134.彼は彼女の解説に感心する。
side ラディンベル
物申したいことはあるけど、内心助かっているのも事実だ。
ガルシアの野望を打ち砕くべく。
一番厄介な工作員だった王女の捕縛まで終えてレンダルから帰国したら。
グリーンフィールのほうも一気に行動に移していたようで。
工作員に加えて内部の敵の捕縛まで終わっていて。
しかも、三国同時の抗議の準備まで整っていたから驚いたよね。
と言っても、殿下も侯爵も仕事が早い人たちだしね。
今までは黒幕の判明待ちをしていただけで。
捕縛自体は、いつでも出来る状態だったんだと思う。
でも、今回、俺たちがレンダルで動くことになったから。
それに合わせて動くことにしたんじゃないかな?
だから、捕縛済みの状況には驚きつつも納得したし。
三国からの抗議で事態が進展するかもしれない、と期待もしたんだけど。
学院の現状には、さすがに言葉を失ってしまったよね。
ご令嬢たちが体型を気にして食事をしないなんて。
しかも、倒れる子もいるなんて。
アラン殿下の婚約者やレイラ妃殿下が気に病むのも当然だ。
そのきっかけを齎した男には、一言も二言も物申したい。
不用意に女性を貶めたこともありえないけれど。
おかげで、リディが怒りで暴走してしまうところだったんだから。
おまけに、一応、暴走は咄嗟に止めたものの。
結局、業務外の仕事?を請け負う羽目に陥ってしまった。
それも『食べて痩せる』という難問の解決だ。
こっちは、レンダルに行ってたから仕事も溜まってるんですけどね?
そりゃあ、俺たちの我儘で行ってたわけだから強くは言えないけど。
結構いい仕事してきたはずなんだよ。
それなのに、休む間もなく未知な仕事を任されるなんて。
リディの負担が大きくなるじゃないか。
文句のひとつも言いたくなるのも許してほしい。
とは思うんだけどね。
今回の仕事は、実は、俺にとってはありがたい一面もあったりする。
というのも、ガルシアの黒幕がまだ判明していないからね。
今回のような仕事がなければ、リディはまた首を突っ込みかねない。
それを避けられたのは、俺にとってはありがたいんだよね。
だから、不用意な発言をした男には言いたいことはあるけれど。
ちょっとだけ感謝もしている、という感じなんだ。
………なんてことを考えていたら。
ずっと黙って成り行きを見守っていたデュアル侯爵が口を開いた。
「ちょっといいかな?リディアのことだから策はあるのだとは思うけれど。食べて痩せるなんて、本当に可能なのかい?」
難しい顔をしていたから、何を言われるのかと思ったら。
これは失敗を懸念されてるのかな?
でも、リディは出来ないことは言わないと思うんだよね。
だから安心してリディの返事を待っていたら。
「むしろ、ずっと食べないでいると逆に太りやすくなったりするんですよね」
「そうなんですか!?」
思いもよらないことを口にしたから驚いた。
ローズ様が声を上げていたけれど、他の皆も目を見開いている。
食べないのに太るってどういうことなんだろう?
