133.彼女と彼は弊害を知る。
side リディア
無事、捕縛することができて本当によかったわ。
想定外のことはあったけれど。
何とかガルシアの王女を拘束することができた。
まあ、想定外と言っても、身体検査とミスラ草だけだったし。
魔術師団長の登場はいい方向に転がったし。
基本的には、予定調和の茶番だったわけだから。
王女陣営を捕縛できたのも当然なんだけどね。
黒幕は判明してないし、厳密にはまだ終わってはいないけれど。
ひとまずはレンダルでのわたしたちの仕事はこれで終了ね。
そう思いながら、連行される王女を見送っていたら。
「リディ、お疲れ様。さすがだったよ」
「そんなことないわ。ラディもお疲れ様ね。……って、ラディ?」
ラディが労ってくれたから。
労い返しつつ顔を上げたら。
ラディが軽く抱き寄せてきたからびっくりしたんだけど。
「よかった。リディが攫われなくて」
心の底からそう言われてしまったら抵抗することもできなくて。
わたしからもそっと寄り添おうとして。
ハッと気づいた。
もしかしなくても、ここって公衆の面前ではないかしら!?
と思って視線をずらせば。
この場に残っていた魔術師団員がこちらを凝視していたから。
慌ててラディから離れたわよね。
だって、中には入団していたらしい同級生までいたんだもの。
本当に居た堪れなかったわ。
でも、その同級生から。
国を出てしまったわたしたちを、同級生たちは皆心配していたから。
わたしたちの幸せそうな姿を見て安心した。
なんて言われて、ちょっと泣きそうになってしまったのは内緒の話だ。
そんなこともありつつ。
アル殿下と合流したわたしたちは、王宮に戻って報告をしたのだけど。
東屋での出来事を一通り説明しただけで解放されたうえに。
翌々日のお昼まで自由時間をもらってしまって。
想定外の話にポカンとしてしまったら。
「すみません。私たちの交渉が長引いてしまって」
と言ってきたのは外交官さんで。
聞けば、この機会に様々な問題を片付けておこうとしたら。
意外に時間がかかってしまっているんだそうだ。
なるほど、ならば。
と、お言葉に甘えて、自由時間をグラント家で過ごさせてもらったのよね。
レンダルでは蓄音機が人気で品薄だという話を聞いたり。
―――有難いことに、王妃様がお茶会で蓄音機を使ってくれたらしい。
お義姉様とお義母さまと一緒に、妊婦にもできるヨガをやってみたり。
料理長と、妊婦や赤子の食事について話し合ったり。
ついでに、厨房を借りて多方面に配るスイーツを大量生産したりして。
その間、ラディは、男性陣と武器談義で盛り上がっていたそうよ。
ラディってば『十手』を相当気に入っているのよね。
―――まあ、一番のお気に入りは小刀だけどね。
どうやら、うんざりするほど語っていたようで。
それを聞いたときは笑ってしまったけれど。
実は、お義兄様がメリケンサックを大層気に入っていると聞いて。
グラント家が変な方向に向かっていることには気づかないふりをしておいた。
騎士一家がそれでいいのか、という突っ込みはするまい。
あ、もちろん、王女の背後関係についての話も聞いたのよ?
