14.彼は成り行きを見守る。
side ラディンベル
本当に来てしまった。
俺は今、リディとグリーンフィールの王宮にいる。
リディに王家からの手紙を見せられたときは、さすがに慄いた。
普通ね、この立場の人間に直接届くことはないから。
気軽にやりとりできる相手じゃないから。
でも、リディだから、ってことで納得できるのが彼女のすごいところだ。
俺も一緒に謁見すると聞いたときは、ちょっと逃げ出したいと思ったけれど。
リディが俺を頼ってくれたときはうれしかったな。
上目遣いで、隣にいてね、なんて言われてドキッとした俺は悪くない。
いや、角度的にそうなっただけだってことも、リディの言葉に俺が期待するようなことは含まれていないことはわかってるけども!
陛下の思惑もリディが自由を求める気持ちも、両方理解できる。
でも、リディは俺の奥さんで。離れるつもりはさらさらないし。
リディの一番の味方でいたいから、全力でサポートしよう。
……と言っても、俺ができることなんて、本当に隣にいることだけだけど。
多分、俺が口を挟んだほうが面倒になるだろうし、そもそも、口を出す場なんてないと思う。それでも、隣で恥じない態度でいよう。
そう思って臨んだ本日。
俺たちが住むマリンダから王都までは、馬で行けば二週間弱。
――そういえば、リディが、この世界は前世と月日や時間の数え方が同じでありがたい、と言っていた。都合がいいとも言っていたけど、感覚の問題かな?
そんな遠い王都だけど、当初は領内の転移陣を使って移動する予定だった。
それでも数日かかるし、長距離の転移陣移動は高額だ。
だからか、ダズル様が気を利かせてくれて迎えにきてくれたのだけど、そのおかげで、一瞬で王都、というか王宮に着くことができた。
ダズル様、いつもありがとうございます。
ということで、俺たちは王宮にいる。
謁見予定だから、当然、正装をして。
念のためと思って儀礼用の服一式を持ってきていて本当に良かったと思う。
リディは、瑠璃色のシンプルなドレスだ。
何を着ても似合うけど、こういう姿はリディの美少女さを際立たせるな。
一見地味なドレスなんだけど、リディが着ると上品で優雅に見えるのだ。
でも、ちょっと体にぴったりしすぎだと思う。
王宮で働く男どものリディへの視線を煩わしく思いながらも、まず案内されたのは応接室だった。
で、早速、高貴な方に会うなんて、聞いてないから。
心の準備がないうちからそういうの、やめてほしい。
そんな俺のことなんておかまいなしに、目の前のふたりは、久々に会えてきゃいきゃい盛り上がっているけども。
「リディア!久しぶりね。元気そうでよかった」
「アンヌ様、ご無沙汰してしまいました。お会いできてうれしいです」
そういえば、リディと第一王女のアンヌ様は、外交で知り合って以来、公私ともに仲良くしてると言ってたな。気安い言葉遣いになってるし、手を取り合って再会を喜んでいる姿は、確かに友人そのものだ。
「お父様ったら、今日リディアが来ること、教えてくれなかったのよ?つい先ほど聞いて急いで来たの。会えてよかったわ」
「まあ、そうだったんですか?アンヌ様はてっきりご存じかと……」
「お父様は最近意地が悪いのよ。……それで、こちらがリディアの旦那様ね?」
「…っ!…お目通りが叶いまして光栄でございます。ラディンベルと申します」
いきなり俺に話をふるのもやめてほしい。
更には、じっと見られて不安になる。俺、変なとこないよね?
特に何も言われなかったけど、王女殿下の笑顔に何かいろんなことを見透かされた気がするのはなぜだろうか。王族、こわい。
「もっとお話したいのだけど、わたくし、すぐに戻らなくてはいけなくて」
「そんなにお忙しいときにわざわざ来てくださってたんですね。お手間をおかけして本当に申し訳ないです……」
「いいのよ。それより、今度、お茶会に来てね」
「わたくし、もう平民なのです。さすがに王女殿下のお茶会には…」
「リディア、そんなこと言わないで。リディアなら大歓迎よ」
「まあ、本当ですか?光栄です。では、お言葉に甘えて楽しみにしていますね」
「ええ、わたくしも。………そろそろ行くわね。お父様から逃げきれるように、陰ながら願ってるわ」
そう言って、王女殿下はあっという間に去っていったのだけど。
ほほほ。と上品に微笑みながら去り際に恐ろしいこと言わないでほしい。
リディとふたりで遠い目をしていると、案内人に呼ばれた。
今度は陛下だ。さすがにものすごく緊張する。
結構な距離を歩いて謁見の間に着いたのだけど、入室前に、リディが案内人に何かを渡していた。たぶん、あれが今日のカードとやらなんだろう。
ぎりぎりまで何にするか悩んでいたから、俺はそれが何なのかは知らない。
むしろ、聞いても何かわからない可能性のほうが高いだろうな。
謁見の間に入ると、空気が突き刺さってきて。
いや、空気じゃなくて視線か。
その視線に負けないように、正気を保ってリディと礼を取った。
「面を上げよ。楽にしてくれ」
よく通る声のそのお方は、リディの話の通り、穏やかそうな外見だった。
でも、オーラは隠せない。大国の王者たる堂々とした風格だ。
緊張が高まるけど、姿を見れただけでも光栄なことなんだろうな。
陛下の隣には、王子殿下だろうふたりの少年が控えていた。
「リディアよ、やっと来てくれたな」
「陛下、お久しぶりにございます。この度は、突然のお話にも関わらずご対応くださいまして誠にありがとう存じます。過分なご配慮、痛み入りますわ」
「何、大したことはしておらぬ。にしても、まさか伴侶を連れてくるとはな?」
