第79話 どのような手を使っても構わん
その後、イリスは準決勝を勝ち、決勝へと駒を進めた。
一方、もう一人の決勝進出者は、やはり聖竜騎士団の団長だった。
その騎士団長、バルバスは、準決勝の直後、ある人物に呼び出されていた。
「宰相閣下、お呼びでしょうか」
そこにいたのはこの国の宰相であるバゾロだった。
「無事に決勝に進んだようだな」
「はっ」
恭しく首を垂れるバルバス。
実は聖竜騎士団はバゾロ宰相との関わりが深い。
宰相の一族は代々、聖竜騎士団を管轄している防衛大臣を歴任している。
パゾロも防衛大臣を務めたのちに宰相になっていた。
聖竜騎士団の他に、王都には王族を守護する近衛騎士団がある。
こちらは国王が直轄しており、現在は王太子であるシリウスが管理していた。
武術大会には出場しておらず、シリウスやセリアの守護に徹している。
格式としてはもちろん近衛騎士団の方が高いのだが、実力や規模は聖竜騎士団が勝る。
その辺りの捻じれが、時に問題を起こすこともあるのだが……それはともかく。
「だが、貴様の力ならば当然のこと。問題は決勝だ。バルバス。必ず勝て」
パゾロ宰相はともすれば叱責するかのような、強い口調で断じる。
「あのような獣の小娘に負けては、聖竜騎士団――いや、王国に属するすべての騎士の恥。今まで築き上げてきた武勲も無に帰すほどの大惨事だ。国民は呆れ返り、わざわざ他国の戦士をも招いたこの大会の意味がなくなってしまう」
神妙な顔で頷くバルバス。
そこで宰相は口端を吊り上げ、嗤った。
「無論、どのような手を使っても構わん。何としてでも勝つのだ」
イリスが決勝のステージに上がると、大きな歓声が巻き起こった。
「嬢ちゃん頑張れっ!」
「ここまで来たら優勝しちまえ!」
「応援してるぞ!」
小さな女の子の頑張りに感化されたのか、勝ち上がるたびに応援の声が増えていた。
これまでの人生で声援を浴びることなどなかったイリスは、少し戸惑ったようにキョロキョロしている。
その様子が可愛かったのか、ますます会場が盛り上がった。
「せーのっ――」
そんな中、観客席の一角にいた男たちが突然、声を揃えて叫んだ。
「「「超絶かわいい! イリス様!」」」
「っ!?」
謎のコールにビクっと驚くイリス。
「「「僕らの天使! イリス様!」」」
「っ!?」
会場中の注目が男たちに集まるが、彼らは気にも留めない。
「「「超絶かわいい! イリス様!」」」
「「「僕らの天使! イリス様!」」」
「「「世界で一番! 愛してる!」」」
よく見ると男たちを率いているのは、Sランク冒険者のランスロットだった。
なお、頭になぜかタオルのようなものを巻きつけており、そこに「イリス様♡」とピンク色で刺繍されていた。
「な、なにあの人たち……」
「分からん……だが、ヤバいことだけは確かだ……」
「てか、あそこにいるのランスロットじゃね……?」
騒めく会場。
多くの人たちは侮蔑の表情だが、一部に目を輝かせる者たちがいた。
「なんて熱いパトスだ!」
「仲間に入れてくれ!」
「俺もこの想いを声にして叫びたい! 超絶かわいい! イリス様!」
彼らがランスロット率いる一団に加わることで、さらに勢力を増した。
「「「超絶かわいい! イリス様!」」」
「「「僕らの天使! イリス様!」」」
「「「世界で一番! 愛してる!」」」
「「「もふもふお耳が超キュート!」」」
「「「もふもふ尻尾は超プリティ!」」」
「「「ラブリー、ラブリー、イリス様!」」」
「「「ラブリー、ラブリー、イリス様!」」」
――これが後の世に語り継がれることになる、イリス教団誕生の瞬間であった。
「いい? あいつと私たちは赤の他人よ」
「ええ、何の関係もないわ」
「むしろどこの誰?」
そんな怒涛の盛り上がりとは反対に、ビアンナ、フローゼ、テボアの三人は、完全に顔から表情が抜け落ちていた。
「????」
イリス本人は何が起こっているのか分からないようで、助けを求めるようにリオンの方を見た。
しかしリオンにもまったく理解できず、ただ首を振るしかない。
「随分と騒々しい応援団だな」
「!」
反対側から対戦相手がステージに上がってきた。
王国騎士団長のバルバスだ。
歳はまだ四十手前。
歴代の団長と比べると、はるかに若い。
それは彼が突出した才能を有していることの証左である。
「「「バルバス! バルバス! バルバス!」」」
イリスのときと遜色のない大歓声が起こる。
彼の名は庶民にまで知れ渡り、今大会の出場者の中でも圧倒的な人気を誇っていた。
ランスロットが率いる一団とは毛色がまるで違うものの、熱狂的な応援者も多くいる。
「まさかその歳でここまで勝ち上がってくるとはな。だが快進撃もここまでだ。王国最強の力を見せてやろう」
「まけない!」
すでに両者とも気合十分、火花を散らしている。
「それでは決勝戦、開始!」
合図とともにバルバスが剣を抜いた。
と同時に刀身を紫電が覆っていく。
バルバスはクラスⅡの【魔法剣士】。
剣に魔法を付与しての戦闘は、彼の十八番だった。
「ふん」
「っ!?」
バルバスがその場で剣を振るうと、斬撃状の雷撃が放たれた。
開始と同時に地面を蹴って距離を縮めようとしていたイリスは、咄嗟に身を屈めることで潜り抜ける。
「一撃では終わらぬぞ」
「っ!」
バルバスは雷撃を連射する。
さすがのイリスも回避するだけで精いっぱいで、距離を詰めることができない。
その様子に満足しながら、バルバスは断言した。
「貴様の弱点は接近戦しかできないことだ。やはりこの勝負、私が勝たせてもらう」





