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追放令嬢は隣国で幸せになります。  作者: あくび。
第六章 陰謀巻き込まれ編
144/149

139.彼女と彼は突撃される。

side リディア

 わたしたち、実は大当たりを引いたんじゃないかしら。


 ガルシアの黒幕捜査が手詰まりになってしまったから。

 黒幕を揺さぶろうと、ガルシアにお店を出す提案をしてみたら。


 過保護なラディがご尤もな意見で止めようとしてきたし。

 伯父様の囮作戦がなければ、頓挫していたかもしれないけれど。


 何とか出店許可が出て。


 タイミングよく商談に来たガルシアの商会を巻き込むことにも成功して。

 結構な準備をして、遂に、ガルシアに乗り込むことになったのよ。


 ガルシアからグリーンフィールに来る商人は多いものの。

 その逆は少ない昨今。


 グリーンフィールの商会が大きな資材と共に入国するとなれば。

 砦でいらぬ問答を繰り返すことにもなり兼ねない。


 そう心配してくれたのは、共同経営相手となったルシル商会さんで。

 大変ありがたいことに国境まで出向いてくれるという。


 巻き込んでいる分、親切にされるだけ申し訳なさが募るけれど。

 彼らの安全を確保しつつ、期待以上のお店を作ってみせようと思う。


 そんな程度では、チャラにはならないかもしれない。

 でも、出来る限りのことはするつもりよ。


 そんなことを考えながら、国境でルシル商会さんを待っていたら。

 まさかのルシル会長が直々にお迎えにきてくれたうえに。


「ガルシアへようこそ。此度のご助力、心より感謝申し上げます」


 そんなご丁寧な言葉までただいて益々恐縮してしまったわ。

 ―――ちなみに、ガルシアでは大陸の共通語で話すことになっている。


 今回の出店交渉は、伯父様たち商会幹部の方々がやってくれたから。

 わたしたちは会長さんとは初対面なのよね。


 温和ながらも利発そうな目をしていらして。

 見た感じは三十そこそこだったから、想像よりも若くてびっくりしていたら。


 向こうもわたしを見て、一瞬目を見張ったのが気になったけれど。

 すぐに人好きのする笑顔に戻ってしまったから、理由はわからず仕舞いだ。


 国境の砦のある町には、転移陣が設置されていて。

 王都までの転移を予約してくれていたから、移動に時間をとられることもなく。


 サクッと着いたのに、ルシル会長ってば気を遣ってくれて。

 まずは旅の疲れを癒してほしいと、王都のご自宅に招いてくれたのよね。


 何から何まで申し訳ないと思いながらも。

 本当にありがたいお申し出だと、純粋に嬉しく感じてもいたんだけど。


『ひめさま………?』


 会長の幼い娘さんが目を丸くしてガルシア語でそう呟いたのを聞いて。

 思わず顔が引き攣ってしまったわ。


 嫌な予感がしつつも、詳しい話を聞いてみたら。

 やっぱり、彼女も『氷の姫』が大好きなのだという。


 しかも、いつの間にか絵本の改訂版が出版されていたらしく。

 挿絵の姫がわたしに瓜二つだったのよ。


 なるほど、国境で顔を合わせた際。

 会長がわたしを見て驚いたのはこういうことだったのか。

 と納得はしたけれど。


 改訂版の監修が王家だという記述を見て。

 うっかり冷気を纏ってしまったのは、誰にも気づかれなかったと思いたい。


 とりあえず話を逸らそうと。

 お土産にもってきたフルーツタルトとおからクッキーをお渡しして。

 話のすり替えには成功したわけだけど。


 あのロリコン王弟ってば、何をやらかしてくれてるのかしら。

 と内心むかつきながらも。


 もちろん、そんなことを考えているなんておくびも出さずに。

 素直に歓待を受けて、翌日からの出店準備の段取りを確認しましたとも。


 そして翌日―――――。


 早速、店舗に案内してもらったら。

 大きな薪窯のある、まさにパン屋さんのための店舗だったわ。


 事前に図面をもらってたから知ってはいたけど。

 やっぱり、大きな窯っていいわよね。

 自分ではうまく焼ける気がしないけど、憧れる。


「見ての通り、以前もパン屋だったのですが、食糧難の煽りを受けてお店を畳んでしまったそうです。そこで今回のお話をしましたら、快く貸していただけました。貸主は裏手に住んでおります」