「おかげさまで良縁に恵まれましたわ」
「そなたの美貌に叡智。ぜひとも我が王家に嫁いでもらいたかったのだが」
「大変光栄なお話ですけれど、わたくし、かの国では罪人ですのよ?」
「冤罪であろう?たとえ罪人であっても、受け入れる準備はあったものを」
「まあ、お戯れを。わたくしを過大評価しすぎですわ」
ふたりとも笑顔がびくともしないな。
しかも目が笑ってない。こわい。
思っていたよりも堅苦しくもなく、結構言葉通りの素直な会話だと思うのに、どうしてこう張り詰めた空気なのか。
おまけに二人いる王子のうちのひとりからの視線もしんどい。
恐らくリディから聞いていた第二王子なのだろうが、あからさまに睨んでくるのはどうかと思う。王族ならば、表情を隠すことを覚えようよ。
まあ、わざとかもしれないけど。
「そなたが娘になってくれなかったのは残念であるが、致し方ない。そなたのこれまでの功績もある。男爵位とマリンダを授けよう」
うわ、爵位は来ると思ってたけど、領地もか。
マリンダは、南の王家直轄領内でもさほど大きな町ではないし、港はあるけど漁港だ。貿易港は別の町にあるから、そこまで重要視されている町ではないのかもしれない。
だとしても、過去の功績があるとはいえ、他国から来た十五歳の令嬢に領地付きの爵位なんて、異例の叙爵だ。
リディの記憶のことはご存じないはずだけど、本当に買ってるんだな。
「大変名誉あることではございますが、誠に恐れながら、辞退させて頂きたく」
「男爵位とマリンダでは不満か?」
「滅相もございません。大変勿体ないお話でございます。ですが、身の丈に合わないものを頂くわけには参りません。どうか、お聞き届けくださいますよう」
「身の丈など、忌憚なことを。だが、意志は固いようだな?」
「はい。平民であっても、臣下としてできることは数多くありますわ。本日、宰相閣下にお預けしているものがございます。どうか、そちらをもって、わたくしの我儘をお許しくださいませ」
リディのその言葉を合図に、脇に控えていた宰相様がスルッと陛下の側に行って、盆に載せた円形の物体と紙の束を陛下に渡した。
俺にはやっぱり何かわからなかったけど、それを見た陛下は、一瞬目を見張った後、嬉しいような悔しいような顔をしたから、利のあるものだったのだろう。
「更に褒美を追加するほどのものであるが、それでも爵位はいらないと?」
断る言葉を重ねるのを憚ったのか、リディはこれを笑顔で乗り切った。
無礼と取られても、これがリディのやり方なんだろうな。
こういったやりとりを見ると、百戦錬磨してきたんだなあと思うし、王妃になるべき人だったと思う。――今は平民になりたくてがんばっているわけだけど。
「……思う通りにはいかぬものだな。相分かった。平民で国民登録をしよう」
「ありがとう存じます」
しばし、ふたりは見つめ合って無言の会話をしていたけれど。
様々なものを天秤にかけただろう陛下が折れてくれたようだ。
リディ、おめでとう。
結局俺は一言も口を聞かなかったけどね。予想通り。
そして、恐れ多くも宰相様がその場で国民登録をしてくれて。
手続きが完了した後は、俺たちはすぐに王宮を後にして、リディが言っていた通り、本当に王都を観光してから帰ってきた。――もちろん、王都には、念のため持って行ってた日常服に着替えてから出かけている。
グリーンフィールの王都はとにかく洗練されていた。
ごちゃちゃしているレンダルとは大違い。
区画整理がきちんとされ、上下水整備の賜物なのか清潔で、本当に美しい都だと思う。民も活き活きとしていて、俺には理想の都に見えた。
国自体も豊かだけど、貿易国だけに珍しいものもたくさんあって。
リディが楽しそうに買い物をするのを見ているだけで、俺も楽しかった。
そうして俺たちは、王都を満喫してからまたダズル様に送ってもらったのだけど。……ダズル様、高性能な移動手段くらいの扱いでいいんだろうか。
帰宅後、ごはんを食べながらリディに気になっていたことを確認した俺は。
やっぱりリディが規格外なことを知ることになった。
「ところで、陛下に渡した情報って何だったの?」
「航海でのお役立ち情報よ」
は?リディ、そんなことまで知ってるの?
異世界の教育ってどうなってるの?
「って言っても、羅針盤を献上して、船上で罹りやすい病気の予防方法を伝えただけなのだけど。海図や造船まではさすがに詳しく覚えてなくて」
え、ごめん。何言ってるのかわからない。
ラシンバンとかカイズとか、知らない言葉が多すぎる。
どうやら、謁見の間で遠目に見た丸い物体が羅針盤というものらしい。
形は懐中時計に似ているけど、針は、時間ではなく方角を指すそうだ。
もともとは、リディが森で迷ったときに思いつく、というか、前世知識を思い出して作ったようだ。確かに陸でも有効だろうけど、海は陸以上に危険が多いから、貿易国であるこの国にはかなり有益なものに違いない。
それに加え、病の予防法までわかるなら、航海は今よりも格段に安全になる。
「相変わらず、リディの知識はとんでもないね。陛下があそこまで言うはずだ」
「何とかうまくいってよかったわ。ラディ、ありがとうね」
「俺は何もしてないよ。一言も発してないし」
「それでもよ。隣にいてくれたから、落ち着いて陛下と対決できたわ」
「ならよかったけど。にしても、対決は大げさじゃない?」
「そんなことないわ。陛下との謁見は、毎回戦いよ?これからも情報で乗り切るから、ラディも力を貸してね」
「それはもちろん。俺にできることなら」
でも、情報出しすぎると更に狙われるからほどほどにね?