01.彼女は婚約を破棄される。
side リディア
「リディア・サティアス!」
突然、無作法に自分の名前を叫ばれて驚いた。わたし、これでも我がレンダル王国筆頭公爵家の一人娘なのですけれども。
声がしたほうを振り向いたら、わたしの婚約者であるハインリヒ第一王子が、小動物みたいな娘を腕にぶら下げてこちらを睨んでいた。
魔術師団長子息・騎士団長子息・公爵子息という、親の肩書きや爵位だけはご立派な三人のご学友を引き連れて。
これは茶番が始まる予感しかしないけど、相手は仮にもこの国の王子。
面倒だけど付き合わなくてはいけないのだろう。
「ごきげんよう、殿下。いかがいたしましたか?」
「ふん!そんな澄ました顔をしていられるのも今のうちだ!」
そうですか。それで、一体、何なのだろうか。
勿体ぶったりして、ますます茶番なのだけど。
「お前は身分を笠を着てこの心優しいダリアを虐げていたそうではないか。そんな悪逆非道な行為をするお前には愛想が尽きた。私はお前との婚約を破棄して、ダリアと新たに婚約を結ぶことをここに宣言する!お前は国外へ追放だ!」
そうきたか。
王子とあの小動物娘が人目をはばからず堂々といちゃつき始めた時から、婚約がなくなる可能性は考えていたけれど。でもまさか、公衆の面前で冤罪を着せられたり、国外追放までされるとは思っていなかった。わたしも甘かったわ。
こんな茶番まで用意してご苦労なことだが、とりあえずは場を考えてほしい。
だって、今は―――。
「殿下、ここは卒業パーティーの場です。そのような個人的なことで、せっかくのお祝いの場を乱すわけには参りません。追って、改めてお話を伺いますので、今はパーティーを続けませんか」
この国では、十三歳になる年から三年間、何らかの理由がない限り、国内の貴族子息令嬢は王都にある王立学園に通うことになっている。平民であっても通うことは可能であるが、高度な試験や学費等の問題からその数はあまり多くない。
大抵の貴族は幼い頃から家庭教師をつけて基礎的な知識や礼儀、マナー等を学んでいるため、学園でわざわざ学ぶ必要がないと思っている生徒もいるようだが、学園は知識を学ぶだけではなく、社交も学ぶ場なのだ。ここで人脈を培っておけば、卒業後にもきっと役に立つだろう。
それに、この学園は惰性では卒業ができない。
一年目は全生徒共通の基礎教養を学ぶのだが、それは適正を見つけるためでもあり、二年目からは一般教養科・文官科・騎士科・魔法科のいずれかに分かれ、厳しいカリキュラムをこなさなくてはならないのだ。毎年、中途退学といった脱落者がでるくらいの実力主義な学園なのである。
ちなみに、王立学園を卒業することで、更に高度な技術を学べる王立高等学院に通う資格を得ることができる。出世を望む人にとっては、学園の卒業は外せない関門なのだ。
今日は、そんな王立学園のハレの卒業式。
式の後には在校生を交えた卒業パーティーが開催され、皆でその卒業を祝うのだが、今はそのパーティーの真っ最中。そんな祝いの席で一体何をしでかしてくれているのか。
「都合の悪いことを言われたから逃げるのか!全く、どうしようもない奴だな!とにかく!私はお前との婚約を破棄する!」
そっちだって、こちらの話には答えないくせに。
だんだん真面目に答えるのが面倒になってきた。
わかりました。婚約破棄はお受けします。喜んでお受けします。
わたしだって日々あなたの後始末でほとほと疲れていますから。
でも、それ、わたしたちで決められることじゃないでしょうに。
………とは言えないので。
「わたくしたちの婚約は王命ですし、王家と我が家との契約ですから、今ここでどうこうできることではございません。先ほども申しました通り、追ってお話をうかがいますので、そろそろパーティーを再開いたしませんか」
「次期国王の私が宣言したのだから、婚約破棄は決定事項だ!」
は?次期国王?あなた、王太子ではありませんけど。
陛下には側妃や愛妾はおらず、この国のふたりの王子はともに正妃腹だ。順当にいけば第一王子が王太子になるのだろうが、この第一王子は人としても王子としても残念な男だし、第二王子は優秀だけどまだ幼い。陛下もお若いことから、どちらを王太子にするかは決定に至っていないのだけれど。
もしかして知らないの?