でも、まだ黒幕の断定には至らないそうだ。
黒幕についてはグリーンフィールも調べているだろうし。
これから王女の尋問が始まるだろうから、それに期待するしかないわよね。
そうして、リフレッシュしたわたしたちは。
御礼のスイーツの手配をグラント家にお願いして。
―――魔術師団員の同級生には、おまけもつけておいた。
王宮にあがって、陛下と王妃様とアル殿下にご挨拶をしてから。
外交官さんたちと漸く帰路についたのよ。
………と言っても、すぐに帰宅できたわけではなくて。
グリーンフィールの王宮に直行したんだけどね。
「悪いね。帰国早々来てもらって」
そう言いつつ。
全く悪いと思っていなさそうなクリス殿下が迎えてくれたけれど。
その場には、陛下をはじめ、レイラ妃殿下もいらっしゃって。
伯父様や両親まで揃っていて。
わたしたちの姿を見て、本当に安堵した顔をしたから。
毎度の身勝手な行動を心から反省したんだけど。
もちろん、顔見せで終わるわけがなく。
レンダルでの成果を説明することになったのよ。
まあ、手紙も送っておいたから、確認の意味が強いんだろうけど。
質問を受けたりしながら、一通り話し終えたら。
「よくやった。ご苦労だったな」
陛下からありがたいお言葉を戴いて、恐縮してしまったわよね。
「大活躍だったようだね。これでレンダルの気苦労も減るだろう」
「お手柄とはいえ、囮になるのはこれっきりにしてくださいましね?」
やっぱりそこは突かれますか。
ここは、日本人の秘儀、曖昧な微笑みを出しておくしかない。
「まあ、レンダルは後始末が大変だろうがな、それについては我が国も同じだ」
「そうですね。でも、膿が出せてよかったじゃないですか」
ん?それはどういうことかしら?
レンダルはわかるけど、グリーンフィールも後始末?
そう思ったのはわたしだけじゃなくて。
ラディも不思議そうな顔をしていたんだけど。
「ああ、実はこっちもね、工作員と、ガルシアと繋がっていた国内の人間をすべて捕縛したところなんだ。君たちが頑張っていたから、我々も奮起したよ」
えっ、そうなの?
すべて捕縛って、早すぎない?
工作員はまだしも。
まさか、国内の反逆者まで捕縛済みだなんて驚きだわ。
「以前から目を付けていた輩だったんだよ。これまでは慎重だったのに、ガルシアと繋がったことでボロが出たようだね」
そう言ったクリス殿下は大変微妙な表情をしていて。
ガルシアのおかげだと言いたくない気持ちがありありと表れていた。
まあでも、その気持ちはわかる。
「ということでね。ジングには待たせてしまったけれど、レンダルも我が国も漸く送り込まれた敵を排除できたから、三国同時にガルシアに抗議をする予定だよ」
ああ、そっか。
あの首飾りばらまき犯を捕まえてから、結構経つものね。
とはいえ、待たせるお詫びに。
ジング王にはダズルが作った精神作用防御の魔道具を贈ったと聞いているし。
実は、あのばらまき犯ってば本当に洗脳されていたらしくて。
洗脳を解きながら新たな情報を入手していたようだから。
ジングだって、ただ徒に待っていただけじゃないはずだ。
「ガルシアがどう出るかが見物だな」
陛下がそう言ったときの顔を見て。
うっかり顔が引き攣ったのは見逃してほしい。
そうして、対ガルシアについての話が終わり。
陛下とクリス殿下が退室され、外交官さんたちも続いたんだけど。
なぜか、レイラ様だけはこの部屋に留まったから。
どうしたのかと思えば。
「大仕事をして帰国したばかりなのに、本当に申し訳ないのですけれど。リディアを見込んでご相談があるのですわ」
ぎゅっと眉を寄せて言われた言葉に。
もしや御子に何かあったのかとドキッとしてしまったんだけど。
程なくしてアラン殿下が現れたから、ちょっと混乱したわよね。
しかも、婚約者のローズ様もご一緒だなんて、一体何事かしら。
っていうか、婚約していたのね。
お祝いし損ねたわ。
「急にすまない。迷惑は承知なのだが、どうか力を貸してほしい」
アラン殿下は、陛下やクリス殿下の前では敬語を崩さないし。
末っ子感満載ですごくかわいいイメージだったんだけど。
いつの間にか、大人っぽく男らしくなっていて。
烏滸がましいことに姉目線で微笑ましくなってしまった。
「はい。わたしくでよろしければ、何なりとお申し付けくださいませ」
「感謝する」
ご丁寧にそう言ってくれたアラン殿下は。
ローズ様と顔を見合わせて、ひとつ頷いてから口を開いた。
「ガルシアの手引きで学院の秩序を乱した平民の娘についてはご存じだろうか」
「はい、伺っておりますわ。でも、もう捕縛されたのでは?」
「ああ、娘はすでに退学している。ただ、情けないことに、私の側近候補が彼女に誑かされてしまったんだ」
あらまあ。
グリーンフィールなら魅了の効果はなかったはずなのに。
普通にハニトラに引っかかってしまったのね……。
「それで、その……」
「私がお話しますわ。あの、口を挟むことをお許しくださいませ」
アラン殿下が言い淀んだら。
ローズ様が意を決したように話し出したのだけど。
いやいや、あなた、お貴族様ですし。
わたしたちに気を遣わないでほしい。
「件の平民の娘と殿下の側近候補の方々は、何というか、距離が大変近かったと申しますか、節度が保たれておりませんでした。そこで、彼らの婚約者様が窘めたのでございますが、彼らは話を聞き入れるどころか暴言を口にいたしまして」
「暴言、ですか?」
「はい。窘めたご令嬢は、その、ちょっとふくよかなのでございます」
うわ、話が読めた。
それって、体型を持ち出して罵ったってことよね?
