128.彼は彼女を止められない。
side ラディンベル
さすがに、俺も冷静ではいられない。
リディによる尋問は想像以上の成果を収めたと思う。
尋問前までは実行犯の国籍がわかれば御の字だという話だったのに。
リディは黒幕の計画まで暴いてくれた。
それは喜ばしいことなんだけど。
奴らの計画の中身が最悪すぎたよね。
まさか、リディが狙われているだなんて思ってもいなかった。
それも、リディの記憶やアイデア力が狙われたのではなくて。
訳の分からない思い込みに因るものなんて。
正直言って、迷惑もいいところだ。
架空の姫の生まれ変わりなんて、いるわけがないだろうに。
更には、国盗りを企んでいるうえに。
背後に真の黒幕がいる可能性が出てきてしまった。
「真の黒幕がいるならば、急成長をしているグリーンフィールを狙っていたら、その急成長を支えているリアン商会にリディアがいることを知って、元よりリディアに執着していた王弟を唆して実行犯に仕立て上げたってところか……」
「王弟がすべて計画したというよりは、そのほうが納得はできるな」
「保険として、技術力を上げているレンダルにも粉をかけていると」
リュート様たちが分析してくれているけれど。
俺もその意見に概ね賛成だ。
「問題は、その『真の黒幕』が誰かだね」
「リディア。あの実行犯は、王弟以外の誰かを仄めかしたりしなかったか?」
「いえ、特には。仲間の話をすることはありましたが、同じ手下仲間のことだと思いますし、あとは王弟のことばかりでした」
以前調べたときには、ガルシアには好戦的な一派がいたけれど。
今もそうとは限らないし、勢力図も変わっているかもしれない。
実家にも声をかけて、再調査をしないと。
「ならば、黒幕については一旦調査に回したほうがいいな。リディア、ほかに何か気になったことはあるか?」
「聞けたことはすべてお話したと思います」
「そうか。では、今日のところはここまでにしよう。君たちも、早く国に報告しないといけないだろうしね」
確かにね、そろそろ戻ったほうがいいと思う。
リディがたくさん話を聞き出してくれたからね。
実は、予定よりも長居しているんだ。
ということで。
「リディア、本当に助かったよ。来てくれてありがとう」
「いえいえ。お役に立ててよかったです」
「大陸はこれからが大変だろうがな。リディア、十分に気を付けるんだぞ」
「はい。ありがとうございます」
「ラディンベルも、リディアをちゃんと守れよ」
「はい。全力で守ります」
最後にそんな話をして、シエル様からの手紙を預かって。
俺たちは、足早にシェンロン様の転移で帰国したんだよね。
そして、到着したのはグリーンフィールの王宮だ。
これも、打合せ通り。
「早速で申し訳ないんだけどね、報告してもらっていいかな?」
集まっているのは前回と同じメンバーで。
陛下に王太子夫妻、そして、デュアル侯爵と義両親も待機していた。
そんな中で侯爵に促され。
リディが、さっきジングで話してきたことを同じように説明したんだけど。
途中、王弟の話になったときは、義父上が室内温度を下げて大変だったし。
義母上の笑顔も物凄く怖かったな……。
「リディア、お手柄だよ。よくそこまで聞き出せたね」
「素晴らしい成果ですわ。本当にリディアは有能ですわね」
そう言われて、褒められているのは間違いないのだけど。
リディとしては聞き出せた理由が理由だけに複雑だよね。
「にしてもガルシアか……。随分と舐めた真似をしてくれたものだ」
「全くですね。リディアと我が国に手を出したことを後悔して貰いましょう。早急に対策を練り直して、ガルシアの監視も強化します」
強化、ということは、以前から間者を放っているんだろうな。
元より仮想敵国だったのかもしれない。
「側妃の件やアランに付きまとっている平民の娘の件も、よくあることではありますが、もしかしたらガルシアが背後にいるのかもしれませんわね」
「それはあり得るね。それも再度調査しておこう」
妃殿下は王子を産んだばかりなのに、もう側妃の話?
おまけに、平民の娘まで出張ってきているなんて。
ちょっと話を聞くだけでもげんなりするけれど。
王族に付きまとう輩はいつの時代にもいるわけだしね。
実際、よくあることなんだろうな。
「商会のほうはどうだ?」
「随時対策会議を開いていますが、特に目立った報告はありませんね。ただ、魔石が小さいならば、効果が弱くて気づかなかったという可能性は高いかと。これまでに捕えた不審者を含め、再度洗い直します」
そうだよね。
商会も、今回のことがなくたって間者や不法侵入者は絶えないし。
今回の関係者とは思わずに通常処理していた可能性は高い。
「レンダルも対策はしているはずだな?」
「はい。恐れながら、私共も協力してあらゆる対策を施しておりますが、念のため、再度王家に進言いたしたく存じます」
「ああ、それがいいだろう」
実は、ピアノリサイタルのときにレンダル王家と話し合って。
義父上が秘密裏にレンダルに行って対策をとってきているんだよね。
王家やランクルム公爵家にも防御の魔道具の最新版を渡してあるし。
ありがたいことに、実家にも同じものを融通してもらっている。
王族の居住区や王宮の執務区域はもちろんのこと。
宝石工場や農地の結界も強化しているはずだ。
各所の責任者には精神干渉防御の魔道具も渡していると思う。
ほかにも色々と気を付けているだろうけれど。
新たな情報を元に、再度確認してもらったほうがよさそうだ。
「ドラングルが狙われていないのが何よりですわね」
「と言っても、あそこの武力は魅力的だからね。追々仕掛けられるかもしれない。アンヌにも再度忠告しておくよ」
ドラングルはガルシアに隣接していないし。
攻められるとしたら、レンダルを落とした後になると思うけれど。
警戒はしておいたほうがいいよね。
「リディアは、今回は大人しくしておけよ?」
リディにもお鉢が回ってきたね。
まあ、リディは誘拐事件の時の前科があるからね。
釘を刺されてしまったけれど。
さすがに、今回は、自分から動いたりしないよね?