 その貸主さんは、現在、短期の仕事を転々としているそうなので。

 今回のお店のパン職人としてスカウトしたそうだ。


 ということで、早速ご挨拶に行って。

 改装許可も事前にもらってはいるけれど、念のため改装内容をお伝えして。


 わたしたちは、早々に改装に着手したのよ。


 まずは皆で店内のお掃除をしてから、水道設備の設置を始めたんだけれど。

 近くに水場もなく、井戸も周辺住民との共有だったから。

 店舗裏に貯水槽を置かせてもらって、そこから水をひくことにしたのよね。


 貯水槽まで水を運ぶのは大変だけど。


 ルシル会長が周辺住民に交渉してくれたおかげで。

 井戸にポンプを設置することができたしね。

 台車とポリタンクも用意したから、以前よりも楽になったはずだ。


 これには、貸主のボルグさんも喜んでくれたのよ。


 実は、この店舗、従業員の住み込みスペースもあったから。

 トイレに加えて、シャワーも設置させてもらって。


 準備期間中、わたしたちが寝泊まりすることも許可いただいたわ。

 ―――こっそり、ここを拠点にするつもりだ。


 そして水回りの後は、竈を潰してコンロを設置して。

 調理台や調理器具に、オーブンなんかの各種魔道具も持ち込んで。


 調理場の改装が粗方終わったときには、様変わりした空間を見て。

 ボルグさんだけじゃなくて、ルシル会長も目を丸くして驚いていたわね。

 でも本当に便利だから、是非使ってみてほしい。


 そこまで終わった後は、わたしたちは二手に別れて。

 技術者と護衛ひとりは、売り場の改装を。

 わたしとラディともうひとりの護衛は、食材を見繕いにいくことにしたの。


 お買い物には、ルシル会長とボルグさんもついてきてくれたから。

 いろいろと補足説明をしてくれてありがたかったわ。


 まず最初に伺ったのは、穀物や豆のお店。


「やっぱり、お米や大豆は売られていないのですね」

「さようにございます。皆様のご推測の通り、我が国では飼料として用いられておりまして。私も人間が食べるものだとは思っておりませんでした。現在、畜産農家に売買ができないか交渉中でございます」


 そうなのよね。

 ラディが言ってた通り、ガルシアでは家畜の飼料だったのよ。


 米は小麦の出来損ない扱いで。

 大豆は枯草だと思われていたんだとか。


 まあ、大豆については、枝豆の時期は収穫して食べていたんだろうし。

 お米だって食べ方がわからなかっただけだとは思うけども。


 にしても、ルシル会長ってば、もう交渉してくれているなんて。

 店舗やパン職人や井戸の件もそうだったけれど。

 判断は早いし、行動力もあるし、若いのに本当に有能よね。


 共同経営することになったのはタイミング的な要素が大きかったのに。

 わたしたちは、大当たりを引いたようだわ。


「それにしても、小麦は本当に高いですね」

「そうなのです。以前は今の半額くらいだったんですけどね」


 あら、思考を飛ばしている間に話が変わっていたわね。


 でも、そうね。

 本当に小麦はびっくりするくらい高かった。


 だから、小麦はスルーして。

 スープに使えそうな豆と、コーンスターチがあったから。

 それらを買っておくことにしたのよ。


 そして、次に向かったのは八百屋さん。


「うわっ、じゃが芋だらけですね」

「小麦が不足しておりますからね、庶民にとっては、腹が膨れる芋は主食と言ってもいいくらいなんですよ」


 なるほど。


 葉野菜もあることはあったけれど、萎びていたのが切なかったわ。

 新鮮な野菜は貴族が買い占めちゃってるのかしらね。


 世知辛いものだと思いながら他の野菜を見ていたら。

 ビーツを発見して、一気にテンションが上がったわたしは間違っていない。


 さすがロシア!(※ガルシアです)


