春を思う
友達作りは、チョロい。
今は休み時間の教室。俺は三人と会話をしている。一人は体育会系でノリだけが強み。一人はその腰巾着。もう一人は学業面ではたしかに優秀でここでもリーダー気取り。
「市原がさあ、高谷に告ったんだって」
体育会系の男子がゴシップを投下する。
「えぇ? 高谷ってさあ、あんまり可愛くないじゃん」
「やっぱ趣味悪いよな」
腰巾着が相手を持ち上げて下卑た笑いを取る。
「でも、噂になったってことは、断られたんでしょ」
リーダー気取りが「分析」を示して賢さアピール。
「高谷に振られるようじゃ、市原もたいしたことないよな」
「市原、一生彼女出来ないんじゃね」
体育会系と腰巾着が他人を貶めてマウンティングだ。
ここで、ボケ担当の俺の出番。
「傷ついた市原に近づいたら、俺のこと見てくれるかな。『僕じゃ高谷さんの代わりになれないかな』って」
ここで、本気ではないことを示すためににやけ笑いを作ることを忘れない。
「お前、趣味悪いな」
「つきあってどうすんだよ」
「慰めるのはいいけど変態に思われない方がいいよ」
ほら、三人して俺をいじってくる。
いつも笑いを取りに来るお調子者。それが俺のポジション。この場はそれでいい。
小学六年生にもなれば、このくらいの立ち回りはするものさ。
笑いを取るのは小さい頃から好きだった。
でも、自分のギャグを人が黙って聞いてくれるのは、テレビの中で特別な芸人と認められた人だけだということは十歳になる前に分かっていた。
それでも笑いを取りたかったら、自分自身を、少しおかしな、こいつが言ったことはいつも不真面目で信じなくていいと見なされる立ち位置に置くしかなかった。それを「人格を貶める」と言うのだと小学五年生のときに知ったけど、周囲には俺の言葉を笑ってくれる人が大勢いて、その人達は「友達」ということになっていて、少なくとも寂しくなかった。
「高加良、また明日な」
ほら、今日も俺を呼ぶ声がする。
それが。
「高加良、学校が変わってもまた会おうな」
になったのが卒業式の日。あいつ、会いになんか来るもんか。別の中学校で仲良くやってるだろう。俺だって中学校で作った「友達」とのつきあいで忙しくなる。
友達なんて、どこでも出来る。だから追いかける必要なんて無い。
中学校に初めて登校した日、自分でも学生服は似合わないと思っていたけれど、それは他の男子も同様で、まあ「着せられてる」感が半端なく、これから似合う自分になれるのか不安になった。
俺が住んでる市では小学校と中学校で校区が変わる。だから生徒はいくつかの小学校からの寄せ集めになる。まわりの六割ぐらいは知らない顔。
まあいい。これから徐々に各人の人となりをつかんでいけばいいさ。
俺が同じ小学校から上がった男子と雑談していて教室の外の方を向いていたとき、俺の背中側、つまり廊下側で一斉に笑い声が上がった。抑えることを全く知らない嘲笑だ。いったい何だ?
振り向いたとき、俺は放心した。
廊下から教室に入る入り口に、一人の美少女が立っていた。
軽く脱色した明るい髪に、彫刻のように綺麗な顎のライン。細くて切れ長の目の上には遠目にも分かる長いまつげ。胸は真っ平らだけれど。
テレビやネットで美少女と言われる娘を見ることはある。でも、素直に見て目の前の子はテレビの世界の美少女に勝るとも劣らないし、それが現実に身体を持った人として目の前にいることの存在感は圧倒的だった。
そして、その子は学生服を着ていた。
どうして女の子が学生服を着ているんだ? みんな、おかしいと思わないのか?
