135.彼女の隣で彼は空気と化す。
side リディア
どうにも面倒な子が来ちゃったわよね。
アラン殿下の婚約者のローズ様からのご依頼で。
痩せるために食事をしなくなってしまったご令嬢のために。
ダイエットメニューをご提案させて頂くことになったから。
あれやこれやと準備して。
ラディと一緒に、アラン殿下たちが通う学院に乗り込んだわけだけど。
いざ、提案をしようと思ったら。
飛び入り参加のご令嬢、シンシア嬢が攻撃的で参ってしまったわ。
ラディがこっそりと教えてくれたところによると。
シンシア嬢は、我が商会を敵視している家の娘さんらしい。
なるほど。ということは、話を聞くためではなく。
最初から難癖をつけるためにやってきた可能性が高いってことね。
正直、面倒な子だし。
そもそも、殿下の前でそんな失礼な態度でいいのかしら。
とは思うものの。
実のところ、彼女の抗議はわからないでもない。
というのも、今回提案したメニューは。
鶏肉とざく切り野菜のポトフに、豆腐ハンバーグのきのこあんかけ。
豚肉ときのこと野菜の蒸焼きに、たっぷり野菜のアクアパッツァ。
そして、おばんざいセットの五品なのよね。
どのお料理にも、お肉かお魚が入っているしね。
それらが太りやすいと思っている人は多いしね。
内心、突っ込まれるとは思っていた。
でも、こっちだって、当然、ふざけているわけではなくて。
頭を悩ませたうえでの提案なんだし。
きっちりと理論武装してきているから。
正々堂々と反論してやろうじゃないか、と思っていたんだけど。
「わ、私は、お話を聞きたい、です」
まさかの、件のぽっちゃりさん、サレナ様が声をあげてくれた。
「あ、あの、私、ローズ様から、痩せてもまた太ってしまうお話を聞いて、身に覚えがあるお話でびっくりしたんですけど、ちゃんと理由があることを教えてもらって、やっと何がダメだったのかがわかったんです」
あらま。
彼女はリバウンド経験者だったか。
「そんな話、今まで誰も教えてくれませんでした。正直に言えば、きちんと理解できているかもわかりません。でも、そういう知識をお持ちの方なら、このお料理にも理由があると思うのです。だから、私は、そのお話を聞きたい」
体の話は、説明が難しいのよね。
本当は、代謝とかエネルギーとか、栄養素の話もしたいんだけど。
そういう話が根付いていないこの世界では、下手なことは言えないのだ。
だから、わかりにくい話で申し訳ないとは思う。
「私も聞きたいですわ。先日のお話もすごく為になりましたもの。今日はどんなお話を聞かせてくれるのかと、楽しみにしていたんですよ?」
おお、ローズ様も援護に入ってくれた。
「で、でも、この人は学者でもないし、適当なことを言っているかもしれないじゃない!大体、どこからそんな話を持ってきたのよ!」
ん?これは、情報源を聞かれているのかしら?
「そうですね……。今日のお話は、本で読んだり、わたくし自身が経験したことを元にしたお話なのですけれど」
「本?なんていう本よ」
おっと、いつもは流してもらえるのに。
そこを突いてくるとは、この娘、侮れないわね。
「本のタイトルですか?確か『栄養士監修!健康的な減量術』だったかと」
「………は?」
タイトル部分は日本語で話したから、怪訝な顔をされても仕方がない。
というか、咄嗟に適当なタイトルをでっちあげてしまったから。
実際にそんな本はないとは思うけど、まあ、バレないわよね?
「それはまた、聞いたことがない言葉だな」
「遠い異国のものでしたので」
「異国の知識か。リディアは顔も広いし、言語にも長けているから、異国のものに触れる機会が多いのだろう。成程、リディアはそうやって知識を得ているんだな」
あら、アラン殿下に妙に納得されてしまったわ。
でも、日本が遠い異国だということには違いないから。
異国の知識だと言っても間違いではないわよね?
