122.彼と彼女は仕事を増やす。
side ラディンベル
リディの前世知識って、尽きることがあるんだろうか。
今日のリディは、ぽっかり時間があいたとかで。
どこかに出掛ける予定もないということだったから。
留守を頼んで、俺は商会の会議に行ってたんだよね。
で、帰ってきたら、クラムウェル公爵家から手紙が届いていたから。
それを読んでまったりしていたら。
視界の片隅に紙の束を見つけた。
あの感じはね、多分、企画書だ。
せっかくの休みだったのに、結局仕事しちゃったんだなって思って。
苦笑しつつも、どうしたって中身は気になるからね。
早速聞いてみたら。
「えっと……。忘れない内にジングで思い付いたことを纏めておこうと思って」
やっぱり企画書だった。
ということで、俺も読ませてもらったんだよね。
そして、毎度のことながら、その便利さや応用ぶりに驚いた。
いや、ほんとにね。
よくもまあ、こんなにも次々と新商品案を思いつくもんだと思う。
リディは『前世知識』だって一言で片づけるんだろうけど。
にしたって、この尽きることのない知識には感動すら覚えるよね。
「さすがだね。相変わらず便利なものばっかりだ」
「炊飯器はね、ちょっと機能盛りすぎかなって思うんだけど」
単独で、しかも自動でお米が炊ける炊飯器。
コンロがひとつ空くし、火加減を見る必要がないから。
料理人たちが手放しで喜んだ商品だ。
保温機能を使って鳥ハムを作ってくれたときは、それこそ感動したな。
そんな便利な炊飯器でお餅をつけるようになるなんて。
しかも、『おこわ』も作れるとか。
更には、この改良のついでに。
おかゆとか早炊きの機能まで付けようとしている。
これは、確かに便利が過ぎるね。
「んー、まあ、全部つけたら高価にはなるかな?でも、全機能付きと単一機能のものを作れば問題ないしね」
「あ、そっか。そうよね。買い替えだってバカにならないし、新機能だけの魔道具もあったほうがいいわよね……」
そう言いながら、リディは早速企画書を修正し始めて。
こういう素早さにも俺は感心してしまう。
「圧力鍋っていうのも、かなり便利そうだ」
「煮込み料理が格段に早くできるわよ。お肉もすごく柔らかくなるの」
「空気ってすごいね……」
気圧とか真空とか、空気に関する諸々を教えてくれたのもリディだ。
そもそも、空気そのものについても俺は知らなかった。
多分、俺は未だにきちんと理解できてはいないのだろうけれど。
この鍋に空気が関わっていることだけはわかる。
「うふふ。そうよね。空気があるからわたしたちは生きていけるし、特性を応用すれば便利にもなる。気圧には悩まされることもあるけど、空気様様ね」
本当にね。
そして、リディ様様だ。
異世界の知識って凄すぎるよね。
「お豆腐っていうのは、もしかして、ジングで見つからなかった食べ物?」
「覚えてたの!?」
「そりゃあね。リディ、あっさりと納得したようにも見えたけど、実は結構残念がってたでしょ?」
「えっ!? ………わたし、そんなだった?」
途端にリディは、ちょっと顔を赤くして慌てだしたけど。
別に恥ずかしがらなくてもいいのにね。
「ゴンザさんにはバレてなかったと思うよ。探してもらって手間をかけたから、物分かりよくしてるんだろうなって思ってた」
「……ラディがお見通しすぎて怖いわ」
俺だって、伊達にリディとずっと一緒にいるわけじゃないんだよ?
それくらいわかるってば。
なんて自信を持って言えるけれど。
話を引っ張ると、リディはいつまでも恥ずかしがっちゃうからね。
「でも、驚いた。お豆腐って、作れるんだね?」
話を変えるに限るよね。
とはいえ、驚いたのは本当だ。
リディだったら、作れるものはとっくに作ってるだろうから。
わざわざ探したってことは作れないんだと思ってたんだよね。
で、詳しく聞いたら。
レンダルでは作れないものだったから、そのままにしてた。
っていう、呆気ない理由だったけれど。
グリーンフィールなら材料を入手できて。
体にもよくて。
リディが食べたいんだったら。
作るしかないよね?
