第58話 ガキが一人増えた程度で
人数で負けていることもあり、彼らは野盗を相手に苦戦していた。
すでに何人か倒れており、未だ立っている者たちも手酷い傷を負っている。
このままでは敗北は必至。
急に割り込んできた少年に加勢を求めざるを得ない状況だった。
野盗の一人がその少年、リオンを見て嘲笑う。
「へっ、ガキが一人増えた程度で――」
「一人じゃないけど?」
リオンはそう言って、双子の頭をぽんぽんと叩いた。
「じゃあ、やろっか」
「「ん!」」
『やるのー』
どう見ても幼児にしか見えない獣人二人に、最弱の魔物であるスライム。
なのに、ピクニックにでも来たかのような暢気な空気を醸し出していた。
「舐めてやがんのか、こいつら?」
「とっととやっちまえ」
その様子に野盗たちが苛立つ。
だがそれを咎める男がいた。
「舐めてんのはテメェらの方だ。気をつけろ。このガキ、ただもんじゃねぇ」
「お、親分っ?」
「す、すいませんっ……」
この野盗団を率いるリーダーらしいその男は、薄汚い外套を身に着け、深々とフードを被っていた。
手にした大振りのナイフには大量の血が付いており、それで何人も斬ったのだろうことが分かる。
他の連中とは一線を画する存在感に、リオンはあの男は自分が相手をした方がよさそうだなと判断した。
「けど、その前に。――エリアヒール」
範囲内にいる者たちを一度に治癒することができる高位の回復魔法を使う。
もちろん【聖者】であるリオンにとって、野盗を避けるくらいのコントロールはお手の物だ。
「なっ、範囲回復魔法だとっ?」
「高位の治癒士だったのか……っ!?」
(あれ? 別にそんなに凄いことじゃないと思うけど)
周りの驚きようにリオンは首を傾げた。
前世であれば、軍の一部隊、あるいはそれなりに熟練した冒険者のパーティには、最低でも一人くらい範囲回復魔法を使える人間がいたからだ。
「き、傷が……?」
「治っている……?」
「嘘だろ……あいつはさっきまで重傷だったはずだぞ……?」
その治癒力の高さも彼らにとっては常識外のことだったようで、目を丸くしている。
「チィッ、面倒なことを……っ!」
野盗たちが呆然としている中にあって、彼らのリーダーはすでに行動に移っていた。
リオンに躍りかかったのだ。
回復魔法を使った直後で、注意が逸れているその隙を狙ったのだろう。
先ほど子供だからと侮らず、配下を叱責したことといい、野盗にしては頭が回るらしい。
だが相手の実力は彼の想定を超えていた。
「おっと」
「っ!?」
死角から繰り出した渾身の一撃。
絶対に回避不能と踏んでいたそれを、リオンは軽く半身を引くだけで避けてしまう。
間髪入れず、リオンは反撃の拳を敵の顔面へ放つ。
しかし野盗のリーダーは咄嗟に首を捻って躱してみせた。
「へ~、悪くない反応だね」
「このガキっ……」
野盗リーダーは驚愕しつつも、攻撃の手を緩めなかった。
ナイフによる連撃がリオンを襲う。
リオンはそれを完璧に見切って回避する。
「う、嘘だろ……?」
「あの親分と互角に渡り合っている……?」
目を剥いて戦いの様子を見ていた野盗たちの前に、いつの間にか小さな影が二つ近づいてきていた。
アルクとイリスの双子だ。
「っ……このチビども、いつの間に――」
「邪魔だから退いてやが――」
「「えい」」
「「――ぶぎゃぁっ!?」」
二人の野盗が悲鳴とともに吹っ飛んでいった。
「は? 今、何をしや――」
『どーん』
「――ぶごぇあっ!?」
さらに別の野盗がスーラのタックルで宙を舞う。
「このチビとスライムっ、普通じゃねぇぞ!?」
「構わねぇ、ぶち殺しちまえ!」
野盗たちは武器を持ち直し、二人の幼児とスライムに襲いかかる。
「えい」
「ぐごあぁっ!?」
「とお」
「ぎぁああっ!?」
『なのー』
「べぎょるっ!?」
だが手も足も出ず、瞬く間に負傷者が増えていく。
彼らのリーダーもリオンを相手に苦戦していた。
(何なんだ、このガキは……っ!?)
まったく攻撃が当たらないのだ。
しかも明らかに向こうには余裕がある。
互角どころか、完全に劣勢だ。
(うーん、何もしてこないな?)
一方、リオンは内心で首を傾げていた。
目の前の相手に、ではない。
隠れてこっちを観察している存在に、だ。
(ただ見ているだけじゃなくて、明らかに攻撃の気配がある。だからさっきから誘っているんだけど……)
向こうの居場所までは分からないので、特定するためにあえて隙を見せて攻撃してくるのを待っているのだが、慎重だからか、なかなか動こうとしない。
粘っていても仕方なさそうなので、リオンはとっとと目の前の野盗を倒してしまうことにした。
「よっと」
「でぶぁっ!?」
腹パン一発。
野盗のリーダーは「く」の字になって顔から地面に倒れ込んだ。
そのときにはもう従魔たちが野盗を全滅させていた。
「……ご協力、感謝したい」
先ほどリオンに依頼してきた男が、戸惑いながらも礼を言ってくる。
「それにしても、その歳でこれほどの実力とは……」
と、そのとき馬車から降りてくる人物がいた。
貴公子然とした細身の青年だ。
「お、お待ちください、まだ外は危険で――」
「もう大丈夫だろう? それより助けてくれた彼に礼を言いたい」
慌てる周囲を制して、青年はリオンに近づいてくる。
「本当に助かったよ。この数の野盗を物ともしないなんて、その歳で凄いね」
「っ!」
不意にリオンの直感が警鐘を鳴らし始めた。
隠れていた何者かから、攻撃の気配が膨れ上がったのだ。
「危ないっ!」
「え?」
直後、青年に迫る凶弾をリオンは片手で防いでいた。





