126.彼と彼女は今更暴かれる。
side ラディンベル
思わぬ話の連続で、俺の頭はついていくので精一杯だ。
魅了の首飾りをばらまいた犯人がジングで見つかって。
リディの言語能力が見込まれて、協力要請がきたから。
リディとジングに向かうことになったんだよね。
どうやら、黒幕側は各国にバレてることには気づいていないようだから。
こっそり動こうと、シェンロン様の転移でジングに入国して。
軽い打ち合わせと尋問室の細工を済ませた後で。
早速、リディによる尋問が始まったんだけれど。
実行犯の様子が、どうにもおかしいと思う。
リディを知らないはずなのに、リディの名前を口にしたし。
リディに向ける表情だって絶対におかしい。
そりゃリディは美人だけど、うっとりしている場合じゃないだろうが。
突っ込みどころが満載で、俺も手を出したいところではあるんだけど。
リディから動かないように合図されてしまったから。
俺は、じっと黙って彼らの会話を聞くことしかできない。
おまけにね。
俺もどの国の言葉かはわかったんだけど、その言語に詳しくはないから。
いまいち内容がわからないのがまた悔しいんだよね。
シェンロン様を横目に見れば。
さすが万能。
言語が理解できているようで、眉を寄せながら話を聞いていて。
ってことは、話の内容としてはいいことでもなさそうなのにね。
実行犯は笑顔さえ浮かべたりするんだよね。
全く意味がわからない。
そう思いながらも、拾える言葉を拾いながら護衛をしていたら。
いつの間にか尋問が終了したから。
リディに続いて俺も尋問室を出たんだけど。
最後にちらっと実行犯を見たら、すごく満足そうな顔をしていて。
やっぱり意味がわからなかった。
そうして、当初の打合せの通りリュート様たちが待つ部屋に向かったら。
部屋に入った途端にリディが力尽きたように座りこんだから驚いたよね。
え、どうしちゃったの?
「リディ?大丈夫?」
「あー…。ごめん。大丈夫、じゃないかも……」
は?え?ちょっと待って。
リディが大丈夫じゃないって言うなんて、相当なことだと思うんだけど。
「今回の一件、わたしのせいみたい……。ごめんなさい」
「「「「は?」」」」
「まあ、言いたいことはわかるが、お前のせいというわけではなかろうよ」
「でも………」
シェンロン様がフォローを入れてくれてはいるけれど。
一体、何がどうしてそうなった?
あの尋問、そんな内容だったの?
「まずは、皆に説明してやるのが先であろう」
うん、ぜひとも説明してほしい。
リュート様たちだって早く聞きたいと思う。
尋問室に仕込んだ録映機で尋問の様子を見ていたはずだけど。
彼らを見るに、彼らも恐らくあの言語には明るくなくて。
尋問の内容を全ては理解できていないんじゃないかな?
とはいえ、シェンロン様がいるからね。
どう話を切り出していいのかわからないんだろうな。
そんな彼らに気づいたのか、シェンロン様が口を開いた。
「我のことは気にしなくともよいぞ。これは人間の問題だからな。お前たちで話を進めてくれ」
そんな風に言われるとは思っていなかったのか。
リュート様たちはちょっと驚いていたけれど。
「お気遣い頂き、感謝致します。では、リディアから話を聞きながら進めて参りますが、もしお気づきの点がありましたら、ご助言頂いてもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだ」
そう快諾してくれたシェンロン様に再度御礼を言って。
リュート様はリディに向き合った。
「リディア。さっき君が言っていたことも気になるのだけどね、まずは確認させてほしい。尋問中に話していた言語はガルシア語で合ってるかい?」
「はい。あの男は、ガルシアの王弟殿下の手下ですから」
「「「「は?」」」」
え、なんか、急に大物が出てきたけど?
リディ、尋問で犯人暴いちゃってたの?
いや、俺も、ガルシア語だってことはわかってたけど。
黒幕が大物過ぎない?えええ?
