第66話 二人とも詰めが甘い
例のごとく双子がオークの群れに奇襲を仕かけた。
一体、二体、三体と難なく倒していく。
「ブオオオオオオッ!!」
仲間をやられ、雄叫びを轟かせたのは青色のオークだった。
目を血走らせて双子に躍りかかる。
「「っ!?」」
今まで戦ってきたオークとは桁違いの俊敏さに、双子が目を見開いた。
一瞬で接近されたアルクが、青色オークの繰り出した拳を咄嗟にガード。
しかしそのまま吹き飛ばされた。
「にゃう!?」
「あるく!?」
背後の木に叩きつけられるアルク。
それをつい目で追ってしまい、注意を逸らしてしまったイリスに、青色オークが迫る。
「っ!」
寸前で気づき、転がるように剛腕を回避。
青色オークは絶対に逃がすまいと、すぐさま追撃する。
ジェネラルオークに比べると小柄ながら、その腕を振るう度に発生するのは暴風。
拳が巨樹を圧し折り、地面を陥没させる。
俊敏さで大きくジェネラルオークを上回りながらも、パワーでも引けを取らなかった。
下手をすれば凌駕しているかもしれない。
「~~っ! ~~っ!」
必死になって攻撃を躱すイリス。
一撃でも喰らえばマズいということが直感で分かっているのだろう。
嵐のような青色オークの攻撃を避けながらも、イリスは隙をついて反撃していた。
急所を突く的確な打撃。
しかし幾らヒットさせても、青色オークの動きが衰える気配を見せない。
耐久力においてもジェネラルオークを凌駕しているのは明白だった。
「ぴっとふぉーる!」
そのときイリスが起死回生とばかりに使ったのは、初級の土魔法だった。
獣人は魔法を苦手としている。
だがまったく使えないわけではない。
教えておけば何かのときに役に立つかもしれないと、リオンは双子に基礎的な魔法だけは覚えさせておいたのだ。
ピットフォールは落とし穴を作り出す魔法だ。
突如として足元から地面を踏む感触が無くなり、青色オークが穴にはまり込む。
そこへ頭上から小さな影が降ってきた。
アルクだ。
ぐるぐるぐると空中で何度も回転し、そして繰り出すのは遠心力と落下のエネルギーを加算させた渾身の踵落とし。
「ブギャァ!?」
激烈な一撃を脳天に叩き込まれ、青色オークが白目を剥いて崩れ落ちる。
アルクは吹き飛ばされて決して小さくないダメージを負ったのだが、リオンに教えてもらった初級の回復魔法で身体を癒しつつ木に登り、ずっと隙を窺っていたのだ。
それを察していたイリスは青色オークの猛攻を凌ぎつつ誘導。
青色オークはまんまと二人の連携にハマってしまったというわけだ。
残っていたオークたちはいつの間にか逃げてしまっていた。
何体か仕留めそこなったことを悔しがりながらも、双子は健闘を称えるようにハイタッチを交わす。
と、二人の意識が逸れた一瞬の隙を突くように。
いつの間にか目を覚ましていた青色オークが素早く身を起こしていた。
「「っ!?」」
双子がそれに気づいたときにはもう遅い。
青色オークの拳がアルクの顔面に直撃する――
「ブヒ?」
寸前、青色オークが間の抜けた声を漏らした。
いつの間にか現れた人間によって、あっさり拳を受け止められていたのである。
乱入者はもちろん、近くで身を潜めていたリオンだ。
「二人とも詰めが甘い。ちゃんと死んだことを確認しないとダメだぞ」
「「う~……」」
がっくりと肩を落とす双子を後目に、リオンは青色オークの腹に拳を見舞う。
ズドンッ!
「~~~~ッ!?」
凄まじい殴打音と声にならない悲鳴。
青色オークは今度こそ絶命してその場に沈み込んだ。
「さて、ということで罰としてこれから森の中での無限ランニングだ」
「「っ!」」
都合のいい口実ができたとばかりに、リオンは有無を言わさず命じる。
無限ランニングとは、その名の通りゴールを決めることなく「よし」と言われるまで走り続けなければならない地獄のトレーニングだ。
その辛さを思い出し、双子は今にも泣きだしそうな顔になる。
二人とも短距離走は得意なのだが、長距離走は苦手としているのだ。
「心配しなくてもそんなに長くはならないぞ。時間が来たら戻らないとダメだしな。まぁ森の中を走るから、その点はいつもより大変だろうが」
「「うぅ~」」
嫌がる双子を促し、リオンは走り始める。
無限ランニングでは先導するリオンから遅れてはならないルールだった。
(……やっぱり付いてきてるな)
ランニングを始めたのは、しつこく後を付いてくる人物の反応を見るためでもあった。
(少しずつ遅れ始めてきたか。体力はそんなにないようだな)
しばらく走ると、段々と気配が遠ざかっていくのが分かった。
一体何が目的だったのだろうかと訝しみながら、リオンは双子を連れて森の中を疾走するのだった。
(ちょっ、なんて速さなの!? あたしが追いつけないなんて……っ!)
彼女は徐々に遠ざかっていく背中に驚愕していた。
(ていうか、獣人とはいえ、あんな幼児がオークを倒すとかあり得ないんだけど!)
隠れて監視していた彼女が目撃したのは、あまりにも予想外のことだった。
てっきり少年がオークを倒していたと思っていたのに、彼はほとんど見ているだけで、少年よりさらに幼い双子が戦っていたのだ。
しかも一流の冒険者すら苦戦するハイオークすらも簡単に倒してしまう。
(だけどもっとあり得ないのは、あの少年……っ! さっきの動き、このあたしにもまったく見えなかったし……っ! って、もう限界ね……)
ついに追うのを諦め、彼女は立ち止まった。
「ハァ、ハァ、ハァ……こんな報告、誰が信じるっていうのよ……」
そして呼吸を整えながら、溜息を吐く。
「……それにしてもあの青色のオーク……まさか……」