信じられない気持ちで王子を見てしまったが、顔には出ていないはずだ。
王太子じゃないことを指摘したら更に喚きそうだから、とりあえず、この話を終わらせることに注力しよう。王子の話を認めてあげればいいよね?
「はぁ…さようでございますか。承知いたしました。では、婚約破棄と国外追放につきましては仰せの通りに」
「ようやく認めたか。ならばダリアに謝れ!」
謝る?……ああ、虐めたとかいうやつか。
さすがに、やってない罪は認められない。
「身に覚えのないことで謝罪は出来かねますわ。そもそも、そちらのご令嬢とはご挨拶したこともお話したこともございません。それなのに、一体どうやって虐めていたというのですか?」
「見え透いた嘘をつくな!」
「嘘などついておりません。証拠提示もなく罪人扱いされても困りますわ」
「ダリアの証言がある!!」
「当事者ひとりの証言では証拠にはなりません。まだお話を続けるようでしたら別室に参りましょう。何度も申し上げておりますが、ここは卒業パーティーの場なのです。このようなことでお祝いの場を台無しにするなど、皆様に失礼です」
「罪を認めず、謝りもしない。失礼なのはお前だ!」
うんざりしながら会話をしていた中、王子以外の声がしたと思ったら、王子のご学友その一、騎士団長子息の脳筋が抜刀してこちらに向かってきていた。
は?いやいや、あなた、何やらかしてくれてるの?
パーティーに剣を持ち込んだの?許可下りてるの?
さすがに驚きすぎて硬直していたら、いきなり目の前に濃紺の壁ができた。
あ、背中か。背が高くて金茶色の髪、ということしかわからないけれど、一体どなただろうか。こんな時に助けてくれる人がいることにも驚いた。
「ちょ、お前、何してんの!?死にたいの!?」
ほんとにね!脳筋は伯爵家の三男だったはず。
公爵家の娘に剣を向けるなんて、死にたいとしか思えない。
心の中で相槌を打つくらいには頭が働いているものの、身体はそうもいかず、その後もしばらく硬直していたら、金茶髪の彼が警備兵を呼んで脳筋バカを引き取ってもらっていたようだ。ありがたい。
「お怪我はありませんか?」
「はい、おかげさまで。ありがとうございました。あなたこそお怪我は?」
「大丈夫です。ご無事でよかった」
あ、この方、王子のご学友のひとりだわ。
話したのは初めてだけど。確か、伯爵家の方だったと思う。
愛想はいいんだけど、どうも本心が見えなくて、いまいち接し方がわからない人なのよね。でも、こうやって助けてくれたし、いい人には違いない。
王子の後ろに控えていなかったということは、茶番にも無関係なのだろう。
それなのに、脳筋バカの後始末までしてくれて申し訳なかったな。
彼への御礼は今度またしっかりとするとして。
まずはこの騒動を治めないと。
王子はここで決着をつけたいのだろうが、これ以上は付き合いきれない。
茶番はもうお終いだ。小動物娘や脳筋以外の学友たちに出番はなかったけれど、それくらい小物だったってことで諦めてね。
「卒業生の皆様。本日はご卒業、おめでとうございます。せっかくのお祝いの場ですのに、わたくしどもの事でお騒がせしてしまいまして誠に申し訳ございませんでした。わたくしはこちらで失礼いたしますが、この後の時間が皆様にとって素晴らしいものになることを祈っております」
脳筋バカの剣騒ぎの隙を狙って一気に捲し立てたわたしは、令嬢らしく優雅に礼をとって卒業パーティーの場を後にした。