第93話 憑りついちゃいますよ
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「また泊まっていってくれるんですか!? ありがとうございますっ!」
サハギンロードを討伐したとはいえ、さすがにすぐには王都行きの船が出るわけではない。
それまでの間、また宿を取る必要があった。
相変わらずどこの宿も満杯だったので、再びゴーストのいた宿に泊まることにしたのだが……女将にめちゃくちゃ喜ばれた。
夜になるにつれて、段々とゴーストがリオン以外にも見えるようになってきた。
「な、何でまたこやつと一緒に泊まらねばならぬのじゃ! ゴーストなら一人で湖を渡れるじゃろ!」
「そんな悲しいこと言わないでくださいよ!」
メルテラから邪険に扱われて、ゴーストが頬を膨らませる。
「あんまり酷いこと言うと、憑りついちゃいますよ?」
「ひぃっ……こ、こっちに来るでないっ……」
ゴーストに脅され、メルテラは慌てて部屋の端っこまで逃げた。
「……まさか、この部屋で寝るつもりではないじゃろうなっ?」
「え? もちろんそのつもりです。ゴーストなので寝ませんけど」
「だ、ダメじゃ! それだけは絶対にダメじゃ!」
「いいじゃないですか。ゴーストでも、夜を一人で過ごすのは寂しいんですよ」
「わらわが眠れんじゃろ!」
「……というか、そもそもお前は隣の部屋だろ」
どうやらまたリオンたちと一緒に寝るつもりらしい。
「そ、そんな悲しいこと言わないでほしいのじゃ!」
「ベッドが狭いんだって……」
夜中にまたメルテラ一人を放置して、隣の部屋に移動しようかと考えるリオンだった。
「お、お客様っ! たたた、大変ですっ!」
翌日、リオンたちが部屋でのんびりと過ごしていると、宿の女将が慌てた様子でやってきた。
「どうしたの?」
「せせせ、せっ」
「せ?」
「聖女様がっ、この宿にいらっしゃっていますっ!」
宿のロビーに行くと、確かにそこには昨日の聖女、モーナの姿があった。
何人かの護衛を引き連れている。
「どこに泊まっているのかも告げずに行ってしまったせいで、随分と探したぞ」
いきなり苦笑気味に咎めてくる。
港で待ち構えていた大勢の群衆を嫌い、リオンは気配を消してこっそりと船を降りたのだ。
「えっと、あんまり目立ちたくなくて」
「すでに十分過ぎるほど目立っていたと思うが……謎の少年少女のことは今、街中で噂になっているぞ」
うえ、とリオンは顔を顰める。
前の国で予想以上に有名になってしまい、わざわざこの国に逃げてきたというのに、これでは二の舞だ。
「まだ名前も聞いていなかったな。……知っていると思うが、私はモーナ。この国で聖女をしている」
「僕はリオン。冒険者だよ」
「リオン? いい名前だ。伝説の勇者と同じ名前ではないか」
「う、うん……」
「かつての伝説の勇者リオンもこの国を訪れたことがあると聞く。その歳にしてあの強さだ。勇者の再来と言ってもいいかもしれないな」
今思えば、実家を出るときに別の名前にしておけばよかったかもしれない。
同じ名前だからこそ余計に注目されてしまうし、記憶にも残りやすいように思えた。
とはいえ、今さら変えるわけにはいかない。
「それで彼女は……」
モーナがメルテラの方を見る。
昨日、酷い目に遭わされたことがトラウマになっているのか、心なしか苦々しい表情だ。
「わらわはメルテラじゃ! 自他ともに認める、世界最高にして最強の魔法使いである!」
自分で言うなよ……とリオンは心の中で思った。
それからリオンは双子のことも紹介しておいた。
「この二人はアルクとイリスだよ」
「「ん!」」
「こんな幼児を連れて冒険者をしているのか……?」
「「……」」
ただの被保護者と見られたのが気に入らなかったのか、双子は不満そうな顔になる。
「で、この子は従魔のスライム」
『すーらなのー』
「スライムと子供ばかりのパーティか……あれ? そこにもう一人、女性がいなかったか?」
そう言って首を傾げるモーナに、同行者たちが不思議そうな顔をした。
「いえ、最初からそこには誰もいませんでしたが……」
「宿の女将のことでは?」
「違う。もっと長い髪の……気のせいだろうか?」
リオンは先ほどからずっと後ろにくっ付いていたゴーストを見やった。
そこはちょうどモーナが「もう一人いた」と言った場所だ。
「もしかしてこの人、私のことが見えたんですかっ!?」
「そうかもしれない。もう今は見えてないみたいだけど」
昼間にこのゴーストが見えるのは今までリオンだけだったが、さすがは聖女といったところだろうか。
「それで聖女のお姉ちゃん、一体僕に何の用?」
「そうだった。実は当初の予定より王都への帰還が遅くなってしまっていてな、私は今日にも船で戻る予定なんだ。恐らく定期船の運航が再開されるのはもう少しかかるだろう。お前たちも王都に行く予定なのだろう? よければ一緒に乗っていかないか?」
「え? いいの?」
「もちろんだ。そもそもお前たちのお陰で王都との行き来ができるようになったんだ。それくらい当然だろう。無論、王都に着いてから改めて今回の礼をしたい」
……後者の方は拒みたいところだった。
大々的に褒美をもらってしまうと、また有名になってしまうだろう。
(まぁ、それはあれこれ理由を付けて断るとして、ひとまず厚意に甘えて船に乗せてもらうか)
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