「楠木、似合わねえ〜」
一人の男子が言い放った。その子の苗字を知っているということは、同じ小学校から上がってきたのだろう。でも、なんだ、その物言いは。似合う似合わないの前に、性別が違うじゃないか。
周囲の嘲笑は止まらない。
「どうしてセーラー服を着てこなかったんだよwww」
それは俺だって思うけれど、そこは笑うところじゃない。優しく諭すところだ。
さっき名前を呼ばれたから、その子は楠木さんというのだろう。楠木さんは嘲笑に対して顔を真っ赤にして怒り出した。
「セーラー服なんか着るわけねえだろ!」
文字にすれば男子の一喝になるだろう。しかしその声は高く、怒りを露わにしてなお聞き惚れる心地よさ。見ても聞いても女の子じゃないか。
その様子に一部の生徒が困惑する。女子がうろたえながら声を上げた。
「あの子、なに? 女子でしょ?」
その一言に楠木さんが吠えた。
「俺は男だ!!!」
その一言で全て分かってしまった。
性同一性障害、という言葉を知ったのは小学五年生の時。公的なサポートを受けられず周囲から奇異の目で見られると聞いた。
わざわざ自分の身体と正反対の性別を名乗るということは、性別の意識が人格の中核に据えられていて、意識を否定されると全人格を否定される段階にまで来ているということだ。
彼女はおそらく自分が男性であるという意識が自己認識の要になっているのだろう。それは壊しちゃいけない。
ただ、こんな田舎の(自分で言うのもなんだけど、ここは日本海側で、それはやっぱり田舎だと思う)公立中学校で性同一性障害に対する配慮がされているというのは、意外ではある。彼女は世間一般から見れば幸せな境遇にいるのだ。
これからは彼女のことを「楠木君」と呼ぼう。それが彼女のためだ。
そう思ったのだけれど。
俺はそれから寝るまで、楠木さんが男の俺に顔を赤らめながら打ち明け話をする姿を思い浮かべた。
今まで辛かったこと。やっと信頼できる人に出会えたこと。あなたならかまわないこと。
その「あなた」が俺であることにしばらく疑問を抱かなかった。
ベッドに入って、悶々とした気持ちで天井を見つめる。あの子にどう話しかけよう。どうやったら近づけるだろう。
あの子の笑顔が目の前に浮かぶ。うれし泣きもきっと綺麗だ。その肩に手を回して抱き寄せられたらどんなに幸せだろう。そんな妄想が、今は恥ずかしくない。
暗い部屋に目が慣れて天井の模様が見えたとき、ふと「思春期」という言葉の綴りを思い出した。
今日は入学式だった。世間は春。
だが春という言葉には違う意味もある。
春を思う。その気持ちが分かった。
学生服が似合わないと思っていた俺は、今日、たしかに、違う世界に入ったのだ。
俺は楠木さんに一目惚れしていた。
楠木さんは普通に学校に来ていた。
普通に、というのは、普通に男子のカリキュラムをこなしていた、ということだ。
当然、体育も男子の枠で出席していた。着替えも男子に囲まれた中で。
おそるおそる楠木さんの着替え姿を見ていたのだけれど、下はトランクスで様子は分からないし、真っ平らな胸は男子のTシャツでも全く問題ないように見えた。
俺の隣にいた男子がクスクス笑う。
「楠木見てんの?」
ここははぐらかさないと。
「別に……」
「お前が期待しているものはないから安心しろ」
「期待なんかしてないから。男子に」
話しかけてくる男子のニタニタした顔が気に障る。こんな奴と一緒に着替えをするのは楠木さんがかわいそうだ。
そう思ったとき、窃視していた自分も同罪だと気づいて自分に嫌悪感を抱いた。
中学校入学直後だから体育はまずは体力面が重視され、もっぱら校庭でのランニング。俺も体力に自信があるわけではないけど、楠木さんもそれは同様で、女子としては褒めるに値する頑張りを見せたけれど集団の平均からは遅れていた。
結果、俺と楠木さんが、なぜか、とても近い位置で並ぶことに。
俺は別に順位なんて気にしていない。対して楠木さんはここ数日の言動からも分かるように相当な負けず嫌いで、どうにかして俺を抜こうと仕掛けてくる。
