第99話 通りすがりのただの子供だけど
「……も、もうダメだっ……持たない……っ!」
「諦めるなっ! 死ぬ気で戦線を維持しろぉぉぉっ!」
騎士たちはすでに限界だった。
どうにかまだギリギリ陣形を保っているが、それもいつまで持つか分からない。
今にも悪魔の群れに一気に飲み込まれてしまいそうだ。
「っ!? な、なんだ? 急に身体が軽くなった……?」
「ち、力が溢れてくる……?」
突然、彼らに異変が起こった。
どういうわけか、身体の内側から今までの感じたことのないほどの凄まじい力が湧き上がってきたのである。
「はぁっ! こ、攻撃の威力が上がっている!?」
「お、俺もだっ! なぜか分からんが、さっきまでとは比べ物にならないぐらいのダメージを与えているぞ!」
勢いづいた騎士たちは、劣勢から一転、徐々に悪魔の群れを押し返していく。
「よし、上手くいったな」
その様子を傍観しながら、リオンは満足そうに頷いた。
実はこっそり騎士たちに強化魔法をかけたのである。
治癒士系統のクラスⅢ【聖者】を極めたリオンにとって、この人数にバフを施すくらい難しいことではない。
しかも特定の能力だけでなく、力、耐久、器用、敏捷、魔力、運と、能力を総合的かつ大幅に引き上げる最強のバフだ。
さすがに単体に施す場合と比べれば一人一人の効果量は落ちるものの、それでも見習い騎士をエース騎士に変えてしまうほどの効力はあった。
さらにリオンは、悪魔側に弱体魔法をかけた。
こちらもあらゆる能力を大幅に引き下げる超強力なデバフだった。
「見ろ! 悪魔どもの動きが鈍ってきたぞ!」
「奴らも疲労してきているみたいだな!」
「一気に行くぞ!」
大きく強化された騎士たちに対して、大きく弱体化した悪魔たち。
もはや騎士一人でも悪魔一体と互角以上にやり合えるほどに、互いの強さが逆転していた。
当然、数で勝る騎士たちは悪魔の群れを圧倒することとなった。
「これはいいな」
その様子を見ながら、リオンは一人満足していた。
このやり方なら自分が目立たなくても済む。
今後もぜひ採用していこうと、心の中で頷くリオンだった。
「ちょっと! そこのあなた!」
「へ?」
ふと誰かに呼ばれていることに気づいて、リオンは視線を転じる。
するとそこにいたのは聖女マリーだ。
「何なのよ、あの出鱈目な支援魔法は!? あなたの仕業でしょ!?」
(って、見抜かれてる!?)
マリーは治癒士系統のクラスⅡジョブである【回復術師】。
支援魔法も使いこなす彼女は、リオンが埒外なバフとデバフを使用し、この戦況をたった一人で覆したことを理解してしまったのだ。
(武術大会じゃ、誰も俺の支援魔法に気づかなかったのになぁ……)
伊達に聖女と呼ばれてはいないらしい。
「一体何者なのっ?」
「えっと、通りすがりのただの子供だけど?」
「ただの子供のわけないじゃない!」
どうやら誤魔化せなさそうだ。
いずれにしてもすでに聖女モーナには力の一端を見せてしまっているので、ここで隠しても意味はないだろう。
「どこにでもいるごく普通のBランク冒険者だよ」
「ごく普通……びっくりするぐらい信用できないんだけど……?」
「いやいや、本当だって。モーナお姉ちゃんに頼まれて加勢に来たんだ」
「モーナにっ? 彼女は無事なのね!?」
「うん、今は南側で指揮を執ってるはずだよ」
そんなやり取りをしている間に、騎士たちの快進撃により、悪魔はあと二、三体にまで激減している。
一方、ゴーストの回復魔法によって、怪我人の大半が復帰していた。
「はいはーい、残りの皆さんもすぐに治してあげますからねー」
「な、なぜ傷が治っているんだ……?」
「誰も回復魔法なんてかけていないはずなのに……」
これが、のちに戦場七不思議の一つとして語り継がれることになる〝幻の癒し手〟のきっかけとなるのだが、それはまた別の話である。
「「おわり?」」
リオンが聖女マリーに支援魔法の使用を看破されていた頃。
アルクとイリスの双子がいる南部では、すでに悪魔が全滅していた。
「なんて子供だ……」
「ほとんど二人だけであの劣勢を完全に覆しやがった……」
途中で上位の悪魔も現れたのだが、二人は力を合わせて撃破。
騎士たちは勝利を喜びつつも、脅威の双子に戦慄している。
そんな中、聖女モーナが二人の元へとやってきた。
「怪我はないか?」
「「ん」」
双子は無傷だった。
多少なりダメージは追っているが、拙いながらも自前の回復魔法で治したのだ。
「君たちのお陰で助かった。礼を言わせてくれ。ありがとう。……それにしても、本当に強いんだな。幼児だと思って侮っていた」
「「ん!」」
褒められて嬉しかったのか、双子は胸を張った。
それを少し微笑ましげに見てから、モーナは結界へと視線を転じる。
いつ破られてもおかしくない状態ではあるが、まだ辛うじて維持できていた。
しかし――
「……ここ以外の場所も、どうにか頑張っているようだな。恐らく彼らの加勢が功を奏しているのだろう。幼児二人をこの場に置いていったときは驚いたが、結果的には正しい判断だったということか」
そうモーナが呟いた、まさにそのとき。
ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキッ!
「っ!?」
突如として結界に巨大な罅が走ったかと思うと、
パリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!
甲高い破砕音を響かせながら、ガラスが割れるように粉々に砕け散ってしまったのだった。





