144.彼と彼女はすっかり人気者?
side ラディンベル
ああ、どうなることかと思った。
ガルシアの事件終結から二か月。
五ヶ国同盟が結ばれて、式典とパーティーの開催が決定して。
大変光栄なことに、リアン商会も招待していただけることになった。
まあ、俺たちの身分的に別室での参加にはなるけれど。
でも、言ってみれば、王宮をレストラン代わりに使えるってことだ。
こんな贅沢なことは、この先ないだろうからね。
リディは王宮の料理に思いを馳せているのか、残念な顔をして。
俺もね、さすがに、ちょっと緊張しながらも。
心持ちわくわくしながら、王宮に向かったんだよね。
正直に言えば、ご馳走のことで頭がいっぱいでした。
だから、案内された部屋で。
レンダルの国王夫妻がお待ちくださっていたことには本当に驚いた。
いや、まあ、式典にいらしていたのは知っていたし。
時間があれば、ご挨拶したいとは思っていたけどね。
まさか、わざわざ時間を取ってくれてるとは思っていなかったから。
それだけでも、かなりのサプライズだったけれど。
肝を冷やしたのは、陛下が義父上に縋るような眼を向けた時だよね。
きっと、陛下は、義父上に戻って来てほしいんだと思う。
義父上は先々代の宰相で元筆頭公爵家当主だしね。
相当有能だしね、今のレンダルに必要だということもわかる。
でも、商会にも俺たちにも必要な人なわけで。
どきどきしながら、成り行きを見守っていたんだけど。
王妃様がうまく立ち回ってくれたおかげで。
現状が保たれることになって。
心から安心したのは俺だけじゃないはずだ。
本当に、どうなることかと思ったよね。
王妃様が仰ったように、この国だからできることは多いし。
リディや義両親だって、レンダルを見捨てたわけじゃない。
俺も、実家があるしね。
そりゃ最優先には出来ないけれど。
これからも、できることはしていきたいと思っているから。
陛下のお言葉の通り、いい関係でいられるといいよね。
なんてことを考えながら。
そのあとは。
レンダルの農業事情を聞いたり。
―――グリーンフィールから得た技術を少しずつ広めていて。
数年後には、自給率を上げられる見込みだという。
大豆も本格的に栽培することが決定しているそうだ。
リアン商会の新商品をちゃっかり宣伝したり。
―――つい先日発売されたレシピ本第二弾に喜んでもらえて。
運動器具も気になっているようだったけれど。
一番食いつかれたのは、まさかの貴族向けの焼き鳥店だった。
そんな風にお互いに情報交換をして。
パーティー開始ぎりぎりまで、楽しく過ごしたんだよね。
そうして、パーティーに向かう陛下たちを見送った後は。
当然、豪奢な部屋で豪華な食事をめいっぱい堪能した。
コース料理なんて本当に久しぶりだったけれど。
どの皿も本当に芸術品みたいで。
いや、ほんと、贅沢以外の何物でもなかったわけだけど。
せっかくだからと食後酒に手を付けたところで。
ノックの音が響いたんだよね。
今は絶賛パーティー中なのに。
何かあったのかと思いきや。
「家族水入らずのところを申し訳ない。少し時間を頂けないだろうか」
「お食事中のところ、大変恐縮でございます。本日、皆様がこちらにいらしていると聞きまして、どうしてもお礼が言いたくてお邪魔してしまいました」
そう言って入室してきたのは。
アラン殿下と婚約者のローズ様だった。
おまけに、その後ろには。
減量講座に参加していた殿下の側近候補君とサレナ様もいらして。
思わず目を見張ってしまったのは、許してほしい。
「突然押しかけて申し訳ありません」
「先だっては本当に色々とありがとうございました。まだまだではございますが、おかげさまで順調に減量できています」
「まあ!」
リディが声を上げていたけれど。
うん、本当に、サレナ様、すっきりしていたんだよね。