抜かせればいい。そう思った。けれど、楠木さんの側にいられることがうれしくて、離れられない。ペースを合わせるように走り続ける。
最後のコーナーの手前、俺が前で楠木さんが後ろ。このまま行くだろう。
そう、油断していた。
後ろから迫ってくる気配があった。
振り向くと、楠木さんが前に出ようとして、でも大回りするだけの体力は無いから、俺のインサイドに回り込もうとする。
身体が触れそうになった。
女の子の身体に触れる。俺はその意味をようやく悟る。
まずい。
そう思ったとき、俺はアウトに避けた。そのつもりだった。
内側に回ろうとしていたところで急に外に出ようとして、足の踏み場を間違え、身体がよろめいた。
右足の膝がカクッといって、膝から校庭の地面についた。足にかなりの痛みが走る。鈍痛と、すりむいた痛みと。
「大丈夫か?」
教師が駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫です」
俺、一呼吸置いちゃったよ。全然大丈夫じゃないな。
その間に楠木さんはゴールしていて、本人は勝ち誇っていたけど周囲からはひどい奴だと嘲られている。
そのことに教師も気づいたろう。俺の怪我の様子と楠木さんを見比べる。
「楠木。高加良を保健室に連れてけ」
「どうして」
呆気にとられる楠木さんに教師が呆れる。
「お前が無理に割り込んだから、高加良が転倒したんだろうが」
「えっ」
俺はとっさに膝から流れる血を隠そうとした。でも、もう見てしまったのだろう。楠木さんの顔が曇る。
楠木さんはばつが悪そうに黙ったまま俺のところにやってきて、座り込む俺に右手を差し出した。
「立てよ。なんだったら、肩貸すから」
肩を貸す?
それはうれしい。とってもうれしい。
でも、今この段階でしていいことじゃない。もっと楠木さんとの間を詰めてからだ。
俺は立ち上がる。痛くてゆっくりとしか動けないけど。
「いいよ。一人で行けるから」
楠木さんは心配そうだ。
「無理してんじゃねえのか」
「大丈夫だって」
ここは笑顔を作ろう。保健室は、校舎の東の端だったな。
歩き出す俺に、楠木さんが黙ってついてくる。
手を貸さないんだったら楠木さんがついてくる必要は無いのだけれど、話の流れからみんなが認めている。俺と楠木さんは保健室まで黙って並んで歩いた。
俺は保健室で養護教員から膝の傷口に消毒液を塗ってもらった。絆創膏を貼ったところで楠木さんがぼそりと言った。
「悪かったな」
話の流れから楠木さんが悪かったのは明白なのだけれど、ここはあえて流す。
「なにが?」
でも、その振りは楠木さんに負担だったかもしれない。顔が一段と曇る。
「俺が急に割り込んで、さ」
道義としては怒らなければいけない場面なのだけれど、美少女が反省する姿は実に絵になる。それだけで許してしまえそうになる。
「いいよ。楠木さんのそういう負けず嫌いなところ、好きだから」
その瞬間、楠木さんの顔に小さな怒りが浮かんだ。
「好き?」
しまった! 好きなのは本心なのだけれど、楠木さんは男子から異性としてみられることに敏感だった。
「友達としてだよ。友達として」
慌てて反論したから、声がうわずってしまう。
「お前、友達に向かって『好き』って言うのか?」
「嫌いじゃないってことだよ」
「普通、そう言わねえだろ」
だんだん強くなる楠木さんの疑念。
ここはどうしよう……
あ、そうだ。ようやく気づいた。
いつも笑いを取りに来るお調子者。それが俺のポジション。この場はそれでいい。
だったらそれなりのやり方はあるものだ。
「俺、そういう冗談好きだし。小学校の時、女子に告った男子が振られた噂が出てさあ、そのとき半分ギャグで、傷ついた彼に近づいたら俺のこと見てくれるかな、とか言ったことあるから」
すると楠木さんが前屈みになってお腹を手で押させている。
どうした? まずいこと言ったか?
