表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢は隣国で幸せになります。  作者: あくび。
第五章 平民ライフ旅行編
118/149

114.彼はさらっと奮発する。

side ラディンベル

 まさか、あんなに美しいだなんて思ってもいなかった。


 鮭と粘り米を手に入れて、すっかりと食に走っていた俺たちだけど。

 せっかくジングに来たからね。

 今更ながら王都観光に繰り出してみたら。


 事前に聞いていた通り。

 ジングは、リディが前世で暮らしていた国によく似ているらしくて。

 リディは、前世にも在ったらしいものを見つけては喜んでいた。


 俺にはまったく馴染みのないものばかりだったけれど。

 説明を聞けば便利そうだし、お揃いで買った鞄は丈夫そうだしね。


 何よりも、あの嬉しそうな顔を見たら財布の紐も緩むってもんだ。

 結局、俺が買ってあげたのは簪だけだけどね。


 まあ、とにかく、ジングの王都で俺たちは買い物をしまくった。


 素晴らしい品にたくさん出会えたと思うけれど。

 一番の出会いは、やっぱり『カタナ』だよね。


 カタナのことは、俺も気になって調べてはいたんだ。

 でも、大陸では、大した情報を得られなかったから。

 ほとんど何も知らない状態で入店してしまったんだけどね。


 初めて目にしたカタナは、とにかく美しかった。


 いや、大陸にだって見事な装飾が施された美しい剣はある。

 でも、カタナの美しさはそういう美しさじゃないんだ。


 刃、そのものが美しいんだ。


 更には、武器としての性能を知ったら。

 カタナには感動を禁じ得なかったよね。


 なんて素晴らしい剣なんだろう。


 所謂『カタナ』を購入できなかったのは残念だったけど。

 小さいのは買えたから。


 店主さんに教えて貰った扱い方を練習して。

 手になじませて、早く使い熟せるようになりたいと思う。


 それにしても、カタナのみならず、リディが買ってくれたジッテも。

 今日買い漁ったものや、夕食に作ってくれた料理もそうなんだけど。


 それらが普通なんて、リディが前世で住んでた国って凄い国だよね。


 できることならば、俺も行ってみたい。

 もちろんリディと。


 思わず、そんな夢物語を描いてしまう一日だったな。


 そして、翌日―――――。


 実は、ゴンザ商会さんにお願いしていたのは食材だけじゃなくて。

 もうひとつ、リディが楽しみにしていたものがあるんだよね。


 ただ、そのお店は敷居が高いらしい。


 ということで、ゴンザさんと一緒にお伺いする予定だったんだけど。

 どうしても都合がつかなくなってしまって。

 俺たちだけでお店に伺うことになったんだ。


「ようこそ、お越しくださいました。ゴンザの会長さんから伺っております。まさか、大陸の方が『キモノ』をご存じだとは。さあさ、こちらへどうぞ」


 そう。俺たちが今回お邪魔したのは。

 ジングの伝統的な衣装である『キモノ』のお店なのだ。


 大陸文化が浸透して、日常的に着る人はほとんどいなくなったとはいえ。

 儀礼的な場や茶会なんかでは、今でも着られているそうだ。


 どうやらリディの前世にも同じような衣装があったらしく。

 リディが欲しがってたんだよね。


 そんなキモノのお店で愛想よく出迎えてくれたのは、店主さん。

 奥の小上がりから厳しい目でこちらを見ているのが、女将さんかな。


 リディも気にしていたけど。

 俺たちって他国の若造だしね、平民だしね。

 やっぱり、印象が悪いんだろうな。


「キモノをご覧になるのは、初めてでございますか?」

「はい。以前、書物で見て、素敵なお衣装だと憧れていたんです。今日はご無理を言って申し訳ありませんでした」

「いえいえ、興味を持っていただいて嬉しゅうございますよ」


 そう言って店主さんが案内してくれたのは。

 キモノを纏った男女二体の人形の前だった。


 リディは目を輝かせて見ているけどね。

 俺は、派手な柄の女性用キモノと黒を基調とした男性用キモノに圧倒された。


 いや、これ、王宮に上がる時に着てる衣装よりも格が高いんじゃないかな?

