098.彼は密かに目論んでいる。
side ラディンベル
想像以上にみんなが乗り気で逆に驚いた。
兄上の結婚のお祝いのために。
俺とリディは、休暇を取ってレンダルに長期滞在してきた。
んだけど。
無意識に前世知識を口走るリディのおかげで。
休暇のはずが、たんまりと仕事を持ち帰ることになってしまった。
できれば、前世知識を使うときは。
俺に事前に話してほしい、って言っておいたんだけどね。
どうやら、必要な場面に出くわす、といったきっかけがなければ。
リディも思い付かないようなんだよね。
ということで、今回も止めることも保留にすることさえできずに。
新たな商品企画とともに帰るはめになったのだ。
今回の新企画は五つ。
一、生ハム製造販売―――これは、休暇前からの課題だけどね。
二、海老の輸出事業―――レンダルからの要望によって本格化
三、レシピ本の出版―――リディによる、超突発的な思い付き
四、魔動自転車―――――シェリー様からの依頼
五、録音音楽の販売―――これこそ、リディの無意識な口走り
正直なところ。
計算機やベビー用品が漸く発売に至ったところだったからね。
休む間もなく、また忙しくなるとなれば。
みんなから反発や苦情が出ても仕方ない、って思ってたんだけど。
これがどうして。
いざ提案してみたら、それはいいね!とみんなが乗り気で驚いた。
多分、恐らく。
リディが出掛けたら、何か持ち帰ってくる。
というのが、当然の認識となっていて。
みんなが慣れてしまっているんじゃないかと思うんだけど。
それはそれでどうかと思いつつも。
まあ、働きすぎさえ回避してくれれば、ありがたい話だしね。
みんなに甘えながら、新企画の実現化に向けて、忙しい日々を送っている。
あ、でも。
海老の輸出事業で実家を巻き込んでしまったのは想定外だったな。
本来なら、商会のレンダル支店に調査を任せる予定だったんだけどね。
パウエル家が魔道具を買い占めてくれたおかげで、それどころじゃなくて。
おまけに、ライブキッチン用の設備の問い合わせも多いようで。
レンダル支店は、未だかつてない忙しさを極めているんだよね。
まあ、幸い、実家は調査が得意だし。
むしろ、輸入したくて必死だからね。
進んで巻き込まれてくれて、助かっている。
そんなこんなで順調に進んでいた新企画なんだけど。
実は、ここにきてちょっと問題が発生しているんだ。
それが、録音音楽なんだよね。
「えーっと、今ってどこまで決まっていたかしら?」
「んー。まず、曲ごとに魔道具を作るんじゃなくて、再生機を魔道具にする」
舞踏会で使われる音楽は一曲じゃないし。
演奏する楽団だって、ひとつじゃない。
しかも、ソロで演奏する人だっているし、同じ曲でもアレンジは様々だ。
だから、曲ごとに魔道具を作って、それをまた複製するとなると。
精霊石がいくらあっても足りないんだよね。
ということで、再生機の方を魔道具にすることは決定してるんだ。
「再生機は、購入した音楽を登録再生できる音楽専用の録音機にするのよね?」
これも、リディの前世知識と言うか。
異世界にもあるものらしいんだけど。
音楽を登録できる器があるのなら。
欲しい音楽だけを登録できるし、後から音楽を追加することもできる。
更には、再生する順番も後から操作できるようにしておくというから。
かなり便利なんだよね。
ということで、この再生機についても満場一致で決定した。
「あと、蓄音機だっけ?豪華な再生用の魔道具を作って、曲は、溝のある音楽盤に閉じ込めるっていうのも、採決されてたよ」
「え、あれ、決まったの……?蓄音機はかなり高額になりそうだし、音楽盤だって、作るのが相当面倒って話じゃなかった?」
確かに、蓄音機にしても音楽盤――リディ曰く、レコード――にしても。
結構な手間がかかるし、原価もすごい高いんだよね。
でも、針を落としたところから再生できるのは、いい機能だと思う。
それに、何よりも、貴族は派手好きだからね。
リディが絵に描いてくれた蓄音機と言うのは、間違いなく貴族が好むものだ。
あの見栄えのいい再生機を手に入れたい貴族は多いはず。
「侯爵が、絶対に貴族にウケるから!ってごり押ししたらしいよ」
「そうなの……。まあ、わからなくもないけれど」
やっぱり、リディだってそう思うでしょ?
