123.彼女はオタクかもしれない。
side リディア
ものすごく期待されるみたいで、ちょっと焦るわ。
暇潰しに作ってた企画書をラディに見つけられて。
説明してみたら、ラディが想像以上に食いついてくれて。
早速提案することになってしまった。
そりゃ、いつかは提案するつもりだったけれど。
今、結構忙しいのに、仕事増やして大丈夫かしらね?
なんて思いつつ、打合せに向かったら。
現状、同時並行で動いている企画はそれなりに順調で。
新しい企画を受け入れる余力もありそうだったのよね。
ということで。
わたしがお豆腐を試作している間に。
ラディにプレゼンしてもらうことになったんだけど。
にがりを手に入れたとはいえ。
わたしも、初めて作るわけよ。
豆乳とおからは事前に作ってきたし。
おからで作る料理なら、多分、問題なく作れると思う。
問題は、豆乳をうまく固めることができるかよね?
正直、内心、どっきどきだったわ。
一応、失敗してもいいように、豆乳は大量に用意してきた。
サティアスの料理人たちも協力してくれる。
だから、なんとか気を落ち着かせて。
緊張しながらも、慎重に、お豆腐作りに集中したのよ。
そうしたら、ビギナーズラックなのか何なのか。
これが意外とうまくいった。
思わず、料理人と手を取り合って喜んじゃったわよね。
ここまでくれば、あとはお豆腐料理を作るだけ。
簡単なものが多いから、そこは楽勝よ。
「お嬢様。これはまた斬新な食べ物ですね。でも、面白い。色々な料理に応用できそうです。ぜひ、私共のほうでも研究させてください」
料理長からそう言われて、もちろん快諾したわ。
料理長は、言ってみれば、幼いころからの戦友だもの。
一緒に色々な料理を作ってきたし。
食材やレシピの取り扱いも心得てくれている。
時には、思いがけない料理も作ってくれたから。
今回も、新しいお豆腐料理を期待したいと思う。
そうしてなかなかにご機嫌のまま。
お豆腐料理とともに打合せしていた部屋に戻ったら。
「リディアちゃん!待ってたわ!」
皆が、ものすごい期待をした目で迎えてくれた。
………ええ、どうしよう。
そんな大層なものじゃないんだけど。
「圧力鍋も炊飯器の機能追加も商品化が決まったんだよ」
「まあ、技術部のスケジュール次第だけどね」
「残すは豆腐っていう新しい食べ物だからね、楽しみにしてたよ」
鍋たちの商品化があっさり決まってたことには驚きつつも。
とりあえず、お豆腐を最後のメインイベントみたいに言わないでほしい。
本当にどうしよう。
期待値が高すぎて、ものすっごく出したくなくなった。
けど、だからって、そうもいかないから。
意を決して、披露するしかないわよね?
「ええっと。これがお豆腐よ」
「「「「「……………………」」」」」
…………うん。わかってた。
ただの白い物体に感想言えっていうのが間違いよね。
「……素朴、な食べ物、だね?」
「無理して言葉を選ばなくていいのよ。そうなの。お豆腐自体はね、淡白で何ともない食べ物なの」
わたしが淡々と話したからか、お母様がちょっとあたふたし始めて。
そして、ひらめいた顔をしたからどうしたのかと思ったら。
「あ!でも、体にいいんでしょう?」
どうやら、フォローしてくれようとしたようだ。
お母様ったら、本当にわたしに甘いわね。
でも、せっかくだから、それに乗っからせてもらいましょう。
企画書でも強調した点だしね。
「そうなの。お豆腐はほぼ大豆で出来てるんだけど、大豆は、畑の肉って言われるくらい栄養があって体にいいのよ」
「へぇ、あの豆がね?」
あら。ちょっと興味を引いてきたかしら?
やっぱり、体にいいっていうのは効果的だわ。
「このまま食べるのかい?」
「そのままだと味気ないけど、お塩やお醤油をつけるだけでも美味しいのよ。薬味を乗せるともっと美味しいわ」
やっぱりまずは、味見よね?
