第83話 それ神話の魔法だよな
「ゼタお姉ちゃん」
「っ!? リオン!? なんでここに……っ!?」
それは王宮の地下にあった。
ゼタの工房よりも、ずっと設備が整った立派な工房である。
ただし、厳重な監視下に置かれており、鍛冶職人たちは四六時中ここでの生活を余儀なくされ、外出することもできない。
さながら監獄だった。
「助けに来たんだ」
「お、おい、警備は……」
「大丈夫。眠ってもらっているから」
食べ物はちゃんと出されていたらしく、痩せたりはしていない。
だがこんな場所に囚われていたことで、少しやつれてしまっているようだった。
「うぅ……」
「ゼタお姉ちゃん? 泣いてるの?」
「な、泣いてねぇ! 泣いてなんかねぇからな! だいたい、テメェのせいだからな!?」
「僕のせい?」
「アダマンタイトの武器を作らされてから、鍛冶スキルが尋常じゃなく上がってしまったんだよ! お陰で王宮に目をつけられちまって、こんなところで毎日毎日強制労働だッ!」
そう、ゼタはここで武具の製造に従事させられていたのである。
いや、彼女だけでなく、戦争のために性能のいい武器が大量に必要だということで、国中の腕のいい鍛冶職人たちが招集されていたのだ。
道理で王都を探してもゼタが見つからないわけである。
「……それ、僕のせいかな?」
腑に落ちないが、しかしここで言い合っても仕方がない。
「なんにしても、こうして助けにきてあげたんだからいいでしょ。じゃあ、バダッカにあるお姉ちゃんの工房に帰るよ」
「お、おい、何やってるんだ?」
いきなり地面に魔法陣を描き始めたリオンに、ゼタが訝しげに顔を顰める。
「転移魔法を使うんだ」
「は?」
次の瞬間、二人の姿がその場から掻き消えた。
「うん、成功」
「っ!?」
いきなり周囲の景色が変わったかと思うと、そこはゼタにとって見慣れた場所だった。
「アタシの工房……っ!?」
「そうだよ」
「お、王都から馬車で何日もかかる距離だぞ!?」
「だから転移魔法だって」
「それ神話の魔法だよな!?」
ゼタは深々と息を吐いた。
「相変わらず出鱈目すぎるだろ……」
「戦争も中止になりそうだし、たぶんまた強制連行されたりすることはないと思うけど、もし何かあったら教えてよ。これ置いていくから」
リオンはスーラの分身体を作業台の上に置いた。
「スライム? こんなに小さかったか?」
「本体から分離した一部だよ。この子に話せば僕に伝わって、すぐに駆けつけることができると思う」
「……言ってる意味がまったく分からねぇんだが?」
『よろしくなのー』
スーラの分身体は触手をぴこぴこと振って挨拶するが、ゼタにはその意図を読み取ることができない。
もちろん彼女は、自分の工房が転移先としてマーキングされていることも知らなかった。
「あ、そうそう。もう一つ」
「……ま、まだ何かあんのかよ?」
リオンはアイテムボックスから刀身を失った剣を取り出した。
「これ、新しく打ってくれない?」
「アダマンタイトの剣がどうやったらこんなことになるんだよぉぉぉっ!?」
リオンは王都に戻ってきた。
双子を連れて冒険者ギルドに行くと、シルエが慌てて駆け寄ってきた。
「あっ、リオン君!」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「おおっ、そいつがリオンか! 探したぞ!」
そこへもう一人、屈強な体格の男が近づいてくる。
「……誰?」
「俺はボルス! バダッカの冒険者ギルドでギルド長をしている!」
「バダッカの?」
バダッカといえば、ゼタの工房のある街で、ほんの少し前に戻ってきたばかりだ。
剣ができあがったらまた取りにいかなければいけない。
バダッカのギルド長が何の用だろうかと、リオンは首を傾げる。
「お前だな、ダンジョン〝岩窟回廊〟を攻略した新人冒険者ってのは!」
ボルスが物凄い形相で問い詰めてきた。
「……し、知らないよ?」
「しらばっくれるんじゃねぇ! 証拠は上がってんだ!」
「そ、そんなこと言われても……誰かと間違えているんじゃないかな……?」
リオンがどうにか誤魔化そうと試みた、そのとき。
「リオン君!」
向こうから駆け寄ってくる人物に見覚えがあった。
赤い髪の美女――Aランク冒険者のアンリエットだ。
さらに彼女の後ろには、カナエとティナの姿もある。
「ようやく見つけましたよ! なぜ私がヴァンパイアロードを倒したことになっているのですか! ヴァンパイアロードを倒してリベルトを救ったのは貴方でしょう!」
「な、なんのことかな~……?」
視線を明後日の方向に泳がせ、白を切るリオン。
ボルスが叫んだ。
「なっ? Aランク冒険者のアンリエットじゃないか!? 彼女がヴァンパイアロードを倒したって噂は俺も聞いていたが……まさか、本当はお前が倒したってのか!?」
「あー……ええと……」
「ええ、そうです! リオン君が吸血鬼の王を圧倒するところを私はこの目で見ました! 間違いありません!」
アンリエットの主張に、ギルド中が騒めく。
「あんな子供がヴァンパイアロードを……?」
「あいつって、オーク狩りでSランクのランスロットに勝ったやつじゃねぇか?」
「見ろ、近くにいる双子、武術大会でとんでもなく強かった獣人だぞ」
どうしたものかと、打開策を必死に考えるリオン。
そこへさらに厄介な人物が飛び込んできた。
「見つけたのじゃ! 勇者リオン!」
「げっ」
エルフのメルテラだ。
「わらわから逃げ切れると思うなよ、勇者リオンよ!」
恨みの籠った目で睨みつけてくる。
「お、おい、今、勇者リオンって言わなかったか?」
「ああ、俺にもそう聞こえたが……」
「まさか本当に……」
(その呼び方やめろって!)
心の中で訴えるリオンだが、しかしメルテラが配慮してくれるはずもない。
「ちょ、ちょっとこっち来い!」
「ぬぎゃっ!?」
リオンは一瞬で距離を詰めると、メルテラを荷物のように抱えてギルドから飛び出した。
「あっ、リオン君!」
「逃げる気か!」
そんな声が聞こえてきたが、もちろん無視。
路地裏へと身を隠し、そこでようやく足を止めた。
ぽいっとメルテラを放り投げる。
「いでっ……女の子をもうちょっと優しくせんか!」
「そんなことより、人前で俺のことを〝勇者リオン〟なんて絶対に呼ぶな」
「ひぃっ」
リオンが殺気を込めて睨むと、メルテラは一瞬身を強張らせたが、
「くっくっく、なるほどなるほど」
何かを理解したように不気味な笑い声を漏らす。
「どーしようかのー? わらわ、ついうっかり口が滑って方々で言いふらしてしまうかもしれんのー」
「こいつ……」
「じゃがまぁ、お主がわらわの言うことを一つ聞いてくれたら、口も堅くなるかもしれんなー」
「……何をしてほしいんだ?」
溜息とともに問うリオン。
するとメルテラはなぜか少し恥じらうようにもじもじしてから、言ったのだった。
「……わ、わらわを仲間にしてくれんかの?」
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