 俺なんかが着てはいけない気がする。


「まあ!なんて素敵な振袖なんでしょう!わたくしも着てみたかったですわ」

「おや、お嬢様はお詳しいのですね。お若いので、つい、こちらにご案内してしまい、大変失礼致しました」


 えっと?どういうことだろうか。

 俺には、いまいち意味がわからない。


 というのが顔に出てしまったのか、リディが説明してくれたところによると。

 目の前の人形が着ているのは未婚女性が着るキモノなんだそうだ。


 確かに、すごく華やかで、若い女性向けだとは思うけど。

 まさか、未婚既婚で形が決まっているとは思わなかった。


 リディにも似合いそうだったのに残念だね。


 なんて思いつつ。

 今度は既婚未婚関係なく着れるキモノが置いてあるという一角に行ってみたら。

 そこにも男女二体の人形があって、華やかながらも落ち着いた装いをしていた。


 けどね?


「男性用には、既婚未婚に違いはございませんよ」


 おっと、俺が疑問に思ってたことを店主さんが答えてくれた。

 俺、そんなに顔に出やすいんだろうか。


「我が国でも最近では馴染みがなくなりましたもので、今では詳しい方も少なくなっておりまして。よく聞かれるのでございます」


 ああ、なるほど。そういうことか。

 先回りして説明してくれていたんだね。ありがたい。


「こちらは既製品ですか?」

「はい、そうでございますよ。礼装はあまりございませんが」


 リディが指していたのは、四角い布なんだけど。

 え、キモノって、元はそんな形なの?


 という俺の驚きをよそに、リディはその布を見始めて。

 『ハギ』とか『ツバキ』とか『モミジ』とか。

 俺が知らない花?かなんかの名前を呟きながら布を身体に当てて。

 店主さんと、似合うだ似合わないだと言い合っていたんだけどね。


 ここで、ずっとこちらを眺めていた女将さんがこちらに来た。


「随分と勉強してきたのはわかったけど、本当に買う気かい?」

「え、あの、すみません。やっぱり、一見では購入できないのでしょうか……?」

「そういうわけじゃないけどね。キモノは着てもらってこそなんだ。飾りにされるのはちょっとねぇ……」


 ああ、それで、女将さんはあまりいい顔をしていなかったのか。

 まあ、もちろん平民だなんだもあるとは思うけど。


「いえ!そんな!確かに頻繁に着ることはできないと思いますが、飾りにするつもりはありません。ちゃんと着ます」

「って言ったって、着方はわかるのかい?」

「それも勉強しました!」

「ほう……?なら、今ここで助けなしに着れたら、考えてやろうかね」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 え、それは結構な試練じゃないかな?


 リディなら大丈夫だとは思いつつ、やっぱり心配は拭えなくて。

 小上がりに向かったふたりをじっと見送っていたら。


「申し訳ありません。妻は、どうにも融通が利きませんで……」

「いえ、こちらこそ、ご無理を申し上げて押し掛けてしまいましたから」


 店主さんに謝られて、俺も慌てて頭を下げる。

 女将さんの反応もわからなくはないしね。


「私としては、本当に、キモノに興味を持って貰えるだけで嬉しいのですよ。できれば、うちの国でももっと気軽に着てほしいものなんですがねぇ……」


 店主さんは、段々着られなくなってきたことを憂いているようだ。

 でも、これ、気軽になんて着れるもんなのかな?


「普段使いできるキモノもございますよ」


 店主さん、すごいな。

 さっきから俺が欲しい言葉ばかり言ってくれる。


 詳しく聞けば。

 キモノは、基本的には絹織物なんだけど、綿素材のものもあって。

 それなら、普段着として気軽に着れるそうなんだよね。

 おまけに、その綿素材の『ユカタ』というものならば着方も簡単らしい。


 ってことは、だ。

 義両親や侯爵たちでも着れないかな?