「人の体ってよくできていて、空腹で飢餓状態になると、食事を再開したときに食べたものを貯めこもうとするんです。それに、断食して痩せた場合って、筋肉や体力がなくなって消費効率が落ちていますから、消費できなかった分が体に残ってしまうんですよ」
ああ、なるほど。
太るんじゃなくて、太りやすい体になっているということか。
「おまけに、断食明けって、ずっと食べれなかった分、暴食しがちですし」
「体がそんな状態で暴食したら、せっかく痩せても台無しになりそうだな」
「その通りです。以前より体重が増えたりすることも多いんですよ」
痩せた後にもっと太るなんて、悪夢だよね。
義母上なんか、その様を想像したのか。
口に手を当てて顔を青くしている。
「それを避けるためにも、計画的なものでない限り、断食による減量はおすすめしません。そもそも人は食べなければ命を落としますから、食べるのは大前提です」
「確かにそうだな」
「はい。それに、きちんと食べて栄養を取らないと体調不良にもなりますし、お肌や髪にも影響が出てしまいます」
そうだね。
いくら痩せても、体に不調が出るならやめたほうがいい。
相変わらず、リディの話は勉強になるよね。
なんて感心していたら。
「髪……?」
侯爵、そこに反応するんですか。
多分、リディは艶とかの話をしたんだと思うんだけど。
侯爵が気にしたのは他のことなんだろうな。
別に、量も生え際も問題なさそうなのにね。
義父上もぎくっとしてたし、四十を超えると気になるのかもしれない。
「………心配なの?」
「…っ!……っはは、何を言っているんだい?心配なんて、」
「心配なら、油っぽいものは控えたほうがいいかも。レバーや牡蠣がいいって聞いたことがあるわ。あとは豆乳とかも」
「そうなのか!?」
せっかく誤魔化そうとしたのに、食いついちゃったら意味がないよ。
まあでも、いい話が聞けたよね。
俺も将来の為に覚えておこうと考えていたら。
予想外のところから声がかかった。
「リディア。それ、父上にも伝えてやってくれないか?」
「えっ!?陛下にですか?……えっと、それは、不敬になったりとか」
「するわけがないだろう」
あ、そうなのか。
俺も一瞬不敬かと思っちゃったんだけど。
薄毛対策を進言するのは大丈夫なんだね。
またしても勉強になったな、とは思いつつ。
場も和んだとはいえ、いつまでもこんな話をしているわけにはいかないから。
「あのー、話がすごく逸れちゃってるんじゃないかと」
空気を壊して申し訳ないと思いながら、控えめに発言してみたら。
皆がハッとして姿勢を正した。
いや、そこまでしなくていいんだけど。
「そうだな、失礼した。リディア、話の続きを頼む」
「あっ、はい。えっと、食べるのは大前提として、問題は痩せるためにどうするか、ということなんですけれど、効果があるのは運動と食事制限です。人は食べた分動けば太りませんし、実際、わたしも運動して痩せましたし」
リディの言葉にローズ様が驚いて目を丸くしてしまった。
多分、減量してた、ってことに驚いたんだろうな。
更には、実施した運動内容を聞いて呆然としてしまって。
リディが慌ててしまったけれど。
まあ、それもしょうがないよね。
だって、我が家には使用人もいなければ畑もあるから。
ただでさえ動くことが多いのに、毎日、走ってたしね。
加えて、体操やヨガに筋トレじみたことまでしていたんだから。
「もちろん、ご令嬢に激しい運動が難しいのは承知していますから、食事制限をメインにご提案する予定なのですが、もし可能でしたら、お散歩や簡単なストレッチを平行してやっていただくのがいいと思います」
そう言われて、ローズ様はホッとした顔になったけれど。
確かに、散歩や簡単な運動であれば、ご令嬢でもできるかな?
「食事制限ということは、食べる量を減らすのか?」
「サラダだけにするとか?」
「食事量を極端に減らしてしまうと、満足感がなくて続かないと思うんですよね。それに、サラダだけ、というのは栄養が偏るので、痩せたいからと言って食べ物を限定するのも体によくありません」
なるほど。
「なので、太りやすい食べ物を減らす方向でメニューを考える予定です」
「一切食べないのではなくて、減らすのか」
「はい。太る要素があっても、体に必要な栄養も含んでいますから」
それなら、体を壊すことなく痩せられそうだね。
時間はかかるだろうけど、いい方法だと思う。
「ということで、お待たせしてしまって申し訳ないんですけれど、少しお時間を戴いてもよろしいでしょうか?その間、ご友人には、消化のいいスープやおかゆ、あとはヨーグルトなんかをお勧めしていただければ、食べることにも慣れてくれると思います」
ああ、そういう食べ物なら、食べる気になってくれるかもしれないね。
加えて今日聞いた話をしてもらえれば、食事意欲も湧くんじゃないかな?
