ゆうしゃのでんせつ
大きな木の生えた丘の上。
剣は草を刈り、盾は石を弾く。
勇者は一人の少女のため、立ち上がる。
「_____」
少女は誇る、勇者の願望を。
勇者は護る、少女の生命を。
始まりの村を越える。
貧しいけれど、平和で暖かい村。
街を越える。
昼も夜も騒がしい、眠らない街。
城を越える。
息の詰まるような、荘厳で美しい城。
海を越える。
果ての見えない、突き抜ける空と群青の海原。
越えて、越えて、越えて、越えて。
辿り着いた場所は深い深い緑の森。
勇者はここで一生を終えるだろう。
剣は台座へ納められ、盾は勲章として飾られる。
しかし、永遠は存在しない。
あるのは、一時の休息のみ。
彼に訪れるのは、新たなる旅立ち。
勇者は再び剣を抜き、盾を構える。
「_____」
少女は願う、勇者の未来に。
勇者は抗う、少女の運命に。
森を越える。
かつての安息を、懐かしむように。
平原を越える。
誰と出逢うこともなく、風吹く草原を。
砂漠を越える。
活力を奪い、生命あるモノの横断を許さぬ不毛な大地を。
山を越える。
とうとう己すら摩耗させ、それでも踏み越えること難い過酷な道のり。
数えるのも億劫になるほどの道程を経た。
見つけられたのは、それでもダメだったという事実のみ。
勇者の一生はここで終わるだろう。
迫り来る未来に抗い、救いを渇望し、全てを擲って探しても、結果は変わらない。
けれど、諦めなかった。
全てを失った勇者は唯一の答えを編み出した。
勇者は少女を救うため、大きな決断をする。
「_____」
勇者は誓う、世界に願望を叶えさせると。
少女は祈る、これからの自分たちの行く末を。
山へと帰る。
少女を壊した全てを壊す。
砂漠へと帰る。
少女を犯した全てを壊す。
平原へと帰る。
少女を嬲った全てを壊す。
森へと帰る。
少女を殴った全てを壊す。
剣は折れ、盾は砕ける。
けれど、その生涯を捧げた渇望に誰が異を挟めるというのか。
海へと帰る。
少女を拒絶した全て壊す。
城へと帰る。
少女を吊るした全てを壊す。
街へと帰る。
少女を罵った全てを壊す。
村へと帰る。
少女を泣かせた全てを壊す。
辿り着いたのは、始まりの場所。
勇者の願いはここに成就した。
野原を駆け回る子供のように青く、純粋な願い。
世界を変えるにはあまりにもくだらない独善的な願い。
「彼女が泣かずに生きられますように」
数多の旅を繰り返しても、叶うこと能わぬその願い。
彼女が『普通』であったなら簡単な願いであったのだろうか。
彼女が『人間』であったなら。
勇者は彼女を人間として扱い、愛した、唯一の人物だった。
世界は少女を同じ人間とは認めてくれなかった。
少女を世界の理から大きく逸脱した異端者として排斥する。
故に認めさせるしかなかった。
方法は簡単。
世界の多数を減らし、少数が勝てるようにしただけ。
自分たちの認識こそが正しいのだ、と妄信してやまない大多数の目を覚まさせてやるだけだ。
勇者は全てを壊して、壊して、壊して
かつての異端は、正統へと昇華した。
結果、残ったのは勇者と少女だけ。
世界は変わった。
この世界において、彼女を泣かせる存在はもういない。
勇者の願いは世界の全てを壊すことで成就されたはずなのだ。
「_____」
しかし勇者の願いは、未だ叶ってはいなかった。
勇者は嘆く、ここに到って尚、叶わないのか。
そして気づいてしまった。
最後のピースに。
勇者は折れた剣を構える。
突き立てるは心の臓。
己が命を絶つことで、この願いは叶えられる。
決意など要らなかった。
かつて、世界に認めさせた時のように壊すだけ。
彼女を泣かせている自分を殺す、それが、最後のピースだった。
「_____」
少女は泣く、自らの幸せに全てを捧げた勇者の最期に。
少女は嘆く、壊れてしまった世界の行く末を。
少女は哭く、最愛の人の死に。
「_____」
始まりの場所。
大きな木の生えた丘の上。
残ったのは世界を壊した大罪人と、心優しい化物だけだった。