136.彼と彼女は状況を纏める。
side ラディンベル
正直、内心ヒヤヒヤしたよね。
減量メニューの提案に行ったら、商会と因縁がある家の娘に絡まれて。
忌々しいことに、情報源まで突かれてしまった。
リディはいつもの通り、本で読んだと説明したんだけどね。
本のタイトルを聞かれてしまったから、内心、焦ってしまったよね。
いつか聞かれるんじゃないかと心配はしていたけど。
まさか、このタイミングとはね。
相手がこちらを敵視している分、なかなかに厄介な状況だったんだけど。
リディが、恐らく前世の言葉でタイトルを説明したら。
アラン殿下が好意的に受け取ってくれたことで、何とか事なきを得た。
実際、あの場で『タイトルを紙に書け』って言われてたら。
それを元に調べられたりして、結構面倒なことになっていたと思うから。
そこまで頭が回らない娘で、正直、助かったよね。
結局、その後もローズ様とサレナ様が援護してくれて。
その娘が退場してくれたから。
減量メニューの提案もスムーズに進んだしね。
実食でも好感触を得ることができて何よりだ。
ランチの後は、殿下たちは授業があるから。
俺たちは、予定通り、打合せのために厨房に向かったんだけど。
「実は、私らも頭を悩ませていまして。せっかく作っても、ほとんど残されてしまいますしね、だからって無理に食べさせるわけにもいかない。どうしたもんかと思っていたところだったんで、助かりました」
そう言った料理長さんに、他の料理人も強く頷いていて。
結構な問題になっていたことを改めて知る。
そして、ランチ時と同じように、リディから説明してもらったら。
すごく真剣に話を聞いてくれて。
今回の減量メニューも取り入れてもらえることになったんだよね。
と言っても、おばんざいは馴染みがないし。
品数が多いこともあって保留となったから、他の四品だけなんだけどね。
それでも、十分ありがたい。
そう思いながら再びサロンに戻ったら。
殿下たちが既に揃っていたから驚いた。
話の続きが聞きたくて、授業が終わってすぐに来てくれていたらしい。
「すみません、お待たせしました」
「いや、こちらこそ、急かすようで申し訳ない」
殿下はそう言ってくれたけど、殿下は謝り過ぎだと思う。
それはともかく。
厨房での話し合いの結果を伝えたら、サレナ様は喜んでくれたし。
殿下とローズ様はホッとした顔を見せてくれたから。
俺たちも、肩の荷が下りた気がしてホッとしたよね。
そうして、その後のお茶会では。
お茶請けに苺の寒天ゼリーとおからクッキーをお出しして。
―――実は果物も甘い成分が多いらしいんだけど、中でも苺は少ないそうだ。
ランチ時に伝えられなかった話として。
夕食を食べ過ぎないことと、寝る前の飲食を控えることを注意喚起してから。
運動の話に移ったんだけど。
畏れ多いことに。
レイラ妃殿下がストレッチに加えてヨガの講義を引き受けてくれると聞いて。
びっくりしてしまって、思わず間抜け面を晒してしまった。
「あー…、義姉上が妙に張り切っていて、止めるに止められないんだ」
そう言われたら、俺たちも素直に任せるしかない。
更には、アラン殿下が、試作中の運動器具の話を聞きつけたようで。
皆から質問攻めにあってしまって大変だったよね。
結局、器具が完成し次第、献上することと。
ご令嬢にもできる器具を見繕っておくことを約束してしまった。
そうこうしていたら、時が経つのはあっという間で。
俺たちは、切りのいいところでお暇したんだけど。
あとは継続あるのみだからね。
忍耐が必要だけど、どうか、がんばってほしいな。
そうして、その数日後―――――。
タイミングがいいことに、追加の運動器具の試作品ができたと言うから。
俺たちはいそいそと商会に向かったんだけどね。
「作業が遅くて本当に申し訳ありません」
着いて早々に、技術部のエリンさんに頭を下げられて何事かと思った。
いや、炊飯器や圧力鍋だってあったしね、そんなに遅くないよね?
