第74話 このグループはラッキーだな
双子の熱意に押される形で、リオンは彼らを武術大会に出場させることにした。
事前に出場登録が必要だということで、受付会場へと向かう。
「へー、本当に色んな人がいるな」
参加に制限がないためか、受付会場には多種多様な人間たちが集っていた。
冒険者の他に、力自慢の農夫や船乗り、どう見ても悪党にしか見えない連中など。
リオンくらいの年齢の少年の姿もある。
さすがにアルクとイリスほどの幼児はいなかった。
「殺しは禁じられていますが、万一、試合中に死亡、あるいは怪我を負った場合でも、運営側は責任を取ることは致しません。それは子供でも同じです」
受付係の女性から軽く脅された。
「それでもよければこちらの書類にサインを」
「二枚もらえる?」
「二枚?」
「あ、僕は参加しないよ。するのはこの二人」
「「ん!」」
リオンの両脇にいた幼児たちに気づいて、受付の女性が目を丸くする。
「え? この子たちが? さ、さすがにそれは危険かと……」
「大丈夫だよ。その辺の冒険者よりは強いから」
「「つよい!」」
戸惑いながらも、女性は二枚の書類を出してくる。
背が届かないのでリオンが抱えてやり、双子は汚い字で必要事項を記入していく。
「おいおい、こんな餓鬼どもまで出るのかよ」
「年齢制限くらい設けておきやがれ。何で武術大会で子供と遊戯しないといけねぇんだ」
後ろからそんな声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのは傭兵風の二人組だ。
使い古された装備に身を包み、経験豊富そうである。
「「う~」」
「言わせておけばいい。ただの子供じゃないってことは本番で見せてやれ」
唸る双子を宥めつつ、受付を終えた。
そして予選当日。
会場となったのは、普段は聖竜騎士団――王都を拠点とする騎士団の野外訓練場として使われている場所だ。
参加人数は二百人を超えたらしいが、この中から本選に出場できるのは僅かに八名。
選出方法は以下の通り。
まず二百人強を八つのブロックに分ける。
そして各ブロック、二十七、八人の中から本選出場者一人を決定するわけだが、それでも人数が多いため、再び四つのグループに分ける。
この各グループの七人前後が一斉に戦う。
最後に残っていた者だけがグループ勝者となり、四人の勝者がトーナメント形式で対戦。
それを勝ち抜いた一人がブロック優勝者として、本選への出場権を獲得する。
「という感じらしい。分かった?」
「「ぜんぜん」」
「まぁとにかく勝ち上がっていけばいいってことだ」
「「ん」」
幸い二人は別々のブロックに分かれたようだ。
アルクは第一ブロック。イリスは第三ブロックである。
「それでは第一ブロックの予選試合から始めたいと思います。第一ブロックAグループの方はステージ上へお願いします」
「早速だな」
「ん!」
アルクは第一ブロックのAグループなので、いきなりの出場だ。
気合が入った顔で用意されたステージへと上がっていく。
石で作られた二十メートル×二十メートルほどの正方形のステージだ。
七人の出場者がこの上で戦う。
ステージから落ちても失格にはならず、十秒以内に戻れば試合を再開できる。ただし故意に落ちるのはアウトだ。
「あんな乳離れしたばかりの幼児が参加するのか?」
「ははは、このグループはラッキーだな。実質、一人少ないんだからよ」
アルクを見て、会場内を嘲笑の声が飛び交う。
「ちっ、この間の餓鬼じゃねぇか」
ステージの上でそう吐き捨てたのは、先日の傭兵風の二人組のうちの一人だった。
「ちょろちょろしてるとぶっ殺されるぞ。気をつけな」
偶然にもアルクと同じブロックの同じグループらしい。
「あの男……まさか〝戦場巡り〟のアントニオじゃねぇか?」
「何だそいつは?」
「世界各地の戦場を渡り歩いてる凄腕の傭兵だ。弟のオートニオと合わせて、巡った戦場の数は百を超えるって話だぜ」
「マジかよ。道理で見た目からして威圧感が半端ないわけだ」
「見ろよ、あそこに弟のオートニオもいるぜ。こんな連中まで参加してるとは、随分と広く周知させたんだな」
どうやら有名な傭兵のようで、ステージに立つ対戦相手たちも警戒している。
「ぐるる~」
そんな経験豊富で、ずっと体格もいい相手に対して、アルクは喉を鳴らして威嚇。
「何だ? 俺様とやろうってのか? はっ、だったら真っ先にかかってきやがれ。首根っこ掴んで、会場の外まで放り投げてやる」
「がう!」
挑発的なことを言われ、アルクは今にも飛び掛かりそうだ。
リオンは「試合が始まるまで我慢しろ!」と視線と身振り手振りで訴える。
「それでは試合開始です!」
どうにか堪えたアルクは、開始の合図とともに地面を蹴った。
五歳の幼児になど、出場者も見ている方も、まったく注目してはいなかった。
ゆえにその姿が一瞬にしてステージの端から端へと駆け抜けるのを捉えていたのは、リオンたちを除けば、凄腕の傭兵アントニオくらいだった。
「は?」
「えい!」
「ぐっ!?」
アルクが繰り出した回転蹴りを、アントニオは咄嗟に片腕で防ぐ。
ミシミシミシッ!
だが鍛え抜かれたその太い腕から嫌な音が響き、激痛が駆け巡った。
「な、何だ――」
これまで幾多の戦場を駆け抜けてきた彼にとっても、この事態は想定外だったはずだ。
それでも身体に染みついた感覚が、動揺する心を抑え込み、即座に次の行動へと彼を動かした。
「ハァッ!」
使い慣れた戦斧を振るう。
重量級の武具だが、しかし彼の腕力ならば、片手でナイフを扱うような速度で振り回すことが可能だった。
もっとも、図抜けた敏捷値を有するアルクを捉えることはできなかった。
「なっ……」
気づけばアルクは背後に回っていた。
そしてアントニオの背中へ、強烈な一撃を叩き込む。
「やあ!」
「ぶごああっ!?」
アントニオの巨体は吹き飛び、そのままステージの外まで転がり落ちた。





