110.彼と彼女は漸く出会う。
side ラディンベル
何ていうか、ちょっと呆れてくるよね。
リディを妾にしようとした王子には腹立たしく思いつつも。
ジング王との謁見を何とかやり過ごして公爵家に戻ってきたら。
また間者が入り込んでいた。
予想はしてたけど、正直、浅慮過ぎてびっくりする。
俺たちが結界の魔道具を持っていることもバレているだろうし。
メイドの件があったんだから。
公爵家が警備を強化することだって、解り切ったことだろうに。
もしや、強化体制はまだ整っていないとでも思ったんだろうか。
だとしたら、公爵家をバカにし過ぎだ。
当然ながら、ジョージ様たちがきっちり捕えてくれたし。
あとはシエル様が対応してくれるって言ってくれたから。
俺たちは呆れながらも、義両親や侯爵、王家に報告して。
夕食を用意した後は、ゆっくりさせてもらったんだけどね。
その翌朝―――――。
王族全員から手紙が届いていたのには驚いたけれど。
俺たち宛のものは『後は任せておけ』とか『無事に帰ってこい』とか。
有難い言葉ばかりだったから、嬉しいけど恐縮してしまったよね。
そして、朝食の席にはリュート様やジョージ様も同席していて。
俺たちもいるというのに、諸々の経過報告をしてくれた。
「昨日の間者は、魔術師団長の手の者だったよ」
もしかしたら、王様から指示されてたかもしれないけどね。
そんなこと言えないよね。
にしても、判明するのが随分と早いなって思ったら。
ジョージ様の尋問が、それはそれは怖かったそうだ。
「宰相については、間者を放ったことや企みがあったことは認めたが、シエル殿を害する気はなかったそうだ」
外交官を害したら、企みが成功するどころか逆効果だったよね。
実際のところ、間者を放つこと自体はよくある話だ。
でも、今回は、放った間者が拙かったし、企みもバレたからね。
害する気がなくて、結果被害がなかったからと言って。
無罪放免となれば、グリーンフィールは黙っていないだろうから。
何かしらのお咎めはあるはずだ。
「メイドの方は事実を知って愕然としている。だが、やった事はなかった事にならないからね。それなりの処遇が言い渡されるだろう」
実は、ここにきて、ジング王国内での醤油取引の不正が発覚したようで。
買い叩かれている、と誤解してもおかしくはない状況だったそうだ。
だからって、何をしてもいいわけじゃないしね。
外交官を狙ったわけだから、軽い処罰では済まないだろうな。
「それと、魅了の魔道具を持っていた娘は、王都に護送することになった」
ああ、この件、すっかりと記憶の片隅に追いやられていたよ。
シェリー様も調べてくれているのに失礼なことしちゃったな。
魔道具は封印したものの、やっぱり、娘の聴取が芳しくないらしい。
目的や入手経路がはっきりしなくて、シズレのギルドはお手上げ状態。
あの娘、自分は悪くない、と言うばかりで全く埒が明かないようだ。
ちょっとだけ、シズレのギルド職員に同情する。
「君達にも色々と迷惑をかけたね。せっかくの旅行を台無しにして本当に申し訳ない。これからは、シエル殿やロラン殿はもちろん、君達の安全も保障する。困ったことがあったら、何でも相談してほしい」
公爵家だって相当の迷惑を被っているのにね。
こう言ってもらえて、ありがたい限りだ。
実は、シエル様には帰国許可が出ているし。
俺たちも、公爵家を出たほうがいいんじゃないかって話もあったんだけど。
シエル様は見届けたいって言ってるし。
公爵家は警備を強化してくれたしね。
これ以上公爵家を敵に回すようなことをする輩もいないだろうから。
正直、どこかの宿よりもよっぽど安全なんだよね。
「こちらこそ、色々とお気遣いいただいてありがとうございます。厚かましくて申し訳ないのですが、引き続きお世話になります」
そう言って俺たちは頭を下げて。
難しいことは大人たちに任せて、旅を楽しませてもらうことになった。
これで、やっと、本来の目的が果たせるね。
朝食の後、新たな抗議の書を目にしたリュート様から魂が抜けたり。
そんなリュート様をジョージ様が労わっていたり。