「なるほどね。じゃあ、これ、全部提案しよう」
「え?」
「多分、もうすぐレシピ本の件とかで呼び出されるでしょ?その時提案しよう」
「………もうしばらく後でもよくない?」
「確かに、今も忙しいけど。作る時期は未定にしても、提案だけしておこうよ」
「提案だけ?」
「そう」
リディはもう少し落ち着いてからって思ってたみたいだけどね。
新企画があるなら早めに知っておきたいよね?って、俺は思うんだよね。
ということで、その数日後――――。
予想通り、呼び出しがかかったから。
俺たちは、企画書とともにサティアス邸に向かった。
企画書は、もちろん事前に送ってある。
「今日は盛り沢山だからね。さくさくやるよ」
……俺たちのせいですね。
仕事増やしてすみません。
って言ってもね。
録音音楽は先日遂に発売されて、予想通り貴族に好評みたいだし。
―――音楽盤の第一号は王宮楽団による夜会定番曲だった。
生ハムの熟成も順調。
―――リディが心配していたカビも発生していないようだ。
海老の輸出や魔動自転車も想定の範囲内で進んでるからね。
残すはレシピ本だけなわけで。
今なら、新しい提案をする余地もあると思うんだ。
「まずはレシピ本からいこうか。ドラングルから返事が来てね、問題ないってことだから、提案してくれた通りに進めてくれるかい?」
「わかったわ、すぐに取り掛かる」
ダメだし無しなんて、さすがリディ。
撮影なら俺も手伝えるから、残りの作業も頑張ろうね。
「よろしくね。で、うちとレンダルの第二弾はね、貴族向けのパーティー料理と平民向けの簡単料理でいこうと思う」
「あ、そうなの?」
「他の企画もいずれ発行したいけどね。第一弾でも平民の購入者がいたことを考えると、平民向けの本は喜んでもらえると思うんだ。簡単料理は需要が高いだろうし、紙質を落とせば本自体の売価も抑えられるしね」
リディは、レシピ本の第二弾に企画ものを提案していて。
地域別とかカテゴリ別とかもあったけれど。
安く早くできる料理なんて、平民にとっては有難い情報だし。
騎士や冒険者にも需要があると思う。
貴族向けのパーティーメニューにしても。
リディは盛り付けにも拘るからね。
参考にしたい料理人は多いはずだ。
ほかの企画も魅力的だったけど、納得の線だな。
「第二弾はゆっくりでいいよ。ドラングルのほうが片付いたら着手して」
「んーでも、掲載料理案は先に考えておくようにするわ」
「そうだね、そうしてくれるとありがたい」
ゆっくりって言ってもね、結果四冊分ってことだよね?
長期戦になりそうだから、俺も気合入れて手伝わないと。
「じゃあ次は……。ああ、鮭と粘り米はね、漸く輸入が始まりそうだよ。待たせちゃって悪かったね」
「思ってたよりも時間がかかったわよね」
「実は、ジングでも急激に需要が伸びたらしくてね、取引量の再調整に時間がかかったんだ」
え、それって。
リディがいろんな食べ方を教えてきちゃったからじゃないだろうか。
っていうか、リディ、俺の後ろに隠れようとしないで。
無駄な抵抗だから。
「ごめんなさい」
「はは。リディアには養殖の件で色々助けてもらったしね。おかげでそっちの準備は捗ってるから。気にしなくていいよ」
ああ、養殖については、シェリー様にも相談してたな。
養殖が成功すれば、輸入だけに頼らなくても済むしね。
どうかうまいこと進みますように。
「輸入が始まったらすぐに以前提案してもらった内容で商品化したいと思ってる。ちなみに、粘り米は、我が国では『もち米』に改名するから間違えないようにね」
おお!改名!
