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追放令嬢は隣国で幸せになります。  作者: あくび。
第六章 陰謀巻き込まれ編
126/149

121.彼女と彼は文通している。

side リディア

 ジングから戻って、早二ヶ月。


 ここしばらくは新しいレシピ本の制作にかかりきりだったけれど。

 今日はぽっかりと時間が空いてしまった。


 というのも―――――。


 現在制作しているレシピ本は、ドラングル版に加えて。

 グリーンフィール版とレンダル版の第二弾で。


 ドラングル版には、既存本と同様。

 異世界風にアレンジした定番料理や人気のある異世界料理を掲載予定なのよね。

 ―――国によって、結構な違いがでるのは面白いと思う。


 そこで、アンヌ様をはじめ、シェリー様やラルフクト様に加えて。

 王宮の料理人や商会のドラングル支店のスタッフにも意見を聞いたりして。

 何とか掲載料理が決まったから。


 先日、レシピと盛り付けの確認用に料理そのものを提出して。

 今は、味や見た目を検討してもらっている最中なのだけど。


 グリーンフィール版とレンダル版の第二弾には『企画もの』を考えていて。


 地域別――所謂、郷土料理。ジング風(和食)含む――とか。

 ご飯もの・麺類・スープ・おかず・スイーツといったカテゴリ別とか。

 安い食材を使って簡単・短時間にできる平民向けの料理とか。

 貴族向けにはパーティー編とか。


 色々な企画案を出したから、これまた検討してもらっている最中なのだ。


 とはいえ、予定では。

 この段階までは、もっと早く終わっているはずだったのよ?


 ドラングルに出向いてのヒアリングは致し方なかったと思う。

 現地の声は大切だし。


 それに、わたしの誘拐事件のせいで魔術師団の講義が保留になっていたから。

 いずれ、結界魔道具の取引や今後の講義について話し合うべきだと思ってた。


 だから、今回のドラングル出張は、むしろ色々片付いてよかったのだけど。


 あのピアノ(デュオ)リサイタルは、やる必要があったのか今でも疑問だ。

 まあね?終わってみればね?楽しかったわよ?


 でも、大変だったのだ。

 曲の選定には悩んだし、練習もたくさんした。


 何よりも、三国の王族の前で演奏するだなんて、精神的負荷が大きすぎる。

 シェリー様にも申し訳なさすぎた。


 ―――実は、裏目的が魅了情報の共有だったから。

 王族が集まる理由はあったのよね。


 正直、リサイタルについては経緯からして物申したいのだけど。

 いつまでも愚痴っててもしょうがないしね。


 そこは堪えるにしても。

 時間を取れられたことには違いない。


 そんなわけで、予定よりも遅れていて。

 急ぎたくとも、現状、レシピ本についてはどれもお返事待ち。


 かといって、ほかに急ぎの仕事はないし。

 お弁当屋さんに突撃しても邪魔になるだけだ。


 ということで、ぽっかりと時間が空いたのだ。


 ラディは販売戦略会議に行っているから。

 今は、わたしひとり。


 せっかく空いた時間なのだから、ぼーっとするのもいいのだけれど。

 やっぱり、ジングで思いついた商品を形にしたくて。

 いつでも提案できるように企画書に纏めることにしたのよ。


 貴族向けの焼き鳥店は伯父様が進めてくれているし。

 キモノ風のお洋服も、スタッフが早々にデザイン案を提出してくれた。


 実は輸入が遅れている鮭と粘り米についても。

 おにぎりや鮭弁といったお弁当屋さんの新メニューはもちろんのこと。

 海鮭スモークや、鮭の水煮と中骨煮の缶詰も提案済みだ。


 だから、それらはお任せするとして。


 圧力鍋はどうしたって欲しいし。


 お餅も、臼と杵でつくのが一番だけれど、餅つき機があったほうが便利よね?