 お土産にぴったりだと思うんだけど。


 そう思って店主さんに相談したら、物凄く喜んでくれて。

 店内にある既製品を片っ端から出してくれた。


 実はキモノって、本来は、反物を選んで一着ずつ仕立てるらしいんだよね。

 ―――敷居も高くなるってわけだ。


 でも、俺たちはただの旅行者だからね。

 仕立てに時間をかけられないから、既製品から選ぶしかないんだ。


「写真というのは、大変便利でございますね」

「大陸の方は本当に髪や目の色が様々なんですねぇ。選び甲斐があります」


 ジングの人は、黒髪や濃い色味の髪の人が多くて。

 目の色も大抵は髪と同じ色をしているから。


 義両親たちの容貌を口で伝えても、どうも伝わっていない気がして。

 家族写真を見せることにしたんだよね。


 そうしたら、驚かれたけれど漸く理解して貰えて。

 ―――多分、驚かれた一番の要因は義両親と侯爵親子の美貌だ。


 おまけに他の従業員さんたちも集まってきてしまって。

 結局、お店総出で俺たちのユカタを選んで貰っている。


 キモノってキモノ自体の色や柄だけじゃなくて。

 帯にも色々あるから、選ぶのもなかなか大変で。


 俺たちは結構苦労して、何とか全員分のコーディネイトを終えたんだけど。

 その時ちょうど、リディも着付けが終わったようだった。


 っていうか、こっちに向かって来てるのってリディだよね?

 どうしよう。めちゃくちゃ可愛い。


「リディ。すごく綺麗で、すごく可愛いよ。やっぱり、こういう色も似合うね。普段から着ればいいのに」


 ちょっと抑えきれなくて、人前だというのに普通に褒めてしまった。

 なんか、周りの視線も生温くなった気がする。


 けど、しょうがないじゃないか。


 だって、いつも紺系統ばっかり着てるリディが、ピンク色を着てるんだ。


 まあ、ピンクと言ってもね、極々薄い色だし。

 裾に向けて上品な薄紫が入ってるんだけどね。

 でも、こんな色を着ているリディは、すごく貴重なんだよ?


「それで、どうだったんだ?」

「完敗だよ。何一つ、間違えやしなかった。おまけに、帯までちゃんと結べるんだから、本当に大したもんだよ」


 おお!

 リディのことだから、絶対に大丈夫だとは思ってたけど。

 こうして聞くと、やっぱり安心するね。


「では……」

「是非、うちのキモノを着ておくれ。さっきは悪かったね」

「っ……!ありがとうございます!」


 リディ、ちょっと泣きそうになってるね。

 着付け、頑張ったんだろうな。


「リディは、そのキモノ、気に入った?」

「え?あ、えっと………。このキモノもとっても素敵だと思うんだけど……」


 ん?これは、もしや。

 さっき、気になるキモノを見つけてたってことかな?


 って思ったんだけど、リディの視線の先は女将さんで。


「あの、桜の柄のおキモノってありますか……?」

「おや、お嬢さんは桜が好きなのかい?」

「実は、大陸にはないので、本物を見てみたかったのですが……」

「ああ、そうだったのかい。今は時期じゃないから、それは残念だったねぇ。にしても、桜のキモノね……。それこそ時期じゃないから奥にしまっててねぇ……」

「在庫、見てきます!」


 この『サクラ』という花には聞き覚えがある。

 確か、リディが前世で暮らしていた国の花だ。


 そう思い出して、リディがそんなキモノを欲しがったのに納得した。

 そうだよね、それは欲しいよね。


「これなんか、どうだい?」


 在庫を見に行っていた従業員さんがキモノを持って戻ってきたと思ったら。

 女将さんがすぐにざざっと目を通して、あるキモノをリディに見せていた。


 それは、濃紺に白い花が散らばった、美しいキモノだった。


「夜桜みたい……」

「お嬢さんは、本当によくわかってるねぇ」


 そう言われて、リディは照れ笑いをしていたけれど。

 俺は、すぐに思ったよね。


 これ、リディの好みドンピシャだ。

 且つ、絶対に似合う。


「あの、このキモノとリディが今着ているキモノ、両方ください」

「「「は?」」」


 いやいやいや。

 店主さんと女将さんはわかるにしても。


 リディまで驚かなくてもよくないかな?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