と思いながら話を聞けば。
どうやら、エリンさんの部下がガルシアの工作員に誑かされていたらしい。
その際、高給を餌に引き抜きをかけられていたそうなんだけど。
工作員が捕まった後も、自分の給金に対する不満が拭えなくて。
結局、ほかの商会に行くと言って辞めてしまったんだそうだ。
しかも、他の仲間にも声をかけていたらしく。
更にふたり辞めてしまったという。
「奴らには一般的な仕事しかしてもらってなかったんで、情報が流出することはないんですが、どうしても作業が遅れがちで」
「それは仕方がないわ、人手がないんだもの。せっかく育ててたのに残念ね」
「まあ、確かにそうなんですが、でも、給金でしか判断できない奴らには教えたくないですしね。あいつらは、俺たちにどれだけ金をかけてもらっているのか、全くわかっていない」
そう言ったエリンさんがかなり怒っていたから。
そりゃ残念だけど、よくあることじゃないかな?
そんなに怒らなくてもいいんじゃないかなって思っていたら。
エリンさんって、元々は貧しい男爵家の次男で。
手先が器用で魔道具を作って家計を助けようと思うも、元手がなくて。
それでくすぶっていたところを、リディが勧誘した人らしいんだよね。
開発費を惜しみなく使えることのありがたさをよくわかっているから。
今回の件は相当腹立たしいらしい。
そう思ってくれてるのは、こちらこそありがたいけどね。
ちょっと怒り具合が尋常じゃないから。
リディと何とか宥め賺して。
話を変えようと、早速、試作品を見せてもらったら。
すごくよく出来ていたから、問題ないことを伝えて。
耐久実験をしたら、なるべく早く王家に献上してほしいことも伝えて。
今後は急ぐ必要はないと言い含めてから帰ってきたんだけどね。
「あちこちで火種を撒いてくれて、ほんっとうにガルシアって害悪ね!」
今度はリディが怒り始めてしまった。
リディもね、給金の不満や減量のことはよくある話で。
ガルシアだけのせいではないってことはわかってると思うんだけど。
こうも立て続くと文句も言いたくなるんだろうね。
「黒幕が捕まって、きっちり処罰されないと気が済まないわ。ラディ、情報を整理しましょう」
ああ、そうなっちゃうのか。
できれば首を突っ込んでほしくないけれど。
まあ、情報を整理するだけならいいかな?
「じゃあ、今わかっていることを挙げていこうか。まず、ガルシアは抗議を受けて王弟を拘束するも、王弟は、第二王女から話を持ち掛けられたって話している」
「その第二王女は、王弟から命令されたって話していて、『兄様』についてはだんまりを貫いているのよね?」
そうなんだよね。
王女は『兄様』を庇っているにしても。
問題は、王弟だよね。
二十歳近く歳の離れた姪の話を真に受けて行動に移すなんてどうかしてる。
一応、背後に誰かいるとは思っていたみたいだけど。
王弟は、リディというか、氷の姫が手に入ればそれでよかったし。
詳しいことや手下の手配は側近に任せていたから。
第二王女以外の関係者は知らないと言い張っていると言う。
しかも、その側近は行方不明ときた。
一番情報を持っていそうな王女はだんまりを貫いているし。
王女の仲間も大した情報を持っていないとのことで。
ガルシアもレンダルも、黒幕には近づけていないんだ。
―――ちなみに。
クラウス様の魅了解除も難航していて、回復には時間がかかるそうで。
王女について何も聞き出せないのが残念だ。
それと、クラウス様が持っていたはずの防御の魔道具については。
なんと、父君の宰相が取り上げていたらしい。
おまけに、その魔道具を複製して商売をしようした挙句に。
その過程で壊してしまって、正直に言えなかったとか。
なんともお粗末な話だけれど。
