097.彼女の多忙は自業自得。
side リディア
レンダルから戻ったわたしたちは、とにかく仕事に追われている。
まあ、戻ってから、というよりは。
お義兄様とお義姉様の結婚パーティーの翌日からだから。
帰国前から、それはもう、慌ただしい日々を過ごしてる。
というのも、パーティーの準備期間中を含めて。
その前後にかけて、わたしが“また”やらかしたからだ。
今回も凝りもせず、予定外の仕事を持ち帰ってきてしまった。
とはいえ、わたしのやらかしには無駄に実績があるから。
ラディは呆れながらも、当然のように仕事に組み込んでくれたし。
両親や伯父様にしても。
あー、はいはい。今度は何?と、あっさり受け入れてくれている。
それがいいのか悪いのかは別として。
わたしが安易に口走ってしまったことを実現化するために。
みんなも奔走してくれるのは、本当にありがたいと思う。
人に恵まれていることを、殊更に実感する。
と、感謝は尽きないのだけど。
元凶としては、情報収集に企画書の作成に打ち合わせと。
彼ら以上にやらなくてはいけないことが多いわけで。
ラディも巻き込んで、わたしたちは、ものすごく忙しくしているのだ。
わたしに限っては自業自得だけどね!
「ただいまー」
「ラディ、おかえりなさい。どうだった?」
今日、ラディは、ミンスター卿のところに行っていたはずだ。
そんな彼を労いつつ、珈琲を出しながら進捗を聞いてみたら。
「うん。海老の輸出事業は本格的に進み始めたよ。早ければ来月、遅くとも三ヶ月以内には輸出できるようになるんじゃないかな」
「そう。よかったわ」
「実家やパーティーで評判がよかったっていうのが決め手になったみたい。他国でも受け入れられたっていう実績があると、取り組みやすいよね」
確かに、生の声って大事よね。
そんなつもりでパーティーに出したわけじゃなかったけれど。
海老を持っていったのは正解だったわ。
グラント家やパウエル家はもちろん。
パーティーの招待客を始め。
何と言っても、アル殿下やルド様だって気に入っていたのだ。
レンダルなら売れるはず。
「ただね、冷凍輸出になるから、設備や輸送方法をもう少し詰めないといけないんだ。業務用冷凍庫や輸送用の馬車がどのくらいで用意できるかで、輸出時期が決まると思う」
なるほどね。
「まずは、レンダルとドラングルに輸出予定だよ。レンダルの取引先の選定は実家が動いてくれてる。ドラングルは、商会の支店に情報を集めてもらってるから、それ次第かな」
ドラングルも海に面しているし、海老が獲れないわけでもないんだけど。
どうも、グリーンフィールほどは漁獲量がないようなのよね。
だから、輸出先候補にはあがっているけれど。
場合によっては、養殖技術や設備だけの取引になるかもしれないらしい。
「リディのほうはどう?」
わたしが今、担当しているのは食べ物関連だ。
「生ハムは、やっと、製造量と製造担当が決まったわ。レンダルでも評価は半々だったから、最初は限定生産にする予定よ」
「そうだね、万人受けするもんじゃないし、大量生産はやめておいたほうがいいよね。でも、よかった、商品化に動いてくれて」
そうね。
伯父様も気に入っていたから、製造することは決定していたけれど。
否定的な人もいて、商品化にあたっては結構意見が割れていたのだ。
一時は、販売は見合わせにしようかという案も出たくらいだしね。
「製造担当は?」
「湿度と温度管理がちょっと面倒だから、商会で担当することになったわ」
「あー、職人探しも大変だし、設備に結構なお金がかかりそうだしね。そのほうが早く進むんじゃないかな?」
その通り。
商会の人脈や技術力、資金力は、かなりのものになってきたから。
すべて商会でやってしまったほうが話が早いのよね。
肉加工をやってくれているフレイル伯爵は生ハムに消極的だし。
今回は、これが一番いい流れだと思う。
それに、実は、グラント家でも生ハムを作りたいみたいだったから。
商会で担当するなら相談しやすいとラディもうれしそうだ。
「レシピと環境設定内容は伝えてあるから、あとは任せる予定よ」
「そっか。じゃあ、生ハムは一段落したってことだね。お疲れ様」
やっとだけどね。
生ハムは意外と時間がかかってしまったわ。
「レシピ本のほうはどう?」
レシピ本は、言ってみれば副産物みたいなもので。
結婚パーティーで出したお料理が好評だったのはよかったものの。
レシピの問い合わせが多すぎて。
対処に困った末に思い付いたものだったんだけど。
どうやら、写真付きで調理手順を掲載する、というのが画期的らしく。
みんなからの期待値も高い商品なのよね。
レシピの売買をしているギルドも乗り気で。
商業ギルド長のマルコさんも積極的に会議に参加してくれている。
「掲載するお料理が決まったところよ。これからレシピを調整して、それが終わったら、撮影しながらお料理三昧になりそう」
「レンダル版とグリーンフィール版は料理を変えるんだよね?」
「そうね。隣の国なのに使う材料も好みも全然違うんだもの。レンダルで情報を集めておいてよかったわ」
レンダルでは、問い合わせが多かった料理のほかにも。
グラント家のみなさんからも聞き取りをして。
レンダルで受けそうなお料理を事前に調査しておいたのよね。
グリーンフィールのほうは、両親や商会のメンバーをはじめ。
デュアル家にもご協力いただいて、掲載する料理を決定した。
ちなみに、ドラングル版も作る予定ではあるけれど。
二版だけでも結構大変なので。
それらが落ち着いたら、作り始めることになっている。
「あ、そうだわ。ドレッシングやスープは、そのものを売ることになったわ」
レシピ本を作るにあたって。
思いの外、各種ドレッシングとスープの要望が多かったんだけど。
それを載せてしまうとページ数がかなり多くなってしまうのよね。
それに、下準備に時間がかかるものもあるし。
材料も、一般的ではないものを使ったりもするから。
だったら、いっそのこと、レトルトにしたり。
ボトルや缶に詰めて販売してしまおうということになったのだ。
応用が利きやすいものだから、いい案だと思うのよね。
「それはいいね。ドレッシングなんか、一回に使うのは少しだし、いちいち作るのも大変だから、出来たものを売ってもらえれば喜ぶ人も多いと思うよ」
そうだったら、うれしい。
ついでに、商品が増えることで食品店舗が盛り上がるともっとうれしい。
「リディのほうも順調そうでよかった。海老の輸出事業は、あと何回か打ち合わせに出れば、俺はお役御免になるから。そうしたら、レシピ本作り、手伝うよ」
「ありがとう。レシピ調整はそんなに時間がかからないと思うの。だから、調理手順の撮影を手伝ってもらえたらうれしいわ」
提案したのは自分だけど。
いちいち手順を撮影するって、結構大変なのよね。
しかも、掲載メニュー数も多いから。
それを、すべて自分でやるとなると、かなり時間がかかる。
商会に頼んでもよかったんだけどね。
スープやドレッシングの調理工場を作ったり。
ボトルの開発もあるから、安易にお願いすることもできない。
一気にいろんなことを提案したせいで人手不足なのだ。
「レシピ本は、想像以上に手間がかかるんだね。魔動自転車を丸投げしておいて、本当によかった」
そうだった!