シエル様とロラン様が妙にやる気に満ちていた中。
俺たちは、申し訳ないながらもすっかり旅行脳になっていた。
そんな俺たちの今日の予定は―――――。
「早速、ゴンザ商会さんに行きましょう!」
ゴンザさんには、旅行前から手紙を送って。
リディが探し求めている食材の情報を集めてもらっているんだよね。
今日伺うことは昨日のうちに手紙を出しておいたから。
俺たちは張り切って、すぐに出掛けることにした。
監視はついてるかもしれないけどね。
手を出してこないなら、こちらも放置するだけだ。
そうして、王都のゴンザ商会に到着した俺たちは。
普通に客を装って店舗にお邪魔したんだけど。
店に入った途端に奥の接客室に連れ込まれ、大変な歓迎を受けている。
「お嬢様!大変ご無沙汰しております。大きくなられましたねぇ!」
「まあ!まあまあまあ!聞いていた以上にかわいらしいお嬢様ですこと。旦那様も男前ですわね!」
俺たちが挨拶をする間も与えられず、ソファに座らされ。
お茶と共に大量のお菓子が出された。
目の前のご夫婦は、ゴンザ商会の会長夫妻だそうだ。
「こちらこそご無沙汰してしまいました。奥様にはずっとご挨拶もできず、申し訳ありませんでしたわ」
そう言いながら、リディが手土産の練り切りを差し出したら。
奥方様が情熱的に感動してしまってちょっと大変だったけど。
ひとしきり近況なんかを話したところで。
会長さんが切り出してくれた。
「それはそうと、お嬢様。お探しの食材についてなのですが」
リディの顔が期待に染まる。
「まずは、お米からにしましょうか」
「はい!白くて不透明のお米、ジングにありましたでしょうか……?」
ん?鮭じゃなくて、お米?
しかも、不透明ってどういうことだろう?
「ございました。ただ『粘り米』と呼ばれているくらいでして、あまり人気のないお米なのでございます。ですから、お探しのお米と同じかどうかは……」
そう言って、差し出された米粒は。
炊く前だというのに、本当に不透明で真っ白で。
米にもいろんな種類があるんだなー、なんて呑気に考えていたら。
「これです!このお米を探していたのです!やっと出会えました!」
リディが目をキラキラさせてそう答えたから。
不安そうだった会長さんも、ホッと息をついていた。
「ああ、よかった。お役に立てて何よりです。俵で仕入れておりますので、ぜひお持ちください。種籾もございますよ」
「まあ!本当ですか!嬉しいです。きっちり購入させていただきますね!」
そうして、リディの機嫌は一気に上がったんだけど。
次の探し物『白くてぷるぷるした食べ物』は、残念ながら見つからず。
気を取り直して、最後の探し物『鮭』について聞いてみたら。
「その魚は、お嬢様のお話の通り、北の方で獲れるようです。馴染みの魚屋に仕入れてもらっていますので、午後、一緒にまいりましょう」
そう言われて、リディは思わずガッツポーズをしてたよね。
すぐに、おほほほほ、とか言って取り繕っていたけど、無駄だったと思う。
「あらあら、本当にかわいらしい方ね」
このタイミングで、中座していた奥方様が戻ってきたんだけど。
どうやら昼食を準備してくれていたようで、恐縮してしまった。
お昼に出してくれたのは『蕎麦』という麺料理で。
リディは、時折、懐かしそうな顔をしていたから。
きっと前世にもあった食べ物なんだと思う。
そして、午後。
念願の鮭を求めて魚屋さんに行ったわけだけど。
その魚屋さんでも冷蔵庫を使ってくれてるみたいで、相当感謝された。
「おかげで、仕入れる魚の種類も増えたしな。すぐに腐らせることもなくなったし、いいこと尽くめさ」
満面の笑みで言われたから、俺たちも笑顔になったよね。
「それで、鮮やかなオレンジ色の身をした魚ってやつだがな。この魚じゃねぇかと思うんだよ。同じようなのが海と川にいてな、北の方じゃ『海鮭』『川鮭』って呼んでるそうだ」
そう説明しながら出してくれた魚の切り身を見て、俺は驚いた。
こんな色をしてる魚なんて初めて見たからね。
「鮭!!あなたに会いたかった!」
リディは、ちょっとテンションが振り切れちゃったかな?