「それ以上のご説明は必要ありませんわ。その男、最低ですね」
思わず本音が出て、声も低くなってしまったら。
わたしを落ち着かせようと、ラディが手を握ってきたけれど。
いや、これ、怒らずにはいられないわよね?
「なるほど。では、その男を完膚なきまでに叩きのめす方法をご提案」
「しなくていいからね?」
何をしてくれようかと考えながら、わたしがやるべきことを話したのに。
ラディにばっさり否定されてしまった。
あら?今回の相談って、その男を潰すことじゃないの?
てっきり、陛下とクリス殿下にバレないようにこっそりやりたいのかと。
「その方法に興味がないと言ったら嘘になるが、できれば、私の側近候補だった男の処遇はこちらに任せてほしい」
「リディア、大丈夫よ。私たちがきっちりと『指導』いたしますわ」
あらま、そうなのか。
残念には思うものの。
レイラ様の笑顔がとっても怖いから、世にも恐ろしい目に逢うはずだし。
そもそも、関係のないわたしが出る幕ではなかったわね。
「今回相談したいのはご令嬢のほうなんだ」
「そうなのです。彼女、暴言を浴びてから食事をしなくなってしまって」
「まあ!」
「更には、密かに体型に悩んでいたご令嬢は多いので、同じように食事をとらなくなる方が続出したばかりか、最近では倒れてしまった方までいるのです」
なんてことだ。
それは、かなり由々しき事態だわ。
思春期にはありがちだとしても、話の様子では相当極端みたいだし。
早めに手を打ったほうがいいかもしれない。
なんて考えていたら、ローズ様が立ち上がって。
がばっと頭を下げてきたから、びくっとしてしまったけれど。
「どうかお願い致します!食事をしても痩せる方法をご教授ください!!」
なるほど、それが本題なのね。
というか、わたしに話が来るなら、普通に考えてそういう話だわ。うん。
「無茶なお願いだということはわかっているの。でも、お豆腐を作り上げたリディアなら、良い方法を知っているのではないかと思ったのよ」
レイラ様からもそう言われたら、引き受ける一択しかないけども。
この国の貴族令嬢の危機なんだしね。
そりゃ、レイラ様だって何とかしたいわよね。
よし!ここは、やってやろうじゃないの。
「承知しましたわ。どこまでお役に立てるかはわかりませんが、そのお話、御受け致します」
思わず気合いを入れてそう答えたら。
ローズ様が、安心したのか泣き出してしまったから。
アラン殿下はおろおろしちゃうし、慰めるのもちょっと大変だったけれど。
それだけご友人のことが心配だったのよね。
ローズ様の憂いを晴らすためにも。
ダイエット知識を掘り起こして、頑張ろうと思う。
にしても、ガルシアめ。
こんな弊害まで引き起こしやがって。
いや、放っておいてもいつかは生じた問題かもしれないけど。
今回のきっかけになったのは間違いない。
ガルシアって本当に害悪だわね。
三国から抗議を受けて、けちょんけちょんにやられてしまえばいいんだわ!
※誤字報告ありがとうございました!