全然、まだまだなんかじゃない。
すごく頑張ったんだと思う。
「ご丁寧にありがとう存じます。ですが、すべてはサレナ様の努力の賜物でございますわ。わたくしは、ただお話しただけですもの」
「リディア様は謙遜が過ぎますわ。本当に、私たちは感謝しておりますのよ?学院では減量メニューが大人気ですし、倒れる方もいなくなって、雰囲気が明るくなったように思います。最近では、運動に興味を示すご令嬢も増えてきておりますわ」
「まあ!それはようございました。お役に立てたなら何よりですわ」
そう言ったリディは、本当にうれしそうで。
義両親にも笑顔が浮かんでいたよね。
「レシピ本も購入させていただきましたのよ。料理長が感心しておりました」
「我が家もです。付録は私が死守しましたけれど」
ああ、そうだった。
第二弾のレシピ本には健康と減量の知識を詰め込んだ付録を付けたんだよね。
―――減量メニューをギルドに登録したら、想定以上に反響が大きくて。
もっと詳しく知りたいという要望があったから、急遽、付録本を作ったんだ。
その付録も役に立っているようでよかった。
絶食する娘もいなくなったようだし。
これで、レイラ妃殿下も安心したんじゃないかな。
俺たちも肩の荷が下りたよね。
そう思って、気を抜いたのが悪かったのか。
「そうだ。実は、このふたり、婚約したんだ」
……………は?
暴露にしても、唐突すぎない?
確かにね、側近候補君とサレナ様の距離感は気になってたけど。
このふたりって、ついこの間まで他の人と婚約してたよね?
側近候補君の婚約者は、あの難癖娘のシンシア嬢で。
サレナ様の婚約者は暴言男だったはずだ。
暴言男はともかく。
シンシア嬢は王子の側近候補の婚約者の座に固執しそうな娘だったのにね。
まあでも、減量の件でも色々とやらかしたみたいなことは聞いたし。
彼女はトラブルメーカーっぽかったしね。
見限られちゃったのかもしれないね。
…………なんて邪推していたら。
ここでまたノックの音が響いて。
「あら。アランはこちらに来ていましたの?」
今度は、ドラングルの王太子夫妻とシェリー様がやってきた。
「姉上もいらしたのですね。ええ、そうなのです。リアン商会には大変お世話になりましたから」
「ああ!減量の件ね!リディア、ずるいわ、グリーンフィールばかり」
「えっ」
なんか普通に話し始めたけど。
礼を取ろうとして、中途半端になってる俺たち。
どうしたらいいの?
『もしや、リアン商会の会長ご夫妻でいらっしゃいますか?ああ、アンヌについてきてよかった。ずっとご挨拶したいと思っていたのです』
おまけに、王太子殿下も大陸語で義両親に話し掛けていた。
これ、もう無礼講でいいってことなのかな?
いや、もちろん、きちんとするつもりだけども。
どう対応するのが正解かわからなくて。
とりあえず様子を窺っていたら。
『ラディンベル、久しぶりね』
そう話しかけてきたのはシェリー様で。
俺と同じことを思っていたのか、苦笑していた。
『はい。ご無沙汰してしまいました。ご無事で何よりです』
『は…?私、何か心配されるようなことしたかしら』
『いや、ファーレスに乗り込』
『あーー!あのね、この子、私の弟なのよ。ファーレスから来たの』
なるほど、弟君でしたか。
ご一緒なのがラルフクト様じゃないから何方かと思ってたんだよね。
俺の話をぶった切ってきたってことは。
シェリー様としても無謀なことをした自覚があって。
それを弟君には隠そうとしているってことかな?
でも、弟君が呆れた顔をしているところを見るに。
完全にばれてるよね?
『姉がすみません。あの、リアン商会の方だと伺いました。いつも、姉が大変お世話になっております』
『あ、いえ。お世話になっているのはこちらの』
『とんでもない!』
え、弟君もぶった切るの?