 それも、出来れば、炊飯器――商品化済――に機能をぶちこみたい。

 ついでに炊飯機能を増やしてもいいかもしれないわ。


 そして何よりも、わたしはお豆腐を再現したいのよ。


 正直、今までは、積極的に作ろうとは思ってなかったんだけど。

 むしろ忘れがちだったんだけど。

 ―――海のないレンダルでは作れなかったし、ないならないで困ってなかった。


 ジングに行けることになって、お豆腐のことも思い出して。


 もし、ジングにあったならば。

 この世界ではどんな風に食べられているのか知りたかったんだけどね。


 なかったからなぁ……。

 でも、思い出したら恋しくなったのよ、お豆腐のお味噌汁。

 ほかのお豆腐料理も食べたいわよね……。


 そんなことを考えながら、わたしはお茶をずずっと啜った。


 今日のおやつは、ジングで買ってきた緑茶に塩豆大福。

 それらをお供に、リビングの片隅の小上がりで企画を練っているのだ。


 ちなみに、この小上がり。

 畳に掘りごたつという大変日本的な空間で、もちろん土足厳禁。


 ジングで買ってきた小物たちも飾ったから、まさに日本なのよ。

 当然、わたしのお気に入りの場所だ。


「ただいまー」


 あら、ラディの帰りが早いわ。


 って思ったんだけど、実は、意外と企画書に熱中していたようで。

 道理でお茶が温くなっていたわけだと納得した。


「おかえりなさい。塩豆大福があるわよ」

「あ、ほんとに?やった!手、洗ってくるよ」


 ラディは、当初、塩豆大福には怪訝な顔をしたのよね。

 甘い大福に塩を利かせる理由がわからないと言って。


 でも、食べてみたら、これがまたいい具合にはまったみたいで。

 時々無性に食べたくなるらしい。


 ということもあって、ラディはいそいそと洗面所に向かったんだけど。

 ふと、何かを思い出したようでこちらに戻ってきた。


「そうだった。手紙が届いてたよ」

「あら」


 手紙のやりとりは、大抵は魔法で転送することが多いため。

 実は、我が家に通常配送で手紙が届くことは少ない。


 だから、誰からの手紙なのかと思いきや。

 ジングのクラムウェル公爵家からだった。


「今回は大作かもしれないわ」

「かもね」


 ラディはそう言って、ふふっと笑ってから。

 今度こそ洗面所に行ったんだけど。


 いやね。


 初めて公爵家から手紙が届いたときは、その分厚さに驚いたのよ。

 本当に、どんな大作かと思ってラディと恐る恐る封を開けたくらいだ。


 結果、何人もの方からの手紙の束だったんだけど。


 リュート様やジョージ様をはじめ。

 料理長さんやマットさんにラルゴさん、更には執事さんからもあって。


 うれしかったけれど。

 内心、大作じゃなくて拍子抜けしたのも事実だった。


 初回のお手紙は、帰国後にお送りした御礼の品の到着報告とお礼状。

 ―――お土産の桜まで戴いちゃったしね。

 帰国してすぐに、野宿セットやキッチンツールに文具をお送りしている。


 そして、その後の皆様の生活ぶりや相談事が記されていたのだけど。


 お返事を書いたらまたお手紙が来て、の繰り返しで。

 今では、わたしたちはすっかり文通仲間なのだ。


 で、届くお手紙が毎回分厚いから。

 わたしとラディは、いつしか無駄に大作を期待するようになったのよ。


「どうだった?」


 ラディの分のお茶と塩豆大福を用意して。

 先に手紙を読み始めていたら、ラディが戻ってきた。


「マットさんからのお手紙が少し大作よ」

「あ、そうなの?大作が来るなら、ジョージ様だと思ってたんだけど」

「あー、うん、ジョージ様からのも大作に近いわ」


 そんな失礼なことを言い合いつつ。


 ラディは、塩豆大福をペロッと食べて満足そうにしてから。

 わたしが読み終わった手紙から読み始めた。


「マットさん、高い山に登れなくてすごく残念そうだね」

「そうね。でも、さすがに雪山はお勧めできないし……」

「あ、リディを責めてるわけじゃないよ?えっと、雪崩、だっけ?それは本当に怖いし、俺だって止める。マットさん、登山は初心者だしね。おまけに魔法はからっきしなんて聞いたら、いくら鍛えてても心配だよね」


