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追放令嬢は隣国で幸せになります。  作者: あくび。
第五章 平民ライフ旅行編
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113.彼女と彼は観光する。

side リディア

 嬉しくて、張り切ってしまったわよね。


 念願の鮭と粘り米を手に入れて。

 わたしたちは、観光そっちのけで食べることに集中している。


 まずは、二種の鮭を堪能しようと思って。

 和食から洋食まで、いろいろな調理をして味わい尽くしたわ。


 そして、昨日は、張り切って餅つき大会を開催した。

 もち米、もとい、粘り米と言ったら何といってもお餅だもの。

 ラディに協力して貰って、頑張ってお餅つきをしたのよ。


 鮭と粘り米、共に皆さまに好評でわたしの気分も上々。


 おまけに、両方とも輸入できるようになりそうなのだ。

 この話にはラディも喜んでいるのよ。


 シエル様も乗り気で交渉してくれているし。

 殿下や伯父様たちには、事後報告になってしまったけれど。

 手紙と企画書を送ったら早速動いてくれているようだ。


 この前までの騒動が嘘みたいに順調で、怖いくらいよ。


「お餅は、こうやって食べても美味しいんだね」


 あら。わたくしとしたことが。

 朝食の席ですっかり思考を飛ばしてしまっていたわ。


 今日の朝食は、昨日ついたお餅で作ったおすましのお雑煮。

 今回は、お餅を焼いたバージョンよ。


「昨日のつきたての餅も旨かったが、食事というよりは、軽食や間食によさそうだと思ったのだがな。こうして食べると立派な食事になるのだな」

「この出汁も最高に美味しいよ」

「思っていたよりも硬くなるのが早くて驚きましたが、火を通すと、本当につきたてのように柔らかくなるんですね」

「焼いた餅を汁に浸けるのも驚いたがな、想像以上に旨い」


 うふふ、そうなんです。

 もちろん焼いただけでも美味しいけど、これはこれで美味しいのよね。


 お雑煮も好評で何よりだわ。


「今日も料理をするのかい?」


 シエル様にそう聞かれて、ラディと顔を見合わせる。

 今日の予定は、昨夜の話の通りなら。


「せっかくなので、今日は、王都を観光する予定です」


 そうなのよね。

 せっかくジングまで来たのに、食べるだけなんて勿体ないもの。


 だから、今日はラディとお買い物デートの予定なのよ。


「ああ、それはいいね。ジングの王都は、お店も面白いけど、昔の建築物が残っていたり、石畳があったりしてね。街並みが趣深いんだ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。言うほど残ってはいないが、表通りから一本裏に入ればそういうところがあるかもしれないな」

「もし貴族街を出るなら、路地や奥まった場所には入るなよ?騎士が巡回しているとは言え、中には治安が悪い場所もあるからな」


 なんだか、親戚とか近所の小父さんたちみたいだわね。

 すごくありがたいことだけどね。


 そう思いながら、わたしたちは。

 表通りまで一緒に乗せていってくれるというシエル様の馬車に便乗して。

 馬車の中でも王都情報と注意点をしかと聞いてから、王都に繰り出した。


 漸く、旅行っぽくなってきたかしらね?