「そういえば、あの男は君の名前を知っていたようだったな。君はあの実行犯と面識があるのか?」
「いえ、彼とは初対面なのですが、多分、彼の主からわたしのことを聞いていたのではないかと思います。ガルシア人でわたしのことを姫と呼ぶのは、わたしが知る限り、王弟殿下だけです。彼は『あの方』と言っていましたが、わたしに通じると思っていたようですから、恐らく間違いはないかと」
ってことは、ガルシアの王弟とは面識があるってことかな?
確か、リディはガルシアに行ったことがないって言ってたと思うんだけど。
どこで会ったんだろう?
「ガルシアの王弟は、君のことを姫と呼ぶのかい?」
「はい、残念ながら。………あの、皆さまは『氷の姫』というガルシアの御伽噺をご存じですか?」
ん?御伽噺?それはまた唐突だね。
俺だけじゃなくて他の皆も困惑しているけれど。
その御伽噺がどうかしたのかな?
「氷魔法を使って民を助けた姫の話なんですけれど、あの人、わたしがその姫の生まれ変わりだと信じてるんです」
「「「「は?」」」」
いやいやいや、話がすごいことになってきたけど。
っていうか、これ、何の話?
「いや、御伽噺なのだろう?」
「モデルになった人はいるかもしれませんが、氷をガラスに変えたとか、魔法を使ったとしてもありえない逸話が満載なんで、御伽噺に違いないと思います」
「ならば、氷の姫は架空の人物だ。生まれ変わりようがないと思うのだが」
「そうなんですけれど、どうやら、髪と目の色がわたしと同じらしいんですよね。実はこの組み合わせって珍しいそうです」
聞けば、銀髪の人は大抵薄い色の目をしているそうだ。
そういえば義父上も銀髪だけど、目は水色なんだよね。
あとは、薄紫とかグレーの人が大半で、藍色の目をしたリディは珍しいと。
「挿絵の姫がそういう配色だったってだけなんですけどね」
「「「「……………………………」」」」
えええ……。
それ、生まれ変わりとするには色々無理があると思うんだけど。
「元々夢見がちな人だったみたいなんですが、昔からその御伽噺が好きで、氷の姫が理想の女性だったそうです。顔も意外と似てるのが勘違いに拍車をかけたようで『氷の姫は実在した!』とか勝手に盛り上がってくれて、すごく迷惑でした」
「「「「……………………………」」」」
あー……。
なんていうか、ガルシアの王弟ってすごい困ったちゃんなんだね。
以前バカ王子の為にガルシアの王族について調べたことがあって。
失礼ながら若干残念な人だとは思ったけど。
そこまで酷いとは思ってなかった。
「初めて会ったときの出来事がまたよくなかったんです。あの人、わたしを見て衝撃を受けたような顔をしたと思ったら、『姫!』って叫んだ挙句にわたしを抱き上げようとしてきて」
なんだと?
「当時十歳くらいだったので、ロリコ……、じゃなくて、へんた……、でもなくて、えっと……、幼女趣味の危ない人かと思って、一緒にいたお父様の影に隠れたんですけど」
全く言い直せてないし、ロリなんとかはよくわからないけど。
内容が内容なだけに不敬とかは言わないよ?
全くその通りだからね!