「そんな胡散臭い知識を信じるなんて」
「私は信じますわ。だって、リディア様はご自身の経験だとも仰っていましたもの。その結果が今の御姿なのでしょう?」
「本当に羨ましい。ぜひ、その秘訣を教えてください」
ローズ様にサレナ様。
味方をしていただけるのはうれしいのですけれど。
お願いだから、わたしの体型をじっくり見るのはやめてほしい。
ちょっと居た堪れなくて下を向いてしまったら。
がたん!と音がしたから、何かと思えば。
悔しそうに顔を歪めたシンシア嬢が立ち上がっていて。
「な、何よ!せっかく忠告してあげたのに!騙されたって知らないんだから!」
更には、捨て台詞?を吐いて出て行ってしまった。
その際、ちゃっかり、写真資料を持って行ったところには感心する。
そして、気づけば。
今まで空気だった、もうひとりの飛び入り参加のご令嬢も消えていた。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、どうかお気遣いなく」
シンシア嬢の婚約者であり。
アラン殿下の側近候補さんが謝ってくれたけれど。
いや、あなた、追いかけなくてよかったの?
って思って彼を見ても、そんな素振りは全くない。
……まあ、それでいいならいいんだけどね。
「私たちからも謝罪を。無理を言って来て頂いたのに、誠に申し訳ありません」
「あの、本当に、大丈夫ですから」
「彼女には後程こちらから話をしておこう。リディアにも商会にも迷惑をかけないようにするから、安心してくれ」
ご丁寧な謝罪も、アラン殿下のお言葉も大変ありがたい。
本当にそう思う。
でもね?
このままじゃ食べる時間がなくなっちゃうんじゃないかしら?
「じゃあ、漸く、といったところだが。リディア、解説を頼めるか?」
「はい」
本当に、やっとよね。
なるべくちゃきちゃきがんばります!
「今回ご提案するメニューは、太りやすい食材を控えた減量メニューです」
「写真だからかもしれないが、普通のメニューのようにしか見えないな」
それは、ラディや伯父様たちにも言われたのよね。
盛り付けの賜物ではあるけど、見た目はよくある料理のように仕上げたし。
パンもしくはご飯に、スープも付けたから。
確かに、あからさまな減量メニューではないかもしれない。
「そうですか?あっさりとしたお料理ばかりですし、野菜の比率も高いのですが」
「そう言われればそうか」
「でも、普通のメニューに見えるならよかったです。その方が継続しやすいので」
そう言ったら、サレナ様がすごく頷いていた。
そうよね、極端に量を減らすとか、野菜ばっかりとか。
ざ・減量メニューだと、続ける気力がなくなるものね。
「そもそも太りやすい食べ物というのは、お肉ではなくて、甘いものと油っぽいものなのです」
本当は『糖質』と『脂質』と言ってしまいたいところだけど。
突っ込まれたときが面倒そうだから、今回はやめておく。
「お肉は太らないのですか?」
「お肉は甘い成分が少ないので、脂身の多い部分や、オイルをたっぷり使ったお料理でなければ、皆様が思っているほどは太らないと思いますよ。減量中なら、赤身のお肉や、皮や脂分を取り除いた鶏肉がおすすめです」
そう言ったら、皆が『へぇ』顔になって。
「それにお肉って、むしろ痩せやすい体を作ってくれる食べ物なんですよね」
「「「「は……?」」」」
続けた言葉には、ポカンとされてしまった。
だから、お肉は筋肉のもとになる食べ物で。
筋肉が多い方が痩せやすいことを説明したら。
皆さんも、何とか理解してくれたようだった。
あ、もちろん。
お肉ばかりとか食べ過ぎについては釘をさしておいたわよ?