「この表通りは、新しい建物が多いんだね」

「きっと通り自体が新しいんだわ」


 謁見の為に王宮にあがったときは寄り道なんてしなかったし。


 ゴンザ商会さんの店舗は、どちらかというと平民街に近くて。

 お魚屋さんは市場のど真ん中、材木屋さんも市場を抜けたところこにあった。


 だから、わたしたちが表通りに来るのは初めてなのだ。


 グリーンフィールと似たような店構えだったり。

 扱っている商品も、大陸風のものが多いけれど。


 そういうお店でも、片隅にはジング風の商品があったりして。

 そこかしこにジングを感じて嬉しくなる。


 やっぱりジングは、日本っぽい。


 多分、大陸とは植物や鉱物が違うのだと思う。

 花を模したものだとしても、どこか和柄っぽいものが多いし。

 ちりめんのような布でできた巾着や和食器もあった。


「まあ!簪だわ!」

「かんざし?」

「これで髪をまとめたり、髪を飾ったりするのよ」

「この細い棒だけで髪がまとまるの?」


 前世には、ペンで髪をまとめる人だっていたしね。

 やり方さえ覚えれば、結構便利なのよね。


 そう説明したら、ラディはちょっと驚いていたけれど。

 わたしに似合う簪を選んで買ってくれたわ。うふふ。


 そうして、それからも。

 手ぬぐいや風呂敷を発見して、奇声を発しながら買い漁ったり。

 ラディとお揃いの帆布鞄を購入したり。

 和柄が刺繍されたハンカチをスタッフのお土産に買ったりして。


 お買い物をしまくって表通りを満喫したあとは。

 せっかくなので、裏通りにも入ってみることにした。


「このあたりが、シエル様が言っていたところかな?」

「そうね。趣のある建物が多いわ」


 一本入っただけなのに、表通りの派手さは鳴りを潜めていて。

 落ち着いた雰囲気のお店が多かった。


 実用的なものや職人向けのお店が多いのかもしれない。


 まあでも、それはそれで楽しいので。

 いろんなお店にお邪魔しながらラディと裏通りを歩いていたんだけど。

 ―――鉋や研ぎ石を見つけたときは無駄にはしゃいだ。当然、買った。


 お店も少なくなってきて、裏通りの端の方に辿り着いたとき。

 わたしの足は、あるお店の前でぴたりと止まった。


「リディ?どうしたの?」

「カタナのお店だわ」

「かたな?……ああ、リディが言ってたジングの剣か」


 ジングでも、基本的には大陸と同じ剣を使うそうだけれど。

 古くから伝わる『カタナ』という剣があると聞いている。


 このカタナ、どう考えても日本刀よね?


 でも、実際に使っている人はほとんどいないようだし。

 骨董品のような扱いをされているみたいだったから。


 専門店らしきお店があるだなんて思ってもいなかった。

 看板も小さいし、見落としてしまいそうなお店なんだけどね。


「入ってみようか」

「いいの?」

「俺も興味あるよ」


 そう言ってくれたラディと一緒に、お店の扉をくぐってみる。


 扉のベルがカランと鳴ったからか。

 店の奥から店主らしき人が出てきてくれたものの。


 わたしたちを見て、眉を寄せた。


 明らかに他国から来た若い男女の観光客なんて。

 迷い込んだのかと思ったのかもしれない。


「大陸の人間か?ここにはあんたたちが気に入るものはないよ」

「突然お邪魔してしまってすみません。カタナを見せて頂きたいのです」


 ラディがそう答えたら、店主さんは驚いた顔をしたわ。


「ジング語が解るのか……。あんたらはカタナを知ってるのか?」

「書物や伝聞でしか知らず、実物を目にしたことはありませんので、知っている、と言い切ることはできませんが……」

「細く片刃でありながら切れ味がよく、芸術品のような剣だとうかがっております。本当に素晴らしい職人技術だと思いますわ」


 ラディの言葉の後を引き取ってそう言いながら。

 わたしは、奥にある厳重にガラスケースに入れられたカタナをじっと見た。


 わたしの視線を追ったラディも、食い入るようにカタナを見ている。

 やっぱり、一目見ればわかるのかしらね。


「大陸でも知られているとは驚いたな」


 え、いや、わたしは日本刀を思い浮かべて話してしまっただけで。

 実際のところは、そこまで詳しくは知られていないと思うわ。


 とはいえ、そうは言えない雰囲気で、なんか申し訳ない。


「目の前の模造剣もかなり精巧なのだがな。それには目もくれず、あのカタナに目を向けるとは。あれは真剣だよ。もっと近くで見るか?」

「よいのですか!?」


 前のめりに言ったわたしに、店主さんは苦笑しながらも頷いてくれたから。

 お言葉に甘えて、近くでじっくり見せてもらった。ガラス越しに。


 わたし、前世でも真剣は見たことがないと思うのよね。


 だから、実は結構なハイテンション状態なんだけど、何とか平静を装って。

 真剣の素晴らしき造形美を目で堪能していたんだけど。


 ラディは、近くで見たらますます興味が湧いたようで。

 反りのある形状だったり、片刃であることの利点なんかを質問したりして。

 店主さんと盛り上がっていた。


 ラディって、実は、武器にはうるさいのだ。


 ラディたちの様子にこっそり笑みを浮かべながら。

 真剣を堪能し尽くしたわたしは、店内の他の商品も見せて貰ったら。


「ラディ、十手だわ!」


 時代劇でしか見たことのない十手を見つけて、相当感動したわよね。

 この世界にもあったのね!