 そして、上機嫌のまま、あれこれと野菜を購入したあとは。

 お肉屋さんに立ち寄ったんだけどね。


 残念ながら、すね肉やすじ肉といった、固いお肉しかなかったのよ。

 でもスープには最適だから、これまた上機嫌のまま購入してきたわ。


「固い肉が好きなんて、変わったお嬢さんだな」


 店主さんにはそう言われるし。

 ルシル会長やボルグさんにも怪訝な顔をされてしまったけれど。


 あとで、その認識を変えてあげるから。

 首を洗って待っててくださいな。


 そう思いながら、買いたいものを買えたわたしは店舗に戻り。


 まずは、萎びた葉野菜を五十度のぬるま湯につけて回復させてみたら。

 みるみるうちに生気を取り戻す葉野菜に、皆が驚き固まってしまった。


 グリーンフィールでは萎びた野菜を見ることはないし。

 わたしもこの世界では初めてやってみたこともあって。

 ラディも口をあけてポカンとしていたわ。


「え?どういうこと?」

「これは………」

「魔法ですか?」

「いえいえ、ただの生活の知恵ですよ。同量のお水とお湯を混ぜたぬるま湯に葉をつけると復活するんです」


 そう説明したら。

 皆がすごく感心して、葉野菜に夢中になってしまったから。


 それを放置して。

 今度は、圧力鍋を使ってすね肉とすじ肉でシチューを作り始めたら。


 圧力鍋の音に驚いた皆から注目を浴びてしまったから。

 急いでシチューを完成させて、試食してもらったのよ。


 そうしたら、お肉のとろとろ具合に皆が甚く感動してくれて。


 ルシル会長に至っては。

 すぐにお肉屋さんに舞い戻って定期購入の契約をしてきてしまった。

 ほんと、行動が早いわよね、この人。


 その後も、買ってきた食材で色々なスープを作ってみたところ。


 すね肉やすじ肉のシチューをはじめとして。

 野菜と豆のコンソメスープに、葉野菜とベーコンの豆乳スープ。

 体が温まる、生姜入りの溶き卵と葱の鶏がらスープ。


 そして、豆入りのボルシチに、ビーフストロガノフ。

 ―――すっかりロシア気分になってたわたしが強く推してみた。


 この六品を商品化することに決まったの。


 ルシル会長とボルグさんも美味しそうに食べてくれていたから。

 ガルシアの皆さんもスープを飲んでほっこりしてくれたら嬉しいわ。


 こうして、わたしたちは順調に開店準備を進めていたわけだけど。

 もちろん、黒幕についてもきっちり監視しているのよ?


 毎夜、影のみなさんも交えて――姿は見せてくれないけど――

 情報交換を行っているし、精霊にもパン屋に潜入してもらっている。


 逆に、ガルシアの間者らしき人も見かけるけれど。

 こっちも結界を張ってるし、変な行動はとっていないしね。

 わたしたちの本当の目的には気づかれていないはずよ。


 そんな風に、裏でもこっそりと動きながら。

 表向きはお店の開店に向けて作業を続けていたんだけど。


 あとは、パンのレシピを確定するのみ。

 というところまできた、ある日。


 ラディに賄い用のロシア風キャベツロール作りを任せて。


 ボルグさんを含む、雇い入れた料理人さんたちと一緒に。

 パンの改良をあれこれとしていたら。


 ルシル会長が慌てた様子で調理場に入ってきたから驚いたわ。


「大変です!殿下がいらっしゃいました!」


 ………………は?


 会長が殿下って言うんだから、ガルシアの王子のことよね?

 でもそんな予定はなかったし、影からも何も聞いていない。


 これは急遽決まったことなのかしら。

 そう思いながら、ラディと顔を見合わせていたら。


「王太子殿下と第三王子殿下がこのお店のことをお耳にされたようでして。視察をしたいと、今、表に……」


 視察ときたか。

 事前連絡もなしにやって来るなんて、随分横暴な視察があったもんだわ。


 王子による突撃は想定していなかったけれど。

 相手が相手なだけに、無下に断るわけにもいかないし。


 こうなったら真っ向から挑むしかないわよね。

 何を探られたとしても、美しい回答をもって撃退してやるわ!


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