第88話 このベッドは三人用なんだ
「ほとんど効果なしか。まぁでも、まったく効いてないわけじゃなさそうだし、やり続ければ浄化できるかも?」
「じょ、冗談じゃないですよっ!」
ゴーストはこれ以上、聖なる光を浴びては堪らないと思ったのか、壁に向かって飛んでいった。
するりと壁をすり抜け、どこかに消えてしまう。
「お、おい! 逃げたぞ! どうするのじゃ!?」
「大丈夫。すぐに後を追いかけ――あれ?」
すぐにゴーストの気配を探知しようとしたリオンだったが、しかし近くにそれらしき存在を感じ取ることができない。
探知範囲をめいっぱい広げてみても同じだった。
「……なるほど、ゴーストだからそもそも気配がないのか」
これではさすがのリオンもお手上げだ。
「「?」」
双子が鼻をくんくん動かして、首を傾げた。
ゴーストの居場所をにおいで探ろうとしたのだろう。
だがいかに獣人の嗅覚が優れていようと、そもそもにおいを発していないゴーストでは意味がない。
「……仕方ないか」
ゴーストを追うのは諦め、当初の予定通り夕食を取るため、近くの飲食店へ行くことにした。
「そろそろ自分の部屋に戻ったらどうだ?」
「い、嫌じゃ! あっちの部屋は怖い!」
「逃げたからもういないだろ」
「そういう問題ではないのじゃ!」
メルテラが駄々をこねていた。
外で夕食を取って戻ってきてからというもの、彼女はずっとリオンの部屋にいて、自分の部屋に戻ろうとしないのだ。
「そんなに怖い感じのゴーストじゃなかっただろ?」
「わ、分からぬぞ! あれは我らを騙すための演技かもしれぬ!」
「ゴーストにそんな器用な真似ができるのか……?」
要するに一人で寝るのが怖いようだ。
先ほどまでゴーストがいた部屋ということもそれに輪をかけているように思える。
「仕方ないな……スーラ、一緒に寝てやってくれ」
『しかたないのー』
スーラは呆れたように触手を振る。
だがメルテラはそれだけでは安心できないらしく、
「今日くらい一緒に寝てくれてもええじゃろう!」
「残念だけど、このベッドは三人用なんだ」
「いーやーじゃーっ! わらわもここで寝るぅ~っ!」
「ちょっ、暑苦しいって……」
メルテラがどうしても自分の部屋に戻ろうとしないので、結局、一つのベッドを四人で使うことになってしまった。
幾ら子供ばかりとはいえ、さすがに窮屈だ。
「……眠ったか」
やがてメルテラが眠りに落ちたのを確認したリオンは、真っ先に寝入った双子を優しく抱え上げた。
熟睡しているようで、起きる気配はない。
「さて、隣の部屋に移動するか。スーラ、頼んだぞ」
『はいなのー』
お守り役をスーラに頼むと、すやすやと眠るメルテラを残して、隣の部屋へと退避したのだった。
「何でわらわを一人にしたのじゃぁぁぁっ!」
翌朝、メルテラがリオンたちの寝ている部屋に怒鳴り込んできた。
朝っぱらからうるさいなぁ、と顔を顰めつつ、リオンはベッドから身体を起こす。
「ゴーストが出た方の部屋じゃないから大丈夫だろ? あと一応、スーラを置いといたし」
「大丈夫ではな~いっ!」
その大声で目を覚ましたのか、双子が「「んー」」と身体を伸ばす。
「「あさ?」」
「朝だぞ」
「「ふぁ……」」
大きく欠伸をする。
二人とも部屋が変わっていることには気づいていなさそうだ。
「ん?」
と、そこでリオンはあることに気づいた。
天井から人の上半身だけが逆さまにぶら下がっていたのである。
「こわ……」
さすがのリオンも思わずそう呟いた。
「何してんだよ、お前?」
「えっ? 朝なのに私が見えるんですかっ?」
そこにいたのは昨晩のゴーストだった。
どうやら逆さまになって宙に浮かび、上半身だけを天井から出しているらしい。
「そう言えば普通に見えてるな」
「ってことは、やっぱり私はゴーストなんかじゃない……?」
「そんな真似ができる生身の人間いないだろ」
「……なんか昨日と口調が変わってません?」
ゴースト相手に子供のフリをするのも面倒だと思ったからである。
「お、おい、お主……一体、何と話をしておるのじゃ……?」
「え? 見えないのか?」
「わ、わらわには天井しかないように思えるのじゃが……」
リオンは双子を見やる。
すると不思議そうな顔でコテンと首を傾げた。
どうやら彼らにもゴーストが見えていないようだ。
「まぁでも、かえって都合がいい。昼間でも浄化できるってことだからな。――ホーリークロス」
「ささっ」
「む? いなくなった?」
聖なる光は天井に当たって霧散した。
「ふっふっふ! 同じ手を何度も喰らう私ではありませんっ!」
その天井から声が降ってくる。
どうやらゴーストの性質を利用し、物体の背後に隠れることで魔法を回避したらしい。
「うーん……これはますます除霊が難しくなったな」
「人を勝手に除霊しようとしないでください! 私、悪いゴーストじゃありませんから!」
「そうは言っても、宿は迷惑してるんだぞ」
「えっ?」
「ゴーストが出るって噂が広がって、客がまったく入らないらしい」
「そ、そんな……」
自分のせいで迷惑を被っている人がいることを知り、ゴーストはショックを受けている。
やはり悪いゴーストではなさそうだ。
「――ホーリークロス」
「ぎゃっ!? ちょっ、今そういう流れじゃなかったですよね!?」
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