第73話 魔物は無理だって
リオンが王宮に参上した翌日。
冒険者ギルドに赴くと、シルエからそのことを訊ねられた。
「どうだったの? 王太子様に謁見したんでしょ?」
「うん。宮廷料理を食べさせてもらった」
「王太子様ってまだ見たことがないんだけれど、とても眉目秀麗な方だっていうじゃない。ああ、私も一度でいいからお会いしてみたいわ……」
相変わらず彼女は美男子が好きなようだ。
「それにしても王太子様から招待されるなんて、よっぽどのことよ。もしかしてリオン君、実は身分を隠したどこかの大貴族の御子息だったり……?」
「違うよ。ごく普通の平民だよ」
「ごく普通の平民が王太子様に招待されるかしら?」
変に疑われても困るので、リオンは王太子と知り合った経緯を話すことにした。
「つまり、野盗に襲われているところを助けて、そのお礼に王宮で持て成されたってこと?」
「助けたっていうか、手を貸しただけだけどね」
「そうだったのね。……そんなリオン君にさらなる朗報よ!」
「?」
「Bランクへの昇格が決まったわ! おめでとう!」
シルエが大きな声で告げたので、フロアにいた冒険者たちの注目が集まってきた。
「なんだなんだ?」
「昇格だってよ」
「へー、あんな子供が。俺なんてDランクに上がったのは十八のときだぜ」
「いや、Bランクらしいぞ」
「は? おいおい、嘘だろ?」
「確かに今そう聞こえたって。てか、たぶんあいつだろ。オーク狩りでSランク冒険者のパーティに勝っちまったっていう子供の冒険者」
「あの噂、本当だったのか?」
(うわー、めちゃくちゃ注目されてる……。何で大きな声で言っちゃうかな)
恨めし気な目でシルエを見るリオンだが、彼女はそれに気づいた様子もなく、
「まぁリオン君なら当然ね。きっとすぐにAランクにも昇格できるはずよ」
そのとき背後から、パチパチパチ、と拍手の音が近づいてきた。
「おめでとう、少年」
振り返ると、そこにいたのは先日のオーク狩りでひと悶着あった相手、Sランク冒険者のランスロットだった。
パーティメンバーたちも一緒だ。
「いや、これからは好敵手と呼ばせてもらおうか」
「好敵手?」
勝手にライバル認定されてしまった。
「おい、あいつランスロットだぞ?」
「Sランクの?」
「最上級冒険者に好敵手扱いされるなんて……やっぱあの子供、本物なのか」
「リオンだったか? 今から名前を憶えておいた方がいいな」
お陰でさらに注目度があがったようだ。
「君も大会には出るんだろう?」
「大会?」
「何だ、知らないのかい? 国が主宰する武術大会のことだよ」
初耳だった。
「例年は騎士団に所属している者にしか出場権がなかったけれど、今年はそうした規約が撤廃されるんだ。つまり、僕らのような冒険者にも参加ができるということ。聞けば、国外の有力戦士にも声をかけているそうじゃないか」
「へー」
そうした武を競い合う大会は前世でも珍しいことではなかった。
国威発揚のため、有能な戦士を集めるため、あるいは国民の不満解消のため。
様々な目的で開催される。
ランスロットはビシッと指先をリオンに突き付けてきた。
「そこで先日の借りを君に返そうじゃないか!」
「え?」
「つまり、今度は直接対決で雌雄を決そうということだよ」
ランスロットは大袈裟に手を広げ、俳優ばりに高らかに言う。
「舞台は武術大会の決勝! 大勢の観客が見守る中での頂上決戦! きっと盛り上がることだろう! そして僕の輝かしい歴史の一ページに、優勝の二文字が刻まれるのさ!」
その相手が子供とあっては、正直あまり拍が付かないのではないかと、思うリオンだった。
「そもそも僕、出る気ないけど」
「はっはっは! 何を言っているんだい! 君ほどの力があれば、きっと決勝までは上がってこれるはずさ!」
「そういう問題じゃなくって……興味ないっていうか」
「まさか逃げる気かい? 僕と戦うことが怖い――ぶごっ!?」
いきなりランスロットが吹き飛んだ。
彼のパーティメンバーの一人が、横からドロップキックを見舞ったからだ。
見事な蹴りが決まり、冒険者たちが思わず「おー」と感嘆の声を漏らす。
「な、何をするんだいっ!?」
「それはこっちの台詞よ。バカスロット」
「ば、バカスロット……?」
ランスロットを取り囲む、彼のパーティメンバーたち。
ちなみにビアンナ、フローゼ、テボアという名前である。
「また勝手なこと言って。どう見ても困ってるでしょうが」
「ごめんね、リオン君。こいつ本当に学習能力がなくて」
「見た目は大人だけど、頭は猿なのよ」
「う、うん……」
さすがに酷い言い様だとは思うが、彼女たちのお陰で助かった。
武術大会なんて目立つものに出場したくはない。
「「……」」
「え? 出てみたいって?」
ぶんぶんと高速で首を縦に振る双子。
「でも、さすがに年齢制限があると思うよ」
「いいえ、そういう規則はなかったと思うわ。ただ、予選を突破できないと本選には進めないけれど」
教えてくれたのはビアンナだ。
もちろん彼女は双子が予選を突破できるとは思ってもいない。
それを聞いて、双子は拳をぐっと握って、瞳に闘志を燃やす。
出る気まんまんのようだ。
(うーん……。まぁ対人戦の経験を積めるだろうし、良いかな?)
国内外から実力者が集まる大会なら、きっと二人より強い相手もいるだろう。
そう安易に考えたリオンだが……それが大きな間違いであったことに気づくのは、大会が始まってからのことである。
『スーラもでたいのー』
「魔物は無理だって」
『がーん』





