第97話 お前が犠牲になる必要はない
メルテラが聖女シアのところに辿り着くより少し前のこと。
悪魔に苦戦していた騎士たちが、頭にスライムを乗せた少年に気づいて声を上げた。
「お、おいっ! あそこに子供!?」
「まだ逃げていなかったのか……っ!?」
「いや待て……」
最初は避難から取り残された子供だろうかと思われたが、何かがおかしいと首を振る。
「は、速すぎないかっ?」
というのも、信じられない速度でこちらに向かって走ってくるのだ。
気づいたときにはもう、少年は彼らの頭上を飛び越えていた。
「「「は?」」」
そう、飛び越えたのだ。
その距離、ゆうに五十メートルはあるだろう。
驚愕のあまり、戦闘中だというのに空を見上げてぽかんと口を開けた騎士が何人もいた。
一方、その張本人であるリオンは、
「スーラ、ここは任せていいか? 俺はこのまま北に向かうから」
『まかせてなのー』
ぴこぴこと触手を振るスーラを地面へと放り投げて、そのまま結界の北部へ。
少年が去っていくのを見送った騎士たちの注目は、空から降ってきたスライムへと向いた。
「す、スライム!?」
「いや、こいつはただのスライムじゃない! レッドスライムだ!」
敵か味方かと狼狽える騎士たち。
しかし次の瞬間、
『えーいなのー』
スーラは近くにいた悪魔にタックルを見舞った。
どおおおおん!
小さな身体のスライムの一撃を受けて、悪魔が盛大に吹き飛ばされる。
「「「な……?」」」
『つぎなのー』
さらにスーラは別の悪魔も軽々と弾き飛ばす。
その圧倒的な強さに、騎士たちは驚愕しつつも、
「み、味方なのかっ?」
「まさか、あの少年の従魔……?」
「とにかく、悪魔どもが動揺している! これに乗じて戦況を立て直せ!」
「「「おおっ!」」」
力強い加勢を得た騎士たちは、発奮して勢いを取り戻す。
スーラもまた小さな身体で奮闘した。
このままいけば、敵の猛攻を押し返すことができるかもしれない。
騎士たちがそう希望を抱き始めた、まさにそのとき。
空から突如として巨大な影が降ってきた。
ズドオオオオオオオオオンッ!
「「「っ!?」」」
凄まじい振動とともにそれが着地する。
激震した地面と巻き起こった風圧で、騎士たちの多くが地面を転がった。
「な、何だ、こいつは……?」
「で、でかい……」
それはこれまで対峙してきた悪魔とは、桁違いの巨体だった。
長い鼻と牙を有するゾウの姿だ。
だが二足歩行で、両腕は鋭い爪を持つ熊のそれ。
身の丈は四メートルを軽く超えており、体重は数トンにも達するだろう。
恐らくはより上位の悪魔。
その巨躯には圧倒的な魔力が宿っている。
「パオオオオオオオンッ!」
「「「~~~~っ!?」」」
まるで自らの力を誇示するかのように、悪魔は雄叫びを轟かせた。
「む、無理だ……」
「こんな化け物、倒せるはずがない……」
一瞬にして戦意を失う騎士たち。
全身をガクガクと震わせ、もはや立つことも儘ならないような状態だ。
「ひ、怯むな! 王都を護れるのは我々しかいないのだッ!」
必死に声を張り上げて叱咤しているのは、この場を任された騎士団長だ。
しかしその彼の声も明らかに震えていた。
『おっきいのー』
そんな中、一匹のスライムがどこか暢気にその悪魔へと近づいていく。
「き、危険だ!」
「幾らお前でも……っ!」
「逃げろ! お前が犠牲になる必要はない!」
騎士たちからすれば見知らぬスライムだ。
だが一時的にせよともに戦ったことで仲間意識が芽生えたのかもしれない。
小さなスライムとその悪魔の対格差は歴然。
誰もが踏み潰されて瞬殺される未来を予想した。
『しんぱいないのー。すーらも、おっきくなれるのー』
次の瞬間、騎士たちは信じがたい光景を目の当たりにすることとなる。
「なっ……」
「で、でっかく……」
小さなスライムが、突如として巨大化し始めたのだ。
そう。
彼(?)は今やただのスライムでも、レッドスライムでもない。
クイーンスライムなのである。
巨大悪魔に勝るとも劣らない巨体と化したスーラを最大の脅威と見なしたのか、悪魔は地響きを上げながらスーラに突進していく。
ぶよおおおんっ!
「~~~~ッ!?」
大木すら易々と粉砕するはずの悪魔の突進は、スーラの高い弾力性を持つ身体に受け止められ、それどころか弾き返されてしまった。
『つぎはこっちのばんなのー』
よろめく悪魔へそう宣言すると、スーラは触手を伸ばした。
バシィィィンッ!
巨大な鞭と化したスーラの触手が、悪魔の身体を強かに打擲する。
無論、触手は一本ではない。
何本もの触手を使って、スーラは悪魔を何度も打ち据えた。
「パオオオオオオオンッ!」
苦痛の籠った叫びを上げる悪魔は、反撃とばかりに魔法を使った。
触手の鞭で滅多打ちにされながらも、膨大な魔力によって練り上げた一撃が炸裂する。
それは極寒の猛吹雪だった。
その直撃を浴びて、スーラの身体が氷結していく。
『あれー?』
触手も凍りつき、動かなくなってしまった。
スーラの身体を凍らせることでその弾力性を奪い、破壊してやろうとの考えなのだろう。
実際、次の悪魔の突進により、スーラの身体が砕け散った。
破片も踏みつけられ、粉々にされてしまう。
「パオオオオオンッ!」
勝利を宣言する雄叫びを上げる悪魔。
唯一の希望を失った騎士たちの誰もが、もうお終いだと敗北を悟る。
そのとき異変が起こった。
「ッ? ~~~~~~ッ!? ~~~~~~~~~~ッ!」
巨大悪魔が突如として苦しみ始めたのだった。