「となると、残る問題は……」
「利益配分だね」
「そう……。やっぱり、まだ解決していないのね……」
この利益配分問題。
実際のところ、相当揉めてるんだよね。
このおかげで、録音音楽事業が難航を極めていると言ってもいいと思う。
というのも。
作曲者と演奏者がそれぞれの権利を主張して引かないんだ。
作曲者は、曲があるからこそ、演奏ができるんだ!と主張するし。
演奏者は、表現者がいるから、曲が引き立つんだ!と主張する。
自分たちの方が多く利益を享受するべきだと、双方一歩も引かないんだよね。
言いたいことはわかるんだけどね。
一応、商会からの初期案としては。
人気がある曲であれば、複数の楽団が演奏してくれるし。
楽団は人数が多いから、どうしても一人当たりの配分は少なくなる。
ということを考慮して、演奏者のほうの利益を高くしていたんだ。
でも、それが作曲者のプライドを傷つけたらしくて。
現状、泥沼化しているんだよね。
「既に亡くなっている作曲者もいるから、そこも考えないといけないのにね」
「それは、子孫が利益を主張してるらしいよ」
子孫となれば関係者ではあるけれど。
自分の手柄じゃないのに、がめついことだよね。
「わたしとしては、商会の初期案が一番納得いくと思うんだけど」
「自分のほうが少ないっていうのが嫌なんだろうね」
今は、侯爵と義父上が間に入って協議を重ねているけれど。
解決に至るまではまだ時間がかかりそうだ。
「いっそのこと、音楽組合とか協会とかを作って、そこに丸投げしたいわ」
ん?これも、リディの前世知識なのかな?
でも、それ、めっちゃアリだと思う。
むしろ作るべきだと思う。
「それ、いいんじゃない?」
「結局は協議する管轄が変わるだけよ?」
「でも、これから他にも問題が発生するかもしれないし、いつかは専門家の組織が必要になると思うよ。だから、提案するだけしてみようよ」
「こんな軽い思い付き、聞いてもらえるかしら」
「絶対意味はあると思う。それに、うまくいけば、この問題から離れられる」
多分、リディは、夢物語気分で口走ったんだろうけど。
俺は、実現化するべきだと思う。
そう思って、押しに押して、押しまくったら。
遂にリディも観念してくれた。
「ラディがそこまで言うならそうなのかしらね……。でも、そうね、お義兄様たちがいらっしゃる前に解決したいものね。できることはやっておくべきよね」
ああ、そうだった。
この録音音楽事業。
そもそもはレンダルで上がった企画だから。
実家の方でもかなり色々と考えてくれたんだけど。
レンダルは、予算も素材も少なくて。
魔法技術においては、グリーンフィールのほうが格段に上だから。
両国で共同開発することになったんだよね。
それで、近々、兄上とシア義姉さんがこちらにやってきて。
諸々の調整をする予定になっている。
――――実は、フィンも来たがっていたようなんだけどね。
学園の入学準備に忙しくて、泣く泣く断念したらしい。
「あ、それ忘れてた。その準備もあったね」
「もうラディったら。忘れちゃだめよ。わざわざ来てくれるんだから」
そうなんだけどね。
滞在中は我が家に泊まることになっているから。
シア義姉さんが、それはもう喜んで。
テンション爆上がり中で、有頂天で、完全に舞い上がっていると聞いて。
ものすごくうんざりして、頭の隅に追いやっていたんだよね。
とはいえ、実は、この話には、よかったと思うことがひとつだけあって。
それだけは感謝している。
というのも。
兄上たちがこちらに来るという話が持ち上がったときに。
『お仕事だし、そもそも我が家じゃ新婚旅行にもならないわよね……』
リディがそう呟いたんだよね。
新婚旅行という言葉自体はわかる。
けど、この世界にはそういう文化は特にないから。
俺は、全く思いつかなかったんだけど。
異世界では、結婚と新婚旅行はセットみたいなもので。
多くの夫婦が新婚時に旅行に行くのだという。
しかも、結婚式の翌日から他国に行ったりもするらしい。
なんて聞いたら、俺だってリディを連れて行ってあげたかったし。
俺もリディと出張じゃない旅行がしたい。
俺たちは結婚して、そろそろ丸三年になるから。
新婚と言うには遅すぎるけど。
最初の一年はノーカウントでいいはずだ。
結婚して二年なら、ぎり、新婚だよね?
違うかもしれないけど、気持ちなら新婚に負けないしね。
それに、俺たち、すっごい仕事頑張ってると思う。
自業自得のことが多いとはいえ、休みが潰れることなんてザラだし。
なんだかんだと、ずーっと仕事していると思う。
だから、旅行くらい、行ったっていいんじゃないかな?
いいよね?
今回の新企画で、それなりの利益だって出るはずだから。
これまでだって、かなりの利益を出してきたと思うから。
今度こそ、完全休暇を取ってもいいんじゃないかな?
一ヶ月くらい休みを取ったって罰は当たらないよね?
そう思って、俺は密かに計画を練っているんだ。
チラッと、侯爵と義父上に相談してみたときは。
今の企画が済んだら、予定を組んでもいいと言ってくれたから。
計画を立てるのにも、熱が入るってもんだよね。
まあ、そんなわけで。
こんな計画に導いてくれた兄上たちの来訪には感謝してるんだ。
「ラディ?聞いてる?」
「え?あ、ごめん。ちゃんとやる。大丈夫」
「きっとよ。お義兄様たちがいらっしゃる前に面倒事を片付けて、しっかり準備して、気持ち良くお迎えしたいのよ」
「うん、そうだね。そうしよう。俺もちゃんと頑張るよ」
そうして、兄上たちのもてなしも新企画もちゃっちゃと進めて。
長期休暇を取って。
今更と言われようとも。
何としてでも、リディと新婚旅行に行ってやるんだ。