 そうなのだ。


 わたしたちの登山に同行してくれた護衛のマットさん。

 どうやら、その後も時間を見つけては山に登っているそうなのだ。


 初回の手紙に、登山への熱い思いが綴られていたから。


 登山の楽しみ方に加えて、危険性についても言及して。

 広まった場合のごみ問題とか思いつく限りの注意点を書いて送ったら。


 次回の手紙は、ご忠告ありがたく、という言葉で始まっていて。

 村長たちと対策を取りながら楽しく登山しているという内容だった。


 それを微笑ましく読んだのはいいんだけど。

 わたしたちが登った時点で紅葉の季節だったということは。

 冬も間近なわけで。というよりも、既に冬なわけで。


 慌てて、雪山の怖さを書いて送ったのよね。


「それに、安全そうな低い山を見つけてこの季節も登ってるみたいだしね。楽しんでると思うよ。ただやっぱり、鍛えてるからこそ高い山に憧れちゃうんだろうな」


 今回のマットさんからの手紙が準大作になったのは。

 早く高い山に登りたい、という思いの丈がつらつらと書かれているうえに。

 最近登った山の様子が感情付きで事細かに記されているからだ。


 本当に登山にはまったみたいで嬉しいやら心配やら。

 とりあえず、身の安全だけは確保してほしいと思う。


「騎士団も動き始めたみたいだね」


 あら。もうジョージ様からの手紙も読んだのね。

 ラディって読むの、早くない?


「実地までもっと時間がかかると思ってたんだけど。さすがジョージ様よね」

「そうだね。まあ、救急箱はね、騎士団としても欲しいだろうからすぐに承認されるとしても、土砂災害対策は時間もお金もかかるから、今被害がないなら後回しにされがちだよね」


 実は、ジョージ様ってば。

 わたしが登山時にぽろっと話したことをマットさんから聞いて。

 早々に騎士団に提案していたらしいのよ。


 救急箱には元々関心があったようだけど。

 わたしたちが見つけた薬草畑は裂傷に効く薬草が豊富だったこともあって。

 一気に話が具体化したそうだ。


 それで相談を受けて、グリーンフィールの医師団を紹介したところ。

 ―――東洋医学と西洋医学みたいな感じなのか。

 医療知識が違うみたいで、お互いいい勉強になったようで何よりだわ。


 漸く救急箱の実用化に向けての準備が整ったという。


 土砂災害対策についてはそれこそ無意識だったんだけど。

 山肌が目立つ山があって、うっかり口走っちゃって。


 騎士団って災害時に救援に行くことも多いらしいから。

 森林伐採の話はかなり興味をひいたようなのよね。


 しかも、調査してみたら結構危ない場所があったみたいで。

 遂に対策に乗り出すことになったようだ。


 ―――ちなみに。

 ジョージ様の手紙のメインはそういった話ではなく。

 ずばり、筋肉の話だ。


 ラディが教えた筋トレがすこぶる気に入ったようで。

 毎度、その効果を伝えてくれている。

 多分、筋肉の話がなければ、大作どころか淡白な手紙になると思う。


「ジョージ様の筋肉話の後だからか、リュート様の手紙に癒されるよ」

「ふふ。確かに」


 リュート様からの手紙は、いつも息子さんのことなのよ。


 息子さんとわたしたちは、結局お会いすることは叶わなかったけれど。

 どうやら野菜嫌いだったようで、偏食に困っていたらしいのだ。


 だから、微塵切りにしてハンバーグに混ぜたり。

 すりおろして、カレーやシチューに入れたり。

 フルーツジュースに野菜を組み込んだりして。


 こっそり少しずつ食べさせることを提案したのよね。


 そうしたら、息子さんは。

 だんだん野菜が入ってない料理に違和感を感じ始めたらしくて。


 頃合いを見て種明かしをしたら。

 今では、固形の野菜にも挑戦するようになったそうだ。


 それを喜ぶお手紙が届くのよね。

 子育てをがんばるパパにほのぼのするわ。


 料理長さんとの料理談義も楽しいし。

 ラルゴさんや執事さんも、毎回ではないけど手紙をくれる。


 まさか、こんなに頻度高く続いていくとは思っていなかったけれど。

 わたしもラディも、なんだかんだ楽しみにしているのだ。


 だから、今回のお返事には何を書こうかな、なんて考えてたんだけどね。


「で、リディ。これは何かな?」


 あらま。ラディってば目敏いわ。

 さっきまで書いてた企画書をあっさりと見つけちゃうなんて。


 第六章もお読みくださいまして、誠にありがとうございます。

 不定期更新ではありますが、よろしければ、引き続きお付き合いくださいませ。


 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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