「改名するの?」
「リディアが言い出したんじゃないか」
「そうだけど」
「やっぱり名前って大事だしね。ジングでもいずれ改名されるんじゃないかな?」
確かに『粘り米』よりは『もち米』のほうが印象はいいよね。
それで売れるなら何よりだと思う。
「ああ、そうそう。貴族向けの焼き鳥店ももうすぐオーブンできそうだよ。シエルがかなり期待してるし、客も引っ張ってきてくれるだろう」
あ、これは結構忘れ気味だった。
シエル様、すみません。
貴族向けの店舗は内装もこじゃれた感じで。
焼き鳥は、串から外して美しく盛りつけたものを出すんだったかな?
一品料理も拘ったみたいだから、シエル様も喜んでくれるといいな。
「キモノ風の洋服もね、まずは一点モノで出してみたら、結構興味を引いたみたいだね。量産は難しいだろうけど、様子を見ながら出していく予定だよ。基本的には店舗に任せるけどね」
こっちはもう商品化してたんだ。
見本のワンピースを着たリディは可愛かったけどね。
確かに万人受けはしないかもしれない。
「とりあえずはこんな感じかな。動いてる新企画は概ね順調だ」
「となれば、新たな提案もやぶさかではないか」
うん、俺もちょっと忘れてたものもあったけど、概ね予想通り。
今日の提案も受け入れてもらえそうで一安心だ。
「ああ、そうだ。頼まれてたもの、持ってきたよ」
レオン様、ありがとう!
俺もいまいちよくわかってないんだけど。
リディが、豆腐作りに必要な『にがり』ってやつをね。
頼んでおいたんだよね。
「でも、これ、本当に何かに使えるの?言われた通り、飲んだりはしなかったけど、ちょっとなめただけでも普通に苦かったよ?」
あ、本当に苦いんだ。
っていうか、味見したんだ。
レオン様って結構チャレンジャーなんだな。
「あら、なあに?それ」
「塩を取り除いた海水だよ」
「「えっ?」」
義父上と義母上が目を丸くして驚くのって珍しいね。
でも、うん。そうだよね。驚くよね。
そんなの何に使うんだって思うよね。
事前提出の企画書では、にがりについては触れていないから。
驚くのも無理はないよね。
「その海水の残りは『にがり』って言うんだけど、実は何かと使い道があるのよ」
「そうなのか?」
「もっと早く提案すればよかったんだけど」
「あ、いや、正直手が回らなかったと思うからそこは気にしなくていいんだけどね。そうか……。これに使い道があるとはね……」
「僕もびっくりしたよ」
デュアル親子も驚きを隠せないようだ。
何にせよ、食べ物は現物を見て食べてもらうのが一番だから。
俺が新企画の説明をしている間に。
リディにお豆腐を作ってもらうことにしたんだよね。
にがりについても後で詳しく説明してもらえることになった。
って言ってもね、俺のほうは。
結局は、この前リディと話したことをそのまま伝えるだけだ。
それだけでも十分に説明になるからね。
案の定、お豆腐以外は、皆、サクッと理解してくれて。
「必需品、というわけではないが、あったら確かに便利だな」
「そうね。今回の案も、見送るのはもったいないわ」
「料理人が泣いて喜びそうな商品だよね」
圧力鍋と炊飯器の機能追加は好感触っぽいかな?
って思ってたら。
「技術部のスケジュール次第だね」
「「そうね(だな)」」
どうやら、好感触どころか、作ることは決定しているらしい。
この人たちって本当に話が早いよね。
仕事を増やして申し訳ないとは思うけれど。
乗り気になってくれたなら、提案した甲斐もあるってもんだ。
「あとは、この豆腐って食べ物だな」
「リディアちゃんが作ってくれるんだから、きっと美味しいわ」
無駄に期待値が上がっているけれど。
正直、俺も期待してる。
豆腐という未知なる食べ物は、一体、どんな食べ物なんだろうね?