第6話 今すぐ出ていきましょう
リオンは教会にやってきた。
「ジョブツリーを確認したいんですけど」
「ではこちらにどうぞ」
要件を伝えると、奥の部屋に案内された。
祭壇らしきものの上に美しい水晶が乗っている。
水晶に軽く手を添えると、リオンの魔力を読み取って、ジョブツリーが浮かび上がってきた。
ジョブツリーというのは、取得可能なジョブを樹形図として表示したもののことで、この水晶はそのための聖具である。
「これも前世のままだ」
人によって生まれつき取得できる系統とできない系統がある。
後天的に取得可能になる場合もあるが、大抵は先天的なものだ。
リオンの場合、前世では最初からかなり多くの系統のジョブに付くことができたが、どうやら今世でも同じようだった。
「やっぱり【賢者】が第一候補かな。次点で【義賊】ってところか……」
【義賊】もクラスⅡのジョブだ。
【治癒士】と【盗賊】という二つのクラスⅡジョブのマスターが条件で、すでにリオンはそれらを満たしている。
もしくは新たな系統を習得していくのもありだろう。
拳士系統や狩人系統などを極めれば、戦いの幅がさらに広がるはずだ。
と、そこでふと思い至った。
「そもそも強くなる必要はないんじゃ……?」
なにせ今世には魔王がいないのだ。
リオンも勇者ではない。
前世では十歳のときに勇者候補に選ばれて、それからはずっと修行の毎日だった。
魔王を倒す。
そのために、ただひたすら強さだけを追い求め続けた日々。
思い返すとなかなか大変な人生だった。
けれどせっかくこうして平和な世界に生まれ変わったのである。
今度は自由気ままに生きていいはずだと、リオンは思った。
そして改めてジョブツリーを確認していく。
戦闘系以外のジョブも見ることにした。
そのときふと目に留まったジョブがあった。
【調教士】
動物や魔物を懐柔し、仲間にすることができるジョブだ。
確か前世では取得できなかったはずのものだ。
意図したわけではなかったが、スライムを手懐けたことで新たに解放されたのかもしれない。
「スーラが何を考えているか分かるようになるかもな」
恐らく自分に懐いているだろうとは思うが、目も口もないただの透明な塊なので、ぷるぷる震えられても感情がさっぱり分からないのだ。
しかしこのジョブを取れば、少しは理解できるようになるかもしれない。
新たなジョブ【調教士】を取得し、リオンは屋敷に戻ってきた。
玄関のところにいたメイドが淡々と告げる。
「スネイル様のことで、旦那様が探しておられました」
どうやら先ほどの一件が、父親にまで伝わったらしい。
今まで何度も兄から殴られたことはあるが、それで兄が咎められたことは一度もない。
理不尽だが、逆はそうではないようだ。
部屋に入ると、父・ロイドが複雑な表情をして待っていた。
その両隣には、リオンを射殺さんばかりの目で睨みつける嫡母と兄がいる。
「リオン、どこに行っていたんだ?」
「教会に行っていました」
「……そうか」
ロイドはちょっとバツが悪そうに、
「あー……スネイルに怪我をさせたというのは本当か?」
「間違いないよ、父さん! あいつのせいで、オレの鼻がこんなことになっちまったんだ!」
そう言って自分の鼻を指差す兄。
かなり腫れてしまっている。
途中で嫡母がやってきたので、治癒する時間がなかったせいだ。
しかしなぜポーションで治さなかったのかと、リオンは首を傾げる。
もしかしたらわざわざ証拠のために残したのかもしれない。
実際には兄が殴りかかってきたのが悪いのだが、リオンは面倒なので頷いた。
「その通りです」
すると金切り声が響く。
「兄に手を出すなんて、なんて暴力的な子ざますか! やはりあの売女の子供ざますね!」
自分の子供の方がよっぽど暴力的じゃんか……とリオンは心の中で呟く。
「あなた! 今すぐ追い出すべきざます! こんな子供がいると知れたら、我が家の名が傷つくざますよ!」
「そ、そうは言ってもだな……まだリオンは十二歳だし……」
スザンナの剣幕にたじろぐ当主。
情けないことに、彼は妻に頭が上がらないのだった。
一方で、リオンを追い出す気はないらしい。
メイドに産ませた罪悪感もあるのだろう。
だがそんな気遣いは不要だった。
リオンは言った。
「分かりました。今すぐ出ていきましょう」
元よりリオンはとっとと家を出るつもりだったのだ。
これまでは何の力もないただの十二歳の子供だったから、兄や嫡母の理不尽さにも我慢してきた。
しかし前世の記憶と能力を取り戻した今なら、一人でも生きていける。
こんなところにいても仕方がない。
「まぁ! ようやく自分が邪魔者であることが分かったざますね! あなた、本人もああ言っていることざますし、早くここから出て行ってもらうべきざますよ!」
「だ、だがな……リオンはまだ十二になったばかりで……」
「おほほ、あなたったら、平民の子なら十二歳にもなればすでに働いているものざますわ。平民の子なら」
やたらと「平民」という言葉を強調するスザンナ。
この嫡母は事あるごとに平民を貶すような口振りをする。
そうすることで自分が貴族であり、選ばれた人間であることを自らに言い聞かせているのかもしれない。
このセーレスト家は子爵だが、彼女は元々伯爵家の出らしく、今でも下位の家に嫁がなければならなかったことへの不満があるのだろう。
「そ、そうか……それなら、どこかの商家にでも住み込みで働かせてもらえるよう、私から……」
「その必要はありません、父上」
「なに?」
「僕はこれから冒険者になるつもりです」
「ぼ、冒険者……?」
冒険者は、冒険者ギルドと呼ばれる組織に所属し、主に探索や戦闘などの依頼を達成することで金を稼ぐ者たちのことだ。
傭兵に近いかもしれない。
なるのに身分を問わず、実力や実績次第で成り上がることが可能なことから、一発逆転を狙って、貧しい農村やスラムの子供たちに人気だった。
中には貴族出身ながら、その自由さを求めて冒険者になる者もいるが。
ただ、命の危険がある上に、貴族が雇う兵士と違って安定した給与を貰えるわけではない。
当然、装備なども稼ぎの中から自分で揃えなければならない。
(前世でも冒険者と協力して魔王軍と戦ったことがあったっけ)
協力と言っても、リオンには上司も部下もおらず、基本的にずっと一人で動いていたが。
「だが、お前は戦闘など……」
「心配は要りません、父上。先ほど教会で戦えるジョブを取得してきました」
「ジョブを……?」
「はっ、嘘を吐くなって! その歳でジョブを取れるわけないだろ。レベル8のオレでもまだジョブポイントが貯まってないんだぞ」
スネイルが鼻を鳴らして嗤う。
ランク8で100ポイント未満ということは、彼がレベルアップで手に入るポイントは10以下なのだろう。
「とにかく僕は家を出ます。自分だけで生きていけますので、どうかご心配なく」