クラウス様は落ち度があったとはいえ、ある意味で被害者だし。
宰相については、罪というには微妙なところだし。
更には、妹君がアルフォード殿下の婚約者とあって。
処遇も決めかねているそうだ。
「ああ、ごめん、話が逸れたけれど、今はまだ、ガルシアからもレンダルからも、有益な情報は入ってきていないってことだね」
「だんまりの王女はともかく、王女の仲間がそんなに情報を持っていないなんて、おかしくないかしら」
そうなんだけどね。
王女は、仲間にも『兄様』が誰かは話さなかったらしいし。
兄様と会うときは王族専用の隠し通路を使っていたそうだ。
隠されたことをわざわざ暴いて不興を買いたくはなかっただろうし。
仲間が踏み込まなかった気持ちもわからなくはない。
「もしかしたら脅されてるのかもしれないけど、その場合、その脅迫材料を何とかしないと話さないだろうから、すぐに話を聞くのは難しいと思うよ」
「うーん、じゃあ、元々掴んでいた情報から推測するしかないのね?」
そうなるよね。
ということで。
実家とグリーンフィールが集めた情報を纏めてみることにした。
「ガルシア王には、正妃とふたりの側妃がいるのよね?」
「そう。それぞれに子供がいて王子は四人。今のところは第二王子が王太子だよ」
公爵家出身の正妃の子供は、第一王女と王太子になった第二王子。
伯爵家出身の第一側妃の子供は、第三王子のみ。
子爵家出身の第二側妃の子供は、第一王子と第四王子と第二王女。
第一王子は、母親の爵位が低かったこともあって。
第二王子に蹴落とされて王太子になれず、臣籍降下している。
「今更、第一王子が野望を抱くってことは考えづらいわよね?」
「そうだね。だから、黒幕候補は三人の王子だ」
第二王女は、どの兄王子からも等しく可愛がられていたようだから。
異母兄だからといって、黒幕候補から外すことはできないんだよね。
「第二王子は王太子になれたんだから、外してもよくない?」
「結構な野心家で、方法があれば国盗りも辞さない人みたいだよ」
目標は玉座ではなくて大陸制覇、とか言っちゃう人らしいから。
今回の件に手を出していてもおかしくはない。
「じゃあ、第三王子は?」
「本人は庶民派で野心もなさそうだけど、派閥が好戦的なんだって」
「それはまた、判断に困るわね」
本当にね。
本人はともかく、周囲に担がれている可能性があるのが厄介だ。
「まあ、順当に考えれば、第二王女の同母兄の第四王子が最有力黒幕候補だよね。兄の第一王子の屈辱を晴らせって、母親からも言われているみたいだし」
「でも、今、十五歳なんでしょう?」
そこだよね。
今回の計画が始まったのは数年前だ。
主犯にしては、第四王子は幼すぎる。
とはいえ、一歳年下の第二王女は関わっているわけだし。
更に背後に誰かがいると考えれば、できないこともない。
「あー、もう。三人とも怪しいと言えば怪しいのね?」
「だから、父上たちもグリーンフィールも頭を悩ませているんだ。今回の抗議で動いてくれてたら次の手を考えられたんだけど。本当に慎重だよね」
どの王子にも不自然な動きはなくて。
第二王女の『兄様』発言により、聴取は受けてたものの。
当然ながら、全員否定しているんだよね。
「第二王女をガルシアに戻して、兄王子と対面させてみるのはどうかしら?」
「それも検討されたんだけど、王女がガルシアの手に渡ると、ガルシアの都合のいいように話を捏造されかねないから、踏み切れないらしいよ」
そう言ったら、リディは黙ってしまって。
俺も、いい案が浮かぶわけでもなくて。
結局、何の答えも出せないまま。
本当にただの情報整理で終わってしまったんだけどね。
その夜、シェリー様から久しぶりに手紙が届いたんだ。