ずっと探してたからね、気持ちはわからなくもないよ。
それに、実は俺も、漸く鮭を目にすることができて感動してるしね。
「お嬢様。見つかってようございました」
「それだけ喜んでくれりゃ、こっちも仕入れた甲斐があるってもんよ」
どうやら、川鮭も海鮭も複数仕入れてくれたらしくて。
リディは、嬉々として全部買っていたんだけど。
「ああ、そうだ。北の方で獲れる魚に興味があるって聞いてたんでな、他にも仕入れたもんがあるんだが、そっちも見るかい?」
大将の言葉に、視線を他の魚に向けたと思ったら。
リディの目がまたもや輝いた。
「ズワイガニ!タラバカニまで!!」
ずわいがに?たらばがに?
………かに?……って、蟹!?
え、蟹ってこんなに大きいの?
グリーンフィールの蟹ってもっと小さかったような気がする。
いつもは缶詰だから、実物を見るのだって久々だ。
「ん?足長蟹のことか?」
ああ、なるほどね、そう言われると、納得の名前だね。
リディの前世って本当に不思議な名付けをすると思う。
で、この蟹。
話を聞くに、見た目なのか、ジングでは敬遠されていて。
あまり食べられていないらしい。
なんて聞いたら、リディの出番だよね。
早速、蟹を大鍋で茹でて。
軍手とキッチンバサミを取り出して、蟹の足を外し始めて。
食べやすいように、殻に切れ込みを入れてくれた。
「おお、旨いじゃねぇか。北の奴らは茹で方が悪いんだろうよ」
そう言った魚屋の大将は、早々に二本目に手を伸ばしている。
会長さんも笑顔で食べてるね。
俺も食べさせてもらったんだけど。
いつもの缶詰のほぐされた身とは違って、食べ応えがあって。
何ていうか贅沢な気分になったな。
「この部分が『蟹のみそ』なんです」
次にリディが説明してくれたのは食べ物とは思えない見た目で。
正直ぎょっとしたんだけど。
その『みそ』の正体を聞いて俺の箸は完全に止まったよね。
とりあえず、異世界人は何でも口にし過ぎだと思う。
チャレンジ精神が旺盛すぎるよ。
そう思って遠い目をしていた俺のことなんかお構いなしに。
リディは大将と蟹みそを食べていて。
「これで米酒飲んだら、さぞかし美味しいでしょうね……」
「ああ、そりゃいいな。……って、嬢ちゃん、何歳だよ!」
「十八ですわ!!」
今年、十九歳になるけどね。
十代でしみじみとされたら、大将も突っ込みたくなるよね。
そうして、その後も。
『ししゃも』とか『ほっけ』とか。
聞いたことのない魚の名前を叫びながら、リディが喜んでいたから。
ジングに来てよかったなって思いながら、買えるだけ魚を爆買いして。
魚屋さんを出た後は、もう帰るだけかな、と思いきや。
よくわからないけど、材木屋さんに行きたいというリディに付き合って。
大きな木材を購入して。
ゴンザさんにしつこいくらいに御礼を言って帰ってきたら。
料理長さんが大量の肉と野菜を持ってきてくれていた。
どうやら、料理を教えてもらっている御礼らしいんだけどね。
気を遣わせてしまって申し訳ない、と言いつつも。
野菜を物色していたリディの目がまた輝いたから。
何か発見したのかな?って思ってたら。
「ラディ!牛蒡をゲットしたわ!」
茶色い棒を掲げて大はしゃぎをしていて。
絵面はともかく、すごくかわいかったな。
リディ、今日は食材がたくさん見つかってよかったね。