第55話 究極の魔法じゃ
「ゴーレムが魔法を使った……?」
リオンは前世を通じて、初めて目撃する光景に我が目を疑った。
メルテラが生み出した三十体を超えるゴーレムが、それぞれ魔法を使って岩塊を作り出したのだ。
「これこそが打倒勇者を掲げ、わらわが開発した究極の魔法じゃ!」
彼女が自信満々に胸を張るのも無理はない。
魔法を発動できるゴーレムの生成など、未だかつて誰一人として成功したことがない偉業なのだ。
正直、【大魔導師】を極めたリオンにも、そのアイデアはまったくなかった。
(確かに、原理的には不可能ではないだろうけど……。それにしてもこの数、一体どれだけの魔力と並列処理力が必要なんだ?)
むしろ魔法を使うゴーレム以上に、これだけのことをたった一人が行っている点の方が驚きだった。
「さて、これは凌げるかのう?」
百の岩塊を生み出すゴーレムが三十体。
すなわち、三千もの岩塊がリオンを完全に取り囲んでいた。
「……打倒勇者、か」
そう触れ込むだけのことはあるなと、リオンは頬を引き攣らせる。
直後、三千発の岩塊が発射された。
迎撃できたのは最初の数発だけだった。
すぐにこちらの手数が間に合わなくなり、肩に直撃を受けてしまう。
闘気を纏って身を護ってはいるが、それでも身体の奥まで届く衝撃だ。
しかもそれが次々と襲い掛かってくる。
同じ場所に居続けては良い的になるだけだ。
そう判断したリオンは地面を蹴り、その場から移動した。
相手も即座に方向を修正してくるので、同じところに留まってはいられない。
常に動き続け、それによって狙いを定めにくくした。
それでも完全には回避し切れない。
あっという間にダメージが蓄積していく。
だが同時に、リオンはこの岩塊の嵐に対応しつつあった。
いずれも直線的にしか飛んでこないため、岩塊の軌道は読みやすい。
徐々に目が慣れてきて、最低限の動作で対処できるようになってきた。
さらに岩塊を破壊するのではなく、軽い打撃で軌道を変える方法を習得する。
するとそれが別の岩塊に激突し、相殺してくれるのだ。
気がつけば全方位から襲来する岩塊の軌道をすべて予測し、ノーダメージで凌げるようになってきていた。
「ほほう、やるではないか。しかしいつまで持つかのう?」
すでに三千発の岩塊を凌いだはずだった。
にもかかわらず未だその暴威が終わらないのは、新たな岩塊が形成されているからだろう。
(……さすがに疲れる)
回復魔法を使えば幾らでも維持できるだろうが、今は魔力を見せたくないので、それができない。
このままではジリ貧だ。
相手の魔力が先に切れてくれれば助かるのだが、まだまだエルフ少女は元気そうだった。
もっとも、すでにリオンは打開の一手を打っていた。
『まかせてなのー』
スーラが戦場を迂回するように壁際を通り、エルフの背後へと回り込んでいた。
今のリオンは魔物使いでもあるのだ。
戦う手段は剣や魔法だけではない。
(隠密スキルを教えておいてよかったな)
実はスーラにも気配を消して動く技術を指導していた。
元より身体が小さく、呼吸もしないスライムなので、習得は簡単だった。
メルテラはまったくスーラに気づいていない。
『えーいなのー』
その背中目がけてスーラが飛びかかる。
あのエルフはかなり高レベルなのは間違いないが、それでも魔法使いの低い防御力なら、スーラの突進を浴びたら一溜りもないはず。
ずどんっ!
「っ!?」
スーラに激突され、小柄なエルフが吹き飛ぶ――と思いきや、二、三歩、つんのめっただけだった。
「なんじゃ、痛いのう! ……スライム? 一体どこから入ったのじゃ?」
『ぜんぜんきいてないのーっ』
驚いたようにぽよぽよと跳ねるスーラを、メルテラは睨みつけて、
「たかがスライムが今のわらわにダメージを与えるとはの。誉めてやろう。そしてそのことを誇りながら死ぬがよい」
彼女が放ったのは鋭利に尖った岩塊だ。
しかも高速回転しながら、慌てて逃げようとするスーラへと襲いかかる。
耐久値が飛び抜けて高いスーラと言えど、あれをまともに喰らったら死にかねない。
次の瞬間、リオンは、
「――ハイブースト」
身体強化魔法を自分にかけつつ、
「――グラビティ・ゼロ」
重力魔法で一時的に自身の質量を限りなくゼロに近づけ、
「――エア」
風魔法で空気との摩擦を極限まで減らし、さらには追い風で推進力を得て。
ドンッッッ!!!
地面を思い切り蹴った。
と思ったときにはもう、スーラに迫る岩塊を追い越していた。
「スーラは僕の従魔だ。やらせるか」
『りおーん!』
予備の量産品の剣で一閃。
それだけで刀身が粉々に砕けたが、同時に岩塊も真っ二つに割れていた。
「なっ……その魔力っ、お主、まさか勇――」
驚愕するメルテラが言い切る前に、リオンは再び床を蹴って彼我の距離を一瞬で詰めると、その小柄な腹に拳を叩き込む。
「ぶごっ!?」
エルフは矢のように吹き飛んで壁に激突した。
「スーラ、大丈夫か?」
『へいきなのー』
スーラを抱き上げて無事を確認すると、リオンはすぐさま部屋の入り口で呆気に取られているフィーリアたちの元へと駆け寄った。
「逃げるよ!」
「「え?」」
目を白黒させている二人をそれぞれ片手で抱え上げると、アルクとイリスには腰にしがみつかせた。
「「な、何を――」」
そしてロクな説明もないまま、先ほどゴーレムを倒したときにできた壁の大穴の方へと走っていき、
「「まさか……」」
リオンは大空へと身を躍らせたのだった。
「「ぎゃあああああああああああああっ!?」」





