第77話 遠慮することはないさ
「「「え?」」」
会場中が目の前で繰り広げられる光景に、我が目を疑い、言葉を失っていた。
「えい」
「ぐっ!」
「とお」
「がぁっ!」
可愛らしい獣人の幼女が、聖竜騎士団に所属する大人の騎士を圧倒しているのである。
下馬評とは真逆の展開に、誰もが唖然とせざるを得ない。
「は?」
それはランスロットも例外ではなかった。
(待て待て待て!? 何だ、あの幼女は!? 本当に子供なのかい!?)
対戦相手の騎士は決して弱くない。
冒険者だったら、Aランクに相当する実力者だろう。
だというのに、幼女の猛攻を前に防戦一方だ。
(なんという敏捷性……っ! この僕が、目で追うだけでも精いっぱいだなんて……っ!)
ステージを見下ろせる場所からでも、その動きを追うのは容易ではない。
実際に対峙していると、もっと速く見えるだろう。
「ま、まいった……」
地面に膝をつき、騎士が敗北を宣言する。
その瞬間、観客たちが一斉に湧いた。
「凄いぞ、嬢ちゃん!」
「このまま勝ち上がっていけ!」
「応援してるよ!」
その強さに驚きながらも、魅了された者が多かったのだろう。
飛び交う言葉の大半は好意的なものだった。
「っ……」
幼女は自分に投げかけられる大声援に気づくと、ちょっとビクっとして、慌ててステージを降りていった。
「凄い……勝っちゃったわ」
「オーク狩りに連れて行ってたのも納得ね……あれなら十分な戦力よ」
「リオン君が一人で狩っていたわけじゃなかったのね」
「普通にランスロットも負けるんじゃない?」
「ランスロット? ねぇ、あんた、聞いてる?」
「おーい」
女子三人から呼びかけられても、ランスロットはしばらく気づかなかった。
やがて足を踏まれて、ようやく自分が呼ばれていることに気づく。
「さっきから呼んでるんだけど」
「な、何だい?」
「あんた」
「は、ははは、馬鹿を言っちゃいけないよ」
ランスロットは動揺を悟られないよう、懸命に笑う。
「確かにあの幼女はなかなかの強さだ。だけど、あの騎士の武器は槍だった。あれだけ接近されてはかえって不利になってしまう。つまり相性がよかったから勝てたということ。さらに強いこの僕が相手じゃあ、どうあがいても勝つことは不可能さ」
「ふーん、そう?」
「そうに決まっている。なにせ僕はSランク冒険者なのだからね」
ランスロットは自分のその言葉によって、いつもの調子を取り戻していった。
(ははは、そうだ。この僕は天才なんだ。あんな幼女に負けるはずがないよ、うん)
確かに見ていて素晴らしい動きをしていたが、きっとあれくらい、いや、あれ以上の動きが自分にもできるはずだと、ランスロットは楽観的に思い直す。
「その割には笑みが引き攣っていたけど?」
「幼気な子供に世界の厳しさを教えてあげるべきか、それとも勝ちを譲ってあげるべきか、悩んでいただけさ」
「……本当に?」
「ああ。だけど、決めたよ。心苦しいけれど、やはりワザと負けても彼女のためにならない。あの子の将来のために、壁になってあげようじゃないか」
「……」
三人から不信の眼差しを向けられるが、ランスロットは、
「さすがは僕だ。安易な道を選ぼうとしない。ますます男に磨きがかかってきたようだ」
と一人満足そうに頷くのだった。
午前中の間に一回戦のすべての試合が終わった。
イリスに続いて、アルクも危なげなく一回戦を勝利し、二回戦へと駒を進めることに。
「「やった」」
勝ち上がって喜んでいる双子とは対照的に、リオンは頬を引き攣らせていた。
(えええ……本選ならもうちょっと強い相手がいると思ってたんだが)
一回戦の出場者たちの戦いを見終わっても、実力者は見つからなかった。
このままでは双子が簡単に勝ち上がってしまいかねない。
(い、いや……きっとシードになら二人の敵わない戦士がいるはず……。ランスロットも出てくるし……)
リオンは秘かに祈っていた。
大声援を浴びながら、満を持して優勝候補の一角、Sランク冒険者ランスロットがステージの上へと姿を現す。
二回戦も順調に進み、第三試合になっていた。
「きゃーっ、かっこいい!」
「ランスロット様ぁっ!」
飛び交う黄色い声。
明らかにこれまでの試合と違い、女性の声援が大きかった。
「ふっ、さすがは僕。ステージに上がるだけで女の子たちのハートを射貫いてしまうなんて」
一方、反対側から幼女が姿を見せた。
一回戦のときは大勢の観客に注目されてビクビクしている
「ふっ、だけどここで敗退してもらうよ」
ランスロットは鞘から剣を抜く。
その洗練された美しい動きに、女性たちが再び黄色い悲鳴を響かせた。
「まけない」
イリスも小さな手足で構えを取る。
「……ねぇ、どっちが勝つと思う?」
「さすがにランスロットだろう」
「でもあの女の子もすごかったよ」
「いやいや、それでもSランク冒険者に勝てるわけがない」
一部の熱狂的なファンたちとは別に、冷静に試合を予想している者たちもいた。
大方は、やはりランスロットを優勢と見ているようだ。
(当然だろう。この僕が負けるはずがない)
ランスロットはそう確信を深めた。
「二回戦第三試合、はじめっ!」
両者の準備が整ったと判断したのか、試合開始の合図がなされる。
「さあ、遠慮することはないさ。全力でかかってくるがいい」
「ん、そのつもり」
「っ!?」
返事はすぐ目の前から聞こえてきた。
五メートルはあっただろう距離を一瞬にして詰め、イリスが眼前に迫っていたのだ。
「は、速――」
「えい」
「くっ!」
繰り出された拳を剣の腹で咄嗟に防ぐ。
その衝撃は子供の小さな身体から放たれたとは思えないほど強く、ランスロットはそれだけで吹き飛ばされそうになってしまった。
どうにか踏ん張って耐えたが、間髪入れずに二撃目がきた。
こちらの足を狙った蹴りだ。
「っ!」
細い足のどこにそんな力があるのか、衝撃とともに、ランスロットの身体は気づいたら宙に浮いていた。足を払われてしまったのだ。
さらにそこへ、顔面目がけて放たれる後ろ回し蹴り。回避は不可能。
「ぶごっ!?」
まともに喰らい、ランスロットはステージの端まで一気に飛ばされていった。
「「「……え」」」
静まり返る会場。
下馬評を完全に覆す展開に、誰もが言葉を失ったのだった。





