第59話 もう治ったよ
距離にしておよそ一キロ。
岩の陰から放たれたのは一発の銃弾だった。
狙いの先は馬車から出てきた青年。
そして寸分の狂いもなく、その頭目がけて一直線に弾丸が飛んでいく。
兇手は撃った瞬間から、青年の命を奪ったことを確信していた。
(任務完了だな。クラスⅡジョブの【狙撃手】を持つオレ様にかかれば、これくらい楽勝だぜ。あとはあの野盗どもが罪を被って――)
すぐに立ち去ろうとしていた彼はしかし、信じられないものを目撃することとなる。
「……な?」
先ほど現れた少年が腕を伸ばしたかと思うと、弾丸を防いでしまったのだ。
(う、嘘だろう……? まさかあのガキ、オレの撃った玉が見えてたってのかよ……?)
しかも少年は少し痛がる素振りを見せただけ。
この距離でも鉄板くらいは軽く貫ける威力があったはずだ。
普通なら腕など吹き飛ぶというのに、見たところ腕はちゃんとある。
直後、少年がこちらを向いた。
「っ!?」
目が合った気がして、兇手の肩が跳ねる。
違う、偶然のはずだと自分に言い聞かせるが、心臓の動悸は止まらなかった。
そして、少年がこちらに向かって走ってくる。
間違いない。
見つかってしまった。
「な、何なんだよ、あのガキはっ!?」
野盗のリーダーを歯牙にもかけない異常な強さの持ち主だということは、先ほどから見ていたので分かっている。
射撃手系統のジョブは近接戦をあまり得意としていない。
距離を詰められたら敗北は必至だった。
だが彼は絶対に捕まってはならない。
あの野盗たちは真の目的を知らないが、彼はある人物から依頼を受けて動いていた。
もし捕縛されるようなことがあれば、隠蔽のために確実に消されるだろう。
彼は即座に逃げの一手を打つ。
自らの腕に自信を持つも、常に慎重さを忘れていなかった。
こういう最悪のケースも想定し、すぐ背後に森があるような狙撃ポイントを選んだのだ。
鬱蒼と茂る森の中へ飛び込む。
もちろん追跡されるような足跡を残すようなことはしない。
それどころか相手を惑わすため、ワザと逆方向にある草を踏みつけておいた。
「逃げても無駄だよ」
「っ!?」
戦慄した。
距離からして最低でもまだ十秒程度の余裕があると踏んでいた。
なのに恐る恐る後ろを振り返ると、目と鼻の先にあの少年が立っている。
「ち、近づいたら撃――」
銃口を向ける前に、少年の姿が掻き消えていた。
腹部に強烈な衝撃。
いつの間にか懐に少年がいて、拳を鳩尾にめり込ませている。
「ぐは……」
彼は意識を喪失し、その場に倒れ込んだ。
リオンが狙撃手を捕まえて戻ってくると、誰もがぽかんとしていた。
最初に我に返ったのはリオンが庇った青年で、恐る恐る口を開く。
「まさか、あんな距離からの攻撃に気づいたのかい……?」
「え? そうだけど」
「信じられない……。そ、そうだ、それより君、怪我は?」
「大丈夫、もう治ったよ」
凶弾を防いだリオンの手は傷一つ残っていなかった。
狙撃手との距離を詰める間に回復魔法を使って治しておいたのだ。
「……と、とにかく、君のお陰で助かったよ。心から感謝する。訳あって今ここで名を明かすことはできないけれど、冒険者ギルドを通じて必ず今回の報酬を支払うことを約束する」
青年の目は嘘を吐いていなかった。
本当に名前を言えないのだろう。
やはりお忍びの貴族なのかもしれない。
できればあまり貴族には関わりたくないので、ギルド経由で処理してくれるというのなら願ってもないことだった。
「とはいえ、そう言ったところで簡単には信用してもらえないだろう」
「別にそんなことはないけど」
「え? ……いや、そこはすぐに信じてはダメだよ」
強い口調で諭されてしまった。
盗賊系統のジョブを極めたリオンは嘘を見抜くことができ、初対面でも相手の信用度を判定できるからなのだが、それを知らない相手からすれば「実力はあっても世間知らずの子供」と思われるのも仕方がないことだろう。
今後、悪い大人に騙されてしまいかねないと、青年は不安を覚えた。
「だから前払いだ」
青年が目配せすると、あらかじめその意図を察していたのだろう、別の男が用意していた袋をリオンに手渡してきた。
「今の手持ちではこちらが精いっぱいでしたので」
そう言う割に、その袋の中には金貨が詰まっていた。
「こんなに? ていうか、これで十分だけど……」
「君がしてくれたことはそれ以上のことだったということだよ。野盗を全滅させたばかりか、味方を治療してくれ、さらには身を挺して私を守ってくれた。もし君が運よく通りかからなければ、今頃我々は全滅していただろう」
そこまで言われれば受け取らないわけにはいかない。
(随分と金を持ってるんだな。貴族でも上級なのかも)
そんなことを考えながら、リオンはお金を受け取る。
「えっと、この人たちはどうするの?」
「もちろん捕縛して連れていくつもりだよ。ただ、一度に全員は難しいだろう」
「そう? だったら僕が運ぶけど?」
「いや、君は馬車もないだろう?」
「船があるから」
リオンはそう言うと、土魔法を使って船を作り出す。
野盗を運ぶため、少し大きめに作った。
「「「船が!?」」」
先ほど船に乗って割り込んできたところを見ていた彼らも、まさかそれが目の前で作り出されるとは思わなかったのだろう。
リオンは倒れた野盗たちを、双子と手分けして船の中へぽいぽい投げ入れていく。
狙撃手と親分だけを残して全員を乗せ終えると、今度は自分たちも飛び乗った。
「じゃあ、僕たちはこれで」
そして唖然としている彼らと別れ、リオンは船を走らせるのだった。
「……わ、我々は夢でも見ているのだろうか?」
「……生憎、抓っても痛いです」