「ということで、減量中だからと言って、お肉を我慢する必要はありませんが、食べる部位や調理方法にはお気をつけくださいね」
そう言ったら、皆が明るい顔で頷いてくれたわ。
うん、若者はやっぱりお肉が好きなのね。
「では、話を甘いものと油っぽいものに戻しますが。お手元の写真資料の余白に書きました通り、実は、皆様がよく食べるものにも、甘い成分と脂分が多く含まれています」
殿下たちは素直に資料を見てくれたんだけど。
その顔には、どこか納得できないような表情を浮かべていた。
「油や菓子はわかるが、パンや米、それに芋も太りやすいのか?」
「はい。実際、甘みを感じる食べ物だと思うのですが」
「言われてみれば、という感じですけれど」
多分、甘い=砂糖だと思っていたと思うんだけどね。
糖質を含むものって実は結構あるから。
痩せたいならば、ぜひとも覚えておいてほしい。
「あの、お写真のお料理には、どれもパンかご飯がついていますけれど、甘いのに食べても大丈夫なのですか?」
「はい。甘い成分や脂分は太りやすいのですが、力になるものなので体には必要なのです。ですから、今回は量を減らしました」
それと、実は、パンやご飯にも一工夫していて。
パンは、ライ麦パンや野菜のパンを用意したし。
ご飯も、玄米ご飯にしておいたのよね。
それらのパンやご飯は。
一般的な白いパンやご飯よりも栄養が豊富だということを説明したら。
結構興味を持ってくれたようだわ。
「パンやご飯だけじゃなくて、全体的にも量は調整していますけれど。あとは濃い味付けも控えたほうがいいので、あっさり味にしてあります」
「味が濃いと太るのか?」
「パンやご飯が進んでしまうんですよ。それに、むくんだり、体に不調をきたしますので、減量中でなくても控えたほうがいいと思います」
将来のことを考えても、濃い味に慣れないほうがいいしね。
わたしは薄味を推していきたい。
「本当に色々と考えて頂いたのですね。量が少ないとはいえ、このお料理でしたら満足感がありそうですし、続けやすいと思いますわ。サレナ様はいかが?」
「はい。正直なところ、こんなに食べてもいいのかしら、とは思うのですが、本当にこれで痩せられるなら嬉しいです」
最初は不安そうだったサレナ様の顔も随分と明るくなっていて。
ここにきて小さな笑みも浮かべてくれたから。
このまま減量作戦に突入してもらえるように。
記憶から、更なるダイエット知識を引き出してみる。
「あ、そうでした。よく噛むことと、お野菜から食べ始めることを意識していただくと効果があがりますよ」
「まあ!食べる順番も関係するのですか?」
「空腹時に甘い成分が多いものを食べると太りやすいのです」
「パンや米から食べ始めるのはよくないってことだな」
ほかにも、運動や寝る前の飲食についてとか。
お話したいことはまだまだあるけれど。
この後の厨房での話し合いの後。
再度合流してお茶をすることになっているから。
残りの話はそのときにすることにしよう。
というのも、本当に、そろそろ時間がなくなってきたから。
いい加減に食べ始めたほうがいいと思うのよね。
そう話したら、皆さんがハッとして。
すぐに食べることになったから、どれを食べるかお伺いしたら。
サレナ様はポトフを、ローズ様は豆腐ハンバーグを選んでいた。
―――ちなみに、殿方には普通の食事を用意してきている。
「では、準備の間にサラダを食べてお待ちくださいね」
「成程。そうすれば、野菜から食べられるというわけだ」
殿下、正解です。
他の皆さんも納得の顔になったわね。
そうしてサラダの後、メインのお料理をお出ししたら。
彩をよくしただけあって、見た目にも喜んでもらえて。
更には、お味も受け入れてもらえて一安心。
ポトフはスープとは言え、野菜が大きくて食べ応えがあったようだし。
豆腐ハンバーグには、毎度の『これが豆なんて』反応をいただいたわ。
サレナ様。
この方法は、時間はかかるかもしれないけれど。
体を壊すことなく減量していけると思うから。
継続して、どうか健康的に痩せてくださいね。
ランチの参加者は、王子とローズとサレナと王子の側近候補の四人です。
わかりにくくて申し訳ないです。
※前話に、参加者の記述を追加しました。
それに伴って表現を変えた箇所がありますが、内容自体に変更はありません。




