第57話 王都に移転しました
「よし、成功だ」
リオンは転移が上手くいき、満足そうに頷いた。
そこはバダッカにあるゼタの鍛冶工房だった。
ここに転移のためにマーキング――壁にこっそり術式を刻んでおいたのだ。
劣化して術式が消えない限り、何度でも利用することができる。
この工房を転移先にしたのは、その散らかり具合から、刻んだ術式に気づいて消される可能性が低いと踏んだからだ。
もっとも、本人がそれを知っていたら確実に消していただろう。
そして紛うことなき不法侵入である。
「「~~っ」」
双子はいきなり景色が切り替わったことに驚いて、キョロキョロと周りを見回している。
「ゼタお姉ちゃん、お邪魔してるよー」
リオンは工房の奥に声をかける。
だが返事がない。
「いないのかな?」
奥の作業場に入るが、そこにゼタの姿はなかった。
勝手にくつろぎながらしばらく待っていたが、なかなか帰ってくる様子がない。
採掘のためにダンジョンにでも行っているのだろうかと思いながら、工房の外に出てみたところで、それに気づいた。
入口の扉のところに張り紙があったのだ。
そこにはこう書かれていた。
『王都に移転しました。ゼタ』
「え」
予想外の事態に思わず変な声が漏れる。
「もしかしてダンジョンがなくなって人が少なくなったからかな?」
商売あがったりと、移転したのかもしれない。
工房内を見たところ商売道具が残されている。
この工房自体が彼女の持ち家なのだろうが、念のためそのままにしているのだろう。
王都まで運ぶのも大変だが、しかし向こうで一から揃えるとなると大金が必要になるはずだ。
「あ、でも、あれだけアダマンタイトがあればお金は足りるか」
ともかくこれでは剣を打ってもらうことはできない。
「仕方ない。王都に行ってみるか」
バダッカの宿で一泊し、翌朝、リオンは街を発った。
今度の目的地は王都だ。
ステア王国の王都は、バダッカから馬車でおよそ二週間の距離である。
いつものように走っていこうと思ったが、先日、面白いものを見せてもらったのでそれを真似てみることにした。
「「ふね?」」
『なのー?』
土魔法で作った小型の船だ。
中に乗り込むと、地面を土魔法で操作して推進力を得る。
具体的には、船の後方の地面を盛り上げて斜面にし、滑らせるのである。
「おおー、ちゃんと走る。しかも結構、速い」
あのエルフがやっていたものだが、思っていた以上に快適だった。
風を切って大地を滑走する船だ。
双子も気に入ったのか、船の先頭に肩を並べて座り、きゃっきゃっと楽しそうに笑っている。
「どーも」
「うおっ、なんだ!? って、船!?」
すれ違う商人や旅人に驚かれながら、リオンたちは街道に沿って王都へと船を走らせた。
宿場町で一泊を挟んだだけで、翌日の午前中にはもう王都まであと少しのところまでやってきていたときのこと。
「「りおん!」」
相変わらず船先で前方を見ていた双子が仲良く振り返る。
「どうした?」
「「あそこ」」
二人が指さす方向。
およそ五百メートルほど先だろうか。
目の良い獣人にとっては十分に見える距離だが、そこに大勢の人間たちがいた。
もちろん盗賊職を極めているリオンにもしっかりと視認できる。
「戦ってる?」
目を凝らして見てみると、どうやら二つの勢力が争っているらしい。
剣で斬り合っていたり、魔法が飛び交っていたりと、完全に殺し合いだ。
商人たちが野盗にでも襲われているのだろうか。
そういう例は少なくないが、一方で命を奪い合うような戦闘に発展することは少ない。
大抵は商人が金品の一部を渡し、野盗は満足して立ち去るものだ。
商人側にも護衛がおり、戦いとなったら野盗としてもただでは済まないため、その辺を落としどころにすることが多いのである。
そして相手が大規模な小隊であれば、野盗は最初から手出しなどしない。
「面倒だけど、割って入るか」
リオンは船を加速させた。
近づいていくと、向こうもこちらに気づいたようで、
「おい、あれは何だ!?」
「船が走ってくる!?」
「ここは陸の上だぞ!?」
驚いてどちらの陣営も思わず動きを止めている。
好都合だと、リオンはそのまま船で突っ込んでいった。
「「うおおおおおっ!?」」
乱戦状態だった彼らだが、悲鳴を上げて慌てて左右に分かれる。
その間をリオンの船は猛スピードで通り過ぎ、そのままどこかに行ってしまった。
リオンは従魔たちと一緒に船を飛び降りていた。
くるくると宙を舞い、着地を決める。
「な、なんだ、このガキどもは……?」
「子供、だと……」
片方は見た目から考えて野盗で間違いないだろう。
その割に装備が整っている点が気になるが、名のある野盗団ならば決しておかしくはない。
そしてもう一方の陣営は、どうやら商隊ではなさそうだ。
一見すると普通の旅の一団にも思えるが、明らかに上等な武器や防具を身に着けているし、乗っている馬たちは毛並みが美しく、よく訓練されている。
彼らが護っている馬車も派手さはないが、見る者が見れば機能性に優れた高級品だと分かる。
お忍びの貴族だろうか。
彼らの中から一人の男性が、警戒しつつもリオンに声をかけてきた。
「……君は一体、何者だ?」
「僕はリオン。一応、冒険者だけど」
「冒険者かっ。ならば今ここで君に依頼をしたい」
「加勢してほしい、と?」
「その通りだ。無論しっかりと報酬は支払う」
もちろんリオンとしてもそのつもりだったので、
「その依頼、引き受けるよ」





