるとしたらそれはリディの方なんじゃないかと思う。
本人はすっかり忘れているかもしれないけど、この人公爵令嬢だったんだよ。
いくら前世知識があるからって、元令嬢が畑を耕すとか。何の冗談かと思う。
あまりにも積極的に見えたから、前世農家説も考えたほどだ。
でも、ざっくりとしかわかっていないところを見ると、違うんだろうな。
更には、鶏を飼うとか。
確かに、鶏がいればいつだって新鮮な卵が食べられるけども。
畑はまだしも、さすがに、俺は、ここまで考えてなかったよ。
っていうか、鶏小屋。引き受けてしまったけど。
どうやって作るんだろう。
いや、今更、作れないなんて言うつもりはないから、何とかするけど。
もしや、リディ、鶏小屋のことも詳しかったりするのかな?まさかね。
「リディ。鶏小屋にも前世知識とかあるの?」
「え?……そんなに詳しくないけど」
だよね。ちょっと安心した。
鶏小屋を作れる元公爵令嬢なんて、意味わからないから。
「床には枯れ葉とか籾殻を混ぜたものを敷き詰めるんだったかしら。あと、産卵箱を入れておくとそこで産んでくれるみたい。鶏って暗いところで産むらしくて。他には……、あ、そうだ。産卵箱は床を斜めにしておくと、卵がころころ転がって傾斜の低いほうに集まるから収穫が楽になるって聞いたことがあるわ」
………………思いっきり知ってた。なんだこれ。
さっき安心した気持ちを返してほしい。
これも異世界の教育なんだろうか。異世界こわい。
さすがに、鶏小屋知識にはちょっと引いてしまったけれど。
でも、まあ、畑も卵も、今後の生活に役立つしね。
想定外だけど、こういうのもいいかもしれない。
せっかくだから、想定していた魔道具のことも聞いてみようかな。
「魔道具の販売準備は始めないの?」
「始める気はあるのよ?」
ん?それは行動にはまだ移さないってことかな?
だったら、それはそれでいいんだけど。
ただ、リディは、そう言ったまま考え込んでしまった。
え、もしかして、今聞いちゃいけなかったかな?
「ここに移住してもうすぐ一ヶ月くらいかしら?」
「え……?うん。そうだね。それくらいになるよ」
「じゃあ、そろそろ頃合いかしら」
急に移住してからの日数なんて聞かれたから何かと思ったのだけど。
頃合いってどういうことだろう?
………あ、そうか。魔道具の試運転に一ヶ月見てたのか。
「魔道具、使ってみて不具合とかはなかった?」
「俺が使っていた限りではなかったよ」
「よかった。じゃあ、使いづらかったり、改良したいところはあったかしら?」
「それね、俺はすべてが初めての物だから便利としか思わないし、改良って言っても、それ以上がわからないんだよね」
この家に来たばかりのころは、洗濯機は『洗い』と『脱水』だけで。
それだけでも俺からしたら衝撃的だったんだけど。
その後、話に聞いてた通り、本当に『乾燥』機能が付いた。
リディが言ってる改良っていうのは、そういうことだと思う。
でも、俺にはそんなことまで思い付けない。
想像力の問題もあるけど、現時点で十分満足している俺には、もっと便利に、という発想にはなかなかならないのだ。
「俺としては、今の機能でも十分だよ」
「そっか。そうなんだ。じゃあ、特に改良しなくても大丈夫そう?」
「うん。機能が多くても使いこなせないし、今のままでいいと思う」
「わかったわ。それなら、この家にある魔道具の機能を基本形にするわね」
これで、売る魔道具が確定した。
もちろん、実際に作る段になったときに仕様や機能が変わる可能性もあるし、売る魔道具の選別もあるけれど。
今のところは、基本機能が決まっただけでも十分かな。
「次に問題になるのが量産方法よね」
「この家の魔道具ってリディが作ったわけじゃないんだっけ?」
「わたしは少し手伝っただけで、主な作業をしたのはアーリア商会の技術者よ」
「レンダルにいるってことか」
「そうなのよね。さすがに気軽に依頼できないわ」
「アーリア商会、グリーンフィールまで手を広げないかな?」
「お母様に相談すれば、可能性はなくはないの。多分、派遣してくれると思う。でも、何とかなるのは人材だけなのよね」
「人材が大事なんじゃないの?」
「それはそうなんだけど、素材の確保が難しいと思って」
あー、そうか。俺、ほんと、全然わかってないな。
作れる人がいたって材料がなければ作れない。当然だ。
確かに、他国で必要な素材を集めるのは難しいと思う。
量産となればそれなりの量を確保しなくてはならないし。
アーリア商会はやり手だと聞いているからできなくはないだろうけど、これから調査して繋ぎを取って囲い込むことを考えると時間もかかりそうだ。
多分、リディが王家に相談したらすぐに解決するんだけどね。
きっとそれはしたくないだろう。
いっそ、この国で請け負ってくれるところがあればいいんだけど。
さすがにこの国の商会は知らないしな。
…………ん?請け負ってくれるところ?