楠木さんの顔は笑っていた。
「悪りぃ。ツボに入った」
楠木さんの高い笑い声が保健室に響く。笑って、笑って、半分泣きそう。
「お前、そんなこと言うの? 気持ち悪い奴だな」
そうだ。これでいいんだ。
「そうだよ。笑いが取れればなんでもするから」
楠木さん、腹を抱えて笑っている。
「変態と思われないところで止めとけよ」
「吹っ切れてないギャグはつまらないんだよ」
養護教員が「元気だったら出て行きなさい」とたしなめるけど、俺と楠木さんは二人して笑い合った。
それから二週間ほど。楠木さんとはだんだん仲良くなってきたけど、それは男子同士の友達として出会って、俺が望む形ではない。
どうしたものか。
そう思っていても、人間生きていれば出るものは出る。
俺は校内で楠木さんが絶対に来ないだろうところに来ていた。
男子便所だ。
小水を流すため、小便器の前に立つ。
日頃は立ち小便をするためにつかっているこれが排泄器ではなく性器と呼ばれていて、SEXのときはこれを女性に……ということはそろそろ知る年頃だ。楠木さんのことを考えると少し大きくなるのも恥ずかしかった。こんな姿、楠木さんに見られたくない。
便所の扉が開いた。そこに、認めたくない顔があった。
楠木さんが男子便所に入ってきた。
もしかして、女子便所に行かず、男子便所の大便器で用を済ませているのか?
うろたえる俺の予想を裏切って、楠木さんは俺の隣の小便器の前に立つ。
俺の股間が震え上がる。
楠木さんはズボンのファスナーを下ろした。
楠木さん、何をするんだ? 君には立ち小便をするのに必要なものがついていないんだよ。
それから起こる惨事を見たくなかった。でも、どうしても目が離せなかった。
そこには。
小便はきちんと小便器に注がれていた。放水する方向を定めるのに必要なホースが、きちんとあった。
楠木さんが俺の視線に気づいて怒りを露わにした。
「俺のち○ち○見んな!」
「ごめん」
俺は一言しか言えなかった。
楠木さんはとっとと用を済ませて便所から出て行く。俺はしばらく小便器の前に立ち尽くしていた。
教室に戻った俺は身体がだるかった。家に帰ったら高熱を出していて二日間寝込んだ。
楠木さん、いや、楠木君、だ。
彼が男だというのは分かった。(「彼」と呼ぶ段階で男だと認めている)
だったら、どうする。
悪い夢を見たと思ってあきらめるのが筋。そう思う。
でも。
彼の横顔を見る度に胸がチクチクと痛む。
彼は勝ち気な性格が災いして友達が少なそうだ。教室ではずっと孤立している。
自分がおかしくなったんじゃないかとさんざん悩んで、悩んで、悩んで。
俺は彼とお近づきになることに決めた。
まずは彼の望む振る舞いをするところからだ。
「楠木君、ちょっと悪いんだけど、これから、楠木、って呼び捨てでいい?」
俺の提案に楠木君は何のためらいもなく。
「いいけど」
楠木君は特別扱いが嫌いだ。フランクにつきあう方がうまくいく。これから俺も心の中でも楠木と呼ぼう。
それから徐々に間を詰める。教室で普通に話が出来るようになってきて、近づいてきたことが分かった。
ここから、俺は悪魔的な計画を立てた。
下手すれば楠木を追い込んでしまう。友達になりたいといっても、楠木のためにはよくないかもしれない。
それでも、俺は楠木と近づきたい。その思いを再確認したときには、梅雨も明けそうな七月になっていた。
俺は楠木に声をかけた。
「今度さあ、プレオに一緒に遊びに行かないか」
プレオ、というのは俺たちが住んでる街のショッピングセンターだ。大した店じゃないけど、この街にはそれしかないっていうか、贅沢は言ってられない。
楠木は男子同士のつきあいだと思っているから反応が軽い。
