第7話 くすぐったいのか
自室に戻ると、スーラがぽよぽよと近づいてきた。
『おかえりなのー』
「すごい。本当に考えていることが分かるようになったぞ」
しゃがんで身体を撫でてやる。
『くすぐったいのー』
「くすぐったいのか」
今度は身体を揉んでやった。
『きもちいいのー』
「これは気持ちいいのか」
どちらも見た目の反応は一緒だ。
今までなら絶対に違いが分からなかっただろう。
それからリオンは出発のための支度を始めることにした。
リオンは適当な袋に魔法を施すと、部屋にあった物を手当たり次第に放り込んでいった。
明らかな容量オーバーだが、袋はいっぱいになる気配がない。
リオンの魔法によって、ただの袋がアイテムボックスと呼ばれる魔道具へと早変わりしたからだ。
これは異空間に道具を収納しておけるという便利なもので、商人などに重宝されている。
もちろん無限に入れられるわけではない。
「この袋じゃせいぜい容量はこの部屋の二、三倍くらいまでだな」
使う袋によって容量の限界が決まる。
というのも貧弱な材質の袋では、強力な魔法を付与しても耐え切れないからだ。
いずれもっと良い袋が手に入ったら、ちょっとした村ぐらいは収納できる性能のものを作ろう。
そう思いながら、リオンは毛布をアイテムボックスに放り込む。
どうせ自分が使っていた物なんて、今後、誰かが使うことはないだろう。
置いておく必要はないので、ただ無心ですべて詰め込んでいった。
「しかし前世で持ってたアイテムボックス、貴重なものが結構あったんだけどな」
残念ながらそのアイテムボックスは手元にない。
「まぁ、こうして生まれ変わったことだけでも感謝しよう」
あっという間に部屋が奇麗に片付いた。
するとスーラが不安そうに近づいてくる。
『どこかいっちゃうのー?』
「ああ、家を出るんだ」
『うえーん、やなのー』
「もちろんスーラも連れていくぞ」
『ほんと? よかったのー』
荷造りが終わったところへ、家主のロイドがやってきた。
部屋の中がすっからかんになっていることに驚く。
「これは……?」
「父上? 何か御用でしょうか?」
「え? ああ、そうだな。……リオン、せめてこれを持っていくんだ」
そう言って渡してきたのは、ずっしりと重たい袋だった。
中を覗いてみると、銀貨と銅貨が詰まっていた。何枚か金貨もある。
「いいのですか?」
「ああ。むしろ父でありながら、それくらいしかしてやれない私を許してくれ……」
くれるというのならぜひ貰っておこう。
これなら予定よりもマシな旅ができそうだと、リオンは喜んだ。
リオンは長く暮らした屋敷を出発した。
前世の記憶を取り戻したからか、さして感傷的な想いはない。
むしろようやくここでの生活から解放されるのかと、清々しい気持ちになっている。
リオンは馬車の発着場へと向かう。
もとより荷物は少ないが、それもアイテムボックスの中なのでほとんど手ぶらだ。
せめて腰に剣くらい差してはおきたいが、無いので仕方がない。
このお金で新しい剣を買うこともできなくはないが……買えても安物だけだろう。
それにこの田舎町では腕のいい鍛冶師もいない。
これから行く予定の都市で買うとしよう。
そこには冒険者ギルドもあるはずで、きっと優れた装備も売られているに違いない。
もっともリオンが立ち寄ったのは、百年も昔のことなので、今どうなっているか分からないが。
「ん?」
リオンはある異変に気づいた。
付かれ離れずの距離を保ったまま、ずっと付いてくる者がいるのだ。
普通の通行人のフリをしているが、明らかに俺のことを観察しているようだ。
しかも一人だけじゃない。
何だろうかと思いつつも気にせず進んでいると、やがて路地から十人以上もの少年たちが現れ、リオンの行く道を塞いでしまった。
彼らの後ろから兄スネイルが姿を現す。
「よお、リオン。かわいい弟の門出をみんなで祝うために、このオレがわざわざ人を集めてやったんだぜ? 感謝してくれよ」
ニヤニヤしながら彼は言った。
十人以上も集めて、僕の出発を祝ってくれるなんて。
この兄も少しは人の心があったんだな。
……などと、思うはずもない。
「なぁ? 親父から金、貰ったんだろ? 幾らあったんだ? 実はよ、最近ちょっと小遣いを使い過ぎちまって、金に困ってんだよなぁ~?」
なるほど、それが目的かと、リオンは得心した。
旅立つ弟を応援するどころか、その旅の資金をも奪おうとするとは、つくづく最低な兄だった。
「それは大変ですね。ところで邪魔だからそこを退いてくれませんか?」
「くははっ、まだ状況を理解できてねぇようだなぁ」
兄が顎で指図すると、逃げられないようにするためか、少年らが俺を取り囲んでくる。
「殴られたくなかったらとっとと出せよ、ノロマが」
「断ると言ったら?」
「ちっ。……やれ」
少年の一人が殴り掛かってきた。
もちろん昨日のスネイルとまったく同じ運命を辿ったのだが。
――〝倍化反射〟発動。
「あがっ!?」
ダメージを受け、少年が地面に崩れ落ちる。
「なっ……お前、何をしやがった!? くそっ、数人で一斉にやっちまえ!」
今度は四人が同時に飛びかかってきた。
――〝倍化反射〟発動。
「「「ぶげっ!?」」」
全員仲良く自動カウンターの餌食に。
一応、発動は百パーセントではないのだが、それでも【剣聖】のスキルだけあって、かなりの高確率で発動するのだ。
「な、何だ……? 何が起こったんだ……?」
「何もしてねぇのに、五人もやられたぞ……?」
少年たちが怯え出す。
「なら、距離を取って攻撃しろ!」
兄にそう怒鳴られ、少年たちは「そんなこと言われても」とばかりに顔を見合わせる。
だがそのうちの一人が石を拾い出した。
「これでどうだ!」
その石をリオンに向かって投げてくる。
――〝倍化反射〟発動。
「ぎゃっ!?」
残念ながらこのスキルは距離を無視して発動するのである。
「嘘だろ!?」
「こ、こいつヤベェぞ……っ?」
謎の攻撃で仲間が次々とやられて、少年たちは後ずさった。
「使えねぇ奴らだ! もういい、オレがやる!」
そう言ってスネイルが腰に差していた剣を抜いた。
あの伝説の剣(笑)だ。
大した剣ではないと言っても、力任せに振ることしかできない兄には過ぎた性能だ。
本来はオーガが相手なら十分なのだが。
しかしスネイルは不敵な笑みを浮かべて、
「へへっ、本当にジョブを取ったってんなら、その力を見せてみろよ?」
どうやらこんなところで決闘をするつもりらしい。
仕方ないなと、リオンは嘆息する。
「これでいいか」
リオンは近くに落ちていた木の枝を拾った。
「何のつもりだ?」
「兄上を倒すくらい、この枝で十分かなと」