魔動自転車。これは、少し前に遡るんだけど。
お義兄様とお義姉様の結婚パーティーのあと。
数日空けてレンダルの祝日があったから。
その日に、領地で次期領主の結婚のお披露目をしたのよね。
せっかくだから、わたしは、前世の『お祭り』を提案して。
領都の広場に屋台を並べて、領民が楽しめる空間を作ったんだけど。
そのお祭りに、辺境に飛ばされていた脳筋がやって来たのだ。
レンダル時代、卒業パーティーでわたしに剣を向け。
第一王子と愚行を重ねた、あの、脳筋だ。
まあ、お義姉様の弟なわけだし。
根は素直だから、自分の愚行もしっかり反省していたようで。
結婚式や結婚パーティーに呼ぶことはできなかったけれど。
実は、グラント領って、南の辺境に近いこともあって。
領都でのお祭りだけには招待していたらしい。
けれど、まさか、同じ愚行を重ねた魔術師団長の(元)長男と。
小動物娘まで連れてくるとは思わなかった。
脳筋曰く、彼らも反省している、ということだったんだけど。
反省していたのは脳筋だけで。
あとのふたりは口だけだったのよ。
彼らの目的は、魔術師団長の息子につけられた魔封じを外すことで。
魔法が得意なわたしならできると考えたようだ。
お祭りにわたしやラディも参加することを聞きつけて。
晴れて?恋人関係になった小動物娘と一緒に来たようだけど。
あの魔封じは、付けた人にしか外すことはできないのだ。
だから、当然ながら断ったら。
なんと、逆上されてしまったのよね。
せっかくのお祭りで暴れられるなんて、冗談じゃない。
と思って、ラディと収束に努めたんだけど。
その時手伝ってくれたのが、まさかのシェリー様とラルフクト様。
シェリー様はお義姉様と連絡を取っていて。
お披露目とお祭りのことを知って、駆けつけてくれていたらしい。
ヴァレンシア辺境伯領はドラングルの北の辺境だから。
レンダルの南の辺境に近いグラント領なら、数日で行き来できるのだ。
ということで、喜びの再会の前に面倒事に巻き込んでしまったけれど。
彼らは、何のことはない、という体で手伝ってくれて。
魔術師団長の息子と小動物娘を衛兵に預けてから。
一緒に屋台をまわって、積もる話をしていたら。
シェリー様から。
『自転車が完成したって聞いたんだけど、電動にはできないかしら?うちの領、坂が多くて漕ぐのも一苦労なの』
そんな相談を受けたのだ。
まあ、この世界に電気はないから、魔動になるんだけど。
自転車に魔法を組み込むだけなら、なんとかなるんじゃないかしら?
そう思いつつも、一応その時は、検討する、という返事でおさめたものの。
帰国後に商会に相談したら。
それは素晴らしい案だ!
と言って、早速、進めてくれることになったのよね。
「魔動自転車ね……。渋られるかと思ったけど、乗り気で作ってくれることになって助かったわ。これで、シェリー様たちに恩返しできる」
「そうだね。あの時は、本当に助かった。まさか、あいつが小動物娘と付き合ってて、魔法を教えてたなんて思わなかったからね」
そうなのよね。
やつらに苦戦したのは、小動物娘が魔法を使ったからなのだ。
とはいえ、魔獣と闘ってるシェリー様たちには脅威にもならなかったけどね。
おかげで、周囲に被害を出すこともなく、やつらを捕まえることができた。
「第一号は、シェリー様にプレゼントしましょう」
「うん。確か、もうすぐできるってことだから、出来たらすぐに送ろう」
そんな話を勝手に進めながら。
レシピ本についても、これからやることをまとめておいたんだけど。
そこまでできたとなれば。
「あとは、録音音楽だね」
そう。そうなのだ。
結婚パーティーの準備中に思わず口走ってしまった録音音楽。
これが、実は、難航を極めているのよね………。
第五章もお読みいただき、ありがとうございます。
今後も不定期となってしまうと思いますが、よろしければ、またお付き合いくださいませ。