「今日の放課後にする?」
ここは俺の計画がある。楠木のペースに乗ることは出来ない。
「いや、いろいろ見て回りたいからさあ、日曜日はどうだ?」
「日曜日? 別にあいてるけど」
「じゃあ日曜日の十一時に行って、お昼食べるかどうするか決めようか」
「昼食べるほど小遣いねぇよ」
「じゃあ午後一時な」
「分かった」
こうして約束は軽く成立した。
ここからが大変なのだ。
土曜日。おれは隣町に行く列車(電車ではなく気動車というらしい)に乗る。
買っているところを他人に見られるわけにはいかない買い物をするために。
買うのは、女物のブラウスとスカート。俺に合うサイズで。
予算は、本当は五千円ぐらいに抑えたいけど、女物の値段が分からないから財布には一万五千円入れている。
俺の家では教育として、子どもに銀行口座を作ってお年玉はそこに入れ、キャッシュカードの使い方を教えていた。俺が浪費しないことを信頼してくれていたのが有難かった。その信頼は今日裏切られるわけだけれど。
店に入って、一人で女物のコーナーに入る。田舎町だから客はそんなにいないけれど、周囲の視線が恐ろしく思える。
棚から商品を手に取って試着室の前に並ぶ。俺の前に一人、大人の女性がいて、俺のことを不審な目で見る。心臓が跳ね上がる。
ダメだ。こんな段階でうろたえてたら。
試着室に入って、ブラウスを身体に羽織る。適当に手に取ったそれは、サイズが小さすぎた。
結局、数回試着しなければいけなかった。中学一年生で身長が百六十センチ弱の俺は身長は大人の女性と変わらないのだけれど、胴回りが大きいのはどうしても隠せなかった。大柄な服を選ぶとデザインは目をつぶらざるを得なかった。楠木は本当に細いんだよなあ…… あいつが着たら似合っただろうなあ…… 値段も二つで一万円を超えていた。
買い物袋を持って列車の席に座って、揺られている帰り道。俺はなにをしているのだろうかと自分で自分を馬鹿らしく思った。でも、やろうと決めたんだった。
日曜日。
俺は待ち合わせに数分遅く行った。楠木をその場に足止めにするためにだ。俺が先に来たら逃げ出すだろうから。
楠木は待ち合わせ場所にきちんといて、よそを向いていたから俺に気づいていなかった。
「ごめん。お待たせ」
「おうっ……」
楠木は俺を見て絶句した。
それはそうだろう。
中学一年生の男子が、女物のブラウスとスカートを身につけて、そこに立っていたのだから。
自分だって恥ずかしいよ。でも、つかみがどうしても欲しかったんだ。
楠木が吠える。
「変態! 来るな!」
ここで恥ずかしがってはダメだ。堂々と、飄々と、受けて立たなければいけない。
「せっかくおしゃれしてきたのになあ」
「おしゃれじゃねえ。頭わいてるだろ」
「俺はいつだって笑いを取りに行くぜ」
「見た奴、失笑するから」
俺が楠木に近づくと、楠木は右手で両目を押さえた。
「お前、自分のすねを見て見ろ」
「すね?」
そこには見慣れた自分のすねがあった。
「すね毛、剃ってねえだろ……」
たしかに、俺のすねには少々のすね毛がある。もう十二歳。体毛が濃くなり始める頃だ。
「あ、そうだね」
「『そうだね』じゃねぇ。女装するなら、そのくらい気をつけろ……」
それは考えてなかった。分からずにやったのはまずかったけど、ひるんではいられない。
「今度からそうするよ」
「今度なんか要らねえから……」
俺は楠木の横に立つとケータイを手に取ってインカメを自分たちに向ける。
「記念に写真撮ろうぜ」
楠木が呆れている。
「その格好、写真に撮るのかよ」
「気張って女装したから、その記念にね」
「なんで俺を巻き込むんだよ」
「証人ということで」
