第78話 僕は、天使に出会った
優勝候補の一角だったランスロットが幼女に瞬殺された。
まさかの展開に、会場中が静まり返る。
絶句していたのはリオンも同じだ。
(えええ……ランスロット、弱くない……? あれでSランク冒険者なのか……)
一回戦はどこか動きの硬かったイリスも、二回戦になって緊張が解けたのか、普段通りの力を出せた印象ではあったが……まさか一回戦より短い決着になるとは思いもしなかった。
(……相手が子供だからと油断していたのか? うん、きっとそうだ。そうに違いない)
リオンはそう自分に言い聞かせるが、ランスロット以上の相手が出てこないと、双子のどちらかが優勝してしまうことになる。
(シードはあと五人。その中に二人より強い戦士がいるはず……)
しかしそんなリオンの期待とは裏腹に、次の第四試合でアルクがシードに圧勝。
さらに残る四つの試合が終わったが、
(うーん……シードも大したことなかったな……。最後に出てきたおっさんだけはまだ実力を隠してそうだったけど……)
ちなみにそのおっさんとは、聖竜騎士団の団長のことで、今大会の優勝候補筆頭。
この国最強の戦士と名高い騎士だった。
その後、三回戦の第二試合でアルクとイリスが激突。
リオンにとってはいつもよく見ているじゃれ合いの延長だが、二人の全力の戦いに会場が大いにどよめいた。
「ほ、本当に子供の戦いなのか?」
「獣人ってこんなに強いの?」
「いや、確かに獣人の多くは高い身体能力を持ってはいるが……さすがにここまでじゃない。あれは異常だ」
「一体何者なんだ……? 噂だと謎の美少年が引き連れているって聞くが……」
「冒険者らしいぞ。しかも先日のオーク狩りで優勝したとか」
(なんか勝手に俺まで目立ってきてる……)
当然のことだが、双子の活躍の結果、その主人であるリオンにも注目が集まってきていた。
リオンが頭を抱える中、双子の戦いは終盤戦へと突入しているようだった。
すでに少なくないダメージを負い、二人とも肩で息をしている。
「まけない」
「かつ」
実力はほとんど互角で、どちらも負けず嫌い。
なのでなかなか決着がつかないのだが、この日は隙を突いて関節技を決めたイリスに軍配が上がりそうだ。
「い~~っ」
「いたい?」
「いたくない!」
「いたがってる」
「いたくなーい!」
「じゃあ、もっとつよくする」
「にぎゃ~~~~~っ!?」
蛙が潰れたような悲鳴を上げたアルクがついに降参。
双子の激闘に万雷の拍手が響いた。
「かった!」
「……う~」
イリスは上機嫌で、アルクは拗ねたような顔でリオンのところに戻ってくる。
ひとまず回復魔法で怪我を治してやるリオン。
「アルク、ちょっと負けたくらいで泣くんじゃない」
「ないでない! ずるっ」
「鼻水出てるぞ」
ちーん、と手巾で鼻をかんでやった。
いつもは負けたとしても、悔しがりはするものの泣いたりすることはない。
何だかんだで大会を勝ち抜きたかったのだろう。
「イリスがアルクの分まで頑張ってくれるって」
「ん、がんばる」
(と言いつつ、本当に頑張って優勝してしまったら面倒だなぁ……)
まぁそのときは王都を出よう。
リオンは心の中でそう決めるのだった。
「まさか、あんなにあっさり負けるとはね。試合前、ああは言ったけど、さすがにランスロットが勝つと思ってたわ」
「油断してたのかしら?」
「だとしても完敗よ。あれで少しは謙虚になってくれたらいいんだけど……」
「むしろ子供に負けたショックでダメになったりしないわよね?」
「えー、そうなったらさすがに困るんだけど。何だかんだで、Sランクのあいつがいるお陰でこれだけ稼げてるんだし」
「そうね。あ、じゃあさ、リオン君とパーティを組めばいいんじゃない?」
「ナイスアイデアね! それでいきましょう!」
ビアンナ、フローゼ、テボアの三人は、医務室でそんな女子トーク(?)を繰り広げていた。
試合中に気絶したランスロットはベッドに寝かされており、まだ目を覚ましていない。
「ううん……」
「あ、起きるわ」
唸り声が聞こえてきたかと思うと、ランスロットが目を開けた。
ビアンナが声をかける。
「大丈夫? ここは医務室だけど、何でここにいるか分かるかしら?」
意識と一緒に記憶が飛んでいないかの確認だ。
だが上体を起こしたランスロットは、彼女たちに視線を向けることなく、ただ前方の壁をじっと見つめていた。
彼の異変に気づいて、さすがに彼女たちも不安な表情を浮かべる。
「ランスロット? 聞こえてる? 聞こえてるならこっち見て」
「ダメね。まったく反応がないわ」
「もしかして打ちどころが悪かったんじゃないかしら?」
そのとき、相変わらず壁だけを見ながらも、ランスロットが小さく呟いた。
「天使だ……」
「え?」
今なんて言ったの? という顔で三人娘が眉根を寄せる。
「天使だ……僕は、天使に出会った……」
今度はもっとはっきりと聞こえた。
「天使? 天使に出会ったって……」
「夢の中で?」
「これ、本当におかしくなっちゃったんじゃ……」
パーティメンバーたちが不安がる中、ランスロットがいきなりベッドの上で立ち上がった。
「そう! 天使だ! 彼女こそ、僕の天使っ!」
「って、彼女?」
ランスロットは叫ぶ。
「イリスちゃん! いや、イリス様! 僕は一生、あなた様に付いてきますっ!」
どうやら本当に打ちどころが悪かったらしい。
三人娘の口から同時に「ダメだこりゃ……」という言葉が零れた。