あるね?あそこなら、やってくれるんじゃないか?
「リディ。ギルドに頼むのはどう?」
「あ!そうか!ギルド!それがあったわ。ラディ、さすが!」
おお、満面の笑みで喜んでもらえた。
思い付いてよかった。
職業組合であるギルドなら、きっと請け負ってくれるはず。
採算が合わない仕事なら難色を示すだろうけど、今回は便利な魔道具だ。
きっと飛びつくんじゃないかな。
我が家――厳密にはリディの家だけど、リディが俺の家でもあるって言ってくれたから、俺も我が家と言うことにした。照れる――から一番近いのは、隣町ランドルにあるギルドだ。
ランドルにあるギルドは三つ。
素材採取や討伐等の依頼を受付ける『冒険者ギルド』
商品の売買や仲介を請け負っている『商業ギルド』
物を作ること全般を請け負っている『工業ギルド』
今回依頼するとすれば、商業ギルドと工業ギルドかな?
「商業ギルドと工業ギルドに依頼すれば量産できるんじゃないかな?製造方法を渡すことにはなっちゃうけど。商業ギルドなら販売もしてくれるかもしれない」
「そうね。お母様に相談しなくちゃいけないけど、多分、契約費用とマージンをもらえれば、アーリア商会の技術者と設計図を渡しても大丈夫だと思うわ」
「設計図を売るんじゃなくてマージンなのか」
「あ、そうか。設計図をただで渡すなんてばかみたいね。設計図を売ったうえでマージンをもらおう」
珍しくリディが抜けてると思ったら、逆にちゃっかりしてた。
さすがだ。
設計図は高額になるだろうけど、売買したら終わりだから。
売れた分だけ販売マージンをもらえるなら継続的な収入になる。
そういうこともちゃんと考えないとね。
「ありがとう、ラディ。おかげで魔道具販売も形になりそうだわ」
「俺は何もしていないし、まだ検討段階だよ。でも、方向性は見えたかな?」
「うん。何とかやっていけそうな気がしてきた」
リディがわくわくした顔をしていてかわいい。
今日は意見を出しただけで、実際は何一つ進んでいないんだけど。
これからのことを考えるだけでも楽しいな。
それが、リディと一緒ならなおさら。
――なんて、うっかり幸せな気分になっていたんだけど。
俺、なんかすごい面倒なことを思い付いてしまった。
満足気な顔をしているリディに水を差してしまうかもしれない。
でも、言っておいたほうがいいよなぁ……。
「リディ、ごめん。ちょっと思い付いちゃったんだけど」
「え!何?もっといいこと、思い付いた?」
「あ、そうじゃない。多分、リディ的には歓迎しない話」
「え……。わたし、何か失敗しちゃった?」
「そうじゃなくて。この魔道具さ、陛下には献上しないの?」
いや、だってさ。本当にすごい魔道具だから。
異世界じゃ普通でも、この世界にしたら画期的な発明だよ?
そういうのは、献上するもんだと思うんだけど。
「ええー。そこまでしなくてもよくない?」
「でも、陛下の知らないところで進めたら拗ねちゃいそうじゃない?」
「ラディ、陛下にどんなイメージ持ってるの……」
教えなかったら、なんで言わなかったんだ、とか言いそう。
陛下って、リディの知識大好き人間だと思うから。
他の人が知ってて自分が知らないのは嫌がると思うんだよね。
それに、一番最初に知らされるべきだとも思っていそう。
「っていうか、献上なんて。今回の魔道具って生活魔道具だから、陛下は実際に使わないものばかりよ?どちらかというと使用人向けじゃない?」
「だとしても、評判は知るでしょ?」
「評判になるかな?」
「なるでしょ。ならなかったら逆にびっくりするよ」
「うーん。評判になるかは別として。王家に知らせることで、取り込まれたり、製造や販売ルートを握られたりしないかな?その辺が怖いのよね」
「ああ、そうか。その可能性は否定できないな」
「もし献上が必要でも、アーリア商会かギルドに任せればいいと思うの。わたしはおとなしくしているわ」
おや。もう、リディの中では、どっちかに任せる方向で確定なんだな。
まあ、今のところ、それが一番よさそうだしね。
陛下への献上も、リディがしないと判断したなら、俺はそれでいい。
ただ、ものすごい評判になると思うから、そこは覚悟しておこうね?