王道の冷奴を食べて貰うベく。
調味料に加えて、お葱や鰹節、生姜や山葵を差し出したら。
皆が恐る恐るではあるけれど、箸を伸ばしてくれたわ。
「あらほんと。なかなか美味しいわ」
「あっさりしてて食べやすいね」
「あと一品、って時によさそうだね」
んー、これは、まずまず、ってとこかしら?
まあ、お豆腐自体、味に主張があるわけじゃないし。
冷奴って、言ってみればお醤油の味だしね。
お醤油に拒否感がなければ、受け入れられるわよね。
なんて考えてたら、気づけば皆、完食してくれていた。
これは、意外と食いつきがいいかも?
「お豆腐はね、この豆乳……、えっと、大豆を絞った汁を固めたものなの」
「それが豆の汁なのか?ミルクみたいだな」
「豆乳は、味もミルクに近いわよ。ちょっと癖はあるけれど」
「飲めるのかい?」
「もちろん」
せっかくだし、グラスに少しずつ入れて皆に配ったら。
意外なことに、あまり躊躇なく飲んでくれたわ。
お豆腐の味見をした後だからかしらね?
「確かに少し違うな。だが、ミルクと言われたら納得してしまいそうだ」
「そうだね。これはこれでいいんじゃないか?」
「ミルクの代用品にできるんじゃないかしら?」
「代用案はいいね。国内にもミルクが手に入りづらい地域があるからね、これは進言してみよう」
大豆なら、ミルクほど輸送も難しくないし。
お料理でもミルクみたいに使えるから、代用にはなるわよね。
ちょっと栄養素は違うけれど、体にいいところは一緒だしね。
「豆乳に抵抗がなくてよかったわ。この豆乳にね、持って来てもらった『にがり』……あ、さっきの海水の残りよ?それを混ぜると固まってお豆腐になるのよ」
「「「「えっ!」」」」
おっと、ここでそこまで驚くのか。
これは想定外。
少しは予想されてると思ってたわ。
「にがりはね、凝固剤なの」
「まあ!」
「まさか、あの捨てるだけだった液体に、そんな効果があるなんてね……」
「これは、さすがに驚くな」
「そういうことだったのか。でも、さっきの豆腐、全然苦くなかったよ?」
なるほど。
それで、にがりが入ってるとは思わなかったのか。
「にがりはほんの少ししか使わないの。ほんのちょっとで固まるのよ」
そう言ったら、皆がすごく感心した顔になったわ。
「にがり自体にもね、効果はあるのよ。摂取のしずぎはよくないけれど、お豆腐に入っている程度だったら問題ないし、便秘解消の助けになるわ」
「そうなの!?」
お母様、ここで食いつくのはどうなのかしら。
皆の前なのに、それでいいの?
話に出したのはわたしだけどね!
「そうよ。それに、お豆腐は熱量や甘い成分が少ないから、太りにくいの」
「なんですって!?」
お母様、近い、近いわ。
食いつきすぎにも程があるわ。
といっても、以前から、熱量、所謂カロリーの話はしているから。
その反応もわからなくはないのよね。
「白米と熱量比較すると、こんなに違うのよ」
「なんてことなの……」
同じカロリーの白米とお豆腐を並べたら、皆の顔が驚愕に染まったわね。
まあね、質量だけでみれば結構な違いだものね。
お豆腐半丁とお茶碗半分にも満たない白米が同じ熱量なんて。
信じ難いのもわかるわ。
「お肉の代用品としても使えるの。これなら満足感もあるでしょう?」
そう言って、豆腐ハンバーグを差し出したら。
「これ、肉じゃないのか?」
「見た目は普通にハンバーグだね」
「豆だとは思えないな」
想定通りの反応がきて、内心ほくそ笑む。
「お豆腐だけでもね、いろいろなお料理ができるのよ」
もちろん、他のお豆腐料理も作ってあるから。
お味噌汁や揚げ出し豆腐に豆腐サラダ。
そして、わたし一押しの白い麻婆豆腐をテーブルに並べたら。
皆、もう我慢できないとばかりに味見をし始めたわ。
「これが豆なんてね」
「いや、こうやって食べると食べ応えがあるな」
「どれもおいしいね」
あら?