ローズ様もそう思ったのか、安心した顔を見せてくれて。
御礼を言われて、その後の段取りを打ち合わせて。
その日はそのまま解散になったんだよね。
そうして、その一週間後―――――。
俺たちはアラン殿下たちが通う学院のサロンに来ている。
というのも、ローズ様から依頼を受けた後。
リディはすぐに、侯爵と義両親に仕事の遅延の許可を取って。
翌日から、早速メニュー開発に取り組んで。
そして、ものの三日で完成させて、侯爵たちに提案に行って。
メニューの解説をして実際に食べてもらったんだ。
五種類もあって。
しかも、どれも想像以上に普通のメニューだったことに驚いたけれど。
解説を聞いたら納得してしまって。
それは侯爵たちも同様で、太鼓判を押してもらえたんだよね。
まあ、効果がすぐにわからないのが難点だけど、そこはしょうがない。
一回の食事で痩せられるわけがないしね。
ということで、アラン殿下に連絡したら早々に返事が来て。
実際に食べたいということだったから、ランチに合わせて学院に来たんだけど。
まさか、王族専用のサロンに通されるとは思ってなかった。
でも、注目を浴びても困るしね、人目を避けられるのはありがたい。
そう思いながら殿下たちを待っていたら。
殿下の従者が慌てた様子でやってきたから何かと思えば。
どうやら、今日のことを聞きつけたご令嬢がふたりほど。
追加で参加したいという。
実は、このランチの後、食堂の厨房でも打合せをすることになっているから。
余分がないこともないんだけどね。
元々の参加予定者は、アラン殿下とローズ様と痩せたいご令嬢と。
そして、殿下の側近候補くんの四人で。
―――この候補くんは、平民娘の毒牙にはかからなかったらしい。
提案メニューを実食してもらうのは女性陣ふたりの予定だったから。
厨房の分を含めても。
各メニューにつき、三食分ずつしか用意してきていないんだよね。
だから、希望のものを食べてもらうことができないかもしれない。
ということを伝えたら。
それでもいいと言うから、急遽参加者が増えることになって。
そうして、やってきた殿下たちに礼を取って。
参加者の皆様とも挨拶をしたわけだけど。
なるほど、件のご令嬢は確かにふくよかだった。
ころころとしてて可愛らしいとは思うけど、体型を気にするのもわかるかな。
なんて思いながらも、早速、提案に入らせてもらって。
「実際のお料理を見ながらの説明ですと、お料理が冷めてしまいますので、まずは、お写真で解説させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、それはむしろ有難い。よろしく頼む」
殿下が快諾してくれたから、写真を配ったら。
「ちょっと!何よこれ!お肉が入ってるじゃない!こっちは痩せたいって言ってるのよ!?ふざけているの!?」
飛び入り参加のご令嬢のひとりが大きな声を上げたから驚いたよね。
そのご令嬢は、同席している殿下の側近候補くんの婚約者らしくて。
彼が諫めてくれているんだけど。
「何を言い出すんだ。失礼じゃないか」
「こういうこともあるかと思ってついてきたのよ!リアン商会って聞いて、ろくでもないことを言ってくると思ったら案の定。こんな話、聞く価値もないわ!」
それなら参加してもらわなくても構わないんだけどね。
ただ、リアン商会を敵視しているところが気になって。
再度、彼女の名前を思い浮かべて、やっと気づいた。
挨拶の時に、どこかで聞いたことがあるとは思っていたけれど。
そうか、彼女は豆乳販売に難癖をつけてきた家のご令嬢だ。
彼女の家の領地では、乳牛を飼育してミルクを販売しているからね。
値崩れを恐れたんだろうけど。
リディ知識から様々な乳製品のレシピを渡して解決したはずなのに。
まさか、まだ恨まれているなんてね。
これは、ちょっと難儀しそうだな。
すみません。
学院での提案ランチの参加者がわかりにくかったので、記述を少し変更しました。