「お父様が怒って周辺を氷漬けにしてしまったんですよね。それが氷の姫の裏付けになってしまって……」
ああそっか、義父上は氷魔法が得意なんだった。
でも、義父上の気持ちは痛いほどわかる。
俺だったら周囲を燃やし尽くしたかもしれない。
「成程。外見に氷魔法が相まって、君を生まれ変わりだと信じてしまったと」
「夢見がちにもほどがあるだろう……」
確かに。
いろんなことが面倒な方向に勘違いされてるよね。
「いや、ちょっと待ってくれ。リディア君が十歳ってことは、今から十年近く前のことだろう?その頃、ガルシアの王弟が我が国に来ていた記憶がないのだが」
「いえ、お会いしたのはレンダルです。当時、あの人、レンダルに遊学に来ていたんです」
あー、そういうことか。
王弟ともなれば、王宮に滞在していてもおかしくないし。
リディはその頃、王子妃教育で王宮に行ってただろうからね。
そこでばったり会ったのか。
「レンダル?」
「……?わたしたち、レンダル出身なんですけれど、ご存じありませんでした?」
「ああ、そうだったのか」
「はい。十六の時にグリーンフィールに移住しました」
そう言ってリディが俺のほうを見たから、俺も頷いておいた。
っていうか、知られてなかったのが驚きだ。
リュート様たちはまだしも。
シエル様はレオン様から聞いてるのかと思ってたよ。
「もしかして、王弟から逃げるために移住したのかい?」
「あ、いえ、移住は別の理由です。そもそもわたし、あの人のことなんてすっかり忘れてましたから」
うん、移住はあのバカ王子のやらかしのせいだからね。
ここでわざわざ言う必要もないけど。
にしても、かなり強烈な出会いだっただろうに。
それでも忘れてたってことは、むしろ記憶から追い出したんだろうな。
「ということは、交流があったわけではないのか」
「もちろんです。当初は、『氷の姫はガルシアに帰るべき』とか、訳の分からない手紙が連日届いたり、わたしを攫う計画もあったみたいなんですけどね」
「えっ」
そんなの聞いてないけど。
リディ、危険な目には遭ったことないって言ってたよね?
「あ、わたしは大丈夫だったのよ?お父様やシェロたちが守ってくれたし、そういうことがあったっていうのは後から聞いたの。仮にも王子の婚約者だったんだから、さすがに手荒なことはしてこなかったわ」
俺の気持ちを察してくれたのか、リディがそう説明してくれたけど。
思いもよらない話で全然気持ちが落ち着かない。
「最終的に王家から抗議してもらったの。それっきり手は出されていないから、本当に大丈夫だったのよ?」
ああ、それで俺も知らなかったのか。
実家ならこの情報は掴んでいたと思うんだよね。
でも、事態が収束したから俺に話す必要もなかったってことなんだろう。
そんなことを考えながらも、無事だったことに安心して。
リディにホッとした顔を向けたら。
リディも微笑んでくれたんだけど。
ここで、こほん!と咳払いをされて。
リディと見つめ合ってたことに気づいて、ちょっと居た堪れなくなった。
えっと、なんか、すみません。
「ふたりの仲がいいのは結構なんだけどね、ちょっといいかな。リディア君、君はレンダルの王子の婚約者だったのかい?」
「えっと、はい。そんな時代がありました」
「じゃあ、君は、もしや、サティアス公爵家のご令嬢なのかい?」
「元、ですけど。そんな時代もありました」
さすがシエル様。
隣国とはいえレンダルなんて小国なのに、王子の婚約者は知っていたんだ。
正直なところ。
俺たちは姓を名乗ってないけど、義両親はサティアスの名を隠してないし。
今更な話ではあるんだよね。
おまけに、リディの言う『元』にはいろんな意味があるわけだけど。
ここでその説明をしたら話が長くなるしね。
諸々さらっと流すのが無難かな、って思ってたら。
「ラディンベル君も貴族だったのかい?」
「貴族には貴族でしたけど、うちはしがない伯爵家です」
俺にまで矛先が向いたのには驚いたけど。
嘘をつく必要もないから素直に答えたら。
シエル様だけじゃなくて。
リュート様やジョージ様にも大きくため息をつかれてしまった。
え?なんで?
「道理でふたりとも平民らしくないわけだよね」
「私の指輪に気づいたのも謁見で堂々としていたのも、そういうわけか」
ええ?俺たち、そんなに貴族感出してるかな?
見れば、リディも腑に落ちない顔をしていて。
ふたりで顔を見合わせていたら。
「あああっ!」
シエル様が大きな声を出したから、びくっとしてしまったよね。
今度は一体なんなんだ?