調理したお豆腐は、想定よりも好評かもしれない。
ちょっとうれしい。
「ふふ。それにね、お豆腐のすごいところはこれだけじゃないのよ」
「まだ何かあるの?」
「豆乳を絞った後の豆の残りも使えるの」
「捨てるところがないってこと?」
そうなのよ。
しかも、おからは優秀なのよ。
それを見せつけるために。
卯の花に加えて、おからを使ったクッキーやドーナツだって作っておいたのだ。
「これも、全部豆で出来てるってことかい?」
「そうよ。小麦で作ったお菓子と比べても遜色ないでしょう?油やお砂糖を使ってるから食べ過ぎれば当然太るけれど、栄養は豊富よ」
そう説明したら。
皆も手に取って眺めたり、食べたりして、またしても感心してくれて。
想像以上の反応のよさに、にやけた顔も隠せなくなってきていたら。
ここで、しばらく黙っていたお母様が静かに席を立った。
そして、わたしの手を取って。
じっと、わたしの目を見ながら口を開いたのだけど。
「リディアちゃん。すぐに、商品化、しましょう」
…………お母様、目の圧が凄いわ。
ちょっとどころか、相当怖いわ。
このまま時が止まったらどうしよう。
わたし、石化するかもしれない。
「僕も商品化に賛成だよ。体に良くて、アレンジも幅広い。しかも、海水を利用できるなんて、うちの領にとっては願ってもない話だからね」
伯父様、ありがとう!
わたしってば、うっかり息を止めていたから。
伯父様の介入で漸く呼吸ができたわ。
お母様の圧で変に張り詰めていた空気も霧散した気がする。
「あ、そうだわ。にがりはお料理の灰汁取りにも使えるのよ」
「そんな効果もあるのかい?」
「そうなの。だから、にがりそのものを欲しがる人もいると思うわ」
内陸でお豆腐を売りたい人や料理人には商売になると思うのよね。
「それと、お豆腐は日持ちがしないから、売るなら販売量や販売方法は要検討よ」
「ああ、そうなのか。まあでも、まずは、うちの領や飲食店で様子を見て徐々に広めていけばいいんじゃないかな?」
あ、そっか。
焼き肉屋さんや焼き鳥屋さんがあるんだったわ。
お味噌汁やサラダならメニューに加えてくれるかもしれない。
「いや、それにしても、豆腐っていうのは想像以上の食べ物だったね」
「豆乳もな」
「太りにくいなんて、本当に素晴らしい食材だわ」
いや、お母様。
全く太らないわけじゃないし、食べ過ぎもよくないわよ?
これは後でもう一度説明しておかないと。
ともあれ、まずは皆に受け入れられて一安心ね。
「リディ、大成功だね。お豆腐、美味しかったよ」
ラディにもそう言ってもらえて。
お豆腐を提案してよかったって、素直に思う。
そうして一仕事終えた気分でいたんだけれど。
伯父様がこちらを向いたから、どうしたのかと思えば。
「ああ、そうだ。さっき言い忘れてたんだけど」
あら、なにかしら?
「リディアたちがこっそり作ってた室内運動器具もね、商品化するよ」
全く関係ない話になったどころか。
ランニングマシンを作っていたことがバレていて驚く。
伯父様が、なぜこのタイミングで思い出したのかも謎だけど。
そもそも、どうしてバレたのかしら。
ラディが必死に首を振っているところを見るに。
材料を調達してくれた誰かから話が漏れたのかもしれないわね。
とはいえ、時間の問題だとは思っていたし。
運動はしたほうがいいしね。
この際だから、トランポリンも作ってくれないかしら。
もっと言えば、フィットネスバイクとかほかの器具も作って。
ジムを開設してもいいかもしれない。
夢が広がるわ。
………にしても、わたし。
お豆腐に運動器具なんて、健康オタクが過ぎないかしらね?