さすが姉弟。
と、変なところに感心していたら。
うちの商品にどれだけ感動したかを熱く語り始めた。
どうやら、シェリー様のお邸やドラングルで見て回ったらしい。
最後には、ファーレスにも支店を出せないかまで相談されて。
押し切られた俺は、前向きに検討するとしか答えられなかったよね。
俺たちの会話を聞いていたシェリー様が呆れながら。
『性急すぎる』って言ってたけど。
その後すぐに。
シェリー様もドラングル版レシピ本の第二弾を強請ってきたから。
やっぱり似た物姉弟だと思う。
そうこうしていたら、また新たに訪ねてきた方がいて。
それがジングの王太子夫妻とリュート様で。
護衛として、ジョージ様までいらしたから。
びっくりして、固まってしまった。
『おや、ここは、随分と人口密度が高いね』
本当だよね。
王宮の一室だし、それなりの広さがあるから。
俺たち家族だけならスペース余ってたんだけど。
これだけ集まれば狭く感じる。
なんて思いながらも。
ジングの皆様が入室してきた際にリュート様に目配せされたから。
リディも俺の隣に戻って来ていたし。
まずは、きちんとご挨拶しようと思っていたんだけどね。
『君たちが、ラディンベル殿とリディア殿かな?』
『はい。お初にお目にかかります』
ジングの王太子殿下直々に話しかけられて焦った。
いや、リュート様、間に入ってくれませんかね?
『リディア殿、いつぞやは弟が失礼した。その詫びと、ここ最近の素晴らしい提案の礼を言いたくてね』
『本当に役に立つものばかりで、民も喜んでいますのよ』
リディを妾にしようとした弟王子のことはともかく。
ここ最近の提案って言ったら、養殖や救急箱に土砂災害対策かな?
うまく機能しているなら、何よりだ。
『私、次は、この国の厠と湯殿を導入したいわ』
『ああ、それはいいね。水道とやらも便利だし、農業技術も気になる。勿論、リアン商会の商品や飲食店もね。今回、同盟を結べたのは本当に僥倖だったな』
おお。
これは、色々と視察してくださったということだろうか。
やっぱり、技術ってこうやって広まっていくものだよね。
理不尽に奪うものなんかじゃない。
ガルシアがふざけた事件を起こしてくれて本当に迷惑だったけれど。
同盟という結果に繋がったことだけは、よかったと思う。
今、この場にいる人たちの笑顔を見て、本当にそう思う。
だけどね?
ここって、俺たち家族が貸切で食事してた部屋だよね?
それがどうして、高貴な方々の休憩室みたいになっているんだろう?
いつの間にか、テーブルや椅子も増えているし。
気づけば、給仕の方も飲み物や軽食を配り始めてる。
皆様、パーティーに戻らなくていいのかな?
とは思うものの、俺の疑問に答えてくれる人なんて、もちろんいなくて。
お開きの頃には、俺たちが何をしに王宮に来たのか忘れてしまうくらい。
各国の要人とどっぷり話した記憶しか残らなかった。
………それに気づいたのは翌日だけどね。
もっと言えば。
その翌日、休暇を取ったリュート様たちが我が家に突撃してきて。
以前、お土産に戴いた桜の木の成長が早すぎることに驚かれたり。
―――我が家の精霊たちが、桜をものすごく気に入っているのだ。
出来立てほやほやのジム部屋にジョージ様が入り浸ったり。
―――この『ジム』という施設は騎士団にも設置してある。
リディが作ってくれた『おでん』という料理に皆で舌鼓を打ったり。
―――お豆腐でできているという、厚揚げや油揚げが美味しかった。
餅巾着は取り合いになったよね。
更には、稲荷寿司に豆腐や油揚げが入った味噌汁が好評で。
リュート様が休暇を返上して。
豆腐の技術提携に奔走したりしたのは、まあ、別の話だ。
このお話で第六章終了となります。
ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございます。
この後、閑話を一話挟みまして。
少しお時間をいただいてから第七章を開始する予定です。
もしよろしければ、引き続き第七章もお付き合いくださいませ。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。