「じって?」

「すごいな。お嬢さんはジッテも知っているのか」


 店主さんに感心してもらって、またしても申し訳なく思ったけれど。

 毎度の如く、曖昧にやり過ごして。


 興味津々のラディに、十通りの手が使える道具なんだと説明したら。

 すごく気に入ったようだったから、簪の御礼にプレゼントしたわ。


 できれば、カタナも欲しかったのだけど。

 どうやら、所持するには資格が必要らしい。


 でも、模造剣や小型のカタナなら売ってくれるということだったから。

 遠慮なく購入させてもらったわよね。

 模造刀に小刀なんて、買わない理由がないもの!


 カタナのお店を見つけたのは本当に偶然だったけれど。

 この出会いには心から感謝したいと思う。


 そうして、わたしたちは笑顔でお店を後にして。

 公爵家の馬車が迎えに来てくれる時間までカフェで休憩して。

 ―――本当に何から何までお世話になっている。


 ご機嫌のまま帰ってきたんだけど。


「それはまた、珍しいお店を見つけたね」

「僕も知らないお店です」

「よく見つけたな。あの店は、騎士でも知らないヤツがいるくらいだぞ」

「私も話に聞くだけで、入ったことはないな」


 わたしたちの機嫌の良さは随分と長続きしていたようで。


 夕食の準備中も、料理長さんに指摘されたし。

 帰ってきたシエル様たちにも突っ込まれてしまって。


 カタナのお店のことを白状することになった。

 いや、別に隠すつもりもなかったけれど。


 そうしたら、知る人ぞ知るお店だったようでわたしたちも驚く。

 聞くに、営業日もまちまちで、大抵は予約して行くんだそうだ。

 わたしたち、かなり幸運だったのね。


「まあ、何にせよ、王都を愉しんでくれたようで良かったよ」


 リュート様のその言葉に。

 わたしもラディも、満面の笑みで返事を返して。


 話が一段落したところで、お夕食にしたのよね。

 今日はとってもご機嫌だから贅沢バージョンなのよ。


 まずは、鮪の山かけ。

 そして、茹で足長蟹に、海老の真薯揚げ。

 〆には、握り寿司と蟹のすまし汁を用意したわ。


 お寿司のネタもいつもより豊富になったと思う。


 鮪の赤身と中とろはもちろんのこと。

 烏賊に海老、平目のストックに加えて、何といっても海鮭がある。


 更には、焼き鯖の押し寿司に、鉄火巻きやかっぱ巻きも添えたし。

 玉子焼きやがりだって忘れなかったわ。


「刺身と米を一体化させたのには驚いたが、旨いものだな」

「うん、これも美味しいね。いくらでも食べられそうだよ」

「味の付いた米がまた旨いな」


 ジングでは、お刺身は普通に食べられているし。

 シエル様たちも生魚は平気だって言ってたから。


 嬉々としてお寿司を作ってしまったけれど。

 まさか、ジングに酢飯が存在しないとは想定していなかったわ。


 でも、料理長さんは驚きつつも気に入ってくれたようだし。

 使用人さんに蟹チラシを差し入れたから、喜んでくれてるといいな。


「最初からどれも美味しかったけど、この寿司っていうのは最高だね」

「刺身にも、色々な食べ方があるものだな」


 今日も美味しそうに食べてくれて嬉しい限り。


 実は、ロラン様は山葵が苦手だったし。

 ―――お寿司は、さび抜きにした。


 蟹も、本来の姿を見せたら皆の顔が引き攣ってたしね。

 海老をすり潰すのも、勿体ないって言われたけれど。


 結局、美味しいものは受け入れられるのだ。

 日本料理って素晴らしい。


 今日は、日本を堪能できて、本当にいい一日だったわ。


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