「訳分かんねえよ」
ケータイの決定キーを押すと、「カシャ」とシャッター音が鳴り、俺たち二人の姿が液晶に固定された。俺は女装で。楠木は男子の服装なのだけれど美少女にしか見えない姿で。
その後どうだったかって? ショッピングとしては最悪だ。楠木が気味悪がって俺に近づこうとしない。ちょっとさみしい。でも、楠木が(身体はともかく)まともに男子の精神をしていることはよく分かった。
そして、俺はトイレに行くと行って楠木から離れて、ケータイを操作して俺の「友達」にメールを送る。
本文は「女の子二人でお買い物!」
添付写真は、楠木と俺のツーショット。
見た奴らは、俺がおかしくなったと思うだろう。
グッバイ。俺の友達。
明けた月曜日。俺は中学校に始業ギリギリに行くことにした。噂には広まってもらう。
俺が教室に入ると、周囲が怪訝な目で見る。よし。きちんと広まったってことだ。
俺を見た楠木がつかつかと寄ってくる。
「お前、自分が何やったか分かってるのか」
「何って?」
そう。全部知っている。俺がやったことだ。でもここはしらを切るしかない。
楠木がケータイを見せる。
「これ、お前が自分で送っただろ」
楠木のケータイには俺が送ったメールが転送されていた。我ながらひどい姿だ。
「いやあ、楠木と遊べたのが楽しくってさあ」
楠木の顔が真っ赤に染まる。
「これを送ったらみんながどう思うのか分からなかったのか」
「俺はいつだって笑いを取りに行くぜ」
楠木が一喝する。声が高くて綺麗で迫力が無いけど。
「笑えねえんだよ!!!!!」
それからまもなく、一学期が終わった。
夏休み。俺は誰からも遊びの誘いが来なかった。
俺の両親は、学校で友達を作ることだけは失敗したことがない俺の、この異常事態を心配した。夕食後に家族会議をしたり、やたらと行楽地に家族揃って行きたがったり。そのたびに俺は、心配ないから、と言い訳していたけれど、親は結局は信じてくれなかった。
二学期になっても俺には友達からの誘いはなかった。
これで、友達がいない楠木と、友達を無くした俺は、同じ立場になった。
俺は楠木にちょくちょく声をかけた。最初は追い払われてばかりだったけど、少しずつ話を聞いてくれるようになった。
十月も半ばにさしかかった頃、楠木の方から俺に声をかけてきた。
「なんで俺のこと、そんなに気にするの?」
初めて出会った頃は自分の本心を隠さないといけなかったけど、今なら素直に言える。本心の方が、言えるものに変わってきたから。
「楠木は見てて楽しいから」
楠木がふてくされたように言う。
「俺なんか面白くないけど」
「いいや、面白いよ」
その一言を聞くと、楠木はふうっと息をついた。自分がキャンキャン騒ぎすぎて人を遠ざけてきたのを反省したのか。それとも馬鹿な俺に呆れたのか。
楠木は怒りもてらいも無く言う。
「お前のキャラがようやく分かったよ。なんて呼べばいい?」
「『高加良』って呼んで」
「分かったよ。高加良」
楠木は俺の本心なんて何も分かっちゃいない。でもいいんだ。
いつも笑いを取りに来るお調子者。それが俺のポジション。この場はそれでいい。
いろいろ無くしたけど、俺と楠木は友達になった。
それから俺には文佳という彼女が出来た。文佳は楠木のことを馬鹿にしてるけど、最後の最後で見捨ててはいないようだ。
最近、楠木にも彼女が出来た。これが楠木に負けず劣らずの美少女で、二人並んでいると女子の親友同士に見えて微笑ましい。
楠木が男子と知ったときは落胆したけど、今ではそれで良かったんだと思っている。
異性だとたった一人を選ばなければいけないけど、同性だと友達になれて、誰とつきあってもつながりを続けられるんだから。




