第86話 少なくとも食べ物ではない
湖畔に辿り着いたリオンたちは、そこから湖沿いに進み、一番近くにある街へとやってきた。
すでに日が落ちかけており、まずは宿探しを始める。
聖王国の王都には世界最大規模の教会があり、各地から多くの巡礼者が訪れる。
そのため街には宿屋が数多く軒を連ねていた。
だが――
「悪いね、坊やたち。すべて埋まっちゃっててねぇ」
「ごめんなさいね。今、どの部屋も空いていないの」
「申し訳ございません。全室、埋まっておりまして」
と、どの宿に行っても、満杯ばかりでなかなか部屋を借りることができない。
気になって、リオンは宿の女将さんに聞いてみた。
「ねぇ、おばちゃん、どうしてどこも満杯なの?」
「あら、知らないの? 今ね、王都へと渡る定期船が運航を休止しちゃっているのよ」
「運航休止?」
湖の中心にある王都へは定期船が出ており、旅人や巡礼者たちに利用されている。
だがそれが現在、とある事情により運航がストップしてしまっているという。
「だからどの宿も王都に渡れない巡礼者でいっぱいなのよ」
「そうなんだ」
どうやらタイミングの悪い時に来てしまったらしい。
「どこか空いてそうな宿ないかな?」
「そうねぇ……あ、あそこなら……」
何か心当たりがあったらしい。
けれど女将さんはどこか浮かない顔で、
「でも、やめておいた方がいいかもしれないわね。あまりよくない噂があるから……だからこそ空いてる可能性があるんだけれど」
「よくない噂?」
部屋があまりにも古くて汚いとか、それとも店員の態度が悪いとかだろうか。
「確かに少し年季は入っているけど、それでもちゃんと掃除されていて綺麗な宿よ。女将さんも良い人だし……」
「じゃあ、どうして?」
女将さんは口にするのが憚れると思ったのか、声を落として告げた。
「それはね……若い女の人のゴーストが出るらしいのよ」
リオンは女将さんから聞いたその宿へとやってきた。
確かに外観はごく普通の宿だ。
だが他の宿は客で賑っていたというのに、ひっそりとしている。
どうやら本当に噂のせいで客が入っていないらしい。
女将さんからは「ほ、本当に行くつもりなの……?」と強く心配されたが、リオンは意に介さなかった。
「たとえゴーストがいたとしても、除霊すればいいだけだしな」
「「ごーすと?」」
「死んだ人間が霊体になってこの世を彷徨ってるんだ」
「「れーたい?」」
「えっと、そうだな……まぁこういう実体のある身体じゃなくて、ぼんやりした霧みたいな感じをイメージしてくれればいいと思う」
「「ん……?」」
分かっているような分かっていないような頷きを返す双子。
子供にゴーストについて説明するのはなかなか難しい。
「な、なぁ……やっぱりやめぬか?」
「……何で怯えてるんだよ?」
「べ、別に怖がっているわけではないぞ!? わらわはゴーストなど怖くないからな!」
「だったら俺の背中を掴むのやめてくれよ」
リオンの背中に貼りついて、メルテラはぶるぶる震えていた。
「だいたいお前自身がもうゴーストみたいなもんだろ」
「失敬じゃの! あんなのと一緒にするでない!」
「魂を別の身体に入れ替えたんだ。似たようなものだろう」
むしろよっぽど恐ろしいかもしれない。
「「ごーすと!」」
「わらわはゴーストではない! 指さすな!」
納得顔になった双子は、どうやらメルテラのような存在をゴーストと認識したらしかった。
『ごーすとたべれるー?』
「いや、少なくとも食べ物ではない」
メルテラが憤慨して言う。
「だいたいわらわが似たようなものなら、お主もじゃろう!」
「転生はまたちょっと違うような」
「一緒じゃ、一緒! ええい! もう好きにするがよい!」
ヤケクソ気味に叫ぶメルテラを引き攣れ、宿の中へ。
玄関のドアは空いているので、営業はしているようだ。
「すいませーん。……誰もいない?」
だが声をかけても誰も現れない。
訝しんでいると、廊下の奥に若い女性の姿が見えた。
「ひぃっ」
「いや、ゴーストじゃないって」
リオンの後ろに隠れるメルテラだが、あれは生きた人間だ。
宿の女将さんかもしれない。
……その割には、こちらを不審そうな目で見ているが。
ついでにどんよりとした空気を纏っている。
「えっと……泊まりたいんだけど?」
「お、お客さん!? い、いらっしゃいませぇぇぇっ!」
突然、元気のいい声が飛んできた。
先ほどまでの暗い雰囲気はどこへやら、全速力で駆け寄ってくる。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 四名様、ご案内します!」
物凄く嬉しそうだ。
そして有無を言わさず部屋へと案内しようとしてくる。
どうやら噂のせいでまったく客が入っておらず、ようやく現れたリオンたちを逃してなるものかと思っているらしい。
リオンは言った。
「二部屋でいいです。僕とこの二人は同じ部屋に泊まるので」
「なんでじゃ!? わらわも一緒の部屋がいいのじゃ!」
「君は子供じゃないんだから……」
「だ、だって! ゴーストが出たらどうするのじゃ!?」
やはりゴーストが怖いらしい。
「っ……お客様っ……」
「あ、心配しなくていいよ。噂は聞いてるから」
「そ、そうだったんですね……」
「でも大変だね。全然お客さんいないみたいだし……」
「そうなのよぉぉぉっ!」
若い女将は泣き崩れながら叫んだ。
「噂のせいで今月は大赤字よぉぉぉっ! このままだとこの宿、潰れちゃうのぉぉぉっ!」
随分と切実な状況らしかった。
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