そう思ってたんだけどね………。
―――それから一週間後。
俺たちは、サティアス邸に呼び出されていた。
というのも。
あの尋問の日は、リディに釘を刺した後。
今後の対策を軽く打ち合わせただけで、すぐに解散となって。
翌日からはいつもと変わらない日々を過ごしていたんだけど。
それは外側から見た話であって。実際は。
俺にも影をつけて、俺に接触する人間を洗い出したり。
これまでに捕えた人間を調べ直したり。
レンダルの各所に注意喚起をしていたから。
その経過報告のために呼び出されたんだよね。
「まさか、こんなに見落としていたとはね」
「それは仕方がないだろう。魔石の効力は弱かったし、これまではガルシアが絡んでいるとは知らなかったわけだからね」
集まって早々にそんな話をされて。
洗い直しの成果が出ていたと知る。
詳しく聞けば。
なんと、魅了の魔道具の所持者が五人見つかったという。
俺に接触しようとした娘に、まさかのレオン様に近づいた娘。
そして、商会に不法侵入しようとした輩の中にもふたりいて。
更にはギルド職員を誑かして情報を盗もうとした娘までいたようだ。
どうやら、魅了の魔石は精霊ととことん相性が悪くて。
効果がほとんど相殺されていて、検知も難しかったみたいだね。
おまけに、魔道具は持っていなかったものの。
捕縛済みの不審者の中に、ガルシア語に反応した人間がいたそうだ。
それも、ひとりやふたりではなかったらしい。
まだ捕まっていない輩もいることを考えると。
結構な数の工作員が送り込まれていて、本当にうんざりする。
「残念ながら皆、王弟の手下ばかりでね。真の黒幕には辿り着いていないんだ」
「だが、何かしらの情報を持っているわけだからね。引き続き聴取していくよ」
証言が取れたら楽だったのに。
まあでも、向こうは何年もかけて周到にやってきたんだ。
簡単に尻尾を掴ませるわけがないよね。
「殿下に近づいていた人間もね、やっぱり怪しいみたいだね。しばらくは泳がせるそうだよ」
ああ、そうなのか……。
国の内部に他国と通じている人間がいるならば、大問題だ。
その人間を探るべく、情報を集めているところなんだろう。
「それに伴ってこっちもね、ラディンとレオンに近づいた娘は泳がせている。他は既に捕縛済みだったから今更解放はできないけど、対外的には、不法侵入で捕えただけで、魅了やガルシアについては気づいていない体をとるよ」
なるほどね。
次々と捕えられて連絡が途絶えれば、ガルシアも警戒するだろうけど。
抗議もされず、こちらがガルシアに興味を示さなければ。
そのまま計画を続行して、ボロを出す可能性はあるよね。
俺もレオン様も防御の魔道具を身に着けているし。
相手の思惑がわかっているんだから、対処もしやすい。
レオン様に至っては、女の扱いに長けてるわけだしね。
難なくやり過ごしそうだ。
「だからね、リディアたちも表向きは普通に過ごしてほしい」
そう言われて俺たちは、理解したと示すべくすかさず頷いた。
相手に感づかれないように気を付けないと。
「そんなわけで我々の方針は決まったんだけどね、問題はレンダルだ」
「ガルシアってば、面倒な人を送り込んでくれたわよね」
これね。
実家からの手紙を読んで、俺も驚いたんだよね。
実は、ひと月前からガルシアの第二王女が短期留学に来ているという。
しかも、悪夢再来。
バカ王子を篭絡したあの小動物娘と同じように。
王女は次々に男を誑かしているらしい。
多分ね、レンダル側はリディに気を遣って黙ってたんだと思うけど。
もうそんなことは言っていられないからね。
俺がガルシアの情報を求めたら。
その返事にその事が書かれていたんだよね。
ただね、アルフォード殿下とフィンは魔道具を身に着けているから。
魅了に気づいてもよさそうだったんだけど。
どうやら王女は、目に見える場所には魔道具を付けていないらしい。
それで、殿下は疑いながらも確信が持てなくて。
フィンは学年が違うから、接点がなくて気づけなかったようだ。
「それなんだけど、わたしがレンダルに行こうと思うの」
は?
「リディアちゃん、何を言っているの?」
「そうだよ。陛下からも大人しくしているように言われているだろう?」
黒幕本人とは言わないまでも。
関係者だろう王女に、わざわざ身を晒す必要はないよね?
「でも、レンダルは今、魔術師不足なんでしょう?」
確かにね、今回の件で魔術師は大忙しだ。
おまけに、現在、国を挙げての水道導入工事の真っ最中。
そこにも魔術師は駆り出されている。
「それに、そろそろ、宝石工場や農地の契約条件を変更してもいい時期だと思うのよ。ルド様だって農業技術を買いたがってるし、三年目だもの、条件改定にはいい頃合いでしょう?」
あー、そうきたか。
「だから、その使者としてレンダルに行って、ついでにこっそり結界を強化したり、魅了を解除してこようかと思うんだけど、だめかしら?」
賛成したくはないけれど。
悔しいことに、確かに、その案は悪くない。
侯爵や義両親もそう思ったのか、ぐっと言葉に詰まって黙ってしまった。
「…………陛下に相談させてくれるかい?」
「そうね。私もマリーに話してみるわ」
侯爵や義母上はそう言ったけれど。
俺はリディを止める自信はないんだよね。
レンダルに行くのなら俺は全力で護衛するけども。
